12の29 砂漠のオアシス(後編)



 重力魔法の話やナナセの話をしているうちに、再び入り口の方がドカドカと騒がしくなった。どうやらダエルが表裏一体であると言っていた固体魔法の紡ぎ手が戻ってきたようだ。


「ほほう、他所からの客人とは珍しい。集落の民を相手にひと暴れしたと聞いて戻ったのだが。」


「お、お初にお目にかかりますの」


 固体魔法の紡ぎ手と思わしき人物は、ダエルと瓜二つで筋肉隆々の巨漢だった。ダエルはスキンヘッドに立派な顎髭を蓄えているが、こちらは辮髪のような独特のヘアスタイルに口髭を生やしている。


それがしはチタンと申す。この和気藹々とした様子から察するに、レベッカとダエルには受け入れられているようであるな。」


「アデレードと申しますの、細かい説明は省略しますけれど、あたくしレベッカ大お母さまの孫ですの、よろしくお願いしますの」


「ベルシア・アル・アイシャールです。チタン様、私は帝国皇帝の忘れ形見でございます、お見知りおきをお願いします」


 アイシャールとアデレードは、チタンと名乗った迫力ある巨漢の紡ぎ手とピストゥレッロを重ねて見ているようだ。すぐにソファーから立ち上がると、それなりに丁寧なごあいさつを行ってから跪いて騎士風のポーズを取った。


「そう堅苦しくするでない。二人ともソファーへかけてくれ。ダエルよ、某にも熱い珈琲を頼もうか。」

「わかった」

「できたぞ」

「すまない」


 ダエルが一瞬で温めたコーヒーをひとすすりすると、次は静かに座ったままのベルに向かって話しかけた。


「某はダエルのような見通す力は持ち合わせておらぬが、御老体はなかなかの才を備えておるように感じるが。」


「チタン殿や、わしゃ温度魔法の紡ぎ手として存在しておるベルじゃよ。固体魔法とやらについての知識は持ち合わせておらんのじゃて、色々と話を聞かせてもらいたいのじゃよ」


 ベルはそう言いながら指示棒をぷいっと一振りすると、チタンのカップの中身はキンキンに冷えたアイスコーヒーへと変化した。


「ふむ、これはなかなかにして・・・某の固体魔法は、主に地中の金属を選択的に分離して操作することが可能である。実に地味な能力であるのだが、人族にとって貴重な金属や宝石を安全に採取することが可能だ。」


「なるほどなのじゃよ。ダエル殿と表裏一体と聞いておるのじゃが、それはいったいどういう事なのじゃ?」


「某が操作できる物質は、温度帯によって形状や性質が変化する。たとえばそうであるな・・・ベル殿、この珈琲を凍らせてみてはもらえまいか。」


「お安い御用なのじゃよ」


 ベルがコーヒーを凍らせると、チタンはカップへ向かって手のひらを掲げた。すると、まるで一口ゼリーを容器から取り出したかのように、凍ったコーヒー部分だけが空中へ浮かび上がった。


「このように液体であるコーヒーでも、固体へと変化させることにより某にも操作が可能になる。ただし、モタモタしておると溶けてしまうが故、操作を持続させる為にはダエルの補助が必要となる。これを応用すると、地中の金属だけを高温にすることによって液体化させ、その温度では溶けぬような土砂部分だけを取り除く、などのことが可能となる。」


「使い道が限られそうな魔法なのじゃな。ナナセであれば面白い使い方を編み出してくれそうなのじゃよ」


「しかし、某の元へ辿り着いた人族で、固体魔法の回路を開けるような資質の持ち主など、今まで二人しかおらなんだが。」


「そこにおるアイシャールとアデレードはどうじゃ?」


「ふむ・・・。」


 チタンにジロジロと見回され、背筋を伸ばしたアデレードは若干ビビって固まった。それなりに修羅場を経験しているアイシャールはさすが肝が座っているようで、チタンの様子を興味深そうに眺め返していた。


「皇帝の孫・アデレードは可能性があるかもしれぬな。皇帝の娘・アイシャールは何やら別の回路が太すぎて、固体魔法に限らず他の魔法を扱うのは難しいであろう。」


「アイシャールはわしも温度魔法の回路を開こうと挑戦したことがあったのじゃが、重力魔法の回路が安定しすぎておって、チタン殿と同じように難しかったからわかるのじゃよ。アデレードについては、ナナセとアルテミスの光をバランス良く取り入れておった影響なのかもしれんのぉ」


「某にも詳しいことはわかりかねる。」


「お互い、創造神様には聞きたいことが多そうなのじゃよ。ときに、固体魔法の回路を開いた二人の人族とやらは、今はどうしておるのかえ?この地で金属の発掘作業でもしておるのじゃ?」


「いんや、もう千年近くも前になるから生きてはおらぬであろう。ヴァチカーナとベルサイアと名乗る年端もゆかぬ少女二人で、一風変わった空飛ぶトカゲに乗り、このオアシスへ唐突に降り立った。その後もベルサイアという少女だけはしばしば顔を見せに来ていたのだがな。」


「懐かしい話なのじゃよ!その二人であれば、わしも温度魔法の回路を開いてやったのじゃ。確かイナリ殿・・・光魔法の紡ぎ手も、その二人に光魔法を授けたようなことを言っておったから、よほどの資質を持つ二人だったのじゃな。ところでチタン殿、空飛ぶトカゲとは飛竜のことじゃな」


「あれは竜と呼ぶにはずいぶんと幼気いたいけなものであったと記憶するが。」


「ふむ、言われてみれば子供の竜みたいだったかのぉ・・・してその後は誰一人として固体魔法を使えそうな者は現れておらぬのじゃ?」


「そもそも、ここ数百年でこのオアシスに訪れた人族なぞ、帝国皇帝一族とその従者くらいしかおらぬ。レベッカが大勢の民を引き連れ現れた二十年ほど前から、初めて人族が住まう現在のような集落になったのだ。その中にも誰一人として固体魔法の回路を開けるような資質の持ち主などおらぬかったのであるからして・・・そうであるな・・・皇帝の孫・アデレードの存在は千年に一人の逸材なものかもしれぬぞ。」


 アデレードの表情がパッと明るくなる。


「そういうのとは少し違うのじゃよ。たぶんナナセも行けちゃうと思うのじゃよ」


 お姉さまなら当然かと、アデレードの顔が普通に戻る。


 ここで難しい魔法や属性の話にタジタジしたまま静かにしていたレベッカがようやく声を上げた。


「チタン・・・アンタたいそう偉い人だったのかい。アタシゃ長年、変わった魔法が使える有能な採掘夫くらいにしか思っていなかったよ、非礼があったのかもしれないねぇ」


「気にするな、某も人族との生活を新鮮な気持ちで楽しんでおる。そもそも、レベッカが謝罪する姿など想像もできぬが故、今まで通り平等に接しようではないか。」


 どうやらレベッカも謝罪しない教えを遂行しているようだ。



 空から砂漠のオアシスへ降り立ったご一行には把握しにくかったが、この場所は周囲が小高い砂の丘陵で囲まれており、徒歩での到達はなかなか難しい環境にあった。チタンの言う通り、砂漠のオアシスの存在を知っていたのは皇帝一族だけだったようで、一族の関係者であったレベッカがここを拠点として集落を作ったのも頷ける。


 チタンとベル、二人の紡ぎ手トークが盛り上がってしまい、ずっと黙って聞いていたアデレードは、レベッカが口を開いたタイミングでここぞとばかり大切なことを申し出た。


「ベル様、固体魔法の話はそこそこに、チタン様とダエル様にアルテ様の呪いについて伺ってみてはいかがですの?」


「おおそうじゃ、すっかり忘れておったのじゃよ」


「私も失念していました。さすがは商人・アデレードです」


 また得意顔になってしまったアデレードは、さっそくナナセとアルテミスにかかっている『身代わりらしき呪い』について詳細に説明し、二人が何か知っていることはないかとたずねてみた。


「某は知らぬ。」

「拙者も存ぜぬ」


「そうですわよね・・・」


「先刻の話通り、この千年ほど、某共はこのオアシスの住処から外へ出ることなどなかった。」

「呪いどころか、拙者は二人が扱う光魔法や重力魔法についてもほとんど知識を持ち合わせておらぬ」


 アデレード率いるベルシァ帝国遠征部隊は、ベルを含む紡ぎ手たちが抱えている最大の目的であった、別の紡ぎ手を見つけて情報を集めるという目的が成されたにも関わらず、アルテミスの呪いを解くための鍵には近づけなかったようだ。アデレードはひとまず、レベッカに出会えたことと固体魔法の紡ぎ手に出会えたことを羊皮紙にまとめ、ナプレ市で待機しているピストゥレッロへ向けてレイヴを飛び立たせた。


「ときに皇帝の孫・アデレードと皇帝の娘・アイシャール、先ほどからよく登場するナナセという摩訶不思議な人族はどのような者なのであるのか?」


「ああそうだあね、アタシも気になってんだよ、詳しく教えておくれ」


「ナナセお姉さまは・・・」

「ナナセさんとは・・・」


 この日はナナセについての長い長い説明が深夜まで執拗に続いた。リザが「似たような話を何度も聞かされてるアタシの身にもなってみなさいよ、嫌でも覚えるから!」と怒っていたのも納得だ。


 結局、シャルタナーンとレベッカとアイシャールの皇帝一家が、戦争を期にそれぞれ別々の道を歩むことになってしまった経緯を聞き終えたのは翌日の晩になってからようやくのことだった。


 その後レベッカは『アイシャールが生きてたんなら、ドゥバエの港町に攻め込む理由なんてどこにもありゃしないよ』という内容の書状を作成した。


「ほれ、この書状をガファリに渡すといいさ。あとこれはオアシスの綺麗な水で作ったアタシら自慢の美味い酒だよ。あっちの連中にも土産として少し分けてやんな!」


「レベッカ大お母さま、色々とありがとうございますの!」


「礼を言うのはこっちの方さ!」


「あたくし、良い知らせを持参して必ず戻って参りますの!」


「嬉しいねぇ!でも無理すんじゃないよ!」


 こうしてアイシャールとアデレードの二人は、和平の使者としてドゥバエの港町へ帰還することとなった。





あとがき

次話からまた視点が変わります。

帝国皇帝・シャルタナーンにジュースおごってもらったあたりのイナリちゃんグループです。


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