12の11 タスカーニァ村(前編)



 私とリザちゃんは今日からポーの町へ現況調査の旅だ。これはショボくれている私への慰安旅行、などではなく、れっきとした王族としての公務だ。


 いつもの大きなリュックを背負って待ち合わせ場所へやってくると、そわそわしながら待ちわびていたリザちゃんが、ゆぱゆぱちゃんに買ってもらった新しい武器を見せびらかしてきた。


「子供先生遅いわよ!いつまで待たせんのよ!」


── シャキーン! ──


 その武器は神楽ちゃんをちょっと短くしたような立派な日本刀だった。


「なにその赤い刀かっこいい!」


「驚くのはまだ早いわよ!ぬぬぬぬぬん・・・」


 リザちゃんがぬぬんと力を込めると、刀身に光る文字がぼんやりと浮かび上がった。しかしそれは意味不明な刻印だった。


「なにその刻印かっちょいい!でも悠久と終焉って矛盾してんじゃん!」


「なによ子供先生!ルーン文字まで読めるの!?」


「ああごめんごめん、これ眼鏡チートなんだ」


「チートってなによ」


「えっとね、文字が読めるようになるんだけど説明むずいからまた今度!とにかくこれがリザちゃんの新しい武器なんだね!」


「小人族がアタシのためだけに作ってくれたのよ!」


「リザ師匠、ぼくのためにも作ってくれたんですけど・・・」


「うるさいわね!」


 私はすぐに理解した。地球のルーン文字なんて使いたがるのは創造神しかいない。きっと小人族に無茶を言って、過去に似たようなもの作らせたことがあるんだろう。


「お姉さま、ぼくの方も見て下さい!」


── シャキーン! ──


「なにその黒い刀かっちょいい!でも闇夜と煌めきって矛盾してんじゃん!」


「これ、魔子が集まる魔法の言葉らしいですよ」


 リザちゃんとルナ君おそろの刀、羨ましいなぁ。



「そんじゃみんな、行ってきまーす」


「さあ行くわよビアンキとサギリ!」

「ひひぃん!」

「きょわー!」


 私たち二人はリザちゃんの掛け声で王都を出発した。いざという時のための通信手段としてサギリも一緒に連れて行くことになった。王都の北門をくぐる直前、アルテ様が心配そうにハグハグしてくれたのが嬉しかった。アデレちゃんも不安そうな顔をしながら抱きついてきたけど、その上からゆぱゆぱちゃんとイスカちゃんが飛び乗ってきてなんだかよくわからない状態になった。ルナ君はペリコに乗って上空から一緒にお見送りしてくれた。


 白い角の方のユニコーンであるビアンキで北に向かって滑るように疾走する。人族の言葉がある程度通じるし、まったく揺れないから手綱なんて必要ないけど、なんかこの方がかっこいいからくらとかあぶみも二人乗り用の感じで装着されている。


 二人乗りの騎乗姿勢は、リザちゃんが前、私が後ろから抱っこするような感じで手綱を握っている。なぜ私が後ろかと言うと、いつもの大きなリュックを背負っているからだ。


 軽快に進んでいるとはいえ、初夏の日差しはとても強く、紫外線対策として頭上に薄い重力結界を発生させている。あまり全身を包み込むような結界にすると、風が当たらなくなって結界内猛暑で死ぬ。ベルおばあちゃんみたいな強力な温度魔法で結界内の空気だけ冷やせれば良いんだけど、さすがにずっとそれを続けているとフラフラしてくるので日傘だけで我慢だ。


「ぬぬぬん・・・ぬぬぬん・・・」


「ねえリザちゃん、新しい武器が嬉しくてはしゃぐ気持ちはわかるけどさ、ずっと両手を広げて構えてるのはどうかと思うよ」


「子供扱いしないでよ!これは重力魔法の練習なんだから!ぬぬぬん・・・」


 最近はアデレちゃんやルナ君が先生になってリザちゃんとリアちゃんに重力魔法を教えてるって聞いたけど、さすがに重たい日本刀をぶいぶい振り回せるまでにはなっていないようだ。背後からなんとなく眺めていると、以前よりずいぶん安定した魔法が発動していて、右手の刀本体には軽くなるような重力魔法をかけ、左手に持ったさやには重力結界を発生させる練習をしているらしい。


 つまり、車幅がやたら広い。


「ほらリザちゃん!前から馬車が来たよ!危ないよ!」


「邪魔しないでお母さま!今いいとこなんだから!」


「あはは、先生のことお母さんって呼んじゃ駄目だよぉ」


「うるさいわね!ちょっと間違っただけよ!」


 前から来た馬車の人が、必死の形相で刀を構えているリザちゃんにビビって急停止した。同じく馬の方も、白く輝く角を主張しながら滑るように突き進んでくる上位種ビアンキにビビって道を開けざるを得ない感じだった。なんか気まずい。


「ひええええー!強盗だー!」

「悪魔だ!赤い悪魔が出たぞー!」


「ば、馬車の人すみませーん!ちょっと急いでるんでぇー!」


「おお!ナナセ閣下と剣闘の赤い娘でしたかーっ!お気をつけてー!」


 こんな調子で白い彗星にまたがった赤い悪魔さんと私は、王都から一番最初の休憩地点に予定していたタスカーニァ村の入り口らしき所まであっという間に到着した。まだ昼過ぎだね。


「おい子供、止まれ。通行証はあるのか?」


 えー、そんなもん持ってないよ。そういえばナプレの港町に初めて行った時はアンドレおじさんの顔パスだったし、小人族がいるアブル村はミケロさんの顔パスだった。こうやって通行証を求められたことがあるのは学園に通うために初めて訪れた王都の西門だけだ。


 考えてみたらナゼルの町の入り口も、最近は七人衆や狩人たちが交代で常に見張ってる。知らない人が来たらこうやって一度足を止めてもらってるのかもしれない。これはもう王族ですって名乗るしかないのかな・・・と思ったらリザちゃんがひかえおろうみたいな感じで一枚の羊皮紙を出した。


「なによ面倒ね!(がさごそ)これでいい?」


「ふむ、皇国から学園に留学か・・・もしや先日の剣闘大会に出場していた赤い娘か?よし通っていいぞ、ここはタスカーニァ村だ・・・って、も、も、もしや、お連れ様はナナセ閣下でありましたかぁーっ!大変なご無礼をお許し下さいませぇーっ!ははぁーっ・・・」


「あはは、きちんと護衛のお仕事をしていた証ですよ、気にしないで下さい」


 私はこの門番っぽい人としばらく立ち話をしておいた。身体に染み付いたロールプレイングゲームの基本行動だ。どうやらタスカーニァ村では宝石を使った高価な細工品作りに力を入れていて、たびたび泥棒に狙われるようなことがあったため、こうやって形式だけでも王都の門みたいな護衛の真似事をしているらしい。


 他にも色々と話を聞いてみると村長さんは若い女性で、とても綺麗な人だそうだ。その美貌から民にも大人気で、「俺たちが頑張って守って差し上げるのだ!」みたいな感じのことを鼻息荒く語っていた。


 村の中へ入ると、建物こそ木造が多いけど、それなりに整頓された街作りになっていて、細工の産業が栄えていることが理解できた。今日はこの村に泊まるつもりはないけど、馬を停められる比較的立派な宿屋さんに一泊分のお金を払って部屋をとった。


 ビアンキとサギリにもゆっくり休んでもらいたいし、私は一応王族だし、リザちゃんも皇国のお嬢様みたいだし、その辺のベンチでおにぎり食べながら休憩するわけにもいかないのだ。


「ちょっと子供先生!なんでそんな荷物多いのよ!アタシなんてルナロッサに服しか持たせてもらえなかったわよ!」


「あはは、ルナ君きちんと侍女やってんだね。私、調味料とか鍋たくさん持っていかないと不安で眠れなくなっちゃうんだよねー」


「変な病気なんじゃないの!?」


「うん、自覚してる」


 電気コンロで紅茶を作って持参したおにぎりをもぐもぐしながら二人でボケボケしていると、タスカーニァ村の村長さんと名乗る人が訪ねてきた。宿屋の記帳みたいなやつにナゼルのナナセって書いたからバレちゃったのかな。別に隠れて旅してるわけじゃないけどさ。


「(コンコン)失礼致します・・・」


「どーぞー」


「タスカーニァの村長をしております、オルヴィエッタと申します」


「ナゼルの町のナナセです。今は学園で歴史の先生やってます」


「リザと申します、お初にお目にかかりますわ」


 オルヴィエッタさんという女性は年の頃だと三十代前半くらいだろうか。とても上品な雰囲気の人で、すべすべした白い肌にうっすらとチークが乗った薄化粧、きちんと手入れされていることがひと目でわかる長く綺麗な髪、洋服やアクセサリも王都の富豪のような素敵なものを身にまとい、さらにこの異世界にしては珍しく丁寧にヤスリがけした爪に薄紅色のマニキュアが塗られていた。どれもこれも、この村の名産品なのだろうか。


 その小綺麗な姿を見たリザちゃんは、私と一緒にダラダラ寝転がっていたベッドから飛び起きると、スカートをちょこんとつまんで膝を曲げる、例の可愛らしいご挨拶をした。裏表が激しすぎる。


 ひとまず部屋の中へ入ってもらうと、おつきの人みたいな兵が木箱をテーブルに置いた。


「ナナセ閣下へお近づきの印に・・・」


「いや、そんな気を使わないで下さいよ、ちょっと休憩で立ち寄っただけですし、私から何か差し上げられるようなものも準備していませんし・・・」


「そうおっしゃらずに!この村の名産品なのです!」


 兵士が持ってきた箱の中には可愛らしいアクセサリやお化粧道具、樽に満タンの葡萄酒、新鮮そうな葉物の野菜が入っていた。アクセサリ類はともかく、これから長距離の旅だっていうのに重たい葡萄酒や生鮮食料品を持ち歩くわけにはいかないよ。


「これからポーの町まで行かなければならないので荷物が増えちゃうのはちょっと・・・せっかくなんでこの新鮮そうな野菜は今いただきますね、えっと、リュックからマヨネーズと粉チーズとコショウを出してぇ」


 私は大量のマヨサラダをもぐもぐ食べる。リザちゃんにいたっては葡萄酒をコップにドバドバ注いで顔色一つ変えずに飲んでいる。見た目が十歳だからものすごい違和感だ。


 そんな私たちの姿を羨ましそうに見ながら、オルヴィエッタさんがほぼ一人しゃべりを始めた。





あとがき

ナナセさん思考は不思議と落ち着きます。

あと赤い悪魔と白い彗星が好きすぎです。


王家の血を引く領主様が登場したので、久々にワインにまつわる名付けになっています。

・タスカーニァ村=トスカーナ州

・オルヴィエッタ=オルヴィエートクラシコ

トスカーナ州のワインではないんですけど、可愛らしい名前を探していたのでこれになりました。なんかまあ近所ってことでお許し下さい。果実味が心地よい白ワインが有名です。

興味ある方はググってみて下さい。

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