12の24 お姫様のお仕事(前編)
所変わり、ここはナプレ市の役場。
マセッタ女王より選別されたブルネリオ市長の護衛隊と侍女数名が、帝国まで遠征に向かうアイシャールから各種業務の引き継ぎ作業を行っていた。その中には、先日の剣闘大会でリザに惜敗し素足ふみふみのご褒美、ではなく屈辱を受けたカルヴァスの姿があった。
「護衛隊長を務めさせて頂きます!カルヴァスと申します!」
「死刑囚のアイシャールです、そう緊張しないで下さい。カルヴァスはアンドレッティ様と師弟関係を結んでいると聞いています、信用しています」
「アイシャール様のお言葉に感謝いたします!」
カルヴァスは元々ナプレの港町に住む狩人の子であった。その頃のアンドレッティはピストゥレッロに弟子入りした直後でナプレに滞在しており、砂浜で遊んでいたカルヴァスの足腰の強さや剣の才能を見いだすと、王都の学園へ通えるよう融通した。
本格的に剣の鍛錬を始めてからは、師匠である騎士・アンドレッティから個人的に指導されながら、魔法を使って飛び回る厄介な相手である二刀流・アデレードの稽古相手を長年務めていたことで着々と実力を積み上げ、ついには先代国王陛下であるブルネリオ市長の専属護衛という大出世を果たしナプレ市へと凱旋したのだ。
ナプレの港町の頃のカルヴァス少年を知っている地元の者たちは、ほんの数年前まで子供らしく砂浜で走り回っていたはずなのに、今は護衛らしいキビキビとした動きやハキハキとした言葉遣いに成長した青年に驚き、同時に誇らしくも感じていた。
アイシャールから一通りの引き継ぎが終わると、さっそくブルネリオ市長の側近護衛任務についた。扉の外には四人の護衛兵、建物の外にも四人の護衛兵、第二夫人と息子が住まう屋敷に四人の護衛兵、さらに日中と夜間の交代要員十数人が宿舎で待機している。
トンデモ戦闘力を持ち、レオナルドには百人力とまで評されたアイシャールの代わりとしては心もとない人数だが、最近は観光地としての評判も良いナプレ市が護衛兵だらけになることで、物々しい雰囲気になるのをナナセが嫌がったので、これはギリギリの人員配置だそうだ。
「この港の出身であるカルヴァスであれば、ナプレ市民からの信用を得るのに時間など必要ないでしょう。悔しい事ですが、マセッタはさすがと言える最良の人選をしたと思いますよ」
「ブルネリオ市長!王族の方々のご期待に添えるよう、死力を尽くします!よろしくお願いします!」
「ナナセお姉ちゃんに言わせると、もうそういう時代ではないそうです。側近護衛としての任務も大切ですが、自らの身を守ることの方が重要です。私は衛兵達に死力など尽くさせぬよう、安全で平穏な領地としてのナプレ市を、末永く守って行かなければなりませんね」
カルヴァスは要人警護に長けたアンドレッティの二番弟子だ。ブルネリオ市長の側近護衛という任務に関しては心配ないであろう。今は一番弟子である剣士・ナナセの方がよほど心配である。
・
「お父様!何でそんな酷いことを言いますの!?」
「駄目なものは駄目だ。これはナナセカンパニーが先に始めたことであり、その権利も用途もすべてナナセカンパニーに帰属する。たとえ実の娘であろうと、そこは決して譲らぬぞ」
「旦那さ・・・失礼しました、レオナルド様、神国との経済交流に関しては女王陛下からアデレード商会が託されていると聞いておりますが」
「イスカさんだって、あんなに頑張っていますのに!」
「イスカという者について同情できる過去の経緯はピストゥレッロ様から聞いているが、貿易に使う動力船はナナセやピストゥレッロ様やサトゥルが知恵を絞ってそれを集結し、さらにそこへ小人族が持つあらゆる技術を駆使し、長い時間をかけ苦労して開発しているものだ。廃墟の城を新たな漁業の拠点とすることに異論は無いが、海外との貿易拠点はあくまでもナプレ市の港でありナナセカンパニーの領分だ。私やナナセだけでなく、貿易船の責任者であるモルレウ港のガリアリーノや、ナナセトラベル・神国アスィーナ支店の責任者であるジュピトリウスという商人をはじめ、すでに多くの関係者が新たな事業として推し進めている所へ、後から参入し金貨をバラ撒き商会の事業拡大を目論むなど私が王都で長年やってきた行為よりもさらに虫の良い話だ。そのようなことは王族であるナナセや女王陛下が許しても、この件を任されているナナセカンパニーの商人としての私が絶対に許さぬ。この事業で利益を得る権利があるのはナゼルの町とナプレ市、そして神国の者だけだ。王都の商人になぞ、びたいち銅貨すら稼がせてやる気はないな」
「でしたら女王陛下から書状を頂いてきますの!待っていますの!」
「考えてもみろアデレード。もしナナセとアデレード、どちらかの二択しか無いとしたら、女王陛下はどちらを選ぶと思うか?実の娘に対して言うようなことでは無いのかもしれぬが、その選択では女王陛下だけでなく、誰しもがナナセとの取引を優先すると思うぞ」
「ぐぅ・・・」
「神国からの輸入品をアデレード商会に優先的に卸すくらいならば、それはナナセも望んでいることであるから約束しよう。ただ、衰退していると聞き及んでいる神国が、王都でも売れるような魅力的な品物を大量に用意できるとは思えぬ。またナナセの考えでは、貿易とは双方の収支バランスが取れていなければ、どちらかが倒れ長続きしないといったことを予見していたし、私もその考えに共感した。従って、しばらくはナナセカンパニーが赤字覚悟の取引を行い、両国の良好な関係を築く所から始めるという、ナナセによる国際的かつ壮大な政治計画の意味合いもあるのだ。イスカという新参者一人を成功させるが為に、衰退している神国へ負担をかけるわけにはいかないということが理解できたのであれば、数年後に出直してきなさい」
「アデレード、私にはあまり経済などの難しいことはわかりませんが、旦那様・・・ではありません、レオナルド様の言い分には寸分の隙も無いように思えますし、これではマセッタ様であっても了承せざるを得ないのではないかと。ここは戦略的に一旦引きましょう」
「お、お父様っ!こ、これで勝ったと思わないことですのーっっ!!」
この父娘喧嘩は、
たった一人の血の繋がった家族であるアデレードの応援をしたい気持ちは十分すぎるほどに抱えてはいるが、最愛のナナセが商売敵であるとなればどちらの肩を持てばいいのかわからなくなる。
また、かつての大商人であったレオナルドが商機へ迅速に反応するようなその隙のない仕事ざまを、下働きとして養われていた際に間近で見ていたことも影響しているのだろう。
「アイシャお姉さま、あたくし、さっそく女王陛下のご期待に応えることができていませんの。以前お父様が牢の中で痩せ細ってしまった際、恰幅の良い口の減らない憎まれ大商人に戻って欲しい、などと言って慰めてしまったのですけれど、今となってそれは大失敗でしたの・・・お父様はナナセお姉さまのお考えを元に行動するようになり、以前より凄みが増しているように感じますの・・・」
「アデレード、相手が悪かったと思い諦めましょう」
「悪すぎですの、商売敵としてのお父様は極悪ですの・・・」
一方その頃、レオナルドは。
「(大罪人の私にできる罪滅ぼしなど数少ないのだ。嫌われ役も厭わぬ覚悟をしていたつもりであったが、娘に対してまで憎まれ口を叩くというのは精神的に堪えるものだな・・・すまぬ、こんな父親を持ってしまったアデレードには、どれほど謝っても謝りきれぬ)」
・
「神都アスィーナで、たった一回しか休憩しないでベルシァ帝国まで向かうのは、わしとハルコだけなら大丈夫じゃと思うのじゃが、人族のアデレードとアイシャールには少し酷だと思うのじゃよ」
「ベル様、あたくしなら問題ありませんの」
「私もハルコに背負われているだけですから、問題ありません」
「無理するとナナセとアルテミスに怒られちゃうのじゃ。神国から帝国の間で休めそうなところがあれば休んだ方がいいのじゃよ」
「わかりましたの・・・」
「この遠征部隊の隊長はアデレードです。私は指示に従います」
アデレード隊長率いるグループは、リュックに押し込んだベルを背負っているアデレード、ハルコにしがみついているアイシャールの飛行部隊だ。念のため、緊急連絡用にアデレードの肩乗りカラスであるレイヴも連れてきた。
レオナルドに言い負かされてしまったアデレード隊長は、商会の新たな事業となる予定であった輸出入についてはきっぱり諦め、数回の休憩をしながらベルシァ帝国へ向かうことにした。
神都アスィーナへ降り立つと、グレイス神国教皇の代理を務めているアギオルギティスに会わせる顔が無いと言いながらモジモジしているアイシャールの首根っこをベルが引っ張り、そのままパルフェノス神殿へ突入した。
「アギオルギティスや、約束どおりアイシャールを連れて戻ったのじゃよ。本当はナナセと共に来たかったのじゃが、知っておると思うのじゃが、今は少し大変なことになっておるから許して欲しいのじゃよ」
「アギオル、ハルコ、ナナセのまちで、がんばってるよ」
「ど、ども・・・」
「ベル様、ハルコ、アイシャール、お久しぶりですね、遠い旅路を遥々ようこそおいで下さりました。それとそちらの娘さんは・・・」
「あ、あたくしアデレードですの!アギオル様はナナセお姉さまやアイシャお姉さまからとてもお優しいお方だと聞いておりますの!」
「パルフェノス神殿長を務めさせて頂いておりますアギオルギティスです。わたくしもアデレードさんについてはナナセさんから少し聞いておりますよ。娘や孫ができた気分です」
「そのように受け入れていただけて嬉しく思いますの!」
「ここで立ち話もなんでしょう。マリア=レジーナ、アルテミス様が好まれていたお茶とお菓子でも用意しましょうか」
「すでに準備してございます神殿長、ささ、こちらへどうぞ」
「お邪魔するのじゃよ」
「失礼しますの」
「ハルコ、ここ、すき、ひさしぶり」
「あ、あざます・・・」
神殿内部にある応接室のような部屋へ通されたアデレードは、味が薄くて粉っぽい焼き菓子をモソモソと食べながら、若かりし頃のアイシャールを知っているアギオルギティスに、その頃の話を色々と聞いてみることにした。
当時のアイシャールは、戦争終結後の覇権争いに揺れていた帝国から従者一人だけ連れて逃亡し、命からがらたどり着いたグレイス神国とベルシァ帝国の国境沿いにある小さな集落に建てられた神殿で、アギオルギティスに拾われお世話になっていた。
「・・・それでは、アイシャお姉さまが帝国の姫であると、最初からご存知でしたの?」
「もちろんです。よく手入れされた美しい髪や肌は片田舎の神父であった私にでさえ戦火から逃れてきた農民などでは無いことくらい一見して理解できましたし、今アデレードさんがその髪に付けていらっしゃる『ラーテルの紋章』が刻まれた装身具は、この地に住まうものなら一度は目にしたことがある、ベルシァ帝国皇帝一族であることを示す何よりの証ですから」
「あたくし、ただの可愛らしいイタチの髪飾りだと思っていましたの」
「おそらく、当時のアイシャールも同様に考えていたのでしょう。実はラーテルと呼ばれる小動物は、獅子や象をも喰い殺す、恐れ知らずで勇猛果敢な最恐最悪の砂漠の覇者、とまで言われているのですよ」
「そのような意味合いがある紋章でしたの・・・」
身分を隠しているお姫様であったアイシャールを拾ったアギオルギティスは、ひとまず神国の言葉や菜園の作業を教えることにした。
「アイシャールは今でこそ落ち着いた雰囲気の女性ですが、当時は活発すぎて本当に困った子供でした。思い起こしてみると・・・ふふっ、笑いが止まらなくなってしまうようなことばかりしていましたよ。畑仕事などをお願いしても、頭の上から足の先まで毎日泥だらけの傷だらけになって帰ってきておりました。理由を聞くと「カエルさんがいたの」とか「チョウチョさんがいたの」とか」
「そうなんですの!?もっと聞かせて下さいますの!」
「や、やめて、ください、アギオルギティス、さま・・・」
アイシャールは年端も行かぬ少女のように、伏せ目がちで顔を赤くし、自信なさそうなボソボソしゃべりで何を言っているのかよく聞き取れない陰キャオタ女子状態になってしまった。
あとがき
カルヴァス君、リザちゃんに屈辱の惜敗ふみふみされたのも無駄ではなかったようです。大出世ですね。
長台詞、来ました。ナナセさんじゃありませんが。
そのレオナルドさんなのですが、バルバレスカ先生とは違い、どうしても上手く「実はいいヤツじゃん」に持っていけないので、もうこの際だから嫌なヤツに振り切ってしまえと思っていたのですが、筆者の手癖のせいでしょうか、そういう感じにすらできませんでした。これはこれで良い感じになったのかもしれませんが、なかなか扱いが難しいです。
アイシャ姫とアデレちゃん、ダブル主演みたいな感じです。初めての母娘旅行、楽しんで下さい。
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