12の31 アリッシア(中編)



「ご、ゴメンなのじゃヨナ。皇帝を責めるつもりなんかなかったのじゃ」


「・・・はっ!こ、こ、こちらこそーっ!神様への冒涜を犯してしてしまいましたーっ!罪深きヨナの命に変えてお詫び致しますーっ!」


 ヨナがどこからともなくサバイバルナイフを取り出すと、自分の胸へ向けたと思ったらすぐにブスリ!と突き刺した。真っ赤な鮮血が吹き出し、ふらりと倒れかけたヨナをシャルタナーンが慌てて抱きかかえる。


「ヨナーっ!馬鹿者―っ!何をはやまっているのだーっ!」


「シャル様に抱かれ・・・ヨナは、ヨナは、幸せな人生でした・・・がくっ」


「なんなのじゃそなたらは」


 イナリはヨナの胸に刺さったナイフを冷静に抜き取ると、異世界最高峰の治癒魔法により一瞬で元に戻してしまった。傷が新しければ新しいほど治癒魔法の効果は高いそうだ。


「ほれ、もう治ったのじゃ。おい皇帝、ヨナとはいつもこのような調子なのじゃ?」


「す、すごい治癒魔法の効果ですな・・・少々思い込みが激しいところがございまして、過去にも何度かこのようなことがありました」


 アリッシア集落の民は信心深い。当然ヨナも例外ではない。感情的になって神様に文句を言ったは良いが、ゴメンと言わせてしまった自分を責め、即座に自害したようだ。


 しかし、イナリが処置をした傷ひとつ残らない強力な治癒魔法だったとはいえ、ヨナはあまりにも治りが早すぎた。そのことにイナリが違和感を抱き、いつになく真剣な眼差しでヨナをジロジロと眺める。


「ふむふむ、詳しくはわからんがヨナは人族では無さそうなのじゃ」


「わ、私はぁ、ヨナさんは魔人族の血を引いていると思いますぅ」


「なんじゃリア、気配が無いからシンジとアズーリの所へ遊びにでも行ったのかと思ってたのじゃ」


「影の薄さなら自信ありますぅ!」


「そんなの自慢にならないのじゃ」


「そ、それよりもイナリ様とリアさん、ヨナが魔人族というのは・・・」


「二十年以上も前からほとんど年を取っておらんのじゃ?そんなのわらわでなくても、人族で無いことくらい誰でもわかるのじゃ。皇帝が不自然に思わない方が不自然なのじゃ」


「ヨナはそういう体質なのかと・・・レベッカも同様でしたし」


「よくわからんことが多すぎるのじゃ。詳しく聞かせるのじゃ」


 ヨナとレベッカはひたすら丈夫だった。ヨナについては胸にナイフが刺さっても簡単に死なないほどの回復力を獲得していることが目の前で証明された。シャルタナーンいわく、レベッカも似たような生命力の持ち主だったらしく、おそらく生きていると考えているのも頷ける。


「ヨナとレベッカとやらの不思議な体質はよくわかったのじゃ。たぶんそれはリアと同じ魔人族の血を引く者なのじゃ。それで、分裂させた帝国はアイシャールが成人するまでどうするつもりだったのじゃ?」


「私の世代ではすでに忘れられた地となっておりましたが、かつての皇帝一族は夏と冬で都の所在地を入れ替えておりました。これは季節の温度差が激しい土地柄で、より過ごしやすい場所を選んでいたこともありますが、一番の理由は広大な帝国領土の隅から隅まで、皇帝一族の支配下であることを誇示するための意味合いがあったと言い伝えられております」


「なるほどなのじゃ。わらわは昔からドゥバエしか知らんのじゃ。その夏の都と冬の都に帝国を分裂させたのじゃな」


「その通りでございます。冬の都がイナリ様もご存知のドゥバエです。あそこは湾の形状が特殊なこともあり、漁が安定しているため食料に困らない場所で、アイシャールを成人まで過ごさせるには最適な場所でした。一方、夏の都とは、砂の丘陵に囲まれ侵入者を拒んでいる不思議な場所で、皇帝一族以外に知るものなどおりませんでした。ここにはオアシスと呼ばれる質の良い水場があり、避暑地として優れた場所でした」


「ようやくわらわにもわかってきたのじゃ。ようするに、アイシャールが成人するまで海を隔てた冬の都・ドゥバエで静かに過ごさせ、一方で砂の丘陵で隔離されておる夏の都・オアシスに好戦的な反乱分子を閉じ込めちゃったのじゃ?レベッカとやらの監視付きで」


「はい。概ね私の思惑通りに物事が進んでおりましたが、反乱分子の中でもさらに面倒な者たちがおり、夏の都へ移住せずアイシャールを亡き者にしようとドゥバエを襲撃したようです。そのあたりの話は、私はすでにアリッシアへ逃避しておりましたから、噂で耳にしただけなのですが・・・」


「そんな襲撃があってアイシャールは神国へ逃げたのじゃな」


「実はそれについても私は予測しておりましたので、しっかり策を残しておりました。そのようなことが起こった場合は、アイシャールを戦争中立国であったグレイス神国へ連れて逃げるようにと、皇帝一族の証である『ラーテルの紋章』を私の血判を添えた書状と共に信頼できる従者へ託しておりました」


「その紋章なら知っておるのじゃ、アイシャールが髪飾りにしておったからガファリが気づいたのじゃ。でも、せっかく色々な策を残しても、まさかその数年後アイシャールが勝手に王国へ渡ってしまうことまでは予測できなかったのじゃな」


「そうですね。アイシャールが成人したと思われる八年後、私は変装してドゥバエを訪ねました。しかしそこに皇帝・アイシャールの姿は無く、ドゥバエの民からも生気を感じられず、私は失意の中アリッシア集落へと戻ってしまいました・・・」


「ちなみに例の紋章は、今はアデレードが頭に付けておるのじゃ」


「アデレード、とは?」


「レベッカとやらとそなたの孫なのじゃ」


「ま!?・・・・・・。」


 シャルタナーンはアイシャールが子をなしていたことに衝撃を受け、その場で青い顔をしながら激しく動揺し、ワナワナと震えが止まらなくなってしまった。これだから男親は困る。その様子を見たヨナがそっと寄り添い、頬を赤らめながらシャルタナーンを優しく慰めた。


「シャル様、あれから永い月日が経っております。幼かった娘が一人の女となり、親の手を離れ、家族を持つのは当然のことなのです。けれども、ヨナでしたらシャル様の元から離れていくことなどありません、ヨナは、ヨナは・・・」


「いつも済まぬな、感謝しているぞヨナ・・・」


「シャル様ぁ・・・(ぽっ)」


 二人の様子にイナリのジト目が突き刺さる。


「おいヨナ、ちょっとこっち来るのじゃ」


「はい、神様・・・あわわわ、乱暴にしないで下さいーっ!」


 イナリはヨナの首根っこを掴むと、そのまま集落の外までズルズルと連れ出した。辺りをキョロキョロと見回してアズーリを見つけると、さっそくヨナを乗せようとしてみる。


「ちょっとこの白い馬に乗ってみるのじゃ」


「素敵なお馬さんなのですーっ!神様が従えているお馬さんは特別なのですーっ!」


 ・・・結果としてヨナはアズーリに乗せてもらえた。イナリはナナセと知り合ってからすっかり俗世の欲にまみれ、神らしからぬ不純な想像をしてしまったことを反省した。


「ゴメンなのじゃヨナ、あらぬ疑いをかけてしまったのじゃ」


「?」


「酒場に戻るのじゃ。とにかくゴメンなのじゃ」



「おい皇帝、帝国では重婚は許されておらぬのじゃ?」


「皇帝一族には認められております。しかし、私の妻は生涯レベッカただ一人と決めております」


「そうなのじゃな・・・」


「私は、離れてから数十年が経った今でも心の底からレベッカを愛しておりますし、きっとレベッカもそうであって欲しいと願っております」


「ふむ、じゃったらわらわが皇帝をレベッカという嫁に会わせてやることを約束するのじゃ。無論、アイシャールもなのじゃ!」


「現実的なこととは思えませんが、イナリ様からそのようなお言葉を頂けるだけで、私は残りの人生、希望を胸に生きてゆけます・・・」


 ここでヨナが半泣きになってしまった。その様子をずっと黙って見ていた隠れおませさんのリアが、また自害しかねないとでも考えたのだろうか、そっと寄り添い優しく肩を抱いてから、ナナセたちの暖かい光の真似をした稚拙な治癒魔法をかけてあげた。少しは効き目があったようで、ヨナは鼻をすすって涙をふいた。


「イナリ様ぁ、私がヨナさんの面倒を見ていますからイナリ様は猫神様を訪ねてみてはどうでしょうかぁ?」


「おおそうじゃった、すっかり忘れちゃってたのじゃ。おい皇帝、わらわを猫神とやらのところへ案内して欲しいのじゃ」


「わかりました、少々遠くなりますがご案内します」



「がうがう」


「こ、このような巨大な獣に乗れと・・・」


「がう」


「シンジは馬より安全だし乗り心地も良いから大丈夫なのじゃ。あと皇帝はこっちの馬には乗せてもらえないのじゃ」


 アズーリに乗ったイナリと、恐る恐るシンジに乗ったシャルタナーンは、アリッシア集落を出て北の方角へ向かった。その道中には美しい田園が広がっており、砂漠地帯にしては立派すぎるほどの農作物が実っていた。


「なぜ周囲は砂漠なのに、ここだけこんなに水が豊かなのじゃ?」


「猫神様と共に暮らしておられる方々の魔法により、常に美しい水源が保たれていると聞いております。この田園とアリッシアの集落は神の御力によって生かされているのです」


「冬の都の水場といい、その魔法の水源といい、よくわからん場所が多いのじゃ。わらわも興味あるのじゃ」


 ほどなく水源とやらに到着したイナリは驚いた。


「なんなのじゃここは。わらわの住処の泉にそっくりなのじゃ・・・」


「イナリ様はグレイス神国の新都にお住まいで、守護神様として祀られておられるのですよね?アリッシアでの猫神様も、グレイス神国でのイナリ様のお立場に近い存在だと思われます」


 泉の中央には、住処の向こう側を映し出す幻惑魔法のようなものに守られていた。イナリは何のためらいもなくバシャバシャと泉へ侵入すると、当たり前のように幻惑魔法を解除した。


「い、イナリ様・・・」


「おい猫神とやら!開けるのじゃ!(ドンドン)」


 そこに現れた小屋の扉を乱暴に叩くと、イナリとそっくりな子供の声が扉の向こう側から聞こえてきた。


「突然にゃんにゃのにゃ!失礼にゃ客にゃのにゃ!」





あとがき

自分のことを名前呼びする登場人物はハルコやゆぱゆぱちゃんくらいしかいなかったので新鮮ですね。ヨナは、ヨナは・・・

ようやく登場した猫神様、色々な神話を面白い形で表現している「くろさん」の作品

https://kakuyomu.jp/works/16816700426178581512

を参考にしようと計画していたのですが、なんだか神話とかそういうかっこいい感じにはならなそうです。というか、筆者にはムズくてできそうもありません。まあ以降の展開にご期待下さい。


続いてお知らせです。

この数年ずっと中5日で更新してきましたが、4月の新年度を区切りに中7日に変更させてもらおうと思います。

言い訳をすると、去年の秋くらいから環境がずいぶん変化してしまい、パソコンに向かっている時間が激減しました。ヨムの方はスマホでぽちぽちできるのですが、デスクに腰を据えてカク時間がなかなか取れなくて困っています。

とはいえ、頭の中にある設計図まで激減したわけではないので、当然この先も書き続ける予定ですが、今のペースを考えると中7日が限界かなぁということで・・・ご理解頂ければと思います。


更新ペースが落ちても、引き続きナナセさんたちの応援、よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る