12の17 ちょっと寄り道



 夜になってから、貧血にもかかわらずピンピンしてるヴェルナッツィオ様を連れて例の酒場に戻ってきた。リザちゃんが皇国の金貨をばらまいたおかげで三日三晩は飲み放題の食べ放題になったので、店内には多くの住民が押し寄せてむちゃくちゃな混雑っぷりだ。


 それでも住民たちはスポンサーのリザちゃんご一行の姿を見つけると、お店のど真ん中にある大きな円卓を無理やり開けて席を作ってくれた。


「リザの姐さん!明日でお別れなんて寂しいっす!」

「しょうがないでしょ!タスカーニァにもヴィンサントにも泊まる予定なんてなかったのに!アンタたちと違ってアタシ本当は忙しいんだから!」

「リザの姐さん!また遊びに来て下さいよ!」

「何言ってんのよ!アンタたちが王都まで遊びに来る番でしょ!」

「「「わかりやした!!」」」


「ねえリザちゃん、さすがにここから王都は遠いんじゃない?悪いよ」


「悪くなんてないわよ!いいアンタたち、約束どおり葡萄酒と牛肉たくさん持参して王都まで来るのよ!わかったの!?」

「「「わかりやした!!」」」


「ねえリザちゃん、さすがにおみやげ強要はなくない?悪いよ」


「さっきから何言ってんのよ子供先生!葡萄酒も牛肉もアタシが仲介してイスカに高額で買い取らせるんだから!この品質ならそれでもイスカは利益を出せるでしょ!これでヴィンサント民衆にお小遣い稼ぎさせてあげるんだからいいの!」

「「「ありがとうございやす姐さん!!」」」


「そ、そこまで考えてたんだ。なんか邪魔してすみません・・・」


 リザちゃんが姐さんっぷりを暴走させているので、私とヴェルナッツィオ様は静かに果実水を飲みながらおつまみをもぐもぐしていた。次から次へとリザちゃんの元へ訪れては楽しそうにおしゃべりしている住民たちを、我が子を見守るような表情を浮かべながら眺めているヴェルナッツィオ様が印象的だった。


 リザちゃんが言う通り、タスカーニァにもヴィンサントにも泊まるつもりなんてなかったから、この旅は予定よりもずいぶん遅れている。なんとか取り戻すためにも明日は早朝から出発しなければならない。


「ほらリザちゃん、私たち本当は忙しいんでしょ、それ飲んだら帰るよ!」


「今いいとこなのに!これアタシのお金で飲んでるのに!」


「リザちゃんは良くても私は寝なきゃダメなの!」


「や、やべえ、ナナセ様がお怒りで闇に包まれてる・・・」

「ナナセ様はヤバたにえんってやつらしいからな・・・」

「リザの姐さんよりおっかねえ・・・」

「お、俺たちも明日に備えてそろそろお開きにするか・・・」


 なんか変な二つ名がついてしまったようだ。ほどほどのところで飲み足りないと騒ぎながらジタバタ暴れる酔っ払いリザちゃんを小脇に抱えて宿屋へ戻ると、そのままベッドに放り投げてから昨日と同じように暖かい光で包んであげた。つまり暴れる子供の寝かし付けだ。


「子供先生って大人よね」


「子供なのか大人なのかどっちなの?」


「ヴェルナッツィオ様とヴィンサントの歴史について色々と話してたでしょ?アタシむずくて途中からよくわからなくなったけど、子供先生は大人っぽく立派に話し続けてたんだもん」


「あはは、これでも一応歴史の先生だからねぇ。っていうか、リザちゃんだって酒場で金貨を大盤振る舞いしちゃってさ、悪い大人っぽかったじゃん」


「アタシ皇国の金貨しか持ってないし、最初から王国の銀貨へ両替するつもりで一気飲みとか始めたからいいの。思ってたよりヴィンサント民衆から集めすぎちゃったけど、みんな喜んでたからいいでしょ」


「なんかさ、意識してるのか無意識なのかわかんないけどさ、リザちゃんってみんなが楽しめるように物事を上手く運ぶよね。そういうのこそ大人の証だと思うよ」


「そんなこと言っても、タスカーニァのオルヴィエッタ村長にはもっと上手くできたかもしれないもん。アタシなんてまだまだ子供よ、早く大人になり・・・た・・・zzz」


「リザちゃんだってさ、相手を選んできちんとしたごあいさつしたり、メスガ・・・自由奔放な娘って感じで接したり、なんか上手く使い分けてるところなんかさ、まさしく大人の女って感じだよ。私、そういうの見ながら、いつも感心してるよ」


「zzz・・・もう食べられないわよ!むにゃむにゃ」


 私が包んであげている暖かい光の効果で、リザちゃんはすぐに眠ってしまった。むにゃむにゃ言いながら私の服をキュッとつまんでくるリザちゃんの寝顔をぼんやり眺めていると、私もだんだん眠くなってきた。


 ありがとねリザちゃん、今日もたくさん元気を貰ったよ・・・zzz



「そんじゃ、また帰りに立ち寄ると思いまぁーす!」


「ナナセ様お気をつけて!お待ちしておりますぞ!」


 ビアンキに乗った私たちは、ヴェルナッツィオ様とリザちゃんの若い衆に見送られ早朝から出発した。当初の予定ではどっかで軽く野営して、今頃はすでにポーの町へ到着していたはずなのに、寄り道が長すぎて二泊も余計にしてしまっている。


「もうさー、ここまで遅くなっちゃったんならさー、思い切って他んとこにも寄り道しちゃおっか」


「マセッタ様に怒られないの?」


「ポーの町に着いたらすぐサギリにお手紙を持って行ってもらえば大丈夫だよ。私、どうしても見ておきたいところがあるんだよね」


「子供先生が怒られないならアタシは別にかまわないわよ」


「じゃあ進路変更。ビアンキ、西に向かって走ってー、海を突っ切っちゃうから!」


 私が寄り道で目指すのはマルセイ港だ。そこはケンモッカ先生が続けている皇国との輸出入経路になっている。今後はベルシァ帝国からグレイス神国まで運んだ品物を積んだ船が神都アスィーナを起点にして、王国南端のモルレウ港、ナプレ市の港、王都の港を経由してから、マルセイ港を終点にするという壮大な経路にしたいと考えている。


「西ってどっちよ」


「あ、太陽が沈む方向に走ってー!」


「ひひぃん!」


「サギリはマルセイ港の場所知ってるでしょー!案内してー!」


「ぎょわっ!ぎょわー!」


 アンドレおじさんにもらった汚い手書きの地図は距離感がむちゃくちゃだ。私は地球の世界地図と汚い手書きの地図を頭の中で重ね合わせ、ヴィンサントから海を突っ切って適当に西へ進めばそのうちマルセイ港に辿り着けると思っている。


 先導してくれているサギリは、以前、逃亡したタル=クリスとマス=クリスを追いかけていたアンドレおじさんに、レイヴと一緒にお手紙を運んでくれたことがあるので場所を覚えている。頼もしいね。


 内陸であるヴィンサントの町から海へと向かう道すがら、少し傾いた古い塔が建っていた。きっと創造神の趣味で作られた建造物なのだろう。その近くの河口に休憩できそうな集落が確認できたので、王国西側の海岸は運搬船が定期的に休憩できるよう、ちょこちょこ開発してあることがうかがえる。ナプレ市と王都の港の間にも休憩できる集落があったし、けっこう上手くできてんだるね。


「海の上は陸を走るより爽快ね!」


「うんうん、なんかビアンキもかなりギア上げてるよねー」


 海上には障害物が無いからだろうか、内陸を移動するより倍くらい速い。サギリが飛ぶのと同じ速度で滑るように海上を駆け抜けるビアンキは、全速力で走れることが楽しそうにも見える。


「おー、陸が見えてきたねぇ、海岸ついたら休憩しよっか」


「ひひん」


 サギリが案内してくれているので直線的に進んでるはずだし、かなり近くまで来たとは思うけど、私は目的地を知らないのでしっかり休憩することにした。たぶん鐘一つ以上(四時間程度)は走り続けたから、そろそろお昼ご飯の時間だ。


 食事については心配ない。昨日レバー炒めを作ったとき、今日の分のお弁当用で薄切りの牛肉を醤油と砂糖と白葡萄酒で味付けしたものを一緒に作っておいたから、あとはダッジオーブンでご飯を炊くだけだ。お肉は蓋の上で温めればいいから楽ちんだね。


「できたよー!いただきまーす!」


「いつのまにかこんな料理まで用意していたなんて、子供先生は相変わらず周到ね!(もぐもぐ)なにこれ美味しいじゃない!」


「ナゼルの牛肉みたいな脂が多いやつより、ヴィンサントの牛肉みたいな身がしっかりしたやつの方が、こういう牛丼ってのを作るには良いんだよねー(もぐもぐ)おいちー!」


 ビアンキはお肉に興味がないようで、草とか果実でも探しにサギリと一緒にどこかへ遊びに行ってしまった。取り残された私とリザちゃんは、大木を赤い刀で切断した切り株に並んで座り、紅茶をすすりながら休憩だ。なんか私が使ってるアルテ様の剣より斬れ味がいいみたいで羨ましい。


「リザちゃんさ、酒場の前で肉体労働者に囲まれたときさ、最初はけっこうビビってる感じだったのになんか急に楽しそうに色々始めたよね」


「そりゃ、アタシあんな経験したことないもん。でも、子供先生を守らなきゃって思ってわざわざ目立つ行動したの。途中から酔っ払ってなんだかわかんなくなっちゃったけど」


「そうなの?なんかありがと」


「でも、守るって言っても、子供先生と戦って勝てる人族なんてそうそういないから、そういう意味の守るじゃないわ」


「どういう意味の守るだったの?」


「マセッタ様に、子供先生を助けてあげてってお願いされたの。アルテミス様の件で落ち込んでたんでしょ!」


「そっかぁ。なんかリザちゃんが暴れてるの見てるとさ、アルテ様のこと考えないで済んでるから、確かに助けてもらってるのかもね」


「暴れてるとか言わないでよ!タスカーニァでは仕事増やそうとする子供先生の負担を減らそうと思ってやったんだから!アタシ途中からしゃべりながらなんか盛り上がってきちゃって、よくわかんないうちにざこ剣を斬り落としてたけど!」


「あはは、じゃあこの先の旅路も私のことしっかり守ってね!」


「ルナロッサとも約束したの。リザちゃんに任せなさぁーい!」


「それ私の決めゼリフぅ・・・」


「しばらく禁止って言ったでしょ!」


「う、うん」


 なんか、マセッタ様とリザちゃんって似てないけど似てる気がする。ブルネリオさんがマセッタ様と一緒にポーの町へ脱走旅行したときって、こんな感じで守ってもらってたのかな。


 なんだか私、少年時代のブルネリオさんになった気分だよ。こういうの、楽でいいね。





あとがき

皆さま連休はのんびり過ごことはできたのでしょうか。能登半島の地震、心配ですね。なんでも本日は大雪になるという予報まで出ているそうですが、頑張って乗り越えてもらいたいです。非力な筆者には何もできず歯がゆいです。


さて、主にヴィンサント編だった冬休み連続更新はここまでとし、次話からいつもの中5日更新に戻します。ナナセさん、また寄り道してますけど大丈夫なのでしょうか。

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