12の15 町長・ヴェルナッツィオ(前編)



「首から上の攻撃は禁止です。あと気絶と降参は負け。それと、私の判断で試合を止めることもあります。ルールはわかりましたかー?」


「わかった。」

「なんでもいいわよ!どうせアタシが勝つんだから!」


「はーい、じゃあある程度の距離を取って下さーい!」


 二人は五メートルくらい離れた位置で武器を構えた。リザちゃんはヒラヒラして邪魔そうなワンピースのスカートをパンツの中に挟んだ。鉄棒やってる小学生の女の子みたいでなんか可愛い。


 一方のヴェルナッツィオ様は右手にトゲトゲ鉄球付きのヌンチャクを持っている。鉄球部分は野球のボールくらいの大きさで、けっこう長い鎖がジャリジャリと金属音を鳴らし、痛そうな見た目と相まって対戦相手と観客に恐怖心を抱かせる。


「そんじゃ、始めー!」


 開始速攻で飛び込みそうなイメージのリザちゃんだけど、今回も守りの姿勢だった。しっかりと腰を落とし、右手にはぼんやりとルーン文字を光らせた赤い刀、左手のさやは盾を構える位置で重力結界を発生させている。剣闘大会の時もそうだったけど、見た目と違ってわりと慎重だよね。


「す、すげえなあの剣、なんか光ってんぞ・・・」

「あの細い盾は何だ?空気が歪んでねえか?」

「赤い娘、口だけじゃなさそうだな・・・」

「いやいやいや、さすがに俺たちの町長が負けるわけねえだろ!」


 さやを盾みたいに使って重力結界を発生させているリザちゃんは、左半身だけが闇に覆われているような状態になった。赤い髪が左半分だけ逆立ち、ヘビメタバンドの人みたいになっている。


 その姿を見たヴェルナッツィオ様の口元が少し緩み、大きな身体に似合わず姿勢を低くした素早い動きで先制の一撃を重力盾に向かって放った。ただ、その攻撃は鉄球によるものではなく、ローリングソバットみたいな中段蹴りだった。


「ふむ・・・」


「わぁ、すごぉい、驚いた・・・」


「あはっ、こんなざこいキックなら何発でも受け止められるわよ!」


 リザちゃん、この二日間、移動中ずっと重力魔法の練習してたけど、なんだかすごい上達っぷりだ。たぶんこの感じだったら、アンドレおじさんクラスの剣撃も弾き返せるだろう。


 しかし私が驚いたのはそちらではない。重力結界に蹴りを入れたにも関わらず、ヘンテコな方向へ足を持っていかれることもなく、クルリと反転してすぐに構えを戻したヴェルナッツィオ様の方だ。私の知る限り、素人が初見で重力結界に触れると思わぬ方向へ弾き飛ばされて派手に転ぶ。


「何発でも、であるか。相分かった。」


「な、なによ!」


 一旦距離をとったヴェルナッツィオ様は、右足と左足を交互に繰り出す回し蹴りをリザちゃんの重力結界に何発もぶつけ始めた。右足は膝を使った鞭のようなしなりのある高速キックで、左足はさっきのソバットみたいにかかとを押し込むような重量感のあるキックだ。


 首から上への攻撃が禁止されているので、リザちゃんの倍くらいありそうな身長のヴェルナッツィオ様にとってはローキックのようなものなのだろうか。けっこう動作の大きなキックだけど、攻撃した後の姿勢や軸足が安定しているので全くスキがない。


「こ、こんなのっ!ゆぱゆぱの攻撃に比べたらおままごとよ!」


 高速中段キック連打をすべて受け止めてながら強がっているリザちゃんも相当すごいけど、歪んだ表情を見ると追い詰められている様子だ。さすがにこれを受け続けるわけにはいかないと思ったのだろうか、重力ジャンプっぽい軽快な動きで背後に飛んで少し距離を取った。


「ほほう、その身こなし、口だけでは無いようだな」


「さあ!仕切り直しよ!」


 そう叫ぶとリザちゃんの赤い刀のルーン文字が輝きを増した。それを見たヴェルナッツィオ様の表情はさらに嬉しそうになり、ずっと使っていなかった痛そうな鉄球の武器を手首だけでプイッと振り回した。


── ジャキーン!シャシャシャリっ! ──


「ちょちょ!ちょっと!危ないじゃない!」


「ふむ、よくぞ受け取った。ふんっ!」


 リザちゃんの赤い刀に鎖の部分がぐるぐると絡みつき、武器の引っ張り合いのような形になった。どう見てもヴェルナッツィオ様の方が腕力ありそうだけど、リザちゃんはどうにかこうにか赤い刀を手放さず耐えている。軽い重力魔法を併用してるみたいだけど、そうは言っても体重が軽いリザちゃんだ、踏ん張っている両足がズルズルと引きずられていく。


「ふぬぬんっ!」


「ちょっとちょっと!乱暴すぎるわよ!なんなのよこのパワー!ぐぐぐ・・・これならどうっ!」


── ジャリッ!ジャキン!! ──


「ぬおぅっ!」


 いつまでも続くかと思われた武器の引き合いはあっさり終わった。リザちゃんが赤い刀の刃を自分に向けるように握り直してから、絡みついた鎖をすべて引き斬ってしまった。お互いが反動で背後に吹っ飛んだけど、リザちゃんはすぐに重力結界のさやを前に構えて防御の姿勢をとった。


 痛そうな鉄球部分を失ってしまったヴェルナッツィオ様の方は、ヌンチャクの柄みたいな部分を放り投げてから拳法のような構えをした。


「ゆくぞ!むんっ!!」


── どんっ・・・ ──


「ひえーーーっ!」


「まだまだ!これでどうだっ!ふんぬっ!」


── ずんっ…‥・・・ ──


「あ、今の。」


 ヴェルナッツィオ様はすり足で滑るような動きをしながらリザちゃんに近づくと、まずは盾に向かって左パンチを繰り出した。かなりの衝撃を受けて体勢を崩し、さやから重力結界が失われる。そして、立て続けに容赦ない右腕からの重たい攻撃が胸のあたりを襲い、無防備なリザちゃんがゴロゴロと数メートル吹っ飛んだ。


「ぎゃあああーーっ!(どさっ)」


 ヴェルナッツィオ様が右腕から放ったその正拳突きは、強烈に踏み込んだ足で地面が揺らぎ、拳からは高速で空気を切り裂いた衝撃波のようなものまで発生していた。これはさすがに決まったのかな・・・


「ちょっとー、リザちゃーん、大丈夫ー?」


 眼鏡にぬぬりと力を入れて念のためにリザちゃんを診察しておく。すると、脳しんとう気味の頭をフリフリしながらすぐに立ち上がった。いやいや、アンドレおじさんから丈夫だとは聞いてたけど、あれ喰らっても立っちゃうんだ・・・


「す、素敵なおじさまだとは思っていたけどっ!ぜーはー、ま、まさかこんなに熱い魂が込もったパンチをっ!ふーふー、こ、このアタシが受け取ることになるとは思っていなかったわっ!ひーひー、やるじゃないっ!」


 リザちゃんはかっこいことを言いつつも、足元はフラフラとしていて半泣きになっている。それでも赤い刀と盾代わりのさやを構え、にじりにじりと頑張ってヴェルナッツィオ様に近寄っていく。


「ふむ、では問おう。次がおそらく私の最後の一撃となるが、そのフラついた身で受け取る覚悟はあるのか?」


「な、なによそれ!」


 一方のヴェルナッツィオ様はどんどん嬉しそうな顔になっているのがわかる。腰を低く落とし拳法のような構えから、最後の一撃とやらを打ち込むためだろうか、背中からオーラみたいなの出しちゃってる。ただならぬその様子を見たリザちゃんは、じわりと目に涙をにじませながらもキッと睨みつけた。


 しかし、ここでついに、リザちゃんのアレがヴェルナッツィオ様を支配した。


「・・・。はて、俺は、俺は」


「こ、これがアタシのお返事よ!ありがたく受け取ることね!」


 目が泳いで棒立ちになってしまったヴェルナッツィオ様へ走り寄ったリザちゃんは、胸のあたりを左から右へ横に一斬り、さやを投げ捨て両手で赤い刀を握り直すと右上から左下へ一斬り、最後はもう一度、左から右へ身体ごと回転しながらお腹のあたりを無造作に斬りつけた。


「くはっ・・・」


「まだよ!まだ終わってないんだから!ふはーっ、ふはーっ」


 興奮状態のリザちゃんが、胸とお腹をザックリと斬られ血を吐きながら膝から崩れたヴェルナッツィオ様へ向かってさらにもう一斬りしようと飛び込んだ。


「そっ!そこまでぇーっ!おしまいー!おーしーまーいーっ!」


 私は慌ててリザちゃんの首根っこを掴んでその辺にポイッと放り投げてから、光魔法に切り替えて治癒魔法と暖かい光の併用でヴェルナッツィオ様の傷を急いで治す。なんかすごいよこの“Z文字”に刻まれた傷、骨まで綺麗に斬れちゃってるよ。あと数ミリ深ければ心臓ぱっくりで生命にかかわる大流血するところだったよ。


「ヴェルナッツィオ様、傷は塞がったし骨もくっついたみたいだからもう大丈夫だと思いますけど、血がたくさん出ちゃったのでしばらく安静です。私が貧血に良さそうな牛レバーの美味しいお料理作ってあげますから、お屋敷までこのまま抱えて行きますね」


「す、すまぬ、ナナセ様・・・がくっ」


 私の二倍くらいありそうなデカいヴェルナッツィオ様をお姫様抱っこでお屋敷まで運搬する。その辺に放り投げたリザちゃんは観客が拾ってくれたので、そのまま一緒に運び込んでもらった。リザちゃんの方も少し心配だけど、どこも怪我してないみたいだし、魔人族は回復が早いからたぶん大丈夫だよね。



 町長のお屋敷に戻ると奥様と思われる小綺麗な老婦人が、私にお姫様抱っこされているヴェルナッツィオ様を見て呆れ果てた顔をしていた。私は、すんませんすんませんとヘコヘコ頭を下げながら侍女の人に寝室まで案内してもらい、きちんとベッドに寝かせてからリザちゃんを回収してお買い物に出かけた。


「リザちゃん、例の魅了、やっぱ発動してたよ」


「アタシそんなの意識してないんだけど・・・最後の方、なんかよく覚えてないんだけど・・・」


「そりゃそうだよ、ただでさえ葡萄酒飲み過ぎだったし、脳しんとう気味でフラフラしてたもん。たぶんさ、魅了ってさ、私の最初の時もそうだったしピステロ様に初めて会った時もそうだったんだけどさ、リザちゃんが半泣きになると発動するのかもよ」


「そうなの?」


「でもアンドレさんとかカルヴァス君の時は別に泣いてなかったっけ。よくわかんないけど、戦闘みたいなテンション上がってる時は注意が必要なのかもね」


「はぁー・・・やっぱアタシ、人族にあだなす魔女なのかしら」


 いつになくしおらしいリザちゃんと一緒にお買い物に出かけたけど、シエスタシステムのせいでほとんどのお店が休憩中だった。仕方がないのでさっきの酒場に戻り、賭けの精算しながら時間を潰した。


「あのぉ、精算が終わったナナセ様のボイン入り賭け札、記念に欲しいっす」


 ああ、私の拇印してあるこの賭け札、アイドルのサインとか、お相撲さんの手形みたいな感じで扱われてるんだ。たまにはこういうのも悪い気はしないし、ここはひとつ“七瀬参上☆夜露死苦”とサービスで一筆添えることにしよう。久々に書く漢字だし、画数が多くて大変だよ。


「俺も欲しいっす!ナナセ様のボイン!」

「ボイン最高!」


 イラっ。イラっ。





あとがき

昨年中はたくさん読んでいただき、ありがとうございました。

長いの書くには、誰かが読んでくれて、誰かが褒めてくれないと、とてもじゃないけど続けられないことを、常々実感しています。ここまで読んで下さっている皆様には、本当に本当に感謝しています。

2024年も、どうぞよろしくお願いします。


リザちゃんの魅了、今のところできる対策は重力結界だけでしょうか。

これコントロールできるようになれば対人最強の戦士になれますね。

魔物とかの知性が低そうなやつにも効くかどうかまで考えていないのですが、そのあたりは展開次第で勝手に設定が増えていく気がするので、面白くできるように頑張ろうと思います。


関係ないんですけど、昨日からブラックラグーンのゲーム始めて、ヨムどころじゃなくなってしまいました。ロベルタさん入手するまで頑張ろうと思います><無課金で

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