12の32 アリッシア(後編)



 プンスカしながら扉を開けて現れた猫神様はイナリの生き写しだった。人族の子供の容姿に獣耳と尻尾、違うのは褐色の肌と尻尾の本数だろうか。


「わらわは砂漠の猫神にゃ!」

「わらわは神国の土地神じゃ!」


 猫神様は唐突に現れた自分とそっくりな容姿をした神を名乗る無礼者イナリに臆することなく、無い胸を張って偉そう立ちしている。その姿を見たイナリも負けじと無い胸を押し付けて競り合っている。


 口を挟むことができず黙って見ているシャルタナーンは和んだ。


「せっかくわらわと帝国皇帝が訪ねて来たのじゃ、早く茶の一つくらい出すのじゃ!」

「まだそにゃたを客とは認めてにゃいのにゃ!わらわから見ればただの侵入者にゃのにゃ!」

「わらわの方がたぶん偉い神なのじゃ!」

「そんにゃのわらわに決まってるのにゃ!」

「わらわの方が尻尾が多いからわらわの勝ちなのじゃ!」

「そんにゃ下品にゃ尻尾よりわらわの一本の方が気品あるのにゃ!」


 シャルタナーンは無い胸をくっつけあって言い争いをしている獣耳神様を止めようと二人の間に割って入る。目的を忘れてとても和む。しばらく挟まっていてからハッと正気に戻り、猫神様をなだめた。


「猫神様、唐突な訪問をお許し下さい。イナリ様はグレイス神国の土地神様であることは私が明言致します、どうかお客人としてお迎え頂けないでしょうか・・・」


「シャルがそう言うにゃら許すのにゃ。とりあえず住処へ入るのにゃ」


 猫神様の住処はイナリの住処と全く同じ設計だったので、イナリは自分のおうちみたいな感じで応接室までズカズカと入っていく。するとそこには、蛙と亀を融合させたようなよくわからない二足歩行の生命体が二体おり、唐突な客人にビクつきながら抱き合って震えている。特に片方は、イナリを見たとたんに具合が悪そうになってしまった。


「どちらさまですかぁっ!(ビクビク)」

「猫神様のお仲間ですかぁっ!(ガクガク)」


「イナリじゃ。猫なんかじゃないのじゃ。お邪魔するのじゃ」


 このよくわからない生命体は肌が緑色で手足には水かきが付いている。さらに、頭頂部がプルプルとした不思議な水の膜で覆われており、よく見ると脳が少し透けていて怖い。


 つまり、河童だ。


 しかし、猫神様もイナリもシャルタナーンも、日本古来の妖怪など知るはずがないため、変わった生き物がいるもんだ程度にしか思っていないようだ。なにより魔物にしては臆病すぎるし、手足も細く弱そうだから大丈夫だと思っているのだろう。


「ふむむむ・・・前に強い力を感じたのはおぬしらだったようじゃ。何者なのじゃ?」


「あ、あたしは液体魔法の紡ぎ手ですぅっ!」

「ぼ、ぼく創造神様に助手って言われましたぁっ・・・」


「そうなのじゃな、それは失礼したのじゃ。わらわは光魔法の紡ぎ手のイナリじゃ。そなたらにも名はあるのじゃ?」


「アリスですぅっ!」

「テレスですぅ・・・」


「よろしくなのじゃ。して、テレス殿の方はめっぽう具合が悪そうなのじゃ、大丈夫なのじゃ?」


「イナリ殿はぼくと相性が悪そうですぅ・・・」


「たぶんなのじゃが、ピストゥレッロ殿と同じような感じなのじゃ。テレス殿はわらわから少し離れた方が良さそうなのじゃ」


 見るからに具合が悪そうなテレスは四本脚になってペタペタと這うように猫神様とシャルタナーンの所まで退避した。イナリとアリスも少し距離を取ってから話を聞いてみると、アリスの強力な液体魔法はテレスの重力魔法補助なくして成り立たず、二人は表裏一体だ、というような説明だった。


「少しくらいの液体操作でしたらあたし一人でも可能なのですけれど、泉の水を動かすような大掛かりな操作はテレスの重力魔法で補助してもらわなければ無理なのですぅっ」


「液体魔法は王都のお寿司屋さんで冷蔵ショーケースとやらに使っておる女を見たことがあるのじゃ。確かに、姫たちが使う重力魔法みたいな、おかしな方向へ水が流れていたのじゃ」


「液体とは必ず高きから低きへ流れます。あたしが集めて動かした大量の水を、テレスが流すべき場所へ方向づけしてくれることで、アリッシアの農作物がいつも元気に潤っているのですぅっ」


「それは素晴らしい魔法なのじゃ。ついでにわらわが土に治癒魔法をかければ効果増大間違い無しなのじゃ!」


「イナリ殿は土に魔法をかけられるのですかっ、固体魔法と治癒魔法を同時に扱うのですかぁっ」


「そういうのとは違うのじゃ。わらわは光魔法しか使えないのじゃ。なんでも、土の中の微小な生命体を治癒魔法で元気にすることで農作物に良い影響を与えるそうなのじゃ」


「興味深いお話ですぅっ!」


 話に入れずイナリとアリスの話を少し離れた場所で聞いていた猫神様は、悔しそうな顔をしながらもイナリという神様の存在をようやく認めたようだ。


「おい土地神、光魔法の紡ぎ手だったにゃら、先に言ってくれれば良かったのにゃ」


「猫神はずいぶんとアリッシアの民に好かれておるようじゃが、こう言っては何なのじゃが・・・アリス殿やテレス殿のような特に強い力など感じないのじゃ。いったいどういうことなのじゃ?創造神様からどう言われておるのじゃ?」


「わらわはすべてを見通す力があると言われてるのにゃ」


「なんかすごそうなのじゃ!具体的になにが見通せるのじゃ!?」


「見通しているのはわらわじゃにゃいからわからにゃいのにゃ」


「そうなのじゃな・・・」


 猫神様の能力は見通す力らしい。しかし、見通しているのは誰だかわからないそうだ。思わずイナリは微妙な顔になり、バカにしていいのか、それとも慰めた方がいいのか、よくわからなくなってしまったので話を変えた。


「・・・見通す力のことはわかったのじゃ。それで、わらわは光魔法とは別に獣化できるのじゃが、猫神もできるのじゃ?」


「できるのにゃ!アリスとテレスを乗せて、たまにお散歩へ出かけてるのにゃ!」


 そう言うと、嬉しそうにすっぽんぽんになった猫神様がドロンと獣化した。その姿はイナリが狐になるのと同じくらいのサイズで、子供なら余裕を持って三人乗りできそうな巨大な黒猫に化けた。足元にはイナリやユニコーンと同様に青緑色のお皿が発生している。


「すごいのじゃ!黒くてかっこいいのじゃ!」


「にゃあ!」


「わらわは人の姿に戻ったばかりじゃから、もうしばらく獣化できないのじゃ。今すぐ見せられなくて悔しいのじゃ」


「にゃあにゃあ」


「・・・もしや、獣化するとしゃべれなくなるのじゃ?」


「にゃにゃにゃにゃにゃ!にゃにゃあ!」


「これじゃシンジと同じなのじゃ・・・」


「がう!」


「ところで猫神とアリス殿とテレス殿、また話が変わるのじゃが、他人の怪我を肩代わりするような呪いの魔法なんて知らぬのじゃ?」


「あたしにはわかりませぇんっ」

「ぼくもぉ・・・知りませぇん・・・」

「にゃあ」


「そうなのじゃな・・・自分の能力もよくわからぬのに、そんな呪いの魔法について知ってるわけないのじゃ・・・」


 この後、にゃあしか言えない猫神様とは、ピーヒャラ音とやらを使って最低限の意思疎通を行い、リアとヨナの待つ酒場へ移動した。



「い、イナリ様、変わったお仲間が増えてますけどぉ!」


「液体魔法のアリス殿と重力魔法のテレス殿と砂漠の猫神じゃ。今から皇帝をドゥバエの港町まで引き連れてくことにしたのじゃ。アイシャールが生きておったのじゃから、もう隠れてる必要がなくなった皇帝に三十年分のごめんなさいさせに向かうのじゃ。ついでに嫁のレベッカとやらも探しに行くのじゃ」


「い、今らか帝国ですかぁ!?」


「アリス殿とテレス殿と猫神も、たまには遠くへ遊びに行きたいと言っておったからちょうどいいのじゃ!」


「私は学園があるからそろそろ王都へ戻らないとぉ・・・」


「それもそうなのじゃ、帝国を往復するとなると何日もかかっちゃうのじゃ、お勉強は大切なのじゃ。ヨナはどうするのじゃ?」


「ヨナは、ヨナは、何十年でも、何百年でも、シャル様のお帰りをお待ち申し上げております・・・」


「まったくヨナは大げさなのじゃ。すぐ戻ってくるのじゃ」


 こうして帝国皇帝・シャルタナーンは、狐と猫という神様二人に逆らうことなどできるわけもなく、気まぐれなお散歩に付き合わされるような形で帝国の地へ向かうのだった。


 帝国皇帝となる者が受けてきた「絶対に己の非を認めてはならぬ」という教育が染み付いているシャルタナーン、果たして謝罪の言葉は出てくるのだろうか。

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