12の33 国境沿いの神殿



 ベルシァ帝国へ向かうこととなった皇帝ご一行は、夜の移動は怖いとイナリが言い出したので、翌朝になってからアリッシアを出発した。メンバーはずいぶんと入れ替わり、獣化した猫神様に乗る河童の二人、獣化したシンジに乗るイナリとシャルタナーンの六名だ。


 いつまでも学園を休んでいられないリアはアズーリとともにアリッシアを観光してから王都へ戻る予定で、仲良しになったヨナが案内をするようだ。ヨナについてはそのままアリッシアへ残り、シャルタナーンのお屋敷の管理と留守番をしなければならない。


「イナリ様、少々遠回りとなりますが、ひとまずアリッシアから北上し、王の道へ出るのが安全な旅路になるかと」


「そんなのここから適当に東の方角へ走っておれば、そのうちドゥバエの港町あたりに着くのじゃ」


「それですと、道中険しい砂漠のみの移動となりますし、私が把握できているような水場もありません。夏期は日差しも強く、物陰すらない砂漠をアリス様とテレス様のお二人が耐えられるとは思えません」


「なるほどなのじゃ。亀と蛙を合わせたような生命体では、水場が無いのは死活問題になりそうなのじゃ。頭の水袋が干からびちゃうのじゃ」


「それは困りますぅっ!」

「死んじゃいますぅっ!」


 王の道には旅人用の休憩所が点在しているらしく、シャルタナーンがそれをすべて把握している。かなり遠回りになってしまうが、王の道であればそれなりに舗装された街道であるため、獣化してまだ日の浅いシンジでもストレスなく走ることができるであろうし、なによりもこの旅は急ぐものではない。


 シャルタナーンの助言通りに王の道を目指し、順調に北上しているかと思われた旅だったが、すぐに大きな問題が起こった。


「むりぃ・・・」

「あついぃ・・・」


「イナリ様、持参した水筒が空になってしまいました。このまま進むのは危険ですぞ」


「おい猫神、ちょっと休むのじゃ。困ったのじゃ・・・アリス殿とテレス殿がこんなにたくさん水を消費するとは思っていなかったのじゃ」


「にゃぁんー」


「おいアリス殿、液体魔法とやらで水を集めることはできないのじゃ?ナゼルの町の変な地下室には、宝石で大気中の水を集める不思議な装置があったのじゃ」


「こんな枯れた砂漠じゃ魔子も水分も少ないから難しいですぅ・・・」


「確かにそうなのじゃ。また遠回りになってしまいそうじゃけど、海まで出て海岸沿いを進むしか無さそうなのじゃ」


「そうですね。猫神様とシンジ様、進路を変更しましょう」


「にゃあ」

「がう」


「暑いのじゃ・・・砂漠とはこんなにも過酷な土地なのじゃな・・・」


「はい。帝国は支配地域ばかりが広くとも、たいした国力を有することができなかった理由のすべてが砂の大地に起因するものでした」


 イナリ隊長のご一行は、ドゥバエの港町がある東南へ向かう進路はずが、海水を求めて真逆である北西方向へ進むことになってしまった。日が沈んだ頃ようやく海岸へ到着すると、死にかけていた河童二人が海へとまっしぐらに飛び込み、そのまま潜って出てこなくなった。残されたメンバーで慣れない野営の準備をしながら待っていると、河童二人が大量の新鮮な魚介類を口に咥えて戻ってきた。今夜はご馳走だ。


「おい皇帝、王の道で一番近い休憩所はここからどのくらいなのじゃ?」


「早朝に出発すれば、昼過ぎにはグレイス神国との国境沿いにある集落跡地の神殿へ到着できるかと思います。そこから先は帝国まで水場のある休憩所が点在しておりますから、安全な旅路になるかと」


「ふむ、そこから先は何日くらいかかるのじゃ?」


「猫神様とシンジ様の速度でしたら馬の数倍は進めると思いますので・・・そうですね、ドゥバエまで五日もあれば到着するのではないでしょうか」


「明日になればわらわも獣化できるのじゃ。そしたら皇帝はわらわに乗ってシンジを単独で走らせれば、もう少し早く到着できると思うのじゃ。きっと猫神もわらわと同じ速度で走ることができるのじゃ」


「人族ごときが神の背に乗るようなことが許されるのでしょうか・・・」


「姫や孤児に便利に乗り回されておるから、そんなのもう慣れたのじゃ」


「先日から気になっていたのですが・・・アイシャールを救って下さったナナセ姫という方は、どのような方なのでしょうか?」


「それは長くなるのじゃ」


「かまいませぬ、聞かせて頂けますでしょうか?」


「姫とは、じゃな・・・‥…」


 イナリによるナナセの説明は早朝まで懇々と続き、シャルタナーンは寝ぼけまなこのまま獣化したイナリにしがみつき、国境沿いにある集落跡地の神殿を目指して出発した。


・・・・・

・・・


 所変わり、ここはドゥバエの港町。


 レベッカから預かった『アイシャールが生きてたんなら、ドゥバエの港町に攻め込む理由なんてどこにもありゃしないよ』という乱暴な殴り書きの板切れを胸に、アイシャールとアデレードが勝利の凱旋帰還をした。


「いくら空を飛べるとはいえ、たった二日でお戻りになられたことも驚きですが、后妃様が生きておられたことにはなお驚きです」


「いい人たちでしたの!もう争いは起こりませんの!」


「アデレード姫様を信用していなかったわけではありませんが、あの好戦的な残存勢力の輩どもが、簡単に剣を収めるとは考えにくいのですが・・・」


「ガファリ、それなら安心しなさい。アデレードがあっという間に百人ほどの戦闘要員を斬り倒してしまいましたから。今後、逆らおうなどという者など連中の中には一人もいないでしょう」


「アデレード姫様が砂漠のオアシスごと壊滅させてしまわれたと?」


「そうは言いましても、アイシャお姉さまが治癒魔法をかけて回って下さったから死者も出ておりませんし、なんの問題もありませんの。もしあたくしが治癒魔法の係で、アイシャお姉さまが斬り倒す方の役割だったならば、そこには百人どころか千体ほどの死体の山が築かれていたと思いますの」


「「「・・・。」」」


 ドゥバエの港町の立派な円卓に集まった要人たちが黙ってしまった。この数十年、一時も忘れることなく彼らの頭を悩ませてきた懸念材料を、ほんの二日で無力化させてしまったアデレードとアイシャールに、どのような礼を尽くせば良いのか、はたまたどのような姿勢で服従すれば良いのか、思考が追いついていないのだろう。


 ここで見かねたベルがほわほわとリュックから這い出てきた。


「アデレードもアイシャールも説明不足どころか、それじゃ誤解されちゃうのじゃよ。ガファリとやらや、わしの見立てによると、レベッカは砂漠のオアシスとドゥバエの港町に分割した帝国の民が、再び争い事など起こさぬよう、見張っておったのじゃよ」


「と、申しますと?」


 ことの成り行きを冷静に眺めながら、レベッカが語っていた話を聞いていたベルは、アリッシア民族との終戦後、必ず起こりうる内乱を避けるため、シャルタナーンの策によって帝国を意図的に分割したことを説明した。


「我々はそのような策について聞かされておりませんが・・・」


「そりゃそうなのじゃよ。皇帝は失敗が許されなかったわけじゃから、必ず成功させる為には味方であるガファリたちでさえ完璧に騙さなきゃならんような、重大な決断だったのじゃよ」


「そうであったのですね・・・少々寂しい気持ちになります」


「そんなことはないのじゃ。結果として、皇帝の思惑通りこのドゥバエの港町を何十年も守り続けてきたのじゃから、むしろ胸を張っていいと思うのじゃよ」


「もったいないお言葉でございますベル様。しかし、そのような取り決めが裏で成されていたのであれば、なぜ后妃様は今となって戦力を整えドゥバエの港町を襲撃しようとお考えになられたのでしょうか」


「アイシャールが死刑になる可能性があったのに、みすみす王国へ返してしまったからじゃないかのぉ」


 ベルの言うとおり、レベッカがドゥバエの港町へ攻め込もうとしていた理由は、せっかく帝国へと帰還したアイシャールをナナセの言いなりで取り逃がし、大罪人として王国で処刑されてしまうという噂を耳にしたからである。


「后妃様は偉大なるナナセ姫様のことをご存知ではありませんから、そう考えてしまうのは当然なのかもしれませんな」


「じゃがレベッカなら、ナナセについての説明をアイシャールとアデレードから執拗に聞かされておったから、もう大丈夫じゃよ」


 アイシャールが生きているのであれば、ドゥバエの港町に制裁を加える必要などなく、なおかつアデレードという才能ある帝国皇帝の後継者まで現れた今、むしろ互いに手を取り合ってベルシァ帝国の歴史を歩み直そうではないか、という考えに傾いていることを付け加え、ベルによるレベッカについての補足説明が終わった。


 姫様二人が背負うお揃いの武器を振り回して大暴れした挙げ句、ますます状況が悪化したのではないかと考えていた帝国の要人たちは、ここでようやく胸をなでおろすことができた。


 妖精族の長老・ベル、こういった場面では本当に頼りになる。



「それではあたくしとアイシャお姉さまは、一旦王国へ戻りますの」


「アデレード姫様からご指示頂いた通り、砂漠のオアシス付近で発掘されている宝石や貴金属を使用し、帝国の古き伝統工芸品である細工装身具の生産を始めます」


「あたくしが先払いした金貨は、将来的にナナセお姉さまからの輸入品を購入する資金と考えて頂きたいと思いますの。きっと保存が効く上に、驚くほど美味しい未知の食材が山ほど届きますの」


「ナナセ姫様とは、こちらも伝統工芸品である絨毯の売買についてお約束をしておりますので、若い職人を再教育し、着々と生産体制を整えております。また、イナリ様が好まれていたコーヒー豆についても増産できるよう準備しております。ただコーヒー豆の産地につきましては、ドゥバエよりずいぶん南方に位置する小さな集落となっておりますので、数年単位の時間が必要になるかもしれませんな」


「コーヒーでしたら砂漠のオアシスでも栽培できているようでしたから、そこまで急ぐ必要はないと思いますの。そもそもヴァチカーナ王国とグレイス神国を結ぶ海路の経済交流も、落ち着くまで年単位の時間が必要とお父様・・・ナナセお姉さまの指示で動いている有能な商人が言っておりましたから、そこまで急ぐ必要はないと思いますの」


 アデレードは姫様ぢからを利用して、ガファリへ『ラーテルの紋章』のような高品質かつ高精細なアクセサリ作りを指示したようで、次にベルシァ帝国へやってきた際に回収して王都で売りさばくつもりらしい。さすが商人の娘、ちゃっかり者だ。



 こうしてアデレード隊長率いる、ベル、アイシャール、ハルコのグループは、分裂していた勢力のトラブルをあっさり解決してからベルシァ帝国を後にした。


 王国への帰路は、イナリの別荘である無人島の温泉でまず一泊、そして、ベルシァ帝国とグレイス神国との国境沿いにある集落跡地の神殿で一泊を予定している。





あとがき

筆者視点、いかがでしたでしょうか、ナナセさんの登場しないお話に13話もお付き合い頂きありがとうございます。筆者が書き慣れていないというのもあると思いますが、やっぱ違和感ありますね、三人称。

最初はよそ行きのかっこいい言葉とか使って頑張って書いてみたのですが、知らず知らずのうちにナナセさん言葉に戻ってしまうので諦めました。


ということで次話から久々にナナセさん視点へ戻ります。

ポーの町へ到着してマセッタ様のご両親にお世話になるあたりですね。


これからも頑張ってナナセさんになったつもりで書きますので、読者の皆さまにはナナセさんになったつもりで読んで頂けると嬉しいです。

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