12の16 町長・ヴェルナッツィオ(後編)



 私がチマチマと賭けの精算をしている隣では、リザちゃんが住民たちに囲まれていた。


「リザの姐さん!かっこよかったっす!」

「リザの姐さんの武器、惚れぼれ眺めちまいました!」

「リザの姐さん!町長に勝った人なんざ初めて見たっす!」


 どうやらさっきからの大立ち回りで、ヴィンサント住民たちから姐さん扱いになったようだ。当のリザちゃんは得意げな顔になって無い胸をふんぞり返らせているけど、これは私も通った姐さん道なので注意なんかできないからほおっておく。


「アンタたちからずいぶん銀貨を巻き上げちゃったからね!今から全部アタシの奢りよ!好きなだけ飲み喰いするといいわ!」


「「「うおおおぉおおー!」」」


 リザちゃんがそう叫ぶと、注文する専用のカウンターで純金貨をジャジャラとばらまいた。あれ?なんかいつもの金貨とちょっと違うね・・・


「皇国の金貨だけど構わないわよね!言っとくけど両替手数料込みよ!」


「リザの姐さん!こんだけ貰えりゃ三日三晩は飲み放題の喰い放題っすよ!ありがとうございやす!」


 次から次へとまあ、人気者の階段を二段抜かしくらいで駆け上ってるよね、リザちゃん。


「そんじゃリザちゃん、お買い物してからヴェルナッツィオ様のお屋敷に戻ろっか」


「今いいとこなのに!(ごきゅごきゅ)」


「んもぅ。わかったよ、私一人で行ってくるからそこで大人しくしててね!」


 ヴェルナッツィオ様に食べてもらいたい貧血に良さそうな食材のお買い物をしてから酒場へ戻ると、若い衆に囲まれてやたら甘そうなカシスのお酒らしき赤い飲み物ものを美味しそうに頂いていたリザちゃんをズルズル引きずって店を出た。


 すぐに町長のお屋敷へ向かい侍女の人にお手伝いをお願いして一緒にレバーと季節野菜の炒めものと、牛タン&トリッパのシチューみたいなお料理を作り始める。臓物は下処理が大変だから二人でやらないとけっこう時間がかかっちゃうんだよね。


「ナナセ様の素早い手さばきは、見ていると惚れぼれしてしまいます」


「それ褒めてもらえるの一番嬉しいんです!私、手早いのって、美味しいって言われるのと同じくらい大切だと思うんですよね。ゆっくり時間をかけて美味しいものを作れるのは当然のことですから」


「早く、美味しく、なのですね」


「いいえ、早く、綺麗に、美味しく、ですっ!」


 暇そうに眺めていたリザちゃんがマヨネーズ作りの練習したいとか言い出したので、レバー炒めの方は照り焼きっぽい味付けにして、仕上げにカラシを混ぜたマヨネーズをびゃーっとかけることにした。シチューの方にはほうれん草やブロッコリーなんかの血に良さそうな野菜をゴロゴロ入れて硬いパンを添えて完成だ。


 うむ、相変わらず身体に悪そうだ。大流血で貧血の人のために作った食事とは言い難い。お待たせしました、どうぞお召し上がり下さい。


「美味い!美味いですぞナナセ様!」


 私はTボーンステーキでお腹いっぱいだったので、味見程度にちょっとだけ食べた。いつものことながら大量に作りすぎてしまったので、奥様と思われる老貴婦人や、使用人の人たちにも食べてもらった。


「少し元気になったようで良かったです」


「ナナセ様は王宮料理人の腕も凌ぐとは聞いていたが驚きましたぞ、まさかここまでの腕とは・・・これではヘンリー商会であろうとも勝てるはずがない。実は、我々も臓物の処理には苦慮していたのだ、機会があればナゼルの町へヴィンサントの料理人を送るので、色々勉強させてはもらえぬかな」


「あはは、ありがとうございます。私は色々とやることがあるんで直接教えるのは難しいと思いますけど、私なんかよりよっぽどお料理が上手な食堂のおやっさんがいるんで、その人に預ければ安心です」


「やはりナナセ様は多忙なのだな。今回の遠征も王国の公務なのであろう?」


「あ、いや、今は休暇中というか・・・色々あってちょっと落ち込んでたら、マセッタ様にポーの町にでも行ってきなさーい!って言われちゃって。断れるはずもなく」


「そうであったか。しかし、ナナセ様が落ち込まなければ、このような刺激的な戦いも無かったであろう。我々にとっては非常に有益な出会いになりましたぞ」


「そうですよね、私にとっても、他の町を見て回るってことがこんなに大切だなんて思っていませんでした。ありがとうございます」


 ヴェルナッツィオ様に食後の紅茶を出して一息つく。Z文字の傷はすぐに治癒魔法をかけたので跡が残らなそうだから安心だ。そうは言っても血がたくさん出ちゃった場合は体内に戻せないので安静にしてもらわなければならない。


 ここでずっとしおらしくしていたリザちゃんがようやく声を上げた。


「ヴェルナッツィオ様・・・先ほどはどのように斬りつけてしまったのか、興奮していてよく覚えていないのです。子供・・・ナナセ様が止めに入って下さらなければ、生命を脅かすような傷を負わせてしまったのかもしれません・・・」


「リザ殿よ、今回はナナセ様の強力な治癒魔法が前提の決闘であったし、結果として私から圧倒的な勝利を収めたのであるから、そのように元気を無くしてしまうのは筋違いですぞ。先ほどまでの威勢のよい娘に戻って貰わねば困る」


「そ、そうよね!アタシが勝ったんだもんね!」


 私はヴェルナッツィオ様に、この決闘で繰り出したパンチについて聞きたいことがあった。そのためにはリザちゃんの魅了について隠しておくのは失礼なので、先になぜ棒立ちになってしまったのカラクリを説明した。


「かくかくしかじか・・・という特殊な能力が発動しちゃったんです」


「ふむ、リザ殿固有の特異な体質なのであるな。この歳にもなって、小僧の頃のように心を揺さぶられることがあるとは、逆にありがたい経験をさせてもらった。私は試合が始まった当初から、頭の中では複雑な感情に葛藤していたぞ」


「へえ、めっぽう意志の強そうなヴェルナッツィオ様みたいな人なら、ある程度は耐えられちゃうんですかねぇ」


「酒に飲まれ、リザ殿の空気に飲まれた町の若い衆では到底抗えぬであろうな。私は意志が強いなどという立派なものでは無く、単に年寄りだから異性に対して感受性のようなものが枯れていたのではないかな」


「なるほどー、わかるような、わからないような。でもまあ、意志とか精神力が強そうっていうのは、ヴェルナッツィオ様に関しては年齢なんて関係ないですよ。じゃなきゃこんな立派な町づくりできませんし、なにより住民がついてこないと思います」


「あまり褒めてくれるなよ、リザ殿に惑わされたのは事実なのだから」


 アンドレおじさんもカルヴァス君も、若い男性らしくまんまと魅了されていた。私もそうだし、呪いの引越し先であるアルテ様もそうだし、きっと精神よわよわだからあっさりとリザちゃんの罠にかかってしまったのだろう。これについては鍛えるのとかは難しそうなので、当面はピステロ様の真似して重力結界で身を守るしかない。


「それでリザちゃんの特殊な能力はさておき、ヴェルナッツィオ様は無属性とか力属性を使った超強力なパンチしてたんで驚きました。あれは修行とか鍛錬で手に入れた力なんですか?」


「無属性とは何であるか?」


「やっぱ無意識ですかぁ。私も最近知ったから詳しくはわかってないんですけど、ヴェルナッツィオ様みたいに一般的な人族より腕力が強い人は、魔子を利用して体の動きを補助してるみたいなんですよ。筋肉そのものを補助する役割と、あとは運動神経とかの命令伝達が高速化する効果があるみたいで、獣人族とか小人族の身体能力が高いのは無属性とか力属性を扱ってるからなんです。あと、リザちゃんがすばしっこいのもちょっとそれに近い感じですね。でも、魔子を使うからと言っても魔法とはちょっと違うみたいです」


「私では難しいことはわからぬが・・・それであれば心当たりがある。少々長くなるがナナセ様であれば話しておいた方が良いだろうな」


 ヴェルナッツィオ様のお話は二百年ほど前まで遡った。


 王都で獣人族の長であるらやらやさんたちが悪い貴族から奴隷のような扱いを受けて働かされていた頃、どうやらそれを不憫に思ったヴェルナッツィオ様のご先祖様にあたる公爵様が、数名の獣人を連れて王都から逃げ出したそうだ。


 その逃亡先が現在のヴィンサント周辺の何もない草原で、公爵様の家族や数十名の従者、そして連れ出した獣人と力を合わせて、そこに小さな集落を作った。


「へえ、ヴィンサントの町の建物が他の村なんかに比べて立派なのは、王城の建築やってた獣人族がいたからなんでしょうね。そういう歴史をご存知なら、ナプレの港から西にある廃墟のお城に立てこもった獣人と海産物商人のお話も知ってるんじゃないですか?私、すべての獣人がそっちに逃げ込んだのかと思ってました」


「もちろん。詳しいことまではわからぬが、当時は混乱した情勢であったから意図して分散させたのではないか。私が知る限り、王都の騒乱を避け、西方の海を船で渡ってイグラシアン皇国へ移住した貴族や、王国北部から陸伝いでグレイス神国方面へ逃れた貴族もいたようだからな、その中に獣人が潜んでいても不思議なことではないかもしれぬ」


「なるほど・・・王国歴史書に記載されてない過去です。私、獣人族とお付き合いがあって、らやらやさんっていう集落の長が一人だけしか生き残れなかったのかと思ってたんですけど、王国の各地どころか、けっこう世界中に散って逃れることができてたかもしれないんですね」


「ふむ、私はヴィンサントへ逃げた獣人から伝わった話しか聞き及んでいない為、詳しい王国史までは知り得ぬ。そうこうしている間に爵位廃止を求めた貴族と平民の戦争は終結し、私の先祖であった公爵もただの民となった。同時に、今後は王族の血を引いた者が王国各地で集落の長を務めることが推奨されたため、すべての条件が揃っていたこの集落は王国から正式に村として認められたわけだ」


 この戦争で悪徳貴族はことごとく投獄され、良識ある貴族や王族による王国立て直しが始まったとピステロ様から聞いたことがある。ようやく平和な時代を迎えたヴィンサントの前身であるこの集落は、広大な草原と澄んだ水源、小高い山に囲まれている地の利を活かし、畜産と農業を基盤としてどんどん開発が進んだそうだ。その際に必要となる力仕事の大半で獣人が大活躍し、民からも喜んで受け入れられ、共存共栄できていたのではないかと言っていた。


「そんな中、公爵であった先祖の娘と、一人の獣人が深い関係になってしまってな・・・今の時代はどうなのかわからぬが、当時は他種族とまぐわうことなど決して許されぬ風潮であったのであろう、その事実を隠すため王都だけでなく他所の集落とも交易を遮断し、孤立無援の村としての道を歩むこととなった。おそらく獣人たちと村の民との間には固い信頼関係が築かれていたのであろう、人族の娘と獣人との婚姻に反対する者など一人も居なかったと言われている」


 王都で奴隷のような扱いを受けていたのは男性獣人ばかりだったので、本来の婚姻相手にすべき女性獣人が一人もいなかったからという事情もあったのかもしれない。私は美女と野獣みたいなのを連想してほんわりとした気持ちになった。


「なるほどー、内陸にもかかわらずこの町だけで完結しているのは、そういった色々な要因が重なりあったんですね、なんか小さな国家みたいでかっこいいです」


「それも今は昔、行商隊が王国全土を回るようになった頃から、そのような意識など世代を重ね薄れてしまっていると思うぞ。そして、ようやく本題なのだが・・・」


 連れてきた獣人との異種交配に成功して生まれた子は、人族の容姿をしていたそうだ。その子はとても力が強く、人と獣の良いところを受け継いだと言われて重宝されたらしい。その後もヴェルナッツィオ様の家系には数十年置きに力の強い子が生まれるようになり、この町では神様からのギフトみたいな感じでありがたがられているそうだ。


「ただ、一族の子が必ずしも神の寵愛を受けるわけではないようなのだ」


「それは何となくわかります、獣人族の人から聞いた話だと先祖返りみたいな感じで遺伝子が容姿を思い起こす、とか言ってたんで。こないだの剣闘大会で優勝した仔猫の姿の可愛らしい獣人なんて、お母さんはカバさんなのに猫型獣人なんですよ。この話を聞いていて思ったんですけど、もしかしたらロベルタさんって獣人族の血を引いてるのかもしれませんね、ヴェルナッツィオ様の遠い遠い親戚なんだと思います」


「護衛侍女として活躍しているロベルタか?」


「はい、そのロベルタさんです。獣人族ほどじゃないんですけど、無属性に適正があるみたいで、一般人には扱えない武器とか、一般人には開けられない鍵とか、なんかそういう不思議なものを扱えちゃうんですよ。ロベルタさんの戦闘力は本人が無属性ってことに気づいてからさらに圧倒的になってますよ、今はマセッタ様に変わって王国精鋭隊に稽古つけちゃってますから」


「ふむ、それは大変に誇らしい限りであるな!」


「いやあ、もしヴェルナッツィオ様がお城の護衛さん目指してたら、もっとすごいことになってたと思いますよ!」


「ナナセ様ほどの方にそう言って貰えるのは嬉しいぞ!」


 こうしてヴェルナッツィオ様とのお話は、色々と新しいことを知る良い機会になった。リザちゃん酒場で大暴れの巻、結果として有意義だったね。

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