12の28 砂漠のオアシス(中編)
ここは謎の水場・砂漠のオアシスから北側の大通りに面した、神殿風の建物内にある応接室。外見からして周囲にある土壁の民家と不釣り合いな立派さだったが、その内部も目を見張るほどのものだった。貴重な金属を惜しみなく使用した家具が並んでおり、座り心地の良さそうな大きなソファーが置いてある。
「そちらへかけてくれ。今、珈琲を準備する」
「ありがとうございます」「ますの」「のじゃよ」
「できたぞ」
「早すぎますのー!」
ダエルと名乗った巨漢は、ベルの見立てによればかなりの温度魔法の使い手ということだ。冷めたコーヒーを一瞬で適温まで温めることで、その能力を確認させる意味合いがあったのだろう。
「拙者は個体魔法の紡ぎ手の補助をするよう生み出された。拙者と個体魔法の紡ぎ手とは表裏一体だ。ただし、それ以上のことはわからぬ」
「ということは、ダエル殿のような者がもう一人おるのじゃな?」
「うむ。今は近場の鉱山で発掘作業の手伝いをしているので不在だが」
「ダエル殿は集落の長ではないと言っておったが、その紡ぎ手が
「違いますぞ、長は人族だ」
そんな話をしていると、入り口がドカドカと騒がしくなってきた。どうやら集落の長とやらが、先ほどの騒動について報告を受けて、出先から慌てて戻ってきた様子だ。
入り口から応接室へ、大きな声が近づいてくる。
「若いのが外国人に斬り刻まれたと思ったらすぐに治癒魔法で治してもらったとか言ってんけど、いったいどういうことなんだい!」
「す、す、すみません頭領―っ!イダダダダ」
「ふざけんじゃないよ!まったくアンタらには何も任せらんないね!」
「も、も、もうしわけねえっす頭領―っ!アタタダダ」
頭領と呼ばれた迫力ある女性の声に若干ビビったアデレードとアイシャールは、逆らってはいけない何かを動物的に感じ取った。慌ててソファーから立ち上がると、マセッタ女王陛下をお出迎えするような膝をついて頭を下げる騎士風の姿勢を取った。
そこに現れた女性はタンクトップに短パンのような軽装で、細身ながら筋肉質な腕や脚がたくましく、癖のある赤い髪を派手な色のバンダナでパイナップルヘアーに結った「いかにも女頭領」といった風貌で、年の頃なら二十から三十代だろうか。
「なんだい!こんな華奢な小娘たった二人にやられちまったのかい!?まったく情けないねえ・・・赤毛のレベッカたぁアタシのことだよ!アンタらのお望み通り、頭領のアタシが相手してやっから!ほら、立ちな!」
「辞めろレベッカ、この者はおそらくレベッカの・・・」
頭領である女性の名がレベッカであると聞いたアイシャールがビクリと反応し、その顔をゆっくりと上げながら立ち上がった。それに釣られてアデレードも一緒に立ち上がる。
「な、な、な・・・アイシャール・・・アンタ、アイシャールなのかい!?生きていたのかい!?」
「は、母上っ!」
目に涙を浮かべたアイシャールがレベッカに抱きつこうとするも、その腕はスカッと空を切った。レベッカは一直線にアデレードへ向かって駆け寄り、軽々ヒョイと持ち上げてから力いっぱい抱きしめた。
頭領・レベッカ、違う違う、そうじゃない、そっちじゃない。
「アイシャール!ああっアイシャール!こんなに可愛らしく育って!王国で処刑されるって聞いちまったから、アタシゃすっかり諦めてたんだよ!アイシャール!アイシャール!ああっ、神よ!たまには感謝してやんよ!」
感動の再会と抱擁の肩透かしを喰らったアイシャールが精神的に固まってしまい、すごい腕力でギュウギュウされているアデレードも肉体的に固まってしまった。見かねたベルがほわほわと浮遊しながら近づきレベッカを諭す。
「レベッカとやらや、それはおぬしにとっては孫のアデレードなのじゃ。アイシャールはそっちの地味な方なのじゃよ」
「じ、地味・・・」
地味と言われて少し傷ついたアイシャールだったが、いつも明るく元気に輝くような営業スマイルを浮かべ、腰まで伸びた金髪のツインテールを風になびかせ、服装も赤など暖色系の派手な色彩を好むアデレードに比べると、白黒の侍女服を戦いやすいよう改造した地味服に、同じ金髪とはいえ侍女らしく一つに結ったおとなしめの地味髪で、護衛侍女特有のあまり表情を崩さない地味顔であるアイシャールが並んでしまえば、いくらトンデモ美女とはいえ実際に地味であるという事実は動かしようがない。
レベッカもレベッカだ。アイシャールと別れたのは二十年以上も前で、当時は八歳の少女だった。よく似た母娘の二人とはいえ、まだ十三歳のアデレードを三十路女性と見間違うのは失礼ではないか。
この後、レベッカとアイシャールは気まずそうに涙の抱擁を終えると、レベッカが先ほどから気になってしょうがない孫と話をすることにした。
「アタシの記憶の中じゃ、あの頃のちびっこいアイシャールのままなんだよ・・・アデレードちゃん、こんなアタシにも孫がいるなんて驚きだよ、なんだか小っ恥ずかしいねぇ!あっはっは!」
「お、お初にお目にかかりますの、あたくし、アイシャールお姉さ・・・お母さまのお母さまが、どんな方なのかと思いを馳せておりましたの。とても素敵な方で嬉しいですし、何よりも、亡くなったと聞いておりましたから、生きてお会いできたことがとっても嬉しいですの!」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ!」
「そうでした、失念していました。私は帝国で暮らしていた頃、母上が残党勢力の毒牙にかかり殺害されたと聞かされていたのですが」
「色々あったんだよ。どっから話せばいいかねぇ・・・」
レベッカの昔話は、アデレードにもわかりやすいようにと、帝国皇帝・シャルタナーンとの馴れ初めから始まった。
「アタシはね、皇帝一族の侍衛として、何百年と仕えてきた家系に生まれたのさ。ただねぇ、そんな武門の家系でも、女が生まれたら兵士として育てられるわけじゃあなくってね、アタシは剣の稽古なんざほとんどせず好き勝手気ままに育てられたもんさ」
兵として訓練されるわけでもなく、レベッカは自由気ままに育ったとはいえ、周囲の民族との戦争に明け暮れていた帝国に生まれた娘である。幼少時から受けていた教育は、自然と戦闘に関わるようなものが多く、先ほどアデレードが斬り倒してしまった女性兵や少年兵なども、帝国が長年行ってきた子供への教育方針が垣間見える。
「でもねぇ、男兄弟や兵士が朝昼晩やってるような稽古なんざ、アタシにゃ必要なかったみたいでねぇ。自慢じゃないけど、同世代だった男兄弟どころか、当時の帝国軍部隊長クラスとやり合っても勝っちまうくらい強かったのさ」
現在のレベッカは頭領として恐れられているような人物だ。おそらく剣の稽古などとは無関係に、戦うための才能が生まれながら備わっていた結果なのであろう。
「アタシは勝手気ままに過ごしていくつもりだったんだけどねぇ、この娘こそシャルの侍衛に相応しいなんて話になっちまってね」
「シャルという方が、アイシャお姉・・・お母さまのお父さまですの?」
「ああそうさ、ベルシァ・アル・シャルタナーン。当時はまだ継承順位一位の皇子だったんだけどねぇ、武器を持って暴れることしかできないようなアタシが、四六時中くっついて身の回りのお世話までさせられるようになっちまったんだ」
「王国の護衛侍女みたいで素敵ですの!」
「あっはっは!アタシが普通の女従者みたいに、掃除洗濯や料理ができるように見えるかい?」
「え、ええと、ですの・・・」
「皇子のお世話なんてねぇ、剣の稽古の他には夜のお世話くらいしかしてないさ!」
「そ、そうだったんですの・・・」
「ただね、若い男女が夜な夜なちちくりあってりゃ惹かれ合うのも当たり前ってもんでね、アタシもシャルも周囲の連中も、誰の抵抗もなく二人は結ばれたのさ」
「お、おめでとうございますの・・・」
「まあアタシの強さは特別だったからねぇ、普通の夫婦みたいな生活なんてほどんどしないで、二人して戦場を駆け回っていたんだ。当時の宿敵だったアリッシア民族の兵には「赤毛のレベッカが出たぞ!」なんて言われて恐れられたもんさ」
ここで黙って聞いていたベルとダエルが同時に声を上げた。
「おいレベッカ説明不足であるぞ」
「その強さは、おそらく魔子を使っておるのじゃよ。そもそもアイシャールの母親にしては容姿が若すぎるのじゃよ。きっとレベッカは人族では無いのじゃよ」
「あははっ、そうだったね。アタシが強い理由ってえのは、どうやら他の連中とは違った身体の使い方をしてるらしいんだよ。これは、二十年くらい前この集落に移り住んでからダエルに言われて初めて知ったんだけどねぇ・・・年を取らないってえのは、アタシにゃよくわかってないんだ。まあ女に生まれたからにゃ、いつまでも若いってえのは嬉しいけどね!」
レベッカが若々しいのと同様に、アイシャールも異様に若々しい。ナナセとピストゥレッロによれば、一度死んでから人生やり直しをさせられ、なおかつ悪魔化したことで成長が止まったか、あるいは非常に緩やかなものになったのではないかと推測していた。
そこへレベッカの年を取らない不思議な体質が遺伝したことも相まって、世界中の女性が羨む容姿を獲得したのかもしれない。当の本人があまり深刻に考えていない上、アデレードも不思議現象への受け入れが早いので、この件についてこれ以上のことを知ろうとする者はこの場にいなかった。
「そ、そういう理由がありましたの、きっとアイシャお姉さまが若々しいのも同様の理由ですの・・・魔子を使っていると言うのは、魔法で身体能力を高めているということですの?あたくしやアイシャお姉さまのように、レベッカおば・・・レベッカ大お母さまは重力魔法で身体を軽くしたり重くしたりしていますの?」
「アタシにゃよくわかんないさ」
どうやらダエルという巨漢は、ベルと同じく「そういう感じがするのじゃよ」というDNA鑑定のような能力を持ち合わせているらしく、レベッカの特異な能力を見抜くことができていたようだ。同様に、アイシャールやアデレードが皇帝陛下とレベッカの血を引く娘であることも、一見しただけでそれとなく感じていた。しかし、砂漠のオアシスに何百年と引きこもっていたため、王都に滞在しているベルのようにナナセが推測した最新情報など持ち合わせていない。
「魔法とは全く違うものだな」
「ナナセに言わせると、無属性や力属性ってやつじゃよ」
「ほほう、このような能力を持つ者が他にも存在するのであるか」
「ナナセの周りにだけたくさん居るのじゃよ」
「ロベルタ様やゆぱゆぱさんと同じですの!」
「アタシと同じような能力の持ち主が他にも居るのかい?そりゃあ会ってみたいねぇ、アタシらの家系の遠い親戚かもしれないよ」
「そうなんですの?」
「アタシんとこの家系にはね、稀にアタシみたいな力の強い子や、魔法の才能に恵まれた子が生まれてきたって言い伝えがあるのさ。ちびっこい頃のアイシャールにはそんな能力は無さそうだったんだけどねぇ・・・どうだいダエルとベル、孫のアデレードちゃんにもアタシと同じようなナントカ属性がありそうかい?」
「無いな」
「無いのじゃよ」
「そ、そうかい。それじゃ、どうやってアタシらの子分を全滅させちまうような強さを身につけてんだい?剣の稽古だけじゃあ、さすがにそこまでならないことくらいアタシにだってわかるよ」
「人族には闇魔法と呼ばれているものであろう」
「それは重力魔法のことなのじゃよ」
「あたくし魔法で身体を軽くして戦っておりますの」
「母上、剣技と魔法を合わせたものです」
「そ、そうかい、大層な魔法使いさんなんだねぇ・・・」
頭領・レベッカ、魔法の難しい話にはタジタジである。話が進まない。
あとがき
頭領の名前はレベッカ・リーさんという大悪党から拝借しました。
おい誰だよそれ!って方はググってみて下さい。あぁ~、ってなると思います。
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