12の13 ヴィンサントの町(前編)



「ねえ子供先生!なんだかすこぶる体調いいんだけど!」


「リザちゃんすっごい気持ちよさそうに寝てたよ!」


 私の暖かい光による超回復効果で、リザちゃんは朝から絶好調だった。吸血鬼ハーフのルナ君や、悪魔化してた時のアイシャ姫みたいに、治癒魔法や暖かい光を吸い込んじゃって効果が無いなんてこともなかった。たぶんこれを続けていれば光魔法が使えるようになるだろうし、そうすれば悪魔化の心配もなくなるよね。


「アタシ普段あんまり寝ないから、こんなに気持ちよく寝たの久しぶりよ。きっとあの赤い葡萄酒のおかげね!」


「あはは、ピステロ様も赤い葡萄酒が好きだから、おみやげで買って帰ろうね」


「赤が好きだなんて、さすが銀髪の貴公子様はわかってるわ!」


 まあ、ピステロ様は血液っぽい色の飲み物だったら何でもいいから、リザちゃんの赤好きとはちょっと理由が違うと思うけど。



 私とリザちゃんはビアンキに乗ってひたすら北上する。王国は行商隊が発達したおかげで、道路の事情がそれなりに整っている。ぽつぽつ葡萄酒らしき樽をたくさん積んだ馬車とすれ違ったので、これから目指しているヴィンサントの町でも葡萄酒づくりが盛んなのだろう。


「あっ、高い建物が見えてきたねー」


「内陸のくせにずいぶん栄えていそうな町ね!」


 この王国に限った話ではないと思うけど、海沿いや大きな河川沿いは発展している街が多い。神国の神都アスィーナや帝国のドゥバエの港町もそうだったし、王都に関しては港から川沿いに立派な道路が作られている。このヴィンサントの町やナゼルの町は、普通の川しかないのに特殊な発展の仕方をしていると言っていいのかな。


 ようやく到着すると、わりとしっかりした町を囲う塀が作られていて、入り口は街道沿いの数か所しかなさそうだった。今回はリザちゃんの留学ビザみたいなのではなく、門番をしている護衛兵に「ナゼル町長ナナセです。所用で移動中ですが、こちらの町で休憩させてもらいます」と、きちんとした自己紹介してから立派な門をくぐり抜けた。私だって学習しているのだ。


「あ、この建物、ナゼルの町の感じに似てるー」


「確かに似ているわね。ただの居住空間ってだけじゃなく、しっかりした意図があるような彫刻がしてあるんじゃない?」


「リザちゃんって、子供なのか大人なのか、ホントよくわかんないよね・・・」


「子供先生こそよくわかんないじゃない!」


 私は入り口で王族を名乗ってしまったので、まずは町長さんにごあいさつに向かう。オルヴィエッタさんのときのような失敗はもう繰り返さないためにも、予めバスケットの中に入れておいた焼き菓子を綺麗な布に包み直して手土産にした。


 入り口に立っていた護衛兵の一人が町長のお屋敷まで案内してくれたので、特にややこしいこともなく面会することができた。お屋敷の中からは王城の使用人と同レベルのきちんとした人が応接室まで案内してくれて、すぐに侍女らしき人がやってきた。


「あ、お茶は私が用意するので、どうぞおかまいなく」


「王族のお客様にそのようなことをして頂くわけにはいきません」


「何の手土産も持たずに来ちゃったんで、焼き菓子とお茶が手土産代わりなんです、ご理解下さい」


 侍女の人が不可解な顔をしながら部屋の隅へ移動すると、町長らしき人が入ってきた。背が高くガッチリとした身体つきに白髪交じりの立派なひげを蓄えた六十歳くらいの男性で、アレクシスさんに少し似た雰囲気の怖そうな顔をした町長さんだ。リザちゃんが少しビビってるみたいだけど、いつもの可愛らしい仕草をしてから私の斜め背後へ隠れるように移動した。どうやら今日のリザちゃんは私の従者のようだ。


「ヴィンサント町長、ヴェルナッツィオと申す。ナナセ様のご来訪、歓迎致しますぞ」


「こちらこそ、お忙しい中、突然の訪問で申し訳ありません、ナゼル町長のナナセです。あの、これ、つまらないものですが・・・」


 私はテーブルに焼き菓子をスススと差し出し、電気コンロで温めているコーヒーを応接室にあったカップに注いだ。


「ほほう、独特の香りが・・・これは異国の茶ですな」


「はい、これはベルシァ帝国で分けてもらったコーヒーです。私たちポーの町への旅路の途中なので、これといった手土産もなく、このようなものになってしまいましたが、どうぞお召し上がり下さい・・・」


「はっはっは、ナナセ様は変わった方だとのお噂は聞いておりましたが、菓子と茶を旅の客人から振る舞われるという経験は初めてですぞ。それでは遠慮なく頂戴しようか(もぐもぐ)・・・これは美味いっ!」


「ありがとうございますっ!」


 ヴェルナッツィオ様は、昨日のオルヴィエッタさんと同じような感じでナゼルの町の情報をそこそこ知っていた。わざわざ自慢するのもおかしいので、どちらかと言うとヴィンサントの町について色々とお話を聞くことにした。


 圧倒的な名産品は葡萄酒で、これは町の西側に広がる丘陵が葡萄づくりに適しているらしく、何百年も続く伝統の酒造所が何件もあるそうだ。この地名は『聖なる葡萄酒』という意味を持ったヴィン・サントという食後酒にあやかって付けられたそうで、町民の大半が葡萄酒づくりに従事しているらしい。そういえば実家のイタリア料理屋さんにも、そんなようなデザートワインがあった気がする。


「へえ、お隣のタスカーニァ村も葡萄酒が自慢だって言ってましたけど、ヴィンサントの町の方が畑の規模は大きそうですねぇ」


「タスカーニァ村とは互いに技術の交換をしたり、共同で土や品種の改良をしたりと、良き関係を保っているな。ただ、あちらの方が王都に近いので、事業としては我々の方が劣るところはある」


 作りすぎた葡萄はジャムにしたり、かなりのビンテージ葡萄酒として地下の貯蔵庫に眠らせていたりと、どちらかと言えば地産地消で楽しんでいるみたいだ。


 ジャムに関しては、王国ではわりと貴重なものとして扱われてる砂糖を使わずハチミツで煮込んだやつらしく、葡萄に限らずカシスやラズベリーなんかのベリー系ジャムもたくさん種類があるそうだ。ヴィンサントでは、お菓子といえばそういうのを生地に塗ったり挟んだりして焼いたようなのが多いんだって。なんか美味しそう。


「つまり、この町はこの町でけっこう完結しているってことですね、素晴らしいです。ナゼルの町もそういった方向を目指していたはずなんですけど・・・」


「他所の地に売れるわけでもなく、我々もそこまで売る気もないからな、必要な分だけを作り、必要な分だけを消費するよう、民には指導しているつもりだぞ。ただ、牛に関しては少し事情が違うな」


 王都でも贅沢品として扱われている牛肉に関しては、ヴィンサントの町では日常食としてパクパク食べられているらしい。その中でも人気なのがヒレとロースの両方を楽しめるTボーンステーキで、骨付きのまま焼いたものを豪快にかじりつくのがこの町伝統の料理だそうだ。これもなんか美味しそう。


「ナゼルの町でも食肉牛を育ててるんですけど、ちょっと肉質にこだわりすぎていて、そんな手軽に食べられる感じじゃないんですよ」


「我々は北側の地に広がる質の良い牧草が豊富な草原にほぼ放し飼いのような状態で牛を育てていてな、おそらくナゼルの町のような管理された畜産とはずいぶん違うものだと思う。そういえばヴィンサント牛は、かつてナナセ様に大敗北を喫したことがあるのだぞ」


「えっ?私、そんな牛肉勝負なんてしましたっけ?」


「数年前であったな、当時まだヘンリー商会の当主であったレオゴメスさんが数頭のヴィンサント牛を直接買付けに来てな、愛娘が学園に通いだしたら小生意気な小娘に喧嘩を売られたと言ってな、夜を徹して王都まで運んで帰った。その後、別の機会で会った際、あの小娘には完敗した絶対に勝てないと肩を落としていたぞ」


「あはは、そんなことありましたね。あの時の牛肉ってヴィンサント産のやつだったんですねぇ。私も一口食べましたけど、けっこうしっかりした肉質で食べごたえがありました」


「我々は牛を食べるだけではなく、乳製品や革製品にも力を入れているんだ。革製品などは葡萄酒や精肉のように劣化するものとは違い、遠方への運搬に適しているからな、行商隊に買い取ってもらい、この町の大きな財源となっている」


「なるほどー、内陸にも関わらず、こんなに立派な街づくりができているのは、葡萄の丘と牛さん草原のおかげなんですねぇ」


「その通りだ。我々はこの豊かな大地に生かされていると、日々神々に感謝しているのだよ。民も私と同じような思いだと信じているぞ」


 収穫した牛は革まできっちり使い、作りすぎた農作物はジャムにして無駄にせず、大地の神様に日々感謝しながら過ごしているこの町の人たちには、元地球人としてなんだか頭が下がります。


「素晴らしいことですね、私も見習う点がたくさんありそうです。私がナゼルの町で色々と始めている事業は、どれだけ高く王都に売りつけられるかばっかり考えてますもん」


「はっはっは、大変素直でよろしいではありませんか!互いの地の利が違うのですから、その先の手段が違うのは当然のことですぞ!」


「最近は王都どころか海外にも売りつけようとか考えていて・・・お恥ずかしい限りです」


 その後、ヴェルナッツィオ様は私とリザちゃんを連れて歴史のありそうな建物見学に付き合ってくれた。神殿や学舎、役場や宿屋を巡りながら、ちょっと気になっていること聞いてみた。


「なんかこれ、見れば見るほどナゼルの町の建物に似てるんですけど・・・っていうか、ナゼルの町の方が後から建ったから、ここの真似して作ったんですかねぇ?」


「ナナセ様、それは当然の事ですぞ、建築隊長のミケロはこの町の出身ですからな。今はナゼルの町で役人をやっているのだろう?」


「おー!なるほど!」


「ミケロは幼い子供の頃から建物の様式に興味を示していたようでな、意匠を凝らした彫刻の壁面など、我々素人には無駄と思えるようなものに価値を見出していたのだろう。きっとナゼルの町では、そのこだわりすべてをぶつけた芸術作品を仕上げているのではないかな?」


「へぇ、そうだったんですねー。ミケロさんには素敵な建物をいっぱい作ってもらってますし、勝手に王都から着いてきちゃった建築隊の部下の人たちも、芸術的センスのある人が多いです」


「他にも、ロベルタという護衛侍女もヴィンサント出身だ。二人とも王都でよく活躍していると聞いているから、大変に誇らしい」


「そうだったんですか!私ミケロさんだけじゃなく、ロベルタさんにもずいぶんお世話になってます!」


「二人とも学園に通うが為、まだ子供の時分から町を離れてしまったからな。ヴィンサントの出身であるというだけで、その才能を開花させることができたのは王都へ移住したからかなのであろう」


「やっぱ子供の頃から学園でお勉強するのって大切なんですねー」


 そんなこんなで美術鑑賞みたいなことをしながら町中をウロウロしていると、午前の作業を終えて農地や牧場から戻ってきたと思われる住民がヴェルナッツィオ様に声をかけてきた。


「おいおい町長!昼っからお盛んじゃねえか!いいなぁおい」

「なんだぁ?ピチピチの娘っ子を二人も連れて」

「大丈夫かぁ?かみさんにケツ蹴飛ばされんぞぉー?」


「バっカモーン!この方はナゼル町長のナナセ様だーっ!」


「おおーっ!噂の!」

「ってことは、そっちの娘はヘンリー商会のアデレードさんかっ!?」

「ちげえ!あれは剣闘大会でド派手に暴れたリザって娘だ!」

「思い出したぞ!俺リザに賭けたら猫にやられたんだ!くそう!」


 私たちは興味本位でヴィンサントの住民たちに囲まれてしまった。そういえばタスカーニァ村の門番っぽい人もリザちゃんのこと知ってたし、赤きニューヒロイン現るってのは王国各地に轟いちゃってるようだ。


 この人たち、見るからにギャンブルとか好きそうだし、盛大に開催された王国主催の剣闘大会、遠路はるばる観戦に来てたのかもしれないね。




あとがき

ヴィン・サントは作中で説明があった通り、デザートワインが元ネタです。1/2サイズのちっこい瓶に入っていることが多く、見た目よりはるかにとろりとした濃厚な舌触りが印象的な高級食後酒ですね。


町長のヴェルナッツィオ様は、ヴェルナッチャという品種が元ネタです。爽やかな酸味が心地よく、ヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノが有名で、いわゆる「安くて美味い」白ワインなので非常にオススメです。


骨付きのヒレとロースの牛肉は、フィオレンティーナなんて呼ばれている伝統のTボーンステーキ料理です。炭で焼いて若干焦げちゃってるくらいのやつを、みんなでわいわい食べるようなご馳走ですね。


革製品に関しては、ヴィンサントの町はフィレンツェあたりを想定しているので、イタリアのブランド品に興味がある方ならピンと来るのではないでしょうか。


色々と、盛りだくさんな町です。



さて、ぼちぼち冬休みだと思うので、恒例の連続更新をしようと思います。

今回は章の初めあたりでカクをサボってる期間が長かったせいもあり、あまりストックがないのですが、1月8日まで中2日で更新しようと思います。


この二人、目的地であるポーの町まで、なかなかたどり着けそうにありませんね。

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