12の26 お姫様のお仕事(後編)
イナリの別荘を早朝から出発したアデレード隊長のご一行は、ベルシァ湾と呼ばれる内海を南下すると、すぐにドゥバエの港町へ到着した。
港町の住民は唐突に空から降り立った謎の飛行体に腰を抜かす者もいたが、半年ほど前に訪れたハルコとアイシャールを見知っていた港町の護衛らしき人物が慌てて駆け寄ってくると、そのままスライディングしながら跪き、地に頭を擦り付ける最敬礼を行った。
この人物は、剣で両手を地面に縫い付けられ、顔面膝蹴りを何十発と喰らわされたイケメンのシャークラムだ。
「アイシャール姫様っ!よくぞご無事でっ!姫様ご帰還を心よりお待ち申し上げておりましたぁーっ!!(うっうっ)」
「シャークラム、出迎えご苦労さまです。頭を上げなさい。」
アデレードは驚いた。まさかアイシャールが、マセッタやバルバレスカを彷彿させる皇族らしい毅然とした態度で返すとは思っていなかったからだ。常に自信のない小心者とやらはどこへ行ってしまったのだろうか。
「アイシャお姉さま・・・素敵・・・」
「辞めて下さいアデレード・・・いや、もっと褒めて下さい」
シャークラムが感涙しながら頭を上げると、おでこや頬にうっすらと傷跡が残っていた。顔の形が変わってしまうほどボコられた結果にしては、綺麗に治っている方のようだ。
「少々傷が残ってしまったようですね、シャークラム」
「俺が王国の王族に無礼を働いた当然の報いでございます。しかし、アイシャール姫様から頂戴した傷、俺はこの名誉の傷を一生涯大切に致します!」
「そうですか。」
「ご帰還なされたということは、無罪放免で自由の身となられたのでしょうかっ!?」
「いいえ、私は死刑が確定しています。細かいことはガファリも含めて皆の前で一度だけ説明しますから、関係者を集合させなさい。それと先に伝えておきますが、シャークラムは以前と同じ過ちを起こさぬよう、くれぐれもベル様とアデレードを貴賓として扱うことを約束しなさい。」
死刑と聞いて顔色が真っ青になってしまったシャークラムだったが、ここでしつこく話を聞こうとするとまたボコられると思ったのか、無駄口など一切せずベルシァ帝国執政官であるガファリが滞在する立派な屋敷へ案内した。少しは学んだようだ。
すぐに立派な円卓の間へガファリを中心に帝国の要人が集合し、アイシャールは死刑という判決が下された上で、執行猶予百年の温情がかけられていることの説明をした。帝国要人一同に安堵の表情が浮かぶ。
ひとしきり罪人としての立場の説明を終えると、次はアイシャールの長女がアデレードであり、すでに皇帝継承権が譲渡されているようなことを説明した。その説明を受けた帝国要人一同、目玉が飛び出しそうなほど驚いた顔をしながらアイシャールとアデレードを交互に見回す。
腰まで伸びた細くサラサラな金髪、透き通るような白い肌、くっきりと輪郭が浮かび上がった大きな目、しっとりと輝く柔らかそうな唇。この美少女をまじまじと眺めていた帝国要人一同、ああ確かにアイシャールの娘で皇帝一族に違いないと納得の表情を浮かべた。
アイシャールは突然連れてきた愛娘の紹介が終わると、帝国皇帝一族の証という意味合いを持つ髪飾り、『ラーテルの紋章』をカバンから出すようアデレードに言った。すでにそんな必要は無いと思うが。
「あたくしには、このような大層なものを所持している資格はありませんの・・・ベルシァ帝国とアイシャお姉さまを愛する方々には、大変申し訳なく感じておりますの・・・」
「アデレード姫様ぁーっ!!ははぁーーっ・・・」
この場にいた全員が跪いた。ここにもまた、お姫様が一人増えてしまった。
・
口下手なアイシャールは、帝国の経済状態ついてガファリから聞くという大切な仕事をアデレードに丸投げした。ナナセとレオナルドがすでに動いているとはいえ、アデレード商会として何らかの取引が発生する可能性もあり、そうなってしまった場合、ナナセとアデレードのどちらを立てればいいのかわからなくなってしまうからだ。
「ナナセお姉さまが持ち帰ったベルシァ絨毯は、あたくしのおじい様への贈り物となりましたの。その丈夫な品質や独特な模様、それでいて上品な色使いなど、大商人であったおじい様と共に感心しきりでしたの」
「遠く離れた異国の地で、まさか皇帝陛下の血を引くアデレード姫様に、我々の古き伝統工芸品がそのような高い評価を頂けていたとは、恐悦至極でございます」
「織物だけではございませんの、この銀細工である『ラーテルの紋章』ひとつを見ても、とても繊細で丁寧な仕事をされていることがわかりますわ。帝国の方々の人柄が伝わってくるようですの」
「おお、なんとありがたきお言葉・・・アデレード姫様のおっしゃる通りかと思います、この繊細さは我々帝国の国民性であると自負しております」
「そのような国民性は、これからも大切に育み、そして次の世代へと引き継がれて行くべきだと思いますの。あたくしのような経験不足の小娘が生意気なことを言うようではありますけれど、きっとベルシァ帝国がかつての繁栄を取り戻す日は近いと思いますの」
王都で商人として活動するアデレードは、料理人の娘であったナナセが常々言っていた「とにかく職人の技術を褒めろ」「偏屈そうな人ほど褒めろ」という教えを実践しているだけであったが、大人からしてみればこの、違いがわかる子供、という部分は非常に興味深く目に映るものだった。ガファリのような、それなりの地位と経験を持つ者にとっては、欲しい!と思わせるには十分だ。
「嗚呼、アデレード姫様が居て下されば、帝国の将来は安泰だ・・・」
「ご、誤解しないで下さいますのガファリ様、あたくしには王国で学ぶべきことがまだまだたくさんありますの」
「そ、そうでございました。突然、正当なる後継者が現れたことで、過度の期待をしてしまったことをお許し下さい・・・さりとて現在の帝国は、ちょっとした問題を抱えております。説明すると長くなるのですが・・・‥…」
ガファリの説明はこうだ。
帝国の西側に住まうアリッシア民族との戦争が終結した後、現状維持で新たな皇帝をと願う派閥と、軍隊主導の残党勢力で覇権争いのようなことが起こり、現状維持であったガファリ達の派閥は戦力を有しておらず敗色濃厚であるため、海を渡った現在のドゥバエへ逃げるように移り住んだ。
しかし、残党勢力が制圧した本来の帝国領土は砂漠化が進み、同時に軍隊がまともな政治を行うこともできず衰退の一途を辿り、ほんの少数の生き残りが細々と暮らす集落しか残っていなかったはずだ。
最近、その少数の生き残りが再び戦力を整え、ベルシァ帝国の首都を名乗っているドゥバエの港町を制圧にかかってくる可能性があるかもしれないとのことだった。
「我々はアイシャール姫様とナナセ姫様の言葉を信じ、神国や王国との貿易に向けて経済や産業を活性化するよう努力しておりました。きっと、どこかでそのような情報が残党勢力に間違った形で伝わってしまったのでしょう。我々ドゥバエの港町の民は争いが再び起こることなど望んではおりませんし、そのような戦力も抱えてはおりません」
「もし、戦力を整えた残党勢力が攻め入って来たら、この港町の警備状態では耐えられないということですの?」
「本来の帝国領土は砂漠地帯が多く、枯れた地では木材が貴重なため、大勢の兵隊が海を渡って攻め入ってくるほどの船を用意するのはあまり現実的なことではありません。しかし、海を渡らずとも北側と西側の陸地を大きく迂回しながら進軍してくることも考えられますので、そうなってしまってはどのような結果になるか・・・考えずとも答えは導かれます。残党勢力は元々武芸に秀でた者たちで作られたものでしたから、その子孫もおそらく好戦的な教育を受けた者が多いことが推測されます」
「残党勢力の拠点はどのあたりですの?」
「かつては海岸近くが拠点になっておりましたが、そこから内陸へ、馬やラクダに乗っても
「あたくしたち空を飛べますからちょっと偵察して来ますの。アイシャお姉さま!今すぐ行きますわよ!準備はいいですのっ?」
「はい、かまいませんよ」
「きゅ、急すぎますぞアデレード姫様。何の準備もせず、たった二人で向かわれるのは非常に危険では・・・」
「あたくし、先日行われた王国主催の剣闘大会で準優勝しましたし、アイシャお姉さまより強い兵などそうそうおりませんし、ハルコさんも凶悪な爪で戦えますし、いざとなったらベル様が空を飛んで逃げ回りますから大丈夫ですの!負ける気なんてこれっぽっちもありませんの!」
本当に大丈夫なのだろうか。
・
「ねえベル様、砂漠にある不思議な水源というのは、いかにも何かあると思いますの。ベル様でしたら簡単に見つけられますの?」
「枯れた地の上空は魔子が薄いからのぉ、かなり近づかなければ気づけない可能性があるのじゃよ」
「そうなんですの・・・あたくしガファリ様の前で大見得を切って飛び出してしまいましたけれども、また期待に応えられないかもしれませんの・・・」
「大丈夫じゃよ、このパターンはナナセと何度か経験しておるのじゃよ。無鉄砲なナナセに比べればよっほど計画性があるし目的地がしっかり決まっておるのじゃから、まあなんとかなるじゃろ」
「心強い言葉ですの・・・」
こうしてアデレード隊長率いる、ベル、アイシャール、ハルコの航空探索部隊は、砂漠のオアシスなどといういかにも怪しい場所を目指し、ドゥバエの港町からベルシァ湾を越えた北東方向の砂漠地帯へ向かって飛び立った。
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