12の14 ヴィンサントの町(後編)



 肉体労働者に囲まれてしまった私とリザちゃんは、そのまま近所の酒場へ連れ込まれた。私は七人衆を見ているようで楽しいけど、皇国のお嬢様であるリザちゃんには少々刺激が強そうだ。


「リザちゃん大丈夫?」


「ま、まあ問題ないわ。なんで子供先生はそんな慣れた感じなのよ」


「昔のナゼルの町と雰囲気が似てて、むしろ居心地いいくらいだよ」


 町長のヴェルナッツィオ様が専用のカウンターで料理と飲み物の注文をしてきてくれたようで、ちびっこい私たちはヤンヤヤンヤと騒ぎ立てる人だかりの中心でお人形さんみたいに並んでちょこんと座っている。


 しばらく大人しくしていると、セクシーな衣装を着たウェイトレスさんが滑るように全員へ飲み物を配り終えたところで、みんなでウェーイ!と木製のコップをぶつけ合いながら盛大に乾杯をした。


「ヴェルナッツィオ様、お昼からこんなにお酒飲んじゃって大丈夫なんですか?」


「これは異国から伝わってきた文化でな、昼食の際も酒を飲み、その後しっかり昼寝をするのだ。その分、早朝の涼しいうちから仕事を始めるし、昼寝の後はスッキリした気分で仕事を再開できるのだよ」


 あー、それシエスタってやつかな。王都やナゼルの町ではそういうのやってなかったから、なんか新鮮だ。


「なるほどー。美味しいお肉も葡萄酒もたくさんあるし、こういうお昼ご飯もたまにはいいですね。なんか価格もずいぶん安くしてあるみたいですし」


「我々が精魂込めて作った喰い物なのだから、我々が優先的に消費するのは当然のことだな。これを他所に売って金貨を稼いでも、王国への租税が発生して癪であるしな」


「あはは、チェルバリオ村長とおんなじこと言ってます」


 昼から大宴会になっているこの酒場には不似合いな私とリザちゃん・・・かと思ったら、私がヴェルナッツィオ様とお話をしている間にリザちゃんが多くの肉体労働者たちの熱視線を一身に集めていた。


「さあ注目なさいヴィンサント民衆!アタシと葡萄酒一気飲み対決に勝利したら、ほっぺにチューしてあげるわよ!」


「「「「「うおぉおおおおーーー!!!」」」」」


 私の知らぬ間に大量の葡萄酒を流し込んでいたリザちゃんは、テーブルの上に立って赤いワンピースをヒラヒラさせながら酔っぱらい住人たちを思う存分煽っていた。ちゃんと靴を脱いで裸足になっているところが微笑ましいけど、お行儀がいいのか悪いのか相変わらずよくわかんない。


「まずは俺からだーっ!」

「いい度胸ね!アタシが勝ったら銀貨一枚よ!」

「おいおい!威勢のいいお嬢ちゃんよ、おじさんを舐めてもらっちゃ困るぜ!」

「なに言ってんのよ!アンタを舐めるのはアタシが負けてからよ!」

「上手いこと言うなーおい!がはははは!」


 リザちゃん、まったくなにやってんだか。さっきまで私の後ろでちっこくなって奥ゆかしい従者に徹してたはずなのに、お酒が入ったとたんにそういうのどうでもよくなっちゃったのかな。


「ま、参った・・・」

「あはっ、アンタざこすぎるんですけど!さあ次は誰なの!」

「お、俺だっ!」


 私はヴェルナッツィオ様のおごりで運ばれてきたTボーンステーキをもぎゅもぎゅと頬張りながら、リザちゃん主催の一気飲み大会を眺めている。見るからに酒豪といった雰囲気の屈強な男の人たちが、木製のジョッキになみなみと注がれた葡萄酒をあっという間に飲み干しちゃうリザちゃんに、一人また一人と無力なおじさんであることをわからされてしまう。


 これたぶんリザちゃん特有の体質でインチキ勝利だよね、なんかずるい気がする。そんなこんなで十連勝くらいした所で挑戦者がいなくなり、舞台は次の勝負へと移された。


「こういう酒場といえばアームレスリングよね!腕自慢が居るならアタシにかかってきなさい!」

「赤いお嬢ちゃんよぉ、いくらなんでも腕っぷしなら負けねえぜ!」

「アタシ勝ったら銀貨一枚よ!」


 まんまと罠にかかった酔っぱらい住人たちは、魔人族の末裔に腕相撲で誰一人として勝つことができず、リザちゃんお気に入りのバスケットに着々と銀貨が吸い込まれていった。これもなんかずるい気がする。


 食べるのが遅い私は、盛り上がっている人だかりから少し離れたところでTボーンステーキをのんびりもぐもぐしていると、気の弱そうな一人の少年が話しかけてきた。


「な、ナナセ様、ぼ、僕と勝負して貰えませんか・・・」


「えー、私、弱っちいですよ。勝負にならないと思います」


「勝ち負けとかどうでもいいんです、記念にしたいんです!」


 そうまで言われてしまったらしょうがない、この気の弱そうな少年と腕相撲対決することにしよう。勝っても負けてもどっちでもいいからさっさと終わらせようと思っていたら、目ざとい酔っぱらいおじさんに気づかれてしまった。


「なあお前ら!ナナセ様も勝負するってよ!」

「おいおい、あいつ弱えからって女の子を相手に・・・」

「赤い娘だって女の子だろーがっ!」

「おめーさっき赤い娘にボロ負けしてたじゃねえかよ!」

「おう、子供だからって舐めてかかると痛い目に合うぜ・・・」

「アンタたち!子供先生ああ見えてヤバたにえんよ!」

「ちょ、リザちゃん!?」

「勝った方にアタシがチューしてあげるわ!」

「「「うぉおー!」」」


 リザちゃんまで一緒になって煽ってきたので、なんとなく負けられない雰囲気になってしまった。私はみんなに少し待ってもらい、町長のお屋敷まで戻ってリュックからアルテ様の小手を取り出すと、急いで戻って両腕に装着する。気の弱そうな少年の目が爛々と輝いていてなんか怖い。チュー餌の効果が絶大すぎる。


「さぁて、私も本気を出すとしますかぁ」

「アタシがレフェリーをやってあげるわ!」

「ナナセ様、お手柔らかにお願いします!」

「レデぃぃぃー・・・GO!」


 試合が始まった瞬間に全身を禍々しい重力結界で覆い、小手には反発するような重力魔法を増幅させて少年の全力を受け止める。もちろん私の腕はビクともしない。


「おいおい・・・最近の女の子ってえのはどうなってんだ・・・」

「なんか髪が逆立ってるぞ・・・」

「あの薄暗いオーラなんなんだよ・・・」


 観客が息を呑んで私たちの勝負に見入っている。そろそろいっかなと思い、全身が重くなるような重力魔法をドカンとかけた。こういうのはアルテ様やアデレちゃんの高速ダイブを何度も受け止めてきたから得意なのだ。


「えいっ」


── ドッカーーン!バキーン!・・・ポキっ ──


 私が全力て傾けた腕が少年の腕もろともテーブルを派手に破壊した。


「ぎゃああーーーーー!!腕が!腕がぁあぁああ!!!」


「ああああぁあ!やっちゃったぁあ!」


 ヘンテコな方向に折れ曲がってる少年の腕に慌てて治癒魔法をかける。それだけじゃ足りないくらい骨がボッキリ折れちゃったので、全力全開の暖かい光を併用しながら元の形へゴリゴリと戻す。超痛がってるけど早く元に戻さなきゃならないので私だって必死だ。


「痛い!痛い!痛い!痛い!痛・・・あれれ、なんて暖かいんだろう・・・痛みが消えましたナナセ様」


「ご、ごめんね、しばらく安静にしてて下さいね」


「さすが子供先生は容赦ないわね!普通、テーブルと腕いっぺんに粉砕する?」


「なんか力加減むずくて・・・」


「まあいいわ!お約束のご褒美よ!・・・(チュッ)」


「「「うおぉおおーー!!」」」


 あっ、まずい、このご褒美チュー、リザちゃんの魅了だ。わかっているのに抗えない。私なんだかドキドキしてきた。リザちゃんのことが愛おしくてたまらない。


「リザちゃんっ!私もっ!・・・(チュッ)」


「「「「「うおぉおおおーーー!!!」」」」」


 ・・・と思ったら魅了の効果がすぅっと消えた。観衆がめちゃめちゃ盛り上がっちゃってなんか恥ずかしい。今頃、とある王城の一室でアルテ様がうずうずソワソワしているかもしれない。あ、でも本人が近くにいないから大丈夫なのかな。よくわかんないけどごめん。


 そんなこんなで私とリザちゃんのチュー交換のせいで酒場の盛り上がりはピークに達してしまい、どうやらリザちゃん主催の勝負遊びは最終局面を迎えたらしく、いよいよ武器を使った真剣勝負をするようだ。みんな酔っ払ってるのに大丈夫なのかな。まあ楽しそうだからいっか。


「アンタたち今の強力な治癒魔法見てたでしょ!子供先生、じゃなかったわ!ナナセ様がペペッと治してくれるから腕の一本や二本くらい斬り落とされても大丈夫よ!誰でもいいからアタシにかかってきなさい!」


 何人か自信のありそうな人がリザちゃんを囲んだけど、それを押しのけてヴェルナッツィオ様がヌンチャクの先にトゲトゲの鉄球がついてる武器を片手に進み出た。これはアレだ、青髪リアちゃんに似合いそうなモーニングスターってやつだ。


「よし、私が行こう。」

「ちょ、町長自らアタシに戦いを挑むなんて、な、なかなか勇敢ね!」


 屈強な肉体労働者が集うこの酒場の中でもひときわ貫禄のある体躯をしたヴェルナッツィオ様が、当たったら超痛そうな武器をジャリジャリ鳴らしている姿に、リザちゃんは若干ビビっている様子だ。


 一方のヴェルナッツィオ様は非常に落ち着いている。太っとい腕や首、鍛え上げられた鋼のような足腰を見る限り、きっと歴戦の猛者に違いない。その佇まいはボルボルト先生にちょっと似ている。


「町長ー!その赤い娘を侮るなよー!」

「アームレスリングすっげえパワーだったぞー!」

「ゔぃんさんとのこかんにかけてたのみますよ!!」

「おし!俺は町長に銀貨一枚!」

「おっ、やんのか!?俺も町長だ!」

「だったら俺は赤い娘に、ききき、金貨ぁ!」


「はいはい、じゃあ私が胴元やりますよー、事務手数料ってことでテンパーセント引きますけど!」


「「「???」」」


 私は持参している羊皮紙を長方形にちぎって通し番号や金額を書いた賭け札を作りながら賭け金を集め始めた。この町は気のいい住民が多そうだから偽造なんてしないと思うけど、念のため私の拇印を押しておく。


「ナナセ様のボイン・・・」

「なんですか!喧嘩売ってんですか!買いますよ!」

「???」

「取り乱しました、なんでもないです。」


 これチート眼鏡が王国語を「ボイン」に変換して私に聞かせてるだけだよね。被害妄想です、なんか本当にごめんなさい。


「現在のオッズはヴェルナッツィオ様が1・5倍、リザちゃんが2・3倍でーす!」


 私の筆算はこの異世界では異常な速さだ。サクサクとオッズを計算し、その数値をみんなに伝える。こまめに再計算しながら発表していると、ますます賭けがヒートアップして追加でお小遣い全てつぎ込む人までいた。今のところヴェルナッツィオ様が優勢だね。


 そんなこんなでこの対決は話がどんどん大きくなり、シエスタでお昼寝していた近所の人たちなんかも集まってきて、とてもじゃないけど酒場の中でやるような雰囲気ではなくなってしまった。


 仕方がないから町の中央広場みたいなところへ場所を移動することになり、私は賭けの胴元をやりつつレフェリーも務めることにした。


 多分大丈夫だとは思うけど、なんかヤバい感じになったらいつもみたいに重力結界を使って割って入らないとね。

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