12の12 タスカーニァ村(後編)



「ナナセ様が各地で大変なご活躍をされている話は、ソライオ王子とティナネーラ王女から聞かせて頂きました」


「ああ、あの二人は厳戒態勢のときタスカーニァ村で過ごしていたって言ってましたっけ。お恥ずかしい。もぐもぐ」


 確かソラ君は畑仕事をやったり、ティナちゃんはアクセサリ作りをしたり、ゼル村時代の私がした職業訓練みたいな感じで良い経験になったとか言ってたっけね。この野菜けっこう美味しいし、こんなに可愛らしいアクセサリが名産なら良い勉強になったんじゃないかな。


 そんなこんなでオルヴィエッタさんがする私の褒め殺しみたいな一人しゃべりをずっと聞いていると、たくさん作っても輸送方法に困っていて、年に二回しか来ない行商隊に頼めるようなものは限りがあり、高く売れる王都へ売り込むとができず、なかなか農村の域を脱せないと言っていた。


「流行り廃りの早いアクセサリなどは、私たちが調べてから作り上げた頃には流行遅れになっていることもあります。葡萄酒の品質には自信があるのですが、樽に詰めて荷馬車に積んでも目減りしてしまうことが多くて・・・」


 なるほど、ここと王都との遠くも近くもない微妙な距離は、せっかく苦労して作ったアクセサリが流行遅れになってしまうっていうのはなんとなくわかる。技術があるのにもったいない。


 葡萄酒に関しても、ノイドさんたちの動物性ゴムを使ってタルを品質向上させたり、高性能馬車を融通してあげたり、月一度でもいいからハル・ピープルシリーズを貸してあげたり、なんかしらお手伝いできることがあるかもしれない。レオナルドと一緒に始めたお酒の輸出と絡めてあげれば、この村もずいぶん潤うだろう。


 よぉし・・・


「わかりましたっ!それだったら私に任s・・・いたただだだっ!」


「オルヴィエッタ様、少々失礼いたしますわ、おほほほっ」


 私は隣で一緒にサラダをもぐもぐしていたリザちゃんに突然ほっぺをつままれ、部屋の外へ連れ出されてしまった。


「いい、子供先生、『任せなさぁいっ!』禁止ね」


「ま。」


「いいから禁止!あと子供先生はしばらく黙ってて!わかったら怪しまれないうちに戻るわよ!」



「ナナセ様は頬の調子が思わしくないようですから、あたくしが変わってお返事をいたしますわ」


 リザちゃんにつねられてヒリヒリしてる痛みは、部屋の中へ戻った頃には消え去った。今頃、とある王城の一室でアルテ様のほっぺが大変なことになっているだろう。ごめん。


「オルヴィエッタ様はナゼルの町を高く評価なさっておりましたけれど、実際にその目でご覧になったのかしら?」


「い、いいえ、お噂を聞いているだけです・・・」


「次に、葡萄酒の品質とおっしゃっておりましたけれども、それはオルヴィエッタ様が自ら指揮を取って品質向上に努めたのかしら?」


「い、いいえ、この村の職人が日々努力しております・・・」


「アクセサリの流行が遅れてしまうとおっしゃいましたけれど、新たな流行を作り出すような努力はしておりますの?」


「い、いいえ、王都の流行を真似ているだけです・・・」


 なんだろうこの感じ・・・ああわかった、マセッタ様の理詰めに似てるんだ。黙ってろって言われてるし、虫歯が痛いみたいな演技したままだし、なんか面白いからこのまま眺めていよう。


「オルヴィエッタ様は村長なのですから、当然、学園の領主教育を修了していますわよね?」


「はい、二十年近く前になりますが・・・」


「領主教育にある『民の規範となるべく王族としての振る舞い』とは、陽の光に当たらぬよう美しい肌を保ち、髪型や服装を乱さぬようしずしずと歩き、飾った爪を傷つけぬよう銀細工を行わず、塗り固めた頬紅を汗で落とさぬよう農作業や造酒の作業を行わないことなのかしら?」


「・・・。」


「オルヴィエッタ様の美しさは誰もが認めるところでしょう。しかし、この村の民がその美しさにうつつを抜かしていられるのも、せいぜい残り五年から十年といったところではありません?その後、若さゆえの美しさが損なわれたオルヴィエッタ様は、どのように村人を導くのかしら?一度離れた民の心を取り戻すのは不可能よ?」


 リザちゃん、けっこう酷いこと言うのね。


「お、お恥ずかしながら、そうならないよう、ナナセ様にお力添えを・・・」


「村長として自らの能力が足りぬことを恥じ、能力ある他者に頼るのは悪いこととは言いませんわ。けれども旅の休憩で偶然通りがかっただけのナナセ様に厚かましくも頼ろうというのはどうかと思います。ソライオ王子やティナネーラ王女から、ナナセ様という人物がどのような性分なのか聞き、お願いをすればきっと断れずに引き受けて貰えると欲をかいた結果、このような低品質な葉っぱと果実酒ごときを用意するだけで村に多大な利益を生み出せるのではないか、などという稚拙な下心の現れではなくて?」


 ここでオルヴィエッタさんがさめざめと泣き出してしまった。泣いている姿も美しい。私は美女の涙に弱い、けど、リザちゃんの黙ってろっていう言いつけを守って眺め続ける。


「そもそも、オルヴィエッタ様が受けた領主教育など時代遅れの周回遅れにもほどがありますわ。王国の各市町村はもっと外へ目を向けるべきときが来ているということを自覚するべきではありませんの?」


 ここでプルプルしながらオルヴィエッタさんの背後に立っていたお付きの兵がついにキレた。そりゃそうだ。


「おい小娘!さっきからオルヴィエッタ様に対してのその物言いは何だ!」


 リザちゃんがお上品な言葉で吹っかけた喧嘩とはいえ、この展開は良くない。ここは少し口を挟んでおこう。一応ほっぺ押さえたまま。


「あのー、護衛の人、リザひゃん、小娘りゃなく、百ひゃい越えてるんれ、あたひたひ、赤ひゃんみたいなもんれひゅよ」


「そ、そんなことは知らん!どう見ても小娘じゃないか!これ以上オルヴィエッタ様を侮辱するようなら、ただでは済まさんぞ!」


 そう言って腰の剣を抜いた。抜いてしまったのだ。あーあダメかぁ、ほっぺ痛い演技もここまでかな・・・


「下僕は黙りなさぁいっ!」


── シャキーン! ──


 私が王族らしく背筋をピンと伸ばして話をしようとしたら、リザちゃんが叫びながら立ち上がって赤い刀を抜いた。と思ったら一瞬でさやへ戻した。


── チュイーン・・・カラン・・・パチン ──


「な、な、な・・・」


 どうやら赤い刀を抜いた勢いそのままに、お付きの兵の剣を根本から切断してしまったようだ。これはきっとアンドレおじさんや精鋭隊に混ざってコツコツ鍛錬していたことが実を結んだ完璧な居合術なのだろう。ほとんど赤い残像しか見えないような刃筋の軌道だったので感心してしまう。こないだの剣闘大会で、ゆぱゆぱちゃんがリザちゃんの剣を根本から斬っちゃったやつを真似したのかもしれない。残った柄だけ握りしめてワナワナしている兵の人が哀れだ。


「お話を続けますわ」


 豆腐のように金属を切断してしまった赤い刀のあまりの斬れ味に、リザちゃん本人ですら驚いて目を見開いていたけど、すぐに何事もなかったような表情へ戻ると、おしとやかな仕草で髪やスカートを直しながら着席した。


「あたくしは皇国の貧しい土地で生まれ育ちましたから、王都へ来て最初に驚いたのは食事の美味しさと食材の豊富さです。その謎の大半は、ナゼルの町へ赴いた際に解決致しましたわ」


 この後、泣きながら無言になっているオルヴィエッタさんと、私と一緒に黙らされちゃっているお付きの人に対して、今度はリザちゃんの一人しゃべりが始まった。


 その内容は圧巻だった。ナゼルの町で行われた農地改革とアンジェちゃんの運用方法、牧場や鶏小屋改革とエマちゃんの管理方法、ヴァイオ君の工場で小人族が作っている新製品や、ナプレの港町時代から開発を始めている動力船やゼンマイ時計の話、さらには、バルバレスカ先生が始めた時代の最先端を追いかけるような新しい教育機関や、アルテ様とマセッタ様で始めた地球的な銀行業務と住民管理の話にまで広がっていった。


 とにかくリザちゃんの言いたいことをまとめると、町長である私が率先して民を導き、それが形になるまでどれほどの苦労があったのか、とにかく自分の目で確かめてこい、話はそれからだ、ってことだったようだ。現代知識で口だけ出して、あとは任せっきりでたいしたことしてない私にはお恥ずかしい限りだ。


「あたくしの話をご理解頂けたのであれば、オルヴィエッタ様が受けた時代遅れの領主教育のことなど全て忘れ、自らの足を使ってナゼルの町を訪れ、自らの目を使って実際に視察し、自らの耳を使って民たちの話を聞いてくることをおすすめしますわ」


「わかりました・・・」


 こうしてオルヴィエッタさんはお付きの兵を連れてスゴスゴと引き下がって行った。まあ、自力でナゼルの町まで行って色々とパクってくるなら、王国の未来という大きな視点で考えれば良いことなのかな。



 客人が部屋から出ていくと、リザちゃんはいつもの自信満々したり顔に戻って葡萄酒ごくごくとサラダとおにぎりもぐもぐを再開した。さっきまでの上流階級リザちゃんと、いったいどっちが本当の姿なんだろうね。


「あのざこい兵士、ザマぁ無いわね!(ごくごく)」


「あのー、リザちゃん、一応これでも私、ざまぁしない方針なんだけど・・・」


「マセッタ様から敵対する者はわからせればいいってお許しを頂いてるから大丈夫だもん!」


「そ、そっか。でもさ、タスカーニァ村のこと、少しくらいお手伝いしてあげても良かったんじゃない?葡萄酒はわかんないけど、けっこう頑張って可愛いアクセサリ作ってるみたいじゃん」


「なに言ってんのよ子供先生、ここまだ最初の村よ!こんな調子で目的地を往復してたら、どんだけたくさん仕事抱えて帰ってくることになると思ってんのよ!まったく子供先生は見境ないわね!」


「そ、そうだよね、なんかごめん。それにしても、リザちゃんナゼルの町のこととかすごい詳しいねぇ。武器の発注でちょっと寄っただけなのに、超よく見てくれてたんだ。なんか嬉しいな」


「大半がルナロッサやアレクシス様から聞いた話よ。あとは銀髪の貴公子様やアイシャール様からも子供先生の話はたくさん聞いたし、アデレードとイスカ、それにアンジェリーナとエマニュエルからもたくさん聞いてるわ。っていうか、みんな子供先生の話しかしないんだもん、似たような話を何度も聞かされてるアタシの身にもなってみなさいよ、嫌でも覚えるから!」


「あはは。あとさあとさ、リザちゃんちょっとオルヴィエッタ様に言い過ぎだったんじゃない?おばさんになったらモテなくなるみたいな言い方、あのくらいの年齢の女性に対してけっこう酷だと思うよ」


「それは事実よ。人族なんてあっという間に年取るんだから。アタシそういう人族、たくさん見てきたから子供先生より詳しいの。手遅れになる前に目を覚まさせるには少し強い言葉を使わなきゃダメよ。あんな情弱村長のまま年だけ取ったら目も当てられないわ」


 そう言いながらリザちゃんは少し悲しそうな顔をした。百年も生きていれば、仲良しだった女の子が大人になり同じような失敗をしたことを何度も見てきたかもしれない。これ以上、聞いちゃいけないことみたいだね。


 ネット小説とか映画とかで、長寿のエルフと短命の人間が恋をするけど涙の結末、みたいな物語は見たことがあるから寿命の差については理解できなくもないけど、だからと言って何が正しいのかもよくわからない。私が先に死んじゃったら、今のアルテ様は悲しんでくれるのかな。


 この後、赤い刀の斬れ味の話や、皇国の土地は痩せていて野菜が美味しく育たないなんて話をしていたら、葡萄酒飲みすぎリザちゃんが私に寄りかかって眠ってしまったので、一緒のベッドに寝っ転がって暖かい光で包んであげた。


 結局、今日はこの村にお泊りだ。


 ありがとねリザちゃん。また少し元気になれたかも・・・zzz

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