12の2 来客



 私はいつまでもマセッタ様にしがみついているわけにもいかないので、顔をぺちぺちと叩いて起き上がった。


「ねえナナセお姫様、明日がお誕生日なのでしたら、お祝いをしなければならないわ」


「アルテ様がお祝いしてくれるんですか?」


「わたくし、あまりお金を持ち合わせていなかったのでプレゼントを買って差し上げることもできませんけれど・・・」


「アルテ様、大丈夫ですよ。記憶なくす前のアルテ様は宗教法人を隠れ蓑に膨大な利益を生み出して、ちゃっかり貯金しまくってましたから。だから、それ使って私になんか買って下さい」


「そうなの?わたくし使っていいお金が貯めてあるの?」


「アルテ様が使っちゃいけないものなんて、少なくともナゼルの町には一つもありませんよ」


 マセッタ様が用意してくれたスープとパンだけの軽い朝食を食べ終わると、アルテ様とマセッタ様と三人で手を繋いで食材屋さんまでお買い物にやってきた。


 ちびっこい私が真ん中に挟まれて、二人に手を握ってもらっている猿回しの猿状態だ。アルテ様のやわらかな手はやたらと湿度が高く、光が溢れていた以前の手とは違う優しい暖かみがあった。


「アルテ様、光が溢れなくなった分、普通に汗かくみたいですね」


「以前のわたくしは光っていたの?」


「はい、泣いたり怒ったり嬉しかったりすると、より一層光ってました」


「それは不思議な生命体ね、うふふ」


 こうやって三人で並んで歩いていると、ごく普通の家族っぽくてなんだか嬉しいけど、王都の住人はアゴが外れるかってくらい驚いた顔をしながらこちらを眺めていた。そりゃそうだよね、女王様と宰相と金髪碧眼美女がパジャマのまま近所のコンビニに買い物に来てるような感じだし。


 アルテ様のお金はナゼルの町の銀行に預けてあるのですぐには引き出せない。マセッタ様も「あら美味しそう」とか言ってるだけで、どうやって調理してどうやって食べるのかよくわかってなさそうだった。


 結局、お支払いは私がすることになったけど、こうやってアルテ様が一緒にお買い物に来てくれただけでも、今の私にとっては最高の誕生日プレゼントになったのかもしれない。


 美味しいもの、たくさん作ってあげるからね。


 今の私、それしかできないの。



 買い物を終えて明日のお誕生会の仕込みをしていると、あっという間に夕方になってしまった。マセッタ様は専属侍女ということになっているので、お部屋の掃除をしたり、お洗濯をしたり、お風呂の準備をしたり、着替えを持っていないアルテ様を連れてお洋服を買いに行ったりしていた。ナゼルの町で一緒に住んでた頃みたいで嬉しい。


「ただいまにゃにょ!」


 引きこもり部屋でボケボケしていると、学園が終わったゆぱゆぱちゃんが、ベルおばあちゃんとアデレちゃんとイスカちゃんを連れて引きこもり部屋へやってきた。


「ナナセとアルテミスの感じが変わってしまったのじゃ」

「お姉さま、顔色がよくありませんの」

「ナナセ、なんだか、痩せちゃってるよ」


 私はアデレちゃんの不安げな顔を見ると、また胸が締め付けられて泣きそうになってしまった。もう二度とアデレちゃんに悲しい顔をさせないって心に誓ったはずなのに、私なにやってんだろ。みんな、心配ばかりかけてごめんなさい。


「アルテミス、光らなくなったね、あたし、近づけるよ」


「イスカさんとおっしゃるのね、とても彩りの良い羽根の鳥さんだわ」


「えへへ、褒められちゃったよ。あたしね、光ってるアルテミス、近づけなかったから、こうやって、撫でてもらうの、嬉しいな」


「すべすべとした手触りがとても素敵よ、うふふ」


 どうやらイスカちゃんもアルテ様とお友達になり直しているようだ。今はもう暖かい光が発生しなくなってしまったアルテ様の様子をぼんやり眺めていると、また涙がじわりとにじんできてしまった。


「・・・えぐっえぐっ」


 すると、アデレちゃんが私の手を引いてイスカちゃんとの距離を十分取れるまで移動すると、暖かい光を発生させながら優しく抱きしめてくれた。


「あたくし、お姉さまの暖かい光で何度も救って頂きましたから、そのご恩をお返しするときが来ましたの。そんな悲しい顔をなさらず、いつもの明るいお姉さまに戻って下さいますの・・・」


「あいがとお、アデレひゃん、ひっく」


 私がアデレちゃんにしがみついて甘えていると、みんなが気を使って二人きりにしてくれた。色々と説明しなきゃならないことがあるはずなのに、何から話せばいいのかわからない。


「あの、あのねアデえひゃん・・・」


「お姉さま、お話したくない事があるのでしたら、無理に聞かせて下さる必要はありませんの」


「ううう・・・」


「あたくしがお父様と上手く行かずに落ち込んでいるとき、お姉さまは何も言わず黙ってあたくしに優しくして下ったから、その時のあたくしは心の底から救われたと思いますの。ですから、今度はあたくしがお姉さまにお返しする番ですわ。もちろんアルテ様も同様ですの」


「アデえちゃん、あとでアルテ様とお友達になり直してあげてね・・・ひっく」


「もちろんそうしますの。アルテ様、あたくしのことも覚えていない様子でしたの。あたくしだって、あたくしだって、アルテ様に忘れられてしまったことは、悲しいですの。とても悲しいですの・・・ぐすっ」


「アデえひゃぁんー、えぐっ」

「お姉さまぁ・・・ぐすっ」

「えーんえんえんえん、えーんえんえんえん」

「ぐすっ、ぐすっ・・・うぇーん、うぇーん」


 結局、二人してペタリと床にへたり込むと、一時間くらい抱き合ったままわんわん泣き続けていた。


 私はアデレちゃんに、アルテ様が一度死んじゃった原因について話すことができなかった。アデレちゃんの剣撃が私を通じてアルテ様に刺さり、その傷から出血多量で殺してしまったとわかれば、きっとこの部屋に住まう引きこもり廃人が増えるだけだ。


 でも、私にとっては妹ちゃんが一緒になって泣いてくれたことが、ぐちゃぐちゃになっていた心を少し落ち着かせてくれた。ありがとうアデレちゃん、こんな弱っちいお姉ちゃんでごめんね。



 今日は七月七日、十五歳のお誕生日だ。


 私は私のお誕生会に出すお料理を、ひたすら作り続けている。これをやっていると嫌なことを考えないで済む。


「まったく子供先生は世話が焼けるわね!」

「ちょっとリザちゃん、聞こえちゃうよぉ」

「リザ師匠、少しはお姉さまに配慮して下さい」


 なにやら入り口の方が騒がしい。リザちゃんがリアちゃんとルナ君を引き連れて突入してきたみたいだね。ここ、女王陛下のお部屋なはずだけど、いったい警備はどうなってるんだろう。


「ナナセ閣下、申し上げます!自分の制止を振り切りご学友が侵入しました!応接室で待たせております!」


「ねえカイエンさん、私は全然構わないんですけど、さすがに侵入されたとなるとマセッタ様に叱られちゃうんじゃないですか?」


「その通りでございます!今から叱られに参ります!」


「マセッタ様、アルテ様と二人で魔法の鍵がかかったお部屋に閉じこもってずーっとお話してるんで、私が行かないと鍵を開けられないです。なんかあの部屋って中からですら開けられない仕組みみたいで、二人が閉じこもると完全密室になっちゃうんですよ。今ちょっと火を使ってるんで、少し待ってて下さい」


 キリの良い所で料理を中断し、ゼノアさんの鍵付き部屋へ向かう。カイエンさんはこれから叱られに向かうはずだけど、なんだか意気揚々と着いてきた。


「なんでそんな嬉しそうなんですか?叱られるの好きなんですか?なんか歴代の王様たちも、みんなマセッタ様に叱られるのが好きだったみたいですけど、同じような感じでなんすかね」


「いえ、ナナセ閣下と行動を共にできることが嬉しいのです」


 どうやらカイエンさんは私とアルテ様が帰還してすぐに、マセッタ様から「あのお二人を死守なさい」という命令を受けたと言っていた。なんとなくいい話っぽいけど、さっそく死守できていない。


 なんで私なんかと行動するのが嬉しいのかと聞いてみると、悪魔化から救って下さった命の恩人だから、という一点のみだった。


「ナナセ閣下が論理的に考えておられる悪魔化と、自分ら王国の民が聞かされていた悪魔化は、ずいぶん違ったものなのではないかと。自分は幼少時から事あるごとに「悪魔になちゃうよ!」と両親に厳しく躾けられておりましたし、他の家もそのように育った子供が大半だと思われます」


「なるほど、王国の人たちは悪魔化が怖い事だと潜在的に植え付けられているんですね」


「田舎の農村などはわかりかねますが、王都でそれなりの教育を受けている者は、みなそのような考えを持っていると思われます」


 若干宗教的な感じがするけど、私も閻魔様に舌を抜かれるとか雷様におヘソ取られるとか言われて怖かった記憶があるから、わからないでもない。そんな風に子供の頃から恐れられている悪魔化から救ってあげたという行為は、感謝してもしきれないくらいありがたい事だそうだ。


「アイシャ姫とバルバレスカ先生が私に感謝してくれるのは、そういった考えがどこか心の奥底に根付いてるからだったのかもしれませんね。何度も何度も感謝しているって言われてますもん」


「はい、自分も同様だと思われます!」


 そんな雑談も終わり、マセッタ様とアルテ様がいるお部屋の扉につっかえ棒をしてからカイエンさんを放り込み、リザちゃん、リアちゃん、ルナ君が待ってる応接室にやってきた。


「ちょっと子供先生!いつまで待たせんのよ!」

「ナナセ先生、お誕生日おめでとうございますぅ・・・」

「お姉さま、やはり、あまり顔色が良くないです」


「みんな、心配かけてごめんねぇ」


 ソファーに座っていた三人のうち、リザちゃんだけがサッと立ち上がり、私との距離をグイグイ詰めてきた。近いよ近・・・あれれ?あれあれあれ?


「し、心配させないでよねっ!(うるうる)」


 編み込みシニヨンでまとめた可愛らしい赤毛、貴族風に腰のところがキュッと締め付けてあるワインレッドの素敵なワンピース、結婚披露宴で新婦が持っていそうな赤い小さな花束を手に近づいてくるリザちゃんの潤んだ赤い瞳に、自分の意志とは無関係な感じでズルズルと吸い込まれてしまった。





あとがき

このお話の前半に出てきた『湿度が高いアルテ様の手』みたいな表現なのですが、筆者が過去におすすめレビューを書いたこともある田舎師さんの作品に登場する、ラミカさんという湿度が高そうな愛らしい女の子から拝借しました。


銀色の旅程~転生先は幸薄い女の子~

https://kakuyomu.jp/works/16817330650383769966


湿度の子以外にも、敵も含めて魅力的な登場人物が非常に多く、もっともっと評価されていてもおかしくない、安心安全の完結済みオススメ作品なので、こちらのあとがきで紹介させてもらいます。


湿度の子って……なんか天気の子みたいな爽やかな語感との温度差に、自分で書いといて笑ってしまいました。

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