12の27 砂漠のオアシス(前編)



 砂漠のオアシスを探索中、ベルは得意の範囲探知が機能しないとこぼしていた。緑化している大地や海からは安定した魔子の供給を受けることが可能だが、現在飛行している砂漠地帯の上空ではあまり受けることができない。


 砂漠地帯や岩場、極端な高度の上空は魔子が薄い。同様の理由で地下室なども魔子不足になりがちだが、これは魔子が中へ入り込めない分、外へ出ていってしまう分も少ないので、ゼノアの隠し地下室やピストゥレッロの屋敷にある地下の寝室は、魔子濃度を保つことに優れているようだ。


「ナナセみたいな魔子の貯蔵庫が近くにおれば、もう少し遠くまで見られるんじゃがのぉ・・・」


「ベル様、なにも問題ありませんの。普通に目視していても、砂漠の真ん中に池があれば誰にでも見つけられますの」


「それもそうじゃな。こういう場所では人族の視力に頼った方が良いのじゃよ」


 アデレードの言う通り、上空からすでに砂漠のオアシスらしき場所を見つけているので、そちらへ向かって一直線に飛んでいる。どこまでも続いていそうな茶色い砂の大地に、生い茂った森林がぽつりと存在していれば、目が悪いナナセであっても見つけられるような目立つものなので問題ない。


「アイシャお姉さま、いきなり残党勢力の拠点らしき場所に降り立つのは、危険だと思いますの?」


「もちろん慎重に行動するに越したことはありませんが、周囲のどこにも身を隠せるような場所は見当たりません。すぐ戦闘体勢に入れるよう、準備した状態で降り立てばいいでしょう」


「わしゃ少し上で待機しているのじゃよ」


「ハルコも、おりない、そらから、みてる」


 作戦とは呼べない会議が終了すると、砂漠のオアシスらしき場所まで一気に近づいた。樹木が茂った池らしき場所を囲むように、よく整備された様子の農地があり、多くの民が農作業を行っていた。


 池の北側は広い範囲が居住地のような街並みになっており、ドゥバエの港町に建てられているものとよく似た、土壁でできた平屋が何十棟も建てられているのが確認できた。


「かなり立派な集落ですの。ナゼルの町くらいの規模はありそうですの」


「そのようですね。多くの民が農作業を行っているようですし、やはり油断はできません」


 そうこう言いながら居住地の中心あたりまで飛んでくると、ここまであった土壁の建物とは様相が違い、白い石材を積み上げ、所々を金属でしっかりと補強してある神殿のような作りの立派な建物を見つけた。


 目の前の道幅も広く取られており、そこを多くの民が行き来している。この立派な建物に集落の長が滞在していることが予想される。


「アデレード、準備はいいですか?」


「いつでも飛び降りる準備はできていますの」


 上空から約十五メートル、地上五階くらいの高さであろうか、まずアイシャールが武器を構えた状態でハルコから飛び降りた。続いてアデレードはベルを押し込んでいるリュックを脱ぎ去るようにして落下しながら背中の剣を抜いた。二人とも自身が軽くなるような重力魔法をかけており、重力大ジャンプから着地するような要領で、立派な建物前の大通りへふわりと降り立った。


「たのもー!ですのー!」


「ぷはっ、ちょ、ちょっとアデレード、少しは相手の出方を見てからでも良いのでは」


「こういうのは先手必勝が商人の基本ですの!」


 少々興奮気味のアデレードは、二刀流で構えた右手の剣を立派な建物の方向へビシッ!と突き出しながら、そのままてくてく侵入しようとした。しかし、当たり前のように、護衛風の数名に止められてしまった。


 なんだなんだと通行人が集まってくると、あっという間に大人数に囲まれてしまった二人は、背中合わせになってそれぞれの武器を構えた。相手はシャークラムのようなククリナイフの二刀流が多いようだが、中には両手で扱うような巨大な剣を持つ者、偃月刀のような槍の形状に改造している者、西洋風の片手剣を構えたオーソドックスなスタイルの者など様々だった。


 だが、その全てに共通していたのは防具を付けていないことだ。こんな陸の孤島のような場所で日がな重たい防具を装備している者などいるはずもなく、突然空から降って湧いてくる敵襲を予測できる者など、この世界ではベルくらいしかいないだろう。


「ななな、何者だ!」


「蛮族に名乗る名などありませんの!かかってきますの!」


 挑発的なことを言いながら勝手に盛り上がってしまっているアデレードだが、一方で背中を預かったアイシャールは冷静だった。


 自分たちを囲んでいる相手の武器の構え方、武器の手入れの状態、その慌てぶり、泳いだ視線、統率のなさ、なにより防御手段の乏しさ。すべてにおいて、アデレードやアイシャールの相手では無いことを、ほんの一瞬見回しただけで悟っていた。マセッタやロベルタが常々口にしている「相手をよく観察する」という、護衛侍女としての完璧な仕事ぶりを体現している。


 この、実に冷静なアイシャールの護衛侍女としての能力には但し書きが付く。もし背中合わせに剣を構えているのがナナセであったならば、「ナナセさんのお手をわずらわせる必要など微塵もございません(キリッ)」などと言いながら、いいとこ見せようと我先に暴れまわり、そこには無惨な死体の山が積み上げられていたのかもしれない。


 今の所は有能な護衛侍女であるアイシャールは、このような練度の低い集団であればアデレードの腕試しにちょうど良いだろうと判断し、自身は最低限の援護に回ることにした。


 そうこうしている間に数名がアデレードに襲ってきた。


── ぐさっ、ぐさっ、ザシュっ、バキッ、どかっ!ぐりぐり ──


 ・・・アイシャールによる最低限の援護すら必要なかった。


「練習は終わりましたの!ここからが本番ですのっ!ふーふーっ」


 興奮したアデレードは容赦ない。右手に構える細い剣は相手をグサグサと突き刺し、左手に持つ大きな剣でザックザクと切り刻む。二人がかりや三人がかりで襲って来た場合は、自身の身体を重くするようにしてからお得意のハイキックが喉元あたりへ突き刺さり、呼吸困難のような状態で倒れ込んだ相手の足へ細い剣を突き立ててからぐりぐりっと回して移動手段を奪う。嬉しそうに。


「誰もかかってこないならこちらから行きますのーっ!」


 商人の基本とは無関係な必勝法により、アデレードに斬りかかった相手がひたすら返り討ちにされ、もう誰も近づかなくなってしまった。返り討ちに合った者の中には女性兵や少年兵もいたが、アデレードにとって性別や年齢など関係ない。むしろ一番歳下の一番華奢な少女だ。もはやこれは蹂躙と呼んで良いだろう。どちらが悪者なのかわからない。


「こんな程度ではゆぱゆぱさんに百回殺されますわよーっ!」


 そんなことを叫びながら攻めに転じたアデレードは、バッタバタと相手を斬り倒していく。アイシャールは致命傷らしき剣撃を受けた者へ、応急処置で止血程度の治癒魔法をかけて回るので大忙しになってしまった。


 次々と倒されていく仲間を見ながら、これはまずいと判断した数名が平屋の建物の上に素早く登ると、剣を弓矢に持ち替えた。何本もの矢が息を合わせて同時に射られ、アデレードの背中を直撃した・・・かと思いきや、皮膚一枚すら傷つけることなどなく弾き返されてしまった。


「この着込みはアデレード商会の自信作ですのっ!あたくしの身体にこのような劣悪な矢など一本たりとも届きませんのーーっ!!」


 どうやらナナセの聖戦によって大量に入手した例のキモ虫の足製防具を服の下に着込んでいるようだ。金属より硬いと言われているこの防具には、実は細い継ぎ目に攻撃が入ると、そのすき間から身体に刺さってしまう可能性があるという弱点を持つ。


 アデレードはキョロキョロと周囲を見回しながら平屋の建物の上に登った者たちの位置と人数を把握すると、禍々しい重力結界を発生させて弓矢の攻撃から身を守りつつ、四メートルほどありそうな建物の屋根へ軽々と飛び上がり、弓矢部隊を次から次へと片っ端から切り刻んだ。


 アイシャールは重力魔法に切り替えて屋根の上に飛び上がったり、光魔法に切り替えて治癒魔法をかけてあげたり、ついでに苦手な飛び道具の弓矢は危ないからバキバキに壊したりと、引き続き大忙しだ。


 そんなこんなで二人を囲んでいた大人数のほとんどが血だらの傷だらけになり、なおかつ敵かと思われたアイシャールに優しく治癒魔法をかけてもらったことで戦闘の意志などすっかり無くしてしまい、この大通りは空から突然降ってきた金髪少女たった一人にあっさりと制圧されてしまった。


 興奮したアデレードは、アイシャールに癒やされ地べたにへたり込んでいた数名の残党へ向かい、自身が持つ剣に付着した血をペロリと舐めてからビシッと突き出し、禍々しい重力結界を全開にして金髪を逆立たせながらオラオラ話しかけた。これはどうやら学園に通い始めた頃、禍々しいルナロッサの鎌でナナセに脅された時の真似っ子しているつもりのようだ。


「さあ!早く連れて来ますの!蛮族の長はどこですのーっっ!はぁっ、はぁっ」


「(な、なあ・・・言われた通り頭領呼ぶか?)」

「(やだなぁ、俺たち絶対怒られるよなぁ・・・)」

「(あのヤベぇ金髪娘に斬られるよりゃいいだろ)」

「(とりあえず俺は逃げるぜ)」

「(おいずるいぞ俺も逃げる)」


 こうして、最近は上手く行かないことの方が多かったアデレードのストレス発散は成し遂げられた。誰もいなくなってしまった大通りに残された二人は、神殿のような立派な建物の入り口へ視線を移すと、大きな扉がゆっくりと開き、中から一人の巨漢が現れた。


「敵意とともに騒がしくなったかと思えばすでに誰もおらぬとは。何ごとであるか」


 その巨漢は筋肉隆々の半裸姿で、頭髪や眉は無く立派な顎髭をゆらゆらと揺らしながらのしのし歩いてきた。アイシャールは引き続き冷静に観察を続けると、その耳がピストゥレッロのような尖った形状をしており、この巨漢が人族ではない何か危険な生命体であることを確認していた。


 最上級の警戒をしながら重力結界で身を包むと、軽率な行動をしてしまいそうなアデレードを自身の背後に移動させ、帝国の姫としての名を堂々とした態度で名乗った。その勇ましい背中をアデレードがうっとりと眺めている。


「私はベルシァ・アル・アイシャール、帝国皇帝の血を引きし者です。貴殿がこの集落の責任者とお見受け致しました」


「ほほう、皇帝の・・・ふむふむ、なるほど納得である。拙者はダエルと申す、集落の責任者とは違う。貴女らと戦り合う気など無いから剣を降ろせ」


「わかりました」


 アイシャールは、まずアデレードに剣をさやへ戻させてから、自身を包み込む禍々しい重力結界を解いた。


 さて、偉そうに皇帝一族を名乗ったはいいけど何から切り出せばいいのかわかからないアイシャールが困ったわのポーズで悩んでいると、上空からアデレードご愛用のリュックがふわふわと降りてきた。


「アイシャールや、その者は敵ではないと思うのじゃよ、きっとわしの同胞のようなものなのじゃよ」


「せ、背負い袋が喋っただと・・・」


「わかりました、ベル様」


 戦闘力を持たないベルは、警戒してリュックの中へ頭まで突っ込んで隠れていた。「これは失礼」とひょっこり顔を出してから着陸し、魔導師用の指示棒を杖にしながらダエルと名乗った巨漢の前へよちよちと進み出た。


「妖精族のベルじゃ、わしは温度魔法の紡ぎ手として生み出されたのじゃよ。ダエル殿はわしと同等の温度魔法の使い手とお見受けするのじゃが・・・いったいどういうことなのか教えて欲しいのじゃよ」


「これはこれは、妖精族のベル殿、ずいぶんとお年を召しておられ、お体がきつそうに察する。ここで立ち話をするのも不躾というものである、建物の中でゆるりと話しましょうぞ。皇帝の血を引きし貴女らも警戒などせず中へ入ると良い」


「そうさせてもらうのじゃよ」

「ありがとうございますの・・・」

「ベル様がそうおっしゃるのであれば」

「ハルコも、はいるよ」


 ダエルと名乗った筋肉隆々の巨漢は、悪い人ではなさそうだ。


 結局、ガファリから聞いていた「武芸に秀でた好戦的な残党勢力」という話は、興奮状態のアデレードによって簡単に蹴散らされてしまった。


 暴力で黙らせるようなそのやり方はナナセと全く同じだったので、ダエル名乗った筋肉隆々スキンヘッド巨漢との平和的な話し合いも成功するはずだとアデレードは考えているようだ。

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