12の21 紡ぎ手のお仕事(前編)



 ここはナプレ市から南下した場所にある不気味な洋館。その応接室で、紡ぎ手と呼ばれる三人が難しい顔をしたまま頭をすり合わせていた。その中の一人、重力魔法の紡ぎ手・ピストゥレッロについては普段から難しい顔をしているので、あまり違いは無いのだが。


「困ったのじゃ」

「困ったのじゃよ」

「困ったの・・・。」


 マセッタ王国女王の“お願い”により、温度魔法の紡ぎ手・ベルは、光魔法の紡ぎ手・イナリを引き連れ、ピストゥレッロの屋敷へ作戦会議にやってきていた。


「姫の話じゃと、アルテミスが耳元で謎の言葉を唱えたと言っておったのじゃ。おそらくそれが呪いの魔法詠唱だと思うのじゃけど、そんな魔法は今まで聞いたことが無いのじゃ」


「きっと創造神様がアルテミスだけに与えた特別な魔法だったのじゃよ。そのような危険な呪いを、誰かれ構わず使用することができるとは到底思えんのじゃよ。きっとアルテミスがナナセの為だけに使用することができる特別な呪いの詠唱だったのじゃよ」


「ふむ。我々では創造神から与えられた知識が少なすぎる。我など、まだ人族にまみれた生活を送っておったが故、後天的に様々な見識を得ることができておるが、ベル殿やイナリ殿は与えられた住処からほぼ外出すらておらぬのであろう?」


「わらわは住処から東の方角へは数十年に一度は遊びに出ていたのじゃ。ピストゥレッロ殿のように人族の法などは理解してはおらんのじゃが、神国と帝国の辿ってきた歴史なら少しは知ってるのじゃ」


「わしゃ、王都の北にある山頂から降りたのは、ナナセがやってきてからが初めてじゃよ。それまでの来訪者も、ヴァチカーナとベルサイアという印象的な二人の娘っ子と・・・あとはその数年後に子孫だと言って訪れた娘っ子だけじゃなぁ・・・そうじゃ!思い出したのじゃよ!リザという赤い娘っ子はその子孫の娘と良く似ておったし、そもそもベルサイアとも感じが似ておったのじゃよ!」


「ベル殿、小娘リザに関しては我も心当たりがある。もう少し詳しく説明願おうか。」


「詳しくもなにも、そういう感じがするのじゃよ」


 ベル固有の能力である「そういう感じがするのじゃよ」によれば、ベルサイアとベルサイアの子孫の娘、そしてリザが良く似ているそうだ。また、ピストゥレッロの見立てによれば、アイシャールとリザ、そしてスカーレットの三者が良く似ていると感じているようだ。


 ただし、これは数百年前にピストゥレッロがスカーレットから受けた魅了、アイシャールとの決闘後に思わず首筋をパクッとしてしまった魅了、そしてつい先日、初対面のリザがビビって目をうるうるさせていた際、危うく吸い込まれそうになった魅了、それぞれ身をもって受けた感想であり、ベル固有のDNA鑑定のようなものとは違った側面からの判断である。


「ベル殿の見立てはおそらく正しいであろう。皇国の魔女スカーレットの子孫であると小娘リザ本人が言っておったが、ベル殿の住処へ訪れた子孫の娘とやらは間違いなく若かりし頃のスカーレットであるな。八百歳ほどの現在でも存命と聞いておるが、あれも魅了を操る摩訶不思議な魔女であった。思い起こしてみれば、魅了と呪いは近しいものかもしれぬ。」


「わらわには似てるとかそういうのはわからないのじゃ、ベル殿もピストゥレッロ殿もさすがなのじゃ。けど、ベルサイアとスカーレットとアイシャールとリザはアルテミスの呪いとは無関係だと思うのじゃ。ところで、これはわらわがずっと不思議に思っていることなのじゃけど、アルテミスが作った暖かい光などというデタラメな魔法で怪我が治っちゃうというのは、どこか呪いと似ている気がするのじゃ」


「呪いと魅了と暖かい光・・・ますますわからなくなってしまったのじゃよ」


「困ったの・・・。」

「困ったのじゃ」

「困ったのじゃよ」


「ピストゥレッロ殿、ひとまずスカーレットとやらに会いにいくのじゃよ」


「それがの、痴呆で寝たきりらしいのだ。有益な話など何も聞けまい。」


「困ったのじゃ」

「困ったのじゃよ」

「困ったの・・・。」


 この三人の作戦会議は深夜から早朝まで続き、ピストゥレッロが廃墟の城の改修があるからという理由でお開きとなった。



「まずは他の紡ぎ手を探し、何か知っておらぬか聞いてみるのじゃよ」


「それならわらわは一か所心当たりがあるのじゃ」


「現在の我は死刑囚監視を兼ねておる。まだ遠征は難しい。」


「三人で固まっておっても、今以上のことが解るとは思えないのじゃよ。ここはひとつ、手分けして行動した方がいいのじゃよ」


「ベル殿の言う通りなのじゃ。わらわはシンジの獣化教育ついでに、ベルシァ帝国に滅ぼされてしまった“アリッシア民族”の集落を探ってみるのじゃ。何百年も前なのじゃが、そのあたりを散歩していたときに強い力を感じたのじゃ。紡ぎ手かどうかはわからんのじゃが、何かしら創造神様と関係のある生命体が存在していると思うのじゃ。前から気になっていたから丁度いいのじゃ」


「それじゃったら、わしはベルシァ帝国方面を重点的に探ってみるのじゃよ。アデレードとアイシャールがベルシァ帝国まで行くと言っておったから、何か感じ取ったら立ち寄ってみるのじゃよ」


「決まったようであるな。ではイナリ殿に願いがある、シンジと共にあのユニコーンという奇妙な騎乗馬も連れて行ってもらえぬか。我の見立てが正しければ、イナリ殿とユニコーン同様の走り方をシンジが覚えられるのではないかと考えておる。」


「それは賛成なのじゃ、ユニコーンとわらわの走りをシンジに参考にさせるのじゃ。ついでにリアの光魔法も特訓するのじゃ」


 こうして紡ぎ手たちは三手に分かれ、呪いについて何かしらのヒントを持つ可能性がある、創造神との関わりの深そうな生命体の探索へ向かった。


 廃墟の城の清掃と改築が忙しいピストゥレッロは、イグラシアン皇国諜報員であるタル=クリスとマス=クリスの二人から魅了の魔女・スカーレットについての情報を得るため、そしてその先にある、皇国スカーレット州への遠征も視野に入れ、着々と準備を整えることにした。



「ぎょわー」


「伝書の鳥か。いつも文の配達ご苦労である。これでも喰え。」


「ぎょわっ!ぎょわっ!(ぽりぽり)」


 ポーの町から飛んできたサギリの足にくくりつけられている手紙にはこうあった。


『ピステロ様のお屋敷のちょっと南にある岬の先端からすぐ近くの島に青い洞窟があるらしいんですけど創造神の移動手段ペットっぽいウエノさんっていうしゃべる亀さんがそこを締め出されちゃって二千年くらい経ってるみたいで困ってるんです助けてあげて下さい。ナナセ』


「ふむ・・・今度は知性ある亀か。なぜあの小娘どもの周囲には奇妙な生命体が集まるのだ。我は百年単位で思い起こしても、せいぜい飛竜と戦闘になった記憶くらいしか無いぞ。」


「きょわわ?(ぽりぽり)」


「済まぬ。鳥に言うようなことではなかったの。」



 三手に分かれた紡ぎ手たちのうち、光魔法の紡ぎ手・イナリのグループの出発が整ったようだ。そのメンバーは隊長であるイナリ、人の姿をした狼の少年・シンジ、魔人族の末裔・リア、青く光る一角獣・アズーリの四者だ。


 このグループには目的が三つある。


 一つ目はイナリによるリアへの光魔法特訓。そして二つ目は、イナリと同様にシンジが獣化できるか否かを探ること。もし獣化が可能であれば、ボカロ色に輝くお皿を足の裏に発生させ、人を乗せて高速で走れる可能性が高まる。


 三つ目の目的は曖昧だ。ベルシァ帝国との戦争で滅ぼされ逃走したとされる“アリッシア民族”の生き残りを探す。なぜかと言えば、以前イナリがその民族が暮らしていた集落の中に、強い存在感を見つけたからだ。


「おいリア、いつまでもシンジとじゃれあってないで、早く出発の準備をするのじゃ」


「すみませぇーん!あんまりにも可愛いんでぇ!」


「シンジは獣化したわらわに乗っておる間、何か感じ取ることがあったら、些細なことでもすぐ言うのじゃ」


「ワカタ、ワレ、イナリ、従オウ」


「今回は姫がおらんから、ご飯の準備が一番大変なのじゃ。途中で休憩などせず、日が出ておる明るい間にグレイス神国の神都アスィーナまで一気に進んでマリーナにご飯を食べさせてもらうのじゃ」


「わかりましたぁ!」

「ひひぃーん!!」

「ワレ、乗ッテル、ダケデアル」


 こうして、あまり頼りにならなそうなイナリ隊長を先頭に、東南の海を渡った先にあるグレイス神国を目指し、滑るように王国を出発した。



「あのあの、イナリ隊長、まだ王国の大陸から出ていませんけどぉ」


「お腹すいたのじゃ。この集落は何度か立ち寄っておるから知ってるのじゃ。ちょっと休憩させてもらうのに丁度いいのじゃ」


 王国半島の南端に位置するモルレウ港と呼ばれる小さな集落は、バルバレスカの大切な皿を割ってしまい、あやうく処刑されかけたところを当時の国王が苦慮の末、この地まで逃がしたという経緯を持つガリアリーノが港長だ。


 その際、王城の侍女として仕えていたフランジェリカという娘を家政婦のような立場で付き添わせたら、若い二人なので当たり前のようにデキてしまい、それから十数年後、偶然この港に立ち寄ったナナセが強引に婚姻証明書を作成した。


「イナリ様、つい先日お立ち寄りになられたと思ったら、もう神国へお戻りですか?お忙しいのですね。今、コーヒーをご用意致しますから・・・よっこらー、しょっ!と」


「なんじゃフランジェリカ、もしや身重なのじゃ?」


「あらあら、イナリ様はそのようなことまでおわかりになってしまうのですか?」


「微弱な生命反応を感じたのじゃ、これはおめでたいのじゃ。おいリア!大変そうじゃから手伝ってやるのじゃ!」


「ふ、フランジェリカさん、お手伝いしますぅ!」


「ふふふ、お気遣いなく」


 結局イナリ隊長のグループは、休憩なしでグレイス神国まで走破する予定などすっかり忘れ、モルレウ港でのんびりと夜を明かすこととなった。

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