12の18 マルセイ港(前編)



「あー、そこがマルセイ港かなぁ?灯台みたいなのが見える」


「アタシ王都へ来るとき、ここ通ったわ!次の日すぐ出発したからよく覚えてないけど!」


 ビアンキに乗った私たちは休憩していた半島を突っ切って再び海の上を走り抜けると、崖の上に灯台らしき木造のやぐらっぽいものが見える場所にたどり着いた。速度を落として近づいていくと、わりと立派な桟橋に、わりと立派な輸送船が停泊していた。


 ヴィンサントの町を早朝に出発してからすでに夕日が沈みかけているので、王都とナゼルの町を往復したのと同じくらいの距離を移動したんだと思う。アンドレおじさんの雑な地図だと近そうに見えたけど、やっぱけっこう遠かったよ。


 私はキョロキョロしながら上陸できそうなところを探すと、その少し先が砂浜になっていた。ビアンキをそこまで誘導すると、そこではスイカ割りみたいなことをして遊んでいる子供たちがいた。


「何よあのガキンチョども!いじめてんじゃないの!?」


「そうなの?私目が悪いから近づかないと見えないし・・・あっ!スイカかと思ったら亀さんじゃーん!けっこうでかい!」


「子供先生!助けるわよ!」


「リザちゃんリザちゃん、ちょっと待った」


 赤い刀を片手に飛び出しそうなリザちゃんを重力魔法で砂浜に押し倒すと、私の知ってる日本の昔話を聞かせた。


「…‥・・・それで、助けた亀さんがお礼とか言って竜宮城ってとこに連れて行ってくれたんだ。そこで受けた接待は美酒と美女でウハウハだったんだけど、戻ってきたら何百年も時間が進んでて両親もお友達も全員死んでたんだよね」


「はぁぁあ?なんで助けてあげたタロウ=ウラシマにバチ当たんのよ?」


「わかんない。んで、未来の見知らぬ地で途方に暮れて、やること無いからお土産の玉手箱を開けたの。そしたら謎の煙がばーってなって、本人も一気におじいちゃんになって死んじゃったの」


「なんなのよそのお伽話!断罪されるべきはいじめてた子供じゃないの!?そもそもなんで時間操作できんのよ!良いことしたのに誰も幸せになってないじゃない!」


「うん。だからあの亀さんは助けない方がいいと思うよ。これ私が前に住んでた国で子供の頃からみんな聞かされてる教訓なの」


「悪いけど子供先生の教訓なんて守っていられないわ!とにかく亀からお礼を受け取らなければいいんでしょ!アタシ助けてくるからここで待ってて!(シャキーン)こらー!そこのクソガキどもー!」


 リザちゃんはそう叫ぶと、重力結界をまとって赤い髪を逆立てながら、釣り上がった赤い目を鈍く光らせ、抜刀した赤くギラギラ輝く刃を見せつけながらズゴゴゴと脅し、亀を棒で叩いて遊んでいた子供たちを恐怖のどん底へ突き落とした。


 子供たちは砂浜にへたり込んで棒を手放し、泣き出す子、おもらしする子、泡吹いて気絶する子、それぞれ私が暖かい光を使って面倒を見ることになった。


「二度といじめるんじゃないわよ!」


「「「悪魔のお姉ちゃんごめんなさぁいーー!」」」


 子供たちが三々五々に散って行ったのを確認してから、今度は亀さんを暖かい光で包んであげる。棒で叩かれるのを防御するために引っ込めていた手足と首をひょっこり伸ばすと、心地よさそうにしながらつぶらな瞳でこちらを見てきた。なんか可愛い。


「ありがとうございますです」

「ひぃ!亀さんしゃべったぁ!」

「ちょっと亀!アンタ何で喋れんのよ!」


「このご恩、返させていただきたいと思いますです」

「ひぃ!玉手箱ならいりませんからぁ!」

「ちょっと亀!質問に答えなさいよ!」


 すったもんだの挙げ句、私たち珍妙ご一行は近所の食堂らしきお店へ移動することにした。私はビアンキに乗ってるけど、リザちゃんは嬉しそうな顔して亀さんに乗っていた。


 つまり、歩くのが異様に遅い。


「ねえリザちゃん、私さ、ビアンキ泊められる宿屋さんとってくるからさ、しばらく亀さん乗って遊んでていいよ」


「なによ!子供扱いしないでよ!」


 宿をとってビアンキとサギリを休ませてから食堂にやってくると、リザちゃんがすでに飲みすぎてできあがっていた。なんなのこのいつものパターン。


「ちょっと子供先生遅いわよ!これ美味しいんだけど!」

「子供先生殿、先に頂いておりますです」


 先客らしき人たちを巻き込んで、リザちゃんと亀さんが見るからに強そうなお酒と港町らしい海鮮のご馳走を楽しんでいる。私はすんませんすんませんと腰をかがめて二人の近くに席を作って座ると、いかにもお酒が好きそうな人に小さなコップを差し出された。


「ほれお嬢ちゃん、駆けつけ三杯だ!俺の奢りだぜ!」


「お、お酒ですか、私、未成年なんですけど・・・」


「あっはっは!あっちの赤い嬢ちゃんは飲んでんじゃねえか!細けえことは気にすんな!」


 食堂の中は漁師らしきイカつい人がたくさんいて、まだ夕方なのにみんな酔っ払っていて楽しそうな雰囲気だった。そんな中で断るのも悪いし、なんかリザちゃんも美味しそうに飲んでるし、これはショットグラスって言ったっけね、ちっこいコップにチビッとしかお酒入ってなさそうだし、私もそろそろ大人にならないといけないし。


「じゃ、じゃあ・・・(ごきゅっ!)」


「おっ、イケるじゃねえか!それっ二杯目だ!」


 あれ、甘そうな匂いがしてたけど、飲んでみると薬草の香り付けがしてある独特な味わいだったよ。これなら私でも飲めるね。


「(ごきゅっ!)」


「よしその調子だぜ!ほれ三杯目っ!」


 ああっ、喉がカッと燃えるようだよ。なんだか身体が暑くなってきたし服脱ぎたいよ。これけっこういい感じかも!


「(ごきゅっ!)ぷはぁー!」


「いいぞ!俺らは嬢ちゃんたちを歓迎するぜ!」


 アハハ、アハハハハハ!しゅごい調子出てきたぁ!今ならピステロちゃまにも勝てりゅ気がすりゅよ!なんらかリザひゃんみたいにテーブルの上に乗って踊り出ひたい気分らよ!


 ・・・。・・・。


 と思っていたら正気に戻った。今頃、とある王城の一室でアルテ様がテーブルの上で裸踊りしてるかもしれない。強いお酒って呪いさんに毒だと思われちゃうみたいだね。なんかごめん。


 そんなこんなで、知らないおじさんから貰った四杯目はリザちゃんに渡して、果実水を頼んでからあらためてみんなと乾杯した。


「そんでリザちゃんはこの港で何をやらかしてくれんの?」


「何もやらかさないわよ!漁港なんだから魚を食べるだけよ!」


「私も賛成ー」


 私たちを囲んでいる漁師さんらしき人がオススメしてくれた魚介料理はなかなか美味しかった。味が薄いのはこの港に限ったことじゃないけど、豆とニンジンとタマネギとジャガイモとセロリなんかが入った野菜の出汁が程よいスープに新鮮そうな魚が沈めてあるものや、ムール貝とホタテ貝に香草とパン粉をまぶして焼いたようなやつも、どれもこれも新鮮でとろけるような味わいだった。


 しばらく美味しい夕ご飯を楽しんでいると、知らないおじさんがやたら慌てた様子でこちらにやってきて真面目な感じでごあいさつしてきた。


「ナナセ閣下とはつゆ知らず、自己紹介が遅れて済まぬ、マルセイ港長をしてるパスティ=マルセイだ。エリザベス様ともども、旅路の途中でこの港に立ち寄って頂いたことを感謝しているぞ!」


「えっ?エリザベス?」


 ああ、リザちゃんの本当の名前ってエリザベスって言うんだ。


「ちょっとアンタ!アタシはリザよ!その名で呼んだら三代先まで呪ってやるんだから!子供先生、今のは聞かなかったことにして!」


「わ、わかったよリザちゃん」


「すまぬ、リザ様・・・」


 リザちゃんにコソコソと話を聞いてみると、このマルセイ港はイグラシアン皇国からの移民が多く、リザちゃんのことを知ってる人が何人かいるらしい。このパスティ港長さんという人は、大昔に皇国から移住してきた漁師のご先祖様から代々、マルセイ港長を担当しているそうだ。リザちゃん、大金持ちの家の子とは聞いてたけど、いかにもお嬢様って感じの名前だったんだね。


「(コソコソ)王都で過ごしやすいように、ありふれた短い名前を名乗ることにしたの。これならアタシの名前なんてすぐ忘れちゃうでしょ」


「(コソコソ)リザちゃんの派手な行動と赤いっぷりを見たら一発で覚えるし、誰も忘れないと思うよ」


「(コソコソ)当然よ」


「(コソコソ)覚えて欲しいのか忘れて欲しいのかどっちなの」


「わかんないわよ!」


「あはは、まあ私にとってリザちゃんはリザちゃんのままだし、学園の可愛い教え子のままだよ」


 この後、パスティ港長さんから色々とお話を聞いた。





あとがき

タロウ=ウラシマさんはツルになるパターンがあるようですね。改めて調べて初めて知りましたけど、なんかあまりしっくりこなかったので作中では不採用です。


ナナセさん、未成年の飲酒はいけません。異世界だからセーフってことで。


なお、マルセイ港はフランスのマルセイユがモデルです。また、港長のパスティさんの元ネタは『パスティス』です。火をつけることで有名なイタリアのサンブーカに似た味わいで、薬膳酒みたいな通好みな感じのお酒です。食前ならストレート、食後ならロックで飲むことが多いでしょうか。

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