12の20 亀さん
パスティ港長さんは鼻息荒く立ち去ったし、リザちゃんは漁師に囲まれてカードゲームとか始めたし、ようやく私は亀さんとゆっくりお話することができる。ほとんど爪みたいな可愛らしい手の先にスプーンを挟み込み、なんとも器用に魚介スープを食べている。
間違いなく創造神関係だよね。しゃべる亀。スプーン使う亀。
「ねえねえ亀さん、創造神のこと知ってるんでしょ?亀さんって呼ぶのもアレなんだけど、名前はあるの?」
「【上野】なのです」
「へっ?なんで日本語?(かきかき)こういう字??」
「僕は字が書けませんですけど、こんな模様だったと思いますです。子供先生殿はなぜ僕の名前を書けますです!?」
「これ漢字って言ってさ、王国近隣では使われてない文字なんだよね・・・創造神に名付けてもらったんでしょ?」
「はいです」
私は眼鏡にぬぬんと力を入れて上野さんを凝視する。全長1m、体重100kg、そして年齢の表示がバグって謎の記号とかになった。
「うわぁ、【上野】さん何歳かわかんないや、こんなこと初めて」
「僕ももう何歳とかはわらないのです。たぶん数億年は経ってると思いますです」
「すごい・・・」
「でも、知能を与えられたのはこの数千年くらいなのです。それまでは死なないというだけで、他の亀と何ら違いはなかったと思いますです」
上野さんの説明によると、知能を与えてもらえるまでの数億年の記憶は曖昧で、たぶん創造神が海を移動するための交通手段として使用されていたのではないかと言っていた。
「そっかぁ、だからさっきリザちゃん乗せても違和感なかったんだ」
「乗られることは嫌ではないのです」
その後、二千年くらい前に妹さんができたらしく、その妹さんは何かの紡ぎ手として創造神に創り出されたそうだ。しかし、上野さんはその紡ぎ手の住処から外出したら、もう二度と中に入れなくなってしまったらしい。亀だから水魔法の紡ぎ手かな?
「へえ。重力魔法の紡ぎ手さんのおうちも、光魔法の紡ぎ手さんのおうちも、独特な方法で侵入者を拒んでたし、温度魔法の紡ぎ手さんなんて前人未踏みたいな山奥に住んでたからねぇ。その【上野】さんが帰れなくなっちゃった住処ってどこなの?」
「ナプレの港のすぐ近くなのです」
「えっ?そうなの?私んち近いからもっと詳しく教えてよ」
その場所は例のイスカちゃんの廃墟のお城から南東に位置するリモーネ島ってところにあるらしく、ナプレ湾の逆側の先端、東京湾で言うと、千葉県の先端みたいな所のようだ。
「その島の一角に青い洞窟があり、奥が入り口になっているです。でも、一度出てしまったら、入ろうとしても見えない壁に『資格がない』と阻まれてしまうのです。仕方がないので、かれこれ二千年近く遊びながら暮らしているのです。少し潜れば食べ物はいくらでもあるから困らないのです」
「酷い話だねぇ。創造神に文句言わなかったの?」
「会いたくても、どこにいるのか知らないのです。長い時間、陸に上がって探していると甲羅が乾きすぎてしまいますです」
「そっか・・・でもさ、ナプレ市だったらピステロ様がいたから、もしかしたら力になってくれたかもしれないよ」
「ここ数百年は、もっと暖かい南の島でのんびり過ごしてましたです。久々にこのあたりの海岸線に戻ってゆらゆら泳いでいたら、船の数が増えていてびっくりしたです」
「妹さん、心配してるんじゃない?」
「妹とは三日くらいしか住んでいないです。僕もよく覚えていませんし、妹もよく覚えていないと思いますです」
「そ、そっか。私さ、そこからわりと近くにあるナゼルの町ってとこに住んでるからさ、今度一緒に行ってみようよ。私なら見えない壁も強引に突破して侵入できる気がするんだ」
私には今まで何度も紡ぎ手さんの住処に侵入してきた安心と信頼の実績があるのだ。
「そんなことしたら、きっと創造神様に怒られちゃいまです」
「どこにいるのかもわかんないし、【上野】さんのこと二千年も放ったらかしにしてるんだから、ちょっと怒らせてみて姿を現してもらおうよ」
「ますです・・・」
「まあとりあえずさ、知らない港に上陸するとまた子供にいじめられちゃうかもしれないしさ、ピステロ様っていう重力魔法の紡ぎ手が【上野】さんの住処の近くに住んでるからさ、その人を頼ってみてよ。私、お手紙書いて鳥に運んでもらうから、いきなり訪ねても大丈夫だからね」
「他に頼ることもできないですし、お世話になりますです」
この後も色々とお話を聞いたけど、この世界の人たちにはおしゃべりする亀への適応ができているようで、各地の港にお友達がいるようなことを言っていた。
青い洞窟ってなんか聞いたことあるよね。竜宮城の入り口じゃなければいいけど・・・
・
「そんじゃ私たちはポーの町へ向かうけど、【上野】さんは何日くらいで廃墟のお城に到着するかな?」
「三日くらいかけてのんびり向かいますです」
「それならポーの町からお手紙出せばサギリなら間に合うかな、ピステロ様のところに届く方が早いだろうから安心してね」
「子供先生、だったらもう寄り道できないわよ!」
「あはは、おっしゃるとおりです」
マルセイ港の改築については、今からでもできそうなことを一覧にして、パースみたいな完成想像図を添えてパスティ港長さんに渡しておいた。イグラシアン皇国から移住してくる人が増えたら金銭的に困るかもしれないので、その時に備えて純金貨も渡しておいた。私にとってはたいした金額じゃなかったけど、パスティ港長さんにしてみたら大金だ。これを別のことに使っちゃうようなら、根底から考え直す可能性があることを探る『踏み絵』みたいなものだ。
「パスティさん、まずはこの港を村に昇格させるのを目標にしながら頑張って下さい。私もちょこちょこ様子見に来ますから」
「感謝するナナセ閣下、ご期待に添えるよう頑張るぞ!」
私の方こそ頑張らなきゃいけないんだよね。新しいアルテ様のこと、ちゃんと受け入れなきゃ。
「そんじゃ行きますかぁ!」
「「「ナナセ様!リザの姐さん!お気をつけて!」」」
あらら、リザちゃんまた酒場で姐さん衆を増やしてるよ。もう数では完全に負けちゃってるね。
・
ポーの町へは街道みたいになっていたので迷うことはなかった。ちょこちょこビアンキを休憩させながら快適な海岸沿いを走っていると、途中で地名と矢印が彫り込んである手作りの看板があったので、そこを左に曲がっただけでわりと簡単に到着してしまった。とはいえ、すでにお日さまは沈んで星空になっているので、ヴィンサントの町からマルセイ港までと同じくらいの距離を移動したんだと思う。ありがとねビアンキ。
「やっと目的地に到着したねぇ。思えば長い道のりだったよ」
「寄り道したとこ全部で宿泊したんだからしょうがないわよ」
町の入り口にはタスカーニァやヴィンサントのように門番らしき護衛兵が立っていたので、マセッタ様が書いてくれたポーの町用の書状を手渡した。
「ナナセ閣下!お待ちしておりましたっ!俺ナナセ閣下のファンです!握手して下さい!」
「はぁ、ありがとござます。拇印は必要ありませんか?」
「???」
私のファンを名乗る護衛の人は、門の護衛を放ったらかしにして街の中まで案内してくれた。見るからに立派な町長のお屋敷らしき場所をスルーして、町の中心部からずいぶん離れた端っこの方まで来ると、穏やかに月明かりが揺れる美しい河川沿いにある、一軒の小さな小屋に案内してくれた。
「わぁ、今夜は満月なんだぁ。水面に映ってる感じが幻想的だねぇ・・・」
「満月も綺麗だけど、波の揺らぎと夜霧が幻想的な演出してんじゃない?なんか歴史的価値ある絵画みたいで素敵な光景だわ!」
「おー、言われてみれば。やっぱリザちゃんってさ、いいとこのお嬢様って感じだよねぇ・・・私なんか、わぁ綺麗、で終わっちゃうもん」
「なによ!急に褒めないでよ!」
現代日本人だった私は芸術作品に触れる機会なんてほとんど無かった。この異世界にやってきてからも、きっと価値があるものなんだろうなぁ、って程度にしかわからない。リザちゃんはヴィンサントの建物に彫ってあった彫刻にも理解を示していたし、生まれ育ちの違いみたいなものを感じて恥ずかしくなってしまう。
「自分からも申し上げます!ナナセ閣下のご来訪を、お月さんが満面の笑みで歓迎しているのではないでしょうか!」
「あはは、護衛さんも素敵なこと言いますねぇ。ありがとうございます」
そのショボい外見の小屋自体はなんとも田舎臭かったけど、王都の護衛兵みたいな強そうな人が警備しており、周辺の芝生は綺麗に刈り揃えられ、道と居住区を仕切る柵もしっかりとした作りで、隣接する馬小屋には美しい毛並みの馬が繋いであり、一束づつ綺麗に積み上げられた薪の量もかなりたくさんあった。
つまり、ここがマセッタ様のご両親に終の棲家として選ばれて隠居している河川敷の古民家とやらなのだろう。
「(コンコン)失礼致します!サンジョルジォ様、ジュリエッタ様、ナナセ閣下とその従者がご到着なさりましたっ!」
「はいはい、今開けますよ」
扉の向こう側からは、とても優しそうな女の人の声が聞こえてきた。
あとがき
青い洞窟は言わずとしれた青の洞窟です。イスカちゃんのイスキア島からナポリ湾を挟んだ逆側にあるカプリ島ですね。
ポーの町につては7章後半で書いたマセッタ様の物語の時にも説明しましたが、パルマとかポー川あたりをモデルにしています。
さて、次話から場面が大きく変わり、なおかつ筆者視点になります。三人称ってやつですね。必然的に説明多めになるので、普段ののんびりペースに比べると少しだけテンポアップしていると思います。
なるべく「言葉遣いが違うナナセさんっぽい思考」を意識して書いてみたのですが、少し違和感あるかもしれません。
いつもと違う雰囲気のお話に、しばらくお付き合い下さい。
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