12の9 ただのリザ



 リザよ、なんか文句ある?


「リザ師匠、ナナセお姉さまに料理のプレゼントなんて無謀にもほどがあります、辞めましょうよ」


「ルナロッサはいちいちうるさいわね!子供先生は美味しい物に目がないんだから喜ばせるのなんて簡単よ!それにアタシ早く成果を見せたいの!」


「はぁ、そこまで言うなら手伝いますけど、たぶんリザ師匠には百年早いと思いますよ・・・」


 魔人族の血を引いているアタシは寿命が長いから、人族のお友達ができてもすぐに相手だけ大人になってしまい、次第に疎遠になる。近所に住むお年寄りなんて何人も見送ってきた。それって、とても悲しいことだったの。


「子供先生はアタシたちと違って人族なんだから百年も待ってたら死んじゃうじゃない!それじゃ間に合わないんだから!」


 そう。死んじゃう。だから魔人族の血を引く者は積極的に人族と馴れ合わない。リアだってそういった覚悟をして王都の学園へやってきたはずよ。


 それがなに?長寿って聞いたことがある獣人族がいるじゃない!弱そうなくせにやたら強いし!


 それにあの派手な鳥なんなのよ!アタシより年上ってどういうこと?なんか流暢にしゃべってるんだけど!?


 っといけない、子供先生に誕生日プレゼント作るんだったわ。


「リザ師匠・・・ナナセお姉さまが死んじゃうなんて言わないで下さいよ・・・」


「子供先生は剣で刺されても死なないから長生きしそうだけど!」


 ごめんルナロッサ。アタシだって本当はそんなこと考えたくないんだけど、こういう言い方しか教わってないから口から勝手に出ちゃうの。これじゃ全然フォローになってないわね。


「それで、ぼくは何を手伝えばいいんですか?」


「マヨネーズやってよ、アタシそれ上手く混ぜられないのよ」


「マヨネーズならナナセお姉さまと一緒に作ったことがあります!任せて下さい!」


 それにしても、子供先生って本当に不思議よね。今まであんな人族は見たことがないわ。アデレードやアンジェリーナやエマニュエルと話している時なんか年相応の少女だし、ゆぱゆぱを可愛がっている姿なんかは人形で遊ぶ子供そのものよね。


 そうかと思えば、ひとたび教壇に立つと知的な女教師に切り替わってしまう。人族は魔人族より知能に劣ると言われているけど、今まで誰も知り得ていなかった歴史や魔法の解釈をしていたり、学園に通い始めたばかりの子供達にはまだ難しいような授業の内容を、とてもわかりやすく伝えてくれる語り口だったりと、いったいどの姿が本物の子供先生なのかわからないわ。


「ところでリザ師匠、さっきマセッタ女王陛下と何を話したんですか?」


「アタシの皇国での本名を知ってたのよね・・・マセッタ様って、すべてを見透かしているようで恐ろしいわ」


「ナナセお姉さまと同じじゃないですか」


「あれは子供先生以上よ、銀髪の貴公子様と同じくらいね」


 そうこう言いながらじゃがいもの皮むきと、キャベツの千切りをやり終えた。ルナロッサの方もマヨネーズを完成させた。あとは明日、お誕生会の直前に肉をぺぺッと焼くだけだから簡単ね。


「包丁って剣と違って扱いが繊細すぎて難しいのよ」


「リザ師匠が雑すぎるんですよ」


「そういえば包丁と剣で思い出したんだけど、小人族に注文してあるアタシとルナロッサの剣ってそろそろ出来てんじゃない?完成したら送ってくれるって言ってたけど、まだ来てないわよね」


「そうですね、でも小人族たちも荷運びの人たちも結構忙しそうだから、もしかしたらナゼルの町まで取りに行った方が早いかもしれません」


「だったら今から取りに行くわよ!」


「えぇっ?今からですか?出来てなかったら無駄足じゃないですか」


「ちょっとリア!アズーリ使うからね!」


「聞いてるんですか?リザ師匠!」


「ついでに子供先生用のナゼル牛も買いたいの!」


「リザちゃーん、夜道は危ないから気をつけてよー」


 リアだって深夜に銀髪の貴公子様へ頻繁に会いに行ってるくせに。



 王都からナゼルの町へは、内陸を通って向かった。道なんてわからないから一度海岸まで出てナプレ市を経由してから行こうと思ったけど、闇夜の中ぼんやりと光ってるペリコが空から誘導してくれたから迷わなかった。ホント賢い鳥よね。


「ねえルナロッサ、銀髪の貴公子様って彼女いないの?」


「少なくともぼくが生まれてから二百年くらいはいないと思いますよ、ずっと屋敷で二人きりでしたから」


「リアはどうなのよ」


「主さまって女性に限らず、あまり他者に興味が無さそうですね。リアさんを可愛がっているのは同じ魔人族が物珍しいのと、あとはナナセお姉さまが連れてきた客人だからだと思います。でも、ずーっと昔「我もかつては気を引かれた女がいたの。」という話をしていたことはありますよ」


「そうなの?」


「魅了を操る悪い魔女だったって言ってました」


「ちょっとちょっと!それアタシのお母さまのお母さまの・・・よくわかんないけどずっと前のお母さまのことじゃないの!?」


「そうだったんですか?だったらリザ師匠の方が主さまにふさわしいかもしれませんね!」


「や、やめなさいよ!」


 銀髪の貴公子様って、こないだ話した時はスカーレット様に興味なんてなさそうな言い方してたのに・・・あれは照れ隠しだったのかしら、なんだか面白くなってきたわね。


「あ、でもリザ師匠にはアンドレさんがいますもんね」


「そ、そんなざこい駄犬と銀髪の貴公子様を一緒にしたら失礼よ!」


「そうなんですか?そうは見えませんけど・・・なんでそんなにアンドレさんに懐いてるんですか?確かに頼りになる人だとは思いますけど」


「それはエヴァンヌが王国一の剣士と接触しろって言ってたからよ!」


「・・・前から気になってたんですけど、そのエヴァンヌって人はどんな人なんですか?」


「アタシの師匠よ、何でも知ってるから色々と教えてもらってるの!」


「あまり良い師匠には感じませんけど・・・ナナセお姉さまの方が色々知ってるんじゃないですか?」


「そうね、エヴァンヌと子供先生って少し似てるかもしれないわ」


 そんな話をしているうちにナゼルの町の地下室へ到着した。この扉は特別なものらしいから、アタシたちでは開けられない。


── ドンドンドン!ドンドン! ──


「リザよ!早く開けなさい!」


「リ、リザ師匠、そんなことしたら小人族の人たちに失礼ですよ!」


「だって開けられないんだからしょうがないじゃない!」


 確かに、深夜に突然訪問してこんなにドアをバンバン叩いたら失礼よね。でも、こんなやり方しか知らないの。身体が勝手にやっちゃうの。ごめんなさい。ごめんください。


「ようこそでしゅ、ふあぁー」

「とりあえず中へ入るでしゅ、ごしごし」


 眠そうに目をこする小人族のゴゴラとブブルに案内されて地下室の中へ入ると、二振りの剣が高いところにある棚に飾られていた。


「ちょっと、すごいじゃないこれ!素敵な曲線!」


「わぁ・・・かっこいい剣ですねぇ・・・」


「妖刀・月乃舞神楽をモデルにしたでしゅ」

「領主様の剣の素材も参考にしたでしゅ」


 少し短めだけど、ゆぱゆぱの黒い剣とよく似た形ね。確か『刀』って言ってたかしら、あんなに長いと扱いにくいだろうから、アタシにはこのくらいの長さがちょうどいいわ。


「ちょっと、けっこう重いんだけど・・・アタシに扱えるかしら」


「ぼくの使っていた鎌よりは軽いですけど、確かに重たいですね・・・」


 どうやら柄の部分に巻き付けた滑り止めの紐が赤い方がアタシ用で、銀色の方はルナロッサ用らしいわ。手に取ってみるとズシリと重く、見た目よりもはるかにしっかりとした作りみたいね。


「さすがに妖刀・月乃舞神楽より性能は劣りましゅけど、所持者が集める魔子を使って抜群の斬れ味を実現したでしゅ」

「早く抜いてみるでしゅ!」


「ルナロッサ、せーので抜くわよ、準備はいい!?」


「リザ師匠、いつでもどうぞ。なんだかドキドキしちゃうなぁー」


「せーぇーっ・・・」

「「のっ!!!」」


 シャキンと抜いたその剣身は、言葉では言い表せないほどの美しさだったわ。アタシの方は赤みがかった色をしていて、ルナロッサの方はゆぱ剣によく似た黒光りをしているものだったの。素敵・・・


「二人とも、気合を入れてみるでしゅ」

「気合というか、魔子を集める感じでしゅ」


「「ぬぬぬぬぬん・・・」」


 アタシとルナロッサは子供先生の真似をして、刀に魔子を集めてみる。すると驚いたことに、刀身の根本から光る文字が浮かび上がった。


「大成功でしゅ!」

「二人とも、さすがセンスありましゅ!」


「アタシこれ知ってるわよ!ルーン文字ってやつでしょ!」


「リザはよくルーン文字なんて知ってましゅね」

「これは創造神様から教わった刻印でしゅ」


 すでに強くなった気分ね!


 これで子供先生を思う存分守ってあげるんだから!

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