12の36 とある王城の一室で



 マセッタです。


 ゼノア様の鍵付きの不思議な部屋でのんびりとした時間を過ごしていると、アルテ様が突然、頬をおさえながら涙目になってしまったので、慌てて治癒魔法を使えるアルメオを呼び寄せることにしました。


 アルテ様がこの部屋で静養するようになってから、甘いものばかり食べているので虫歯になってしまったのかもしれません。女神様の管理というのも簡単なことではないわね。


「アルテ様、オレの治癒魔法はナナセお姉ちゃんみたいに一瞬で治しちゃうような強力なものとは違うんです。痛いのはわかりますけど、頑張って頬から手をどけて我慢していて下さい」


「はひ、わかりまひた・・・ヒリヒリひまふ」


 魔法の素人である私から見ても十分な効果がありそうなアルメオの治癒魔法でしたが、アルテ様の虫歯を治すことはできなかったようです。


「効かないようね、困ったわ」


「はぁ、やっぱオレ、まだまだなんだなぁ。自信なくしちゃいます・・・」


「アルメオよりも強力な治癒魔法を扱えるイナリ様やアデレード様は遠征で不在ですし、アルテ様にはこのまま自然に治るまで我慢して頂くしかないのかしら」


「わあったわマヘッタじょおうはま、あたくひ、がまんひまふ」


 涙目になっていたアルテ様の頬の痛みは、しばらくしたら落ち着きました。けれども、まるで誰かにつねられたかのように赤く腫れています。アルテ様の綺麗なお顔に傷を付けるなんて許せないわね。


「ねえマセッタ女王様、きっとこれが呪いの魔法だったのよ」


「そうだったのかしら・・・ということは、ナナセ様の身に何か危険なことが起こってしまったの?それはそれで心配だわ」


「そのような感じとは違うわ、上手く説明できないのですけれど、なんとなくわかるの。きっとナナセお姫様がおかしなことを言い出して、どなたかを怒らせて頬をつねられてしまったんだわ、うふふ」


「ふふっ、リザはしっかり仕事をしているようね」


「それとねマセッタ女王様、わたくしナナセお姫様とリザさんと、一緒に旅をしているようで何だか楽しいのよ」


「そういうものなのね。謎の呪いだからと言っても、一概に悪いものではなさそうで安心したわ」


 赤く腫れた頬を嬉しそうに撫でているアルテ様の様子を、とても穏やかな気持ちで眺めながら考え事を始めました。遠く離れた何者かと感覚を共有できるというのは、いったいどのようなものなのかしら。


 もし私の中へブルネリオの感覚が流れ込んできたら・・・駄目ね、なんだか不愉快になってきたわ。


 では、オルネライオはどうでしょう・・・これも駄目ね、呪いなど必要とせず、考えていることが手に取るようにわかってしまいそう。



 今日はアルテ様に犯罪判例書と王国歴史書を読んでもらっています。私がナナセ様とアルテ様の歴史を語る前に、王国についての予備知識があった方が良いと判断しました。


「チェルバリオ村長さんは、とても素敵な方だったのね。早くゼル村という所へ戻れるように、もっとお勉強を頑張らなきゃ」


「ナナセ様の旦那様が素敵でないはずがないわね」


「わたくしもお会いしてみたかったわ」


「あら、アルテ様は病床に伏せてしまったチェルバリオ様のことを看病しながら、毎日治癒魔法をかけて差し上げていたそうよ」


「そうだったの?わたくし、初めて記憶を失ってしまったことを悲しく感じてしまいました」


「私もナナセ様とアルテ様に看取られながら生涯を終えたいわね」


「そんな悲しくなること言わず、長生きして下さい。わたくし、マセッタ女王様だけが頼りなのよ」


「頼る相手を間違っているわ。ナナセ様が旅から戻ったら、思い切り甘えるといいわね」


「泣き虫お姫様に甘えるの?」


「そうよ、アルテ様が甘えていいのはナナセ様だけよ」


 やはり犯罪判例書のような堅苦しい書物では、ナナセ様の活躍や魅力を伝えきれなかったようだわ。大げさに書きそうなブルネリオやアルメオに任せてしまった方が良かったかしら?


 そんなことを考えていると、昨日と同じようにアルテ様の様子が突然おかしくなってしまいました。


「ねえマセッタ女王様、わたくし、なんだか胸が高鳴ってきたの・・・」


「肺や心臓の疾患は命に関わります、すぐに治癒魔法を使える者を呼んでくるわ」


「違うのよマセッタ女王様、そう、これはリザさんに感じた気持ちと同じだわ」


 アルテ様は頬を紅潮させ、口唇からは熱い吐息を漏らし、私を見つめる潤んだ瞳が妖艶なものへと変わってしまいました。きっとまた例の呪いだわ。


「危険はなさそうですけれど、心配だわ」


「どうしましょう、わたくし抑えられないわ、ねぇ、マセッタ女王様・・・」


 どうしましょうは私の方だわ、しなだれかかってきたアルテ様の瞳に吸い込まれてしまいそう。このままアルテ様の口唇を奪い・・・いいえ、その先も・・・


「ダメよアルテ様、いけないわ・・・」


「でも、でも・・・」


 しかし、アルテ様は急に正気に戻り、私から恥ずかしそうに離れてしまいました。ホッとしたような、残念なような。


「ご、ごめんなさいマセッタ女王様」


「わ、私も危ない所だったわ。でも不思議なのですけれど、リザの魅了というのは誰彼構わず先ほどのような状態になってしまうの?」


「いいえ、マセッタ女王様がリザさんと似ているからと思うの」


「似ているの?私とリザは真逆ではないかしら」


「わたくしにはわからないことが多いから上手く説明できないのですけれど、とても良く似ていると思うわ」


「アルテ様は以前、ナナセ様と私が似ているとも言っていたわね」


「そうなの?」


「ナナセ様が以前住んでいた国の女性のタイプに近いらしいわ」


「わたくし、その国のこともお勉強した方がいいの?」


「それは私が教えることではありません、ナナセ様が戻られたらゆっくり聞くといいわ」


 危なかったわ、アルテ様の美しさは兵器ね。



 アルテミスです。


 わたくし、記憶喪失中らしいのです。覚えることが多すぎてお勉強が大変です。


「(がちゃ)ありゅてみしゅー・・・いっしょ、寝りゅにょ」


「あらゆぱゆぱさん、どうしたの?あまり元気がありませんね」


「あにょね、おやびんにょ、にゃにゃせおねいにゃんと、いにゃり、いにゃいかりゃ、あにょね、寂しい、にゃにょ」


「そうよね、ゆぱゆぱさんはまだ小さな子供なのに、放ったらかしでお出かけしてしまう親分なんて酷いわ、ナナセお姫様が戻ったら抗議しましょう」


「ちがうにょ、にゃにゃせおねいにゃん、わりゅく、にゃいにょ。ゆぱゆぱ、ましぇったと、約束、したかりゃ、えっと、我慢、してりゅにょ」


 わたくしはお勉強を中断し、しょんぼりとしてしまっているゆぱゆぱさんを膝の上に乗せて撫で回しています。ゴロゴロと甘えてくるゆぱゆぱさんの毛並みはふわふわとして手触りがよく、何年でもこうしていられそうです。


「ふみゅぅ・・・ありゅてみしゅにょ、にゃでにゃで、しゅきぃ」


「うふふ、わたくしで良ければいくらでも撫でて差し上げるわ」


 そんなゆったりとした時間を過ごしていると、わたくしの身体が急に熱くなってきました。これはなんでしょう・・・わかったわ、強いお酒を頂いた時のふわふわとした感覚ですね。


「ゆぱゆぱさん、わたくし、なんだか身体が熱くなってきたの」


「ゆぱゆぱ、はにゃれた、ほうが、いいにょ?えっと、大丈夫、にゃにょ?」


「暑いから服を脱ぎますね」


「ゆぱゆぱも、脱ぐ、にょーー」


 これはきっと呪いの影響ですねっ、ナナセお姫様ったら、いったい何を飲んでいるのかしらっ、困ったお姫様だわっ、うふっ!


「ああっ、どうしましょう、不思議と踊りたくなってきたわ!」


「ゆぱゆぱ、踊り、得意、にゃあ!」


 ゆぱゆぱさんはピョンとベッドへ飛び移ると、ご先祖様への感謝の舞という獣人族に古くから伝わる可愛らしい踊りを披露してくれましたっ。わたくし踊りなんて何も知りませんから、見様見真似で手首をにゃんにゃんとするポーズをしながら裸のままベッドの上でくるくると回っていますっ。途中からゆぱゆぱさんがお尻を可愛らしく振り振りし始めたので、わたくしも真似してお尻を左右に振り振りしていますっ!


「ふりふり、にゃんにゃん、ふりふり、にゃんにゃんっ・・・ああっ、なんて楽しいのかしらっ!」


「(コンコン)失礼致しま・・・(ぷちっ)」


 ・・・この後、騒がしいからと様子を見にきたロベルタさんとアレクシスさんに慌てて服を着せられると、ゆぱゆぱさんと並んでベッドに正座させられ延々とお説教を受けました。


 明日からおやつ抜きだそうです。





あとがき

このお話は12の18で読者様が女神様の裸踊りについて真剣に考察されているコメントにお応えして追筆のような形で実現しました。最近やっていない「長いあとがき」にしても良かったのですが、本編書き進めるのが精一杯なので一話使っちゃいました。


アルテ様の魅惑のダンス、セバスさんには通用しませんでした。それどころかブチギレられてしまいました。残念。

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