12の34 元侍女・ジュリエッタ



 私とリザちゃんは、寄り道しまくってようやくたどり着いたポーの町の端っこにある、マセッタ様のご両親が住まう河川敷の古民家にお邪魔している。


 扉を開けて迎えてくれた優しそうなおばあちゃんは、マセッタ様のお母さまであるジュリエッタ様だった。つまり、現在の王太后様だ。ちなみにお父さまであるサンジョルジォ様は王様だったわけでもないし、どういう敬称で呼べばいいのかわからないから結局二人ともそのままお名前を呼ぶことにした。


「お初にお目にかかります、ナゼルの町のナナセと申します、マセッタ様には日頃から大変お世話になっております。サンジョルジォ様、ジュリエッタ様、ご迷惑でなければ、しばらくお邪魔させて頂きたいと思います!」


「アタクシ、皇国から学園へ留学に参りましたリザと申します。女王陛下のご厚意により、今回、旅路のお供をさせて頂いております!」


「あらあら、まだ可愛らしい娘さんなのに、ずいぶんと窮屈な挨拶をするのね、そんなに肩肘張らず、田舎に帰郷したつもりで楽にしていいのよ。私はジュリエッタです、ナナセ様はゼノアちゃんと本当によく似ているわね、ふふっ」


「サンジョルジォだ。王都から折角遠路はるばる遊びに来てくれたのだから、王族としての体裁など気にしないでくれ。私はナナセ様の夫であるチェル君王子様とは大変親しい間柄であったのだ。そうだな、私たちとは歳の離れたお友達のように接してくれないか」


「ありがとうございます!遠慮なく楽にします!」


「アタシも!新しいお友達ができて嬉しいわ!」


 ジュリエッタ様は長年王城の侍女をしていたので、おうちの中は綺麗に掃除が行き届いていた。サンジョルジォ様は元町長でお金持ちそうだし、家具や食器も立派なものを普段使いしているようで、王城に住んでる私たちなんかより、よっぽど優雅な生活を送っているように見えた。


「こういったものはね、マセッタが勝手に送りつけてくるのよ。使い慣れたものの方が良いのだけれど、せっかく送ってくれたものですし、使わなければならないような気がしてしまうの」


「護衛侍女ってお金の使い道ないらしいですよ。ゼノアさんも若い頃は、リノアさんっていう妹さんに、びっくりするほど素敵な洋服とかアクセサリを送りまくってたみたいです。女王様になっちゃった今、さらに使い道がないんじゃないですか?」


「リノアちゃんなら知っているわ、よく王城の厨房へ風変わりな食材や調理済の食料を売りに来ていたもの」


「あはは、それ和食って言うんです」


 私とリザちゃんは孫のように迎えられ、ひとまず温泉に入ってきなさいと高品質そうなタオルを渡された。案内ついでに護衛兵は必要かと聞かれたけど、リザちゃんが私を守ってくれると言って譲らなかったので、観光がてら二人でてくてく温泉へ向かうことにした。


 マセッタ様から聞いていたとおり、ポーの町ではハムやチーズ作りが盛んなようで、ヴィンサントの町から続いていた広大な草原にはたくさんの乳牛が放牧されていたし、河沿いにはハムやチーズ工場らしき小屋がたくさん建っているし、囲いを作って水牛らしきものを飼育している設備なんかもあった。


 色々と見学しながら河沿いの散歩をしていると、驚くことに『豚』らしき家畜を飼育している施設があった。ハムが名産なんだから当然か。


「ねえ子供先生、あれナゼルの町で育ててるイノシシとはずいぶん違うんじゃない?」


「さすがリザちゃん、よく見てるしよく気づくねぇ。これ、たぶん家畜用に品種改良が重ねられてる感じのイノシシだよ。見た目がマンガリッツァみたいだし、なんだかよく太ってるし」


「なによそれ、教師なんだからもっとわかりやすく説明してよ」


「野生のイノシシって暴れちゃって柵の中じゃ育てにくいでしょ?だから飼育しやすいように何年も何世代も色々とかけ合わせながら、こんな感じの大人しめな『豚』っていう家畜に作り変えるんだよ」


「はぁ?そんなの神の御業と呼べる領域じゃない。許されんの?」


「あー、言われてみればそうなのかも。創造神が過去に入れ知恵したのかもね」


「創造神ってなによ」


「神様の一番偉い人だと思うんだけどさ、あんま印象よくないんだよね。たぶん美味しい生ハム食べたいとかそんな単純な理由でやったんだと思う」


「子供先生って本当に何でも知ってるわよね」


「なんかまあ、私も詳しくはわかってないんだけど、だいたい合ってると思うよ。それよりさ、この豚さんさ、オスとメスの組み合わせで何匹か買って帰りたいなぁ・・・」


── ぶひぃぶひぃ・ぷひぷひ ──


「アタシこんなの引き連れて王都へ戻るの嫌よ!カッコ悪いじゃない!」


「えー、美味しいのにぃ」


「だいたいビアンキに着いてこられないでしょ!」


「ここから運ぶなら馬車だろうねー。ずいぶん前に牛さん買って馬車で運んだことあるんだけどさ、掃除すっごい大変だったから使い捨てられるような古い馬車を軽く補強する感じかな」


「馬車をそのまま捨てるの?もったいないじゃない」


「豚さん育てて加工して売れば馬車代の数百倍は儲かるよ」


 ポーの町に豚がいるなら美味しい生ハムが特産品だという話もうなずける。私は「王族です」と名乗ってズカズカ小屋の中へ入り、そこにいた職人さんに色々話を聞いてみた。なんでもこの河川沿いは独特の立地と気候が揃っているらしく、秋から冬にかけて発生する深い霧が、肉やチーズをいい感じに熟成させてくれると言っていた。ナゼルの町は霧なんて出ないし、パクって真似するのは無理そうだ。この際だから、ナゼル学園に通ってる若い職人をポーの町に送り込んでみようか。



「ふう、いいお湯だったねぇ」


「この温泉に浸かっていれば色々な病気が治るって書いてあったわ!子供先生の泣き虫病もきっと治るわね!」


「リザちゃんのメスガキ病もね!」


「メスガキってなによ、外国の難しい言葉使わないでよ」


「私が前に住んでた国でさ、その病気にかかった女の子は超人気あったんだ。熱烈な一部の人にだけ」


「なによ!アタシが人気者なんて当たり前じゃない!見てなさい!どうせなら世界中から尊敬される立派なメスガキになってやるわ!」


「あはは、魔人族はガキ期間が長いからホントになれるかもね!」


 なんかまあ、リザちゃんの病気は治らない方がいいけど、早く大人になりたいとか呟きながら私にくっついて眠る姿を見ちゃってるからそうも言えない。そんなバカ話をしながら河川敷の古民家へ戻ってくると、ジュリエッタ様が夕ご飯を用意してくれていた。


「ナナセ様は料理がお得意と聞いていますから恥ずかしいわ。けれども私も王宮に長くお勤めした侍女の端くれ、この町で作っている食材を使った料理なら少し自信があるのよ」


「私、作る専門だったから、こうやって作ってもらえるだけで嬉しいんです。こないだなんて私の誕生日にステーキ焼いてくれた子がいて、なんか生っぽかったけど泣きながら食べましたもん」


「ちょっと子供先生!それじゃアタシが作ったもの食べるのが嫌で泣いたみたいじゃない!」


「大丈夫!ナゼル牛は誰が焼いても美味しいから!」


「ふふっ、若い娘が二人もいると賑やかで良いわね。きっとポー産のハムやチーズなら、誰が作っても美味しくなるから私が作ってもナナセ様に安心して召し上がって頂けるわ」


「そ、そういう意味じゃなかったんです・・・ごめんなさいです」


 なんか切り返しがマセッタ様にちょっと似ていて困る。ジュリエッタ様は若い頃から王宮の侍女だったので、今日はお城の晩餐会みたいな豪華なコース仕立てのお料理を作ってくれたようだ。なにかお手伝いをと言ってみたけど断固阻止されてしまったので、作っているところを見学させてもらったり、お料理を出したり下げたりすることにした。ほったらかしにしてるリザちゃんはサンジョルジォ様と笑談しているので問題なさそうだ。


「お客様にお手伝いさせてしまうようで申し訳ないわ」


「ご存知かと思いますけど、私はポーの町の食材にすっごい興味あるので、この方が楽しいのです。気にしないで下さい」


 私は前菜の時点ですでに驚いた。おそらく水牛の乳で作ったと思われるみずみずしいモッツァレラチーズに、なんとスライスしたトマトが添えてあった。


「こ、これはトマトじゃないですか!」


「そうよ、王都ではあまり食べられていない野菜なのよね。このあたりでは昔から採って食べていたそうよ」


「私これ、すっごい好きだったんですけどナゼルの町でもあんまり食べない野菜だったみたいで、近所で見つけてきたやつ一生懸命栽培したんです。今では冬でも食べられるように、ガラス製の温室まで作ってるんですよ」


「高価なガラスで家を建ててしまったの?お伽話のようで素敵だわ」


 前菜の二皿目は色々な野菜を使ったオムレツに生ハムを添えたものだった。チーズの香りがいい感じのアクセントになっている。


「これがポー名産の生ハムなんですねぇ(もぐもぐ)すごーい!私たちが作ってるハムなんかより全然肉の味わいがある!おいちいー!」


「そうでしょう、そうでしょう。私も王宮の侍女を引退してこの町へ移住したとき、この生ハムを食べて感動してしまったわ。なんでも本格的に熟成させるには一年間も寝かせるそうよ」


「高級品ですねぇ・・・あの飼育してたイノシシも、生ハムにするのに適した育て方をしてるんでしょうねぇ。私いま猛烈に感動しています!」


 次に作った料理はリゾットだった。ただ、普通に作ってお皿に盛ったわけではなく、最後の仕上げで大きな固まりのチーズをくり抜いた部分に熱々のリゾットを投入して、その中で手早くかき混ぜることで溶けたチーズをお米全体にまとわせるような超贅沢品だった。


「ナナセ様はお米がお好きだという情報が送られてきましたから、私お気に入りのお米料理を用意しました」


「ああっ、この濃厚なパルミジャーノの味わい、贅沢すぎる・・・最高です!それに、お米の炊き加減も完璧です!」


「ポーでは鶏も牛もイノシシもたくさん飼育していますから、高品質で味わい深いコンソメが手軽に手に入るの。きっとその影響ね」


 そっか、炊いてる水の時点で違うのか。この異世界にしてはすごい贅沢なリゾットだなあと思いながら食べたけど、その次に出てきた料理はその上を行く贅沢品だった。


「(クンクン)こ、この香りは・・・もしかしてトリュフですか?」


「あら、さすがナナセ様はよく食材をご存知なのね。この変わったキノコはポーの町でそれ専用に訓練されたイノシシが地中に埋まっているものを探し出してくれるそうよ、だからとても希少で高価なものなの。この料理は濃厚な味わいのソースですから、少し太いタイプの生小麦麺がよく合うのよね」


「素晴らしい!幸せすぎる!」


 なんという贅沢なお食事会なのだろう、これほどの前菜とパスタとリゾットなら、メインディッシュはさぞかし豪勢なものが出てくると思って期待していたら、それは超普通なものだった。


「牛と地鶏とイノシシのピリ辛腸詰めグリル盛り合わせよ」


「なんというか・・・お酒好きな人が喜びそうな味の強いお料理ですねぇ、私は飲めないのでわかりませんけどぉ」


 ふと隣を見ると、サンジョルジォ様とリザちゃんが葡萄酒をガブガブ飲みまくっていたようで、二人とも完璧にできあがっちゃってる。


「それでね!子供先生ったらよわよわ少年相手にいきなり本気出して、腕と机もろとも粉砕しちゃったのよ!まったく手加減ってものを知らないんだから!」


「はっはっはっは!ナナセ様の話はマセッタの武勇伝と似ていて愉快だな!」


「マセッタ様も本気出したら容赦なさそうよね!」


 すごいねリザちゃん、何十歳も離れてるサンジョルジォ様とすっかりお友達になっちゃってるよ。


 あ、リザちゃんの方が三十歳くらい年上だし問題ないのかな。





あとがき

久々のナナセさん視点でした。このペアやっぱ良いですね、特にリザちゃんのセリフは最初に思ったことをそのまま口に出す裏がない感じなので書きやすいです。


本場パルマのチーズとハムをご堪能いただけたでしょうか。ポーの町は創造神の手がずいぶん入っていそうです。7の25あたりで書いたマセッタ様の物語のときに、パルミジャーノとプロシュットを中途半端に出したのが心残りで、どうしてもこの食材を使ったお料理回を書きたかったのです。


この作品に登場する食べ物は異世界トンデモ料理ってわけでもないですし、こういうのはなるべくリアルに書きたいと思っているのですが、料理や食材の話は地味になりがちで読み手を選ぶと思うので悩ましいですね。

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