12の23 紡ぎ手のお仕事(後編)



「見えてきたのじゃ、あそこなのじゃ、久しぶりなのじゃ」


 無人島で夜を明かしたイナリ隊長のグループご一行は、お昼前にはアリッシアの集落に到着した。リーダーぶりたいイナリは集落の手前で人族の姿に戻ってから、シンジに乗って村の門へ向かった。


「外国の娘と・・・光る獣人だとっ!?猫神様のお仲間かっ!?」


「猫なんかじゃ無いのじゃ!失礼しちゃうのじゃ!わらわは狐じゃ!」


 門番は金色こんじきの瞳を光らせ、九本の尻尾をふわふわとランダムに振り回しながらプリプリ怒るその姿に墜落しそうになるも、頭を抑えながらなんとか持ち堪え平穏を保った。さすが僧侶だ。


「そ、そうか。旅の者なのか?ここはあまり外部からの客人を歓迎しない集落でな、申し訳ないが身分を証明する物は持っているか?」


「そんなの持ってないのじゃ。わらわはグレイス神国に住んでおるのじゃ。この集落は何百年か前に遊びに来たことがあるのじゃ」


「い、イナリ様ぁ、これなら通してもらえるかもしれません」


 リアがリュックから一枚の羊皮紙を取り出すと、門番に差し出した。


「ほほう・・・イグラシアン皇国からヴァチカーナ王国への留学生か・・・まあ良かろう、身分を証明するには十分だ。ここはアリッシアだぞ」


 イナリとリアはそれぞれの乗り物から降りると、連れて歩くわけにはいかなそうなアズーリとシンジに、集落の外で遊んでいるように言いつけてから門をくぐる。


「イナリ様、私びっくりしちゃいましたぁ。こんな僻地でも綺麗に整備されている街があるのですね・・・」


「この集落は名のある高僧が作ったそうなのじゃ。神殿ではなく寺院と呼ばれる建物に、その高僧が祀られておるそうじゃ。それとは別に、王国や神国のような神殿もあるようなのじゃ」


「神殿と寺院って何が違うのですかぁ?」


「名のある高僧のような、皆に尊敬された立派な人族を祀っているのが寺院らしいのじゃ。神殿は文字通り神を祀っておるらしいのじゃが、わらわにも違いがよくわからぬのじゃ。全部創造神様が作ったものだと思うのじゃが・・・」


「私もそういうの難しくてよくわからないです・・・イナリ様も神様なのですよね?」


「うむ、神のわらわがよくわからぬと言っておるのじゃから、リアがわからなくても大丈夫なのじゃ。じゃが、信仰は人それぞれなのじゃから、この集落の民には余計なことは言わず、神であろうと名のある高僧であろうと、余所者のわらわたちとしては、しっかり祈りを捧げておいた方がいいのじゃ」


「わかりましたぁ。お勉強になりますぅ」


 このアリッシアの集落には複数の流派が集まり、互いに尊重し合いながら生活している。ひたすら歩き続ける苦行や断食断水などをしているストイックな修行僧もいれば、数時間おきに神への祈りと感謝の言葉を日課としている信仰深い者もいる。


 なぜ様々な思想を持つ民が争わず互いに共存できているかと言えば、このアリッシアの集落は隠れ家としての意味合いを持つ集落であるからだ。純粋なアリッシア民族はベルシァ帝国と数百年も続いた戦争の最中に何度も分裂し、戦いを好まない民たちが戦火から逃げ隠れながら、このあたりに集落を作ったのが始まりと言われている。


 また、王国から地中海を挟んだ南西に広がる砂漠地帯の一角に立派な古の文明を築いた民族の生き残りが、砂漠化が進み居住が困難になったことで二度と先祖の土地へは戻らぬ覚悟で北上し、このアリッシアの集落へ辿り着くとそのまま永住してしまった者が数多くいる。


 そのような理由もあり諸外国との交易はほとんど無く、来訪者など年に一人もいれば多いのが現状で、集落の民もわざわざ外へ出ていくようなことなどしない。門番の僧兵がイナリを受け入れたのは超特例のようで、猫神様とやらに容姿が似ていたことが幸いしたようだ。


 複数の流派が住まうとはいえ、この集落の民たちに共通しているのは、この地で戦争など起こらずいつまでも平和であり、大きな発展や過ぎた贅沢など望まず、神仏がいつ訪れても良いようにと、日々美しい街並みを保つことを欠かさないという点であろう。


「この石畳なんかも隅々まで敷き詰められて掃除が行き届いていますし、寺院や神殿の外観だけでなく住居もとっても綺麗ですし、なんだかナゼルの町みたいですぅ」


「言われてみればそうなのじゃ。きっとこれは民が良くまとまっておる証拠なのじゃ。グレイス神国の神都アスィーナなんぞ、パルフェノス神殿の関係者以外は酷いもんなのじゃ」


 それは土地神であるイナリが遊び呆けていた結果だ。



 二人はキョロキョロ見学しながら、少し賑やかな街の中心部あたりまでやってきた。アリッシアは村とも町とも国を名乗っているわけでも無いただの集落といえど、その広さはナプレ市と匹敵するもので、歴史のありそうな建物も多く、隅から隅まで観光するには数日かかりそうだ。


 アルテミスの記憶を取り戻すための手がかりを探すという本来の目的をすっかり忘れ、隊長のイナリにとっては数百年ぶりに訪れたこの街を、それはそれは楽しそうに観光していた。


「あのあの、イナリ様ぁ、強い力の持ち主はどこですかぁ?」


「おお!すっかり忘れておったのじゃ!」


「猫神様っていう方を探した方が良いんじゃないですかぁ?」


「じゃったら、その辺の店で聞いてみるのじゃ。こういうのは酒場で情報を集めるのが基本行動だと前に姫が言っておったのじゃ」


「ナナセ先生の言う事なら間違いないと思います!」


 リアの言うとおり、観光よりも猫神様とやらを探すのが先決だ。集落の入り口に立っていた僧兵が興奮気味だったことから推測しても、この集落の神殿には猫神様とやらが滞在しているのであろう。



「わらわは姫がくれたお小遣いの王国金貨しか持っていないのじゃ」


「私もイグラシアン皇国の金貨しか持ってきていないですぅ」


「困ったねぇ、外からの珍しいお客さんだし、果実水くらい売ってあげたいのはやまやまなんだけど、こんな辺境の集落じゃ外国の金貨を受け取っても両替すらできないんだよ。せめて神国か帝国の通貨だったら、誰かが買い物にでも使ってこられるんだけどねぇ・・・」


 イナリとリアは情報収集のために入った酒場のカウンターで料金先払いというシステムに困惑していた。二人が持ち合わせている王国と皇国の金貨は時価総額数千万円にものぼるが、この集落独自の通貨以外を使うことはできないようだ。


 カウンターでおばちゃん相手にのじゃのじゃ言いながら押し問答していると、背後から一人の見知らぬ男が近づいてきた。


「お嬢さま方、なにやらお困りの様子ですな?」


「はいぃ・・・」「のじゃぁ・・・」


「支払いが困難なようでしたら、私が立て替えましょうか?」


「えとえと・・・」「のじゃのじゃ・・・」


 その男は身長二メートルほどありそうな整った顔立ちをした細身の紳士で、白髪交じりの美しい金髪を清潔感あるオールバックにまとめており、うっすらと赤みがかった不思議な色彩の瞳は、とても優しそうな印象を受ける。


 身につけている装飾品や服装も小綺麗で、派手な色使いなどなく落ち着いたもので揃えており、その一つ一つ、見る者が見ればかなりの価値があることくらいすぐにわかる。


 紳士らしき振る舞いも素晴らしいものだ。いきなり背後から触れるようなこともなく絶妙な距離を保ち、子供たちを怖がらせるようなことのない角度からゆっくりと視界へ入った。


 さらに、美しく透き通るような声質は、まるでテノール歌手のような程よい高音で、ここが大きな劇場であれば客席の隅々まで届きそうなほど深く、そして力強く、それでいてどこか優しさを感じるものだ。


 どこの誰が見ても立派な人物であることがうかがえる紳士とはいえ、知らない酒場で知らないおじさんに背後から声をかけられた子供二人が、そうそう初対面の人を信用してはいけないのは常識だ。


「頼むのじゃ!」「お、お願いしますぅ!」


 どうやらジュース飲みたさを我慢できず簡単に信用してしまったようだ。ちょろい子供すぎてこの先が心配だ。


「お、お、おおおお・・・(ちゃりーん)」


 しかし紳士の雰囲気はここでガラリと変わった。嬉しそうに獣耳と九本の尻尾をランダムに動かしながら振り返ったイナリの容姿を見た途端、驚きのあまりアリッシア通貨を床に落としてしまった。


「そ、そ、そのお姿は・・・九本の尾と獣の耳を持つ麗しき少女・・・も、もしやグレイス神国の守り神様ではありませぬかっ!?」


「なんじゃ、わらわのことを知っておる者がおったのなら話が早いのじゃ!わらわは最近イナリと名乗っておるのじゃ!」


 ここで、先ほどまでおばちゃんにジュースを売ってもらえず半泣きだったイナリの態度が豹変し、無い胸をちまーん!と張って腰に手をやり、いつもは袴のような服に隠されている九本の尻尾を超高速フリフリしながらペカペカと後光を発生させ、自信満々な神様威厳を取り戻した。その姿を見た紳士はむせび泣きながら地にひれ伏すと、頭を擦り付けるようにしながら、何度も何度も“服従の祈り”を捧げた。


「嗚呼・・・私が生きている間にお目通り叶うとは・・・嗚呼・・・」


「そう堅苦しくするななのじゃ。最近は王国で人族とともに過ごしておるから、そういうのは久々でむず痒いのじゃ」


 ナナセのせいですっかり人族風情に成り下がってしまっているイナリがそう言うと、紳士の手を優しく取ってからゆっくりと立ち上がらせ、そのまま暖かい光を目一杯送り込んだ。


「ありがたきご配慮・・・おお!なんと神々しく暖かな光!」


「姫やアルテミスが人に取り入るのが上手いのはこの光のおかげなのじゃ。わらわからもそなたに感謝の光を送るのじゃ!」


 年甲斐もなく頬を染めるこの紳士は、イナリとリアの分、それと従者らしき少女と自らの飲み物も一緒に購入すると、酒場の一番奥に位置する特別席のような所へ案内した。


「名乗り遅れて申し訳ありません、私のことはシャルとお呼び下さい」


「わらわのことを知っておるなら、神国か帝国の者なのじゃ?」


「・・・。」


「なんじゃ、その身なりや立ち居振る舞いを見れば、そなたが高貴で高尚な者であることくらい、初対面のわらわでも見当がつくのじゃ。神に隠し事は良くないのじゃ」


「・・・大変申し訳ございません。本来の名はベルシァ・アル・シャルタナーン、私が帝国の地からこのアリッシアへ移り住んでから三十年近く経っておりますから、すでにこの名を名乗ることなど許されぬのですが・・・イナリ様のご明察通り、ベルシァ帝国皇帝でございます」


「おお!そなたアイシャールのお父さんなのじゃ!?言われてみれば髪や目の色が似ておるのじゃ。戦争で死んでしまったようなことを聞いておったから、生きておったなら良かったのじゃ!」


「イナリ様はアイシャールをっ!アイシャールをご存知なのですか!」


 イナリ隊長のグループは、想定外の重要人物に遭遇してしまったようだ。





あとがき

次話からまた場面が代わります

皆さまお待ちかね、アノ人が主人公です

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