12の35 元町長・サンジョルジォ



 酔っ払いリザちゃんとサンジョルジォ様は肩を組んでよく知らない歌を歌ったりしてうるさいので、私とジュリエッタ様は厨房で洗い物をしたり明日の準備をしたりコーヒーを飲んだりしながら立ち話をしている。なんか嫁姑って感じ。


「私ね、チェル君王子様のお部屋係をしていたことがあるのよ」


「へえ、そうなんですね。でもチェルバリオ村長さんって、子供の頃からゼノアさんが護衛侍女としてへばり付いてたんじゃないんですか?」


「あれはね、ゼノアちゃんが二度目の学園に通っている頃だったわ」


「えっ?学園って二度も通えるんですかっ!?」


「ふふっ、そんなことが許されるのは今も昔もゼノアちゃんだけね」


 ゼノアさんは剣士を目指す学園の月組を卒業して、晴れて村長さんの護衛侍女に任命されたにもかかわらず、ゼル村を作っていくために必要な基礎を学ぼうと、職人や商人が通う星組に入り直したそうだ。なんかすごい。


「前にブルネリオさんとか行商隊のネプチュンさんから、畑仕事も家畜の世話も、あと家を建てるのまでゼノアさん一人で全部やっちゃってたって聞いたことがあります。やっぱ優秀な人は学園に通ってる時点で違うんですねー」


「優秀だなんてとんでもありません。チェル君王子様はゼノアちゃんがいつ学園を追い出されてしまうかと常にビクビクしていたわ」


「そ、そうだったんですか・・・」


 どうやら、あまり成績が良くなかったゼノアさんを学業に専念させるため、ジュリエッタ様がゼノアさんの代わりに村長さんのお部屋係をすることになったようだ。


「サンジョルジォが学園を卒業してポーの町へ帰ってしまいましたから、その頃の私はすっかり気落ちして泣いてばかりいたの。でもね、チェル君王子様って優しいでしょ、だから当時のブランカイオ国王陛下に、私を専属の侍女として迎えるようお願いして下さったらしいわ。それでね、チェル君王子様は私のつまらない愚痴を、集落を作る準備で忙しいさなかに暇を見つけては、本当に親身になって聞いてくれていたのよ」


「へえ、チェルバリオ村長さん若い頃から優しかったんですねぇ。ゼノアさんも侍女をお休みしてお勉強に専念できるし、なんだか良い話じゃないですか」


「それがね、そうでもなかったの」


「そうなんですか?」


「私ゼノアちゃんに徹底的に監視されていたわ」


「あはは、それ護衛侍女の本能ですね」


「王子様を狙う敵だと思われていたのね、ふふっ」


「マセッタ様も若い頃はブルネリオさんのこと徹底的に監視してたみたいですよ」


「あら、若い頃だけではなく、今でも監視しているのではないかしら」


「オルネライオ様がいるのに・・・」


「オルネライオ王子様は、きっとマセッタにとってはブルネリオ様との間にできた子のようなものだわ。私だって妻子あるサンジョルジォのことを何十年と想い続けていましたから、なんとなくマセッタの気持ちはわかるの」


「おこちゃまの私にはまだ難しいです・・・」


「マセッタにとってはナナセ様も自分の子のように感じているわね」


「はい、すごく優しくしてもらってます」


 そう言うと、ジュリエッタ様が一枚のメモ書きを見せてくれた。そこには「お母様へ孫を送るのでよろしく」としか書いてなかった。


「マセッタ様らしいシンプルなお手紙ですねぇ。短い一文に色々な意味が詰まってそう・・・」


「そうでもないわ、マセッタ専属の文官らしき方が作成したナナセ様についての紹介文が同封されていましたけれど、こちらはとんでもない長文よ」


「どれどれ・・・なんだこりゃ」


 私はジュリエッタ様から手渡された羊皮紙数十枚ほどあるナナセ取説を読んでみた。途中、何度か「ナナセお姉ちゃんの大活躍により」とか書いてあったので、きっとこれはアルメオさんに書かせたものだろう。お恥ずかしい。


「これ、だいぶ大げさな文書ですけど・・・でもアイシャ姫とかアデレちゃんとかバルバレスカ先生のことを救いたいって気持ちは本当でした。結果としてマセッタ様が超多忙な女王様になっちゃったのは申し訳ないんですけど、みんなが望んだ最高の結末に近づけることができたのは誇っても良いのかなって思ってます」


「ナナセ様のように自身の行動を誇れる人なんて、そうそう居ないものよ。チェル君王子様が最期にナナセ様を選んだ意味がわかる気がするわ」


「そういう立派な感じとは違うんですけど・・・っていうか、私もなんだかゼノアさんに監視されてる気がしてきました」


「王国最強の背後霊ね、ふふっ」


「上手いこと言わないで下さいよ・・・」


 結局、この日はずっとジュリエッタ様と女子トークしていた。隣の部屋では酔っ払いリザちゃんが「素敵なおじい様じゃない!」とか言ってベタベタしてたのでほったらかしだ。ちなみにサンジョルジォ様の方も鼻の下を伸ばしてずいぶんデレデレしてる様子だったので、軽く魅了が発動してるのかもしれない。


 そんな様子をあらあら言いながら眺めているジュリエッタ様も嬉しそうに微笑んでる。なんだか仲良し家族の団らんって感じで癒やされるね。



 翌朝、私は昨日の夕ご飯のお礼を兼ねて、イノシシ干し肉と卵とチーズを分けてもらい、本気のカルボナーラを作った。


「私、昨晩ナナセ様に振る舞った小麦麺の料理が恥ずかしいわ」

「子供先生が作るものは何でも美味しいわよね!」

「干し肉の味がよく出たソースも美味いが、何よりも乳を使わずこのようなクリーミーなソースを作るとは驚きだ」


「さすがサンジョルジォ様、実はそこが一番の腕の見せ所で、一番ムズいところでもあるんです。卵に完全に火が通るホント直前を見切って、あとは予熱で仕上げる感じなんですけど、失敗するとスクランブルエッグみたいになっちゃうし、ビビって早めに上げると生卵混ぜただけみたいな生臭いシャバシャバソースになっちゃうし、これ火加減が繊細すぎるから一度に大量には作れない料理なんですよ」


「この香辛料の香りもチーズとの相性抜群だな」


「そうなんです、これって飾りで振りかけてるわけじゃなくて、湯気と一緒にチーズと黒コショウの香りがふんわり上がってくるようにするために、わざわざ後から仕上げでかけるんです。この黒コショウの点々を炭に見立てて“炭焼職人風”なんて呼び方するんですよ」


「ほほう、ナナセ様は料理に名を付けているのか、なかなか趣きがあって感心してしまうな」


 すんません、それ私が付けた名前じゃないです。



 朝ご飯を食べ終わると、元町長であるサンジョルジォ様と一緒に視察へ向かうことにした。リザちゃんはジュリエッタ様に「どうやったら憧れのマセッタ様みたいになれるのか」を聞くらしい。ああわかった、タスカーニァ村でオルヴィエッタさんを理詰めしてたのって、マセッタ様を目指してるから真似してたんだね。なんだかよく似てるような気もするし、真逆のような気もする。


「ねえサンジョルジォ様、リザちゃんとマセッタ様って似てると思います?」


「私は護衛侍女として王城で活躍し始めてからのマセッタしか知らないんだ、なにせそれまでは隠し子であることを世間に知られないよう、なるべく関わらないようにしていたからな。後年、ジュリエッタから昔話を聞いた限りでは、学園に通う子供の頃の活発なマセッタは今のリザとよく似ている印象だぞ」


「あー、若い頃のマセッタ様って今のリザちゃんみたいな感じだったのかもしれませんね、わかる気がします」


 そんな話をしながら、河川沿いをてくてく歩く。昨日はリザちゃんと観光程度の見学だったけど、本来の目的はポーの町の現況調査を命令されているので、報告書を作成してマセッタ様に提出できるくらいのメモを取りながら真面目に視察している。


「ヴィンサントの町もたくさん牛を扱ってましたけど、ポーの町では乳牛が多めなんですねー」


「ヴィンサントとポーは古き貴族の時代から協力関係にあるのだよ。互いの地の利を活かし、我々は猪肉とチーズと乳を、あちらは牛肉と葡萄酒を、毎月物々交換のような形で取引していてな、ついでに互いの畜産技術や最新情報も交換しているのだ」


「あー、地の利についてはヴェルナッツィオ様も言ってました。あのあたりって実際に牛を育てるのに適した草原と、葡萄を育てるのに適した丘って感じの場所でしたね。そういえばハム作ってる職人さんから河川沿いの霧が美味しくするって教えてもらいましたけど、それって私がどんなに頑張って調査してもナゼルの町では真似できませんよね。私たちが育ててる農作物とか牧草とかって、魔法使って無理やり育ててる部分がありますし、ナゼルの町って実はそこまで豊かな土地ってわけじゃないんですよ、温泉も出なかったし」


「魔法で育てるとは・・・しかしまあ、ナナセ様は短い時間でずいぶんよく見ているのだな、まだ若いのに関心してしまうぞ」


「よく見とかないとマセッタ様に怒られちゃいますから。ただでさえ学園の先生とかサボって遊びに来てるんで・・・」


「はっはっは、マセッタがナナセ様を叱るなどありえないな。私も文官が作成したナナセ様についての詳細な説明書状に目を通したが、ナナセ様に関しては自由に行動してこそ、その稀有な才能が発揮されるのではないかな?」


「マセッタ様と似たようなこと言うんですね・・・あの文書は大げさすぎるんで忘れて下さい。まあ、私が行く先々で変わった種族に出会えたりするのって、なんていうか、こう、そうだ、神命みたいなもんだと思うんですよ。神様から与えられてる一生かけても終わらないクエスト、みたいな」


「それであればナナセ様は生涯暇知らずですな。私は町長を引退してジュリエッタと二人で静かな余生を過ごすことを望んでいたはずなのだが、マセッタの活躍やナナセ様の活躍を知ってしまうと、男としてもうひと頑張りしたくなるものでな、今の生活には何も不満は無いはずなのだが、どこか物足りなさを感じているのだ」


「チェルバリオ村長さんも、亡くなる直前までゼル村の隅々まで見て回っていましたし、サンジョルジォ様もまだまだお元気そうなんですから、なんか新しい事業でも始めてみてはどうですか?」


「年老いた私に何ができるかな?」


「そうですねぇ、例えばぁ・・・」


 偉そうなこと言ったはいいけど、あいかわらず何も思いつかない。いや、実際は思いついているんだけど、いつものパターンで豚骨ラーメン屋さんとかトンカツ屋さんとかだ。まあジュリエッタ様お料理めちゃ上手だったし絶対に儲かるとは思うけど、老夫婦にやらせるようなことではない。それ以前に女王陛下のご両親にそんなことやらせるなんてとんでもない。はぁ、自分の発想力の無さが情けないよ。


「うーん、引退した王族に相応しいお仕事・・・あ、そうだ!学校!」


「ほほう、それなら私でもできそうだな」


「実は、ナゼルの町に新しい学園を作ってるんですよ。死刑囚で元王妃様のバルバレスカ先生が中心になって、ナゼルの町で新しく生まれたような技術や知識を、学園を卒業したばかりの子とか、あと学園に通えなかった子とか集めて、実務経験させながら教えてるんです。バルバレスカ先生って学園を首席で卒業したそうですし、商人の娘として厳しく育てられた経験とか、あと王妃様としてのお上品な振る舞いとか、なんかもう若い子のお手本として完璧すぎるんで任せちゃってます。ポーの町はヴィンサントと情報交換をしてるみたいですし、両方の町からどうにかこうにか生徒を集めて色々な作業のお手伝いさせながら難しいことまで教えて、その報酬を学費として天引きする感じで運営費に当てればいいんじゃないですかね」


「職人は口下手で教えるのに時間がかかるからな、私たちが事前にある程度の知識を与えてやるのは良いことかもしれぬぞ」


「私、お金たっぷり出して立派な校舎と宿舎を作りますから、ナゼル学園の分校ってことで始めてみませんか?最初は少人数しか集められないかもしれませんけど、五年後、十年後に活躍する子供たちへの投資です。私は利益なんて求めませんから、悪い話では無いと思います」


「素晴らしい考えだと思うが、金まで出してもらうのは申し訳ないな、それについては双方の町の予算に私が掛け合ってみよう」


「申し訳なくなんてないですよ!サンジョルジォ様はチェルバリオ村長さんと仲良しだったのですから、私にとっては亡き夫の大切なお友達なんです!それと過去にジュリエッタ様が専属侍女をしてくれていたお礼も兼ねてます!これは残された未亡人としての責務なのですっ!」


「はっはっは!ナナセ様は面白いな!わかったぞ、是非ともナゼルの町と協力関係を結ぼう!その方があの世のチェル君王子様とゼノアちゃんも喜ぶからな!」


「契約成立ですっ!」


 私にはチェルバリオ村長さんからせしめた多額の遺産を有意義に使わなければならない使命があるのだ。

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