12の19 マルセイ港(後編)



 漁師さんたちがワイワイやってる一般の客席から、パスティ港長さんに奥の個室へ案内し直されたされた私たちは、マルセイ港の灯台の崖から飛び降りたタル=クリスとマス=クリスの話を聞かせてもらった。その際、ずっと付き添っていたアンドレおじさんのことをやたらと褒めていた。


「ざこ犬のくせにやるじゃない!」


「アンドレさん、決める時は決めるんだよねぇ」


「騎士様だけでなく、同行していた精鋭隊の方々も実に礼儀正しく、素人の俺から見てもしっかりと統率が取れていてな、これではイグラシアン皇国が王国になど勝てるわけがないと思い知らされたぞ」


「あはは、精鋭隊が礼儀正しかったり統率取れてるのはアンドレさんあんま関係なくて、マセッタ様に長年しごかれてたからですよ」


 パスティ港長さんの話をまとめるとこうだ。


 タル=クリスとマス=クリスは、二人の愛娘であるポインセチアちゃんのことを思いながら、皇国への帰還を目指したそうだ。


 しかし、王国から皇国へ渡る船に乗るには厳格な出国審査が行われている上、当時は厳戒体制だったこともあり渡航自体が中断されている真っ最中だったので、行き場をなくした二人が潜伏できそうな場所は皇国の移民が多いこのマルセイ港しか選択肢が無かったようだ。


 得意の変装をしながら闇夜にまみれ、どうにかこうにか人目を避けながら苦労して到着したマルセイ港には、レイヴとサギリからの手紙を受け取ったアンドレおじさん率いる精鋭隊がすでに包囲網を巡らせており、至る所で監視が目を光らせている集落の中へは、入るどころか近づくことさえもできなかったそうだ。


 いよいよ逃げ場を失ったことで絶望したタル=クリスとマス=クリスは思い詰め、諜報員として受けた「場合によっては自害」という教育も影響したようで、灯台の崖から投身自殺するという最悪の選択をしてしまった。しかしそのあたりの浜には地引網が設置してあり、海底に沈んでしまうこともなく、沖の方へ流れてしまうこともなく、砂浜に流れ着いていた死にかけの二人を地元の漁師が発見したそうだ。


 海難事故の応急処置に手慣れている漁師がすぐに心臓マッサージや人工呼吸をした後、ひとまず宿まで二人を運んだけど、神殿なんか無い小さな集落なので治癒魔法を使える人もおらず、非常に危険な状態が続いていた。なんとか話ができるくらいまで回復すると、今度はすぐに服毒自殺を試みてしまったそうだ。


 親切な宿の人や地元の漁師は、水を飲ませたり無理やり吐き出させたりと必死になって救おうとしたけど、二人の容態は悪化する一方だった。ところがそこへアンドレおじさんが現れると、テキパキと指示を出しながら治癒魔法を使える隊員を呼び寄せたり、自身が緊急用に持参していた高価な薬剤も惜しみなく与えたりしながら、どうにかこうにか一命を取り留めることができたそうだ。


 死にかけの二人が回復してからは、アンドレおじさんがずーっと付きっきりで甲斐甲斐しく看病してあげていたそうで、自殺を諦めて次第に心を開き、ついには全てを自白したらしい。なんかアンドレおじさんって、自画自賛するようなこと絶対に言わないから、王都に戻ってからブルネリオさんにした報告の内容は、もっと淡々とした感じだったんだよね。


 実際のところ、タル=クリスが死ななかったのは神殺しの大罪とやらで背負わされてる、死ねない摂理とかいう創造神が付けた謎設定の可能性が高いんだけど、今そんなことを言い出すほど私は無粋じゃない。これでも一応、空気が読める子なのだ。


「なんでも、騎士様はヴァルガリオ先々代国王陛下の側近護衛に抜擢され、大変な恩を感じているそうではないか。騎士様は犯人の二人に対し恨みつらみを抱えていながらも、紳士的な振る舞いを続けている立派な姿に、俺は感動したんだ」


「たぶん、アンドレさんって個人的な感情を押し殺して王族の命令に従うことができる人なんだと思います。あと、犯人の二人を恨むっていうより、護衛対象を守ることができなかったっていう自分に向けられた自責の念、みたいなやつがあったんだと思います。でもまあ、ヴァルガリオ様だけじゃなく、一緒にいたリベルディアっていう偉い魔法使いがやられちゃったのは精神的にかなり堪えたみたいで、事件の直後に田舎のゼル村に引きこもったのって、そのことから逃げていたみたいなんですよ。表向きでは次に狙われるかもしれないチェルバリオ村長さんを護衛するためってことになってたみたいですけど」


「ふむ、そのような裏話を俺なんかが知ってしまって良いのだろうか・・・これは後から騎士様と酒を飲みながら聞いた話だが、それもこれも、ナナセ閣下が人の死を過剰に嫌がるからだと投げやりに説明していたな。その場で二人を処刑する権限を持ちながらも、きっとナナセ閣下が二人を救い、愛娘と再会できるよう事を上手く運んでくれるであろうと言っていたぞ」


「なによ!ざこ犬ったら子供先生の受け売りだったんじゃない!子供先生もいいとこあるわね!」


「いやまあ・・・私さ、タル=クリスを最初に逮捕した時さ、地下牢で話し込んだことあってさ、けっこう家族思いな感じの人でさ、かわいそうになっちゃったんだよね。それに知ってる人が死刑になるのなんて嫌じゃん、私が人の死に慣れてないってだけだと思うけど、アンドレさんの方こそ、もう誰も死なせたくないっていう自責の念が勝った感じなんじゃないのかな」


「結果として、ナナセ閣下が望んだ通りになっているのだから、騎士様もナナセ閣下も正しかったということだな」


 正直なところブルネリオさんが判決を言い渡すまで、私はタル=クリスとマス=クリスの二人に関しては処刑を免れることはできないだろうなぁって思ってたんだよね。色々とごめんなさい。


「どうなんですかねぇ、なんだかお恥ずかしいです。まあ、ポインセチアちゃんに会わせてあげるってのは、領海争いみたいな感じで王国と皇国の情勢が微妙なままだと、まだまだ先になっちゃいそうですけど必ず実現させますよ、お約束はきちんと守らないと。どんな形になるかまではわかりませんけど・・・」


 しばらくしんみりした後、パスティ港長さんはケンモッカ先生が長年続けている輸出入の話なんかを詳しく教えてくれた。


「ケンモッカ様には長年、この港や住民のことを気にかけてもらっているんだ。王国と皇国、双方で伝説の商人と言われている人物など他には居ないだろう」


「ケンモッカ先生には、今は孫が作った商会のお手伝いをしてもらってるんですよ。皇国との取引は採算度外視でずっと続けてるらしいですけど、それって貧乏だった子供の頃に王国への留学費用を出してくれたステラ商会って所のご主人様への恩義を、ずーっと返し続けてるらしいんです」


「伝説の人物に相応しい逸話ですな」


「なかなかできることじゃないですよねぇ・・・ところで、実は私ベルシァ帝国とグレイス神国から色々輸入しようと思ってるんですけど、今はグレイス神国の神都アスィーナから王都の港までを往復してる経路を、このマルセイ港まで伸ばそうと思ってるんです。その路線にケンモッカ先生が続けてる取引も絡ませれば負担が減るかなぁ

なんて考えてるんですけど、そのためには輸送船の高速化が必要になるんです。でも、そこはすでに重力エンジンっていう魔法の動力を実装してテスト段階まで来てるんで、たぶん輸送時間が半分以下になるし、輸送量は倍以上にできると思います。そんで、その先はベルサイアまでの陸路になるんですけど、そこにはナゼルの町で作ってる超高性能馬車を何台も投入するんで、やっぱこっちも倍の量の積荷を倍の速度で運べるようになります。その準備のために先にマルセイ港を色々と改築したり新たに設備を整えなきゃならないと思うんですけど・・・あ、費用はナナセカンパニーで出すからパスティさんは気にしなくて大丈夫なんですけど、建築作業にしても輸出入にしても、この港が急に忙しくなったら労働力が足りなくて対応できないですよねぇ」


 私は久々に眼鏡をヒックヒクさせて、輸出入に関して考えていることを声を裏返らせながら早口で一気に説明した。パスティ港長さんもリザちゃんも絶対理解できていない。なんかごめん。


「お、俺には難しいことはわからぬが・・・港の仕事が増えるのか?」


「超ざっくり言うと、そういうことですね」


「それなら任せてくれ!」


「おお!心強い!」


 どうやら、若すぎる皇帝に変わったことで政治的にも経済的にも混乱しているイグラシアン皇国には、王国へ移住したいと考えている人がたくさんいるそうだ。ただ、現状ではせいぜいベルサイアの町くらいとしか交易がない王国への移住となると、現実問題、何の伝手もない若者なんかには不可能らしい。


「今みたいな両国が微妙な情勢の時に、そんな風に皇国の民を奪い取るようなことしてたら大問題になっちゃうんじゃないですか?」


「なるであろうな。だが、王国に住む我々としては大問題にしてもらいたいくらいだ。先祖代々、祖国を愛する気持ちを捨てたわけでは無いつもりだが、今の皇国では民を苦しめているだけだ」


「そうなんですねぇ、私は皇国の現状を実際に見たわけではないので偉そうなことは言えませんけど。まあ、この港を立派に作り直すって言っても、今日明日の話でもありませんし、私としては目立たないように少しづつ人を増やせればいいと思います」


「それは俺たちも同じことですぞ、あまり目立つ行動は取れぬ。ただ、イグラシアン皇国の者を雇うのは、王国の民を雇うより良い点もある」


「なんでですか?」


「王国の民は神命に従う者が多いので、作業が限られてしまうのだ」


 ああ、そういえば神命なんて設定あったね。


「それ、あんま気にしないでいいと思いますよ、私の周りでは漁師さんが料理人やってたり、狩人が町の護衛兵やってたり、みんな偏った才能なんてなく無難にこなしてますから。特にすごい子なんて、商人なのに剣と魔法を両方とも上手に扱って、すでに精鋭隊より強いなんて娘もいますし」


「そ、そうであるか。では今いる王国の民の中でも、建設作業など嫌がらない漁師には積極的に声をかけてみることにしよう。皆、ナプレ市やナゼルの町が盛況だという噂を聞いて羨ましがっているからな」


「そうですね、何ごともやる気さえあればたぶん上手くいきますよ。さしあたって輸送船の発着と積荷の上げ下ろしをしやすいように、桟橋と倉庫をナプレ風にのんびり作り替えて行きたいと思います。これならすでに完成した形で運用している見本があるんで、建築隊とかにお願いしなくても似たようなものができると思うんですよ。漁港は少しずらすことになるかもしれませんね」


「よしわかったぞ、早急に動くとしよう。それと、俺からも一つ提案がある、この港から陸路を使うよりも、少し西にある大きな河を北上すれば、より効率的にベルサイアまでの輸送ができると思うぞ。なので、漁港をずらすほどの大工事は必要ないな」


「おお!やっぱ地元の人から話を聞くのは大切ですね、では、ここからさらに河川を使って、よりベルサイアに近い場所までを輸送船の航路とするようにしましょう!」


「流れの穏やかな河なので停泊しやすいし、その河沿いに古い集落があるから、そこを建築隊の方々に開発してもらい、新たな陸路の起点とすればいいだろう。我々はひとまず多くの作業員が滞在できるよう街としての整備をしておこうか」


「素晴らしいアドバイスありがとうございます!そんじゃ、今日からこの港とその河川沿いの集落はナゼルの町とナプレ市の姉妹港という扱いにします。マセッタ様には事後報告になりますけど、こんな小娘の私ですけど、こういった分野にはそれなりの権限を持ってるんで安心して任せて下さい!」


「小娘などとはとんでもない!ありがたい事ですぞナナセ閣下!」


 早急とは言っても、皇国からこの港へ人を呼ぶのには何週間もかかるだろう。私もアルテ様のことでグズグズしてないで、着々と準備をしないと呼んじゃった人たちに申し訳ない。


 久しぶりに王族らしいお仕事ができたかな。



「ねえリザちゃん、なんか途中から黙って聞いてて何も反対しなかったけど、任せなさぁい禁止だったんじゃないの?」


「アタシこれでも皇国の出身よ。あんな風に、王国と皇国の民衆、双方が幸せになるようなスケールの大っきぃ話なら口なんか挟めるわけないじゃない。ざこ犬や諜報員の話も感心したし、途中からなんかむずくてよくわかんなかったし、子供先生って本当に天才よねって思いながら黙って聞いてるしかなかったもん」


 あ、久しぶりに天才って言われた。違うのに。


「私は誰かの真似っ子してるだけだから天才っていうのとはちょっと違うよぉ。マセッタ様とかミケロさんとかロベルタさんみたいな人こそが本物の天才だと思うよ。アイシャ姫とアデレちゃんもすごいけどさ、あの二人はその分影で努力してる感じだから違うのかなぁ・・・あ、そうだ、アンドレさんも天才かもね」


「ざこ犬はそういうのとはちょっと違うんじゃないの?」


「どう違うの?剣の攻撃避けるのとか天才的じゃん」


「なんか上手く説明できないわ。だからって影で努力してる感じでも無いわよね」


 リザちゃんと私って、見えてる景色が違いそうだよね。

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