第十二章 先生ナナセの引きこもり

12の1 居候



「(コンコン)ナナセ様、ロベルタでございます。朝食をお持ちしました」


「おはようございます、入って下さい」


 私が記憶喪失アルテ様と一緒に引きこもったのは、マセッタ様とオルネライオ様が住んでいる皇太子専用住居の一角で、かつてチェルバリオ村長さんの護衛侍女だったゼノアさんが使っていた特殊なお部屋だ。


 有事の際には皇太子を地下水路まで逃がせるように隠し通路があったり、無属性の人にしか開けられない謎の鍵がついていたりと、なにかと特別仕様になっている。


 長年マセッタ様とオルネライオ様の専属だった侍女の人では、このお部屋についている謎の鍵を開けられないという理由で、ソラ君とティナちゃんの護衛侍女をしていたロベルタさんと配置転換してもらったそうだ。なんだか申し訳ないとは思いながらも、マセッタ様のご配慮にはとても感謝している。


「まあ!とても良い香りね!美味しそうだわ!」


「本日はナナセ様が考案したテリヤキというソースとマヨネーズを使用したバーガーでございます。アルテ様がお好きだったポテトフライも多めに準備致しました。どうぞ、お召し上がり下さいまし」


「ロベルタ様はとても良い奥さんになりそうね、うふふ」


「お褒めに預かり、光栄でございます・・・」


 ロベルタさんは、アルテ様の反応に違和感があるのだろう。どことなく他人行儀というか、ナゼルの町で私とアルテ様の侍女をしてくれていた時とは雰囲気が違う。


「ナナセ様も温かいうちに召し上がって下さい」


「あまり食欲がないのでイモだけ少し頂きます、ありがとうございます。このてりやきマヨバーガー、すごく完成度が高そうなので、お寿司屋さんで修行してるハンバーガーショップ要員に教えてあげて下さい」


「・・・ナナセ様、それはナナセ様が直接指導した方が、見習いの子供たちも喜ぶかと思われます」


「ごめんなさい。ロベルタさん、お願いしますね」


 イモフライを少し食べたらお腹いっぱいになってしまったので、美味しそうにバーガーをもぐもぐし続けているアルテ様を、テーブルにひじをついてぼんやりと眺めている。なんだかとても幸せそうだ。


 私も記憶を無くしてしまえば幸せになれるのかな。



「(ガチャ)にゃにゃせおねいにゃん!にゃにゃせおねいにゃん!」


「あ・・・ゆぱゆぱちゃん・・・(じわっ)」


 夕方になって、学園が終わったと思われるゆぱゆぱちゃんがノックもせずに侵入してきた。いつも明るく元気なゆぱゆぱちゃんは、元気のない私に笑顔でしがみついてくれた。その顔を見て私は胸が締め付けられ、目に涙がにじんでしまった。


「ごめんねゆぱゆぱちゃん。アルテ様が病気になっちゃったからね、お姉ちゃん、自分の部屋じゃなくて、しばらくここで過ごすことにしたの」


「ましぇったから、聞いたにょ。元気、だすにょ!」


 ふと横を見ると、アルテ様がウズウズしている様子だった。


「ねえナナセお姫様、その可愛らしい仔猫ちゃんもお仲間なの?」


「はい、獣化したり人族の姿になったりできるイナリちゃんとはちょっと違った生態なんですけど、猫が元になった人族の姿に近しい獣人族の子供なんです」


 明らかに説明不足だけど、アルテ様はそんなこと気にならないようだ。キョトンとしたゆぱゆぱちゃんが頭の上に???マークを作りながらアルテ様に寄っていった。


「ありゅてみしゅ、ゆぱゆぱ、覚えて、にゃいにょ?」


「ごめんなさい、わたくし、何も覚えていないのですけれど、元々記憶があったのかどうかさえわからないの」


「みゅうぅ・・・」


 ゆぱゆぱちゃんが一瞬泣きそうな顔になる。と思ったら、グッとこらえて一息つくと、アルテ様に向かって元気に叫んだ。


「えっと、にゃまえ、ゆぱゆぱにゃ!にゃにゃせおねいにゃんと、いにゃりの、えっとえっと、子分にゃ!」


 どうやらゆぱゆぱちゃんはアルテ様とお友達になり直すつもりのようだ。すごいなぁゆぱゆぱちゃん、私にも、ほんの少しだけでもいいから、そういう前向きなところが欲しかった。


「よろしくお願いしますね(なでなで)うふふ、とても触り心地の良い綺麗な毛並みだわ」


 アルテ様がゆぱゆぱちゃんを嬉しそうになでくりまわしている。


 ぶわっ・・・


「うううぅぇ・・・えーんえんえんえん、えーんえんえんえん」


「まあ大変!ナナセお姫様どうしたの?わたくし、どうしたらいいの?ねえどうしましょう、ゆぱゆぱさん」


「にゃにゃせおねいにゃん、にゃんで、かにゃしい、にゃにょ?」


「わ゙だじま゙だア゙ル゙デざま゙に゙あ゙だま゙な゙ででも゙ら゙っ゙でな゙い゙ーーー!!びえーーーーん!!!」


 結局この後、アルテ様にしがみついて頭をなでなでしてもらった。一緒にしがみついていたゆぱゆぱちゃんまで私の頭を肉球でぷにぷにしてくれたので少し落ち着くことができたのかもしれない。残念ながら、ゆぱゆぱちゃんに対してもアルテ様の暖かい光は発生しなかった。



 翌朝、とてつもなく護られてる感に包まれながら穏やかな気持ちで目を覚ました。昨日は泣き寝したはずだけど、優しい夢を見ていたような気がする。


「あらナナセ様、起きたのね」


「むにゃ・・・ぁ・・・ぁぇ・・・ま、マセッタさまぁぁ・・・えぐっ」


 確かゆぱゆぱちゃんと一緒にアルテ様へしがみついて寝た記憶があるけど、ここにはすでにゆぱゆぱちゃんの姿はなかった。私は眠ってるうちにマセッタ様の膝枕へ移動していたようで、頭を優しくなでなでしてくれているマセッタ様に頭からっぽにしてしがみついた。


「今のナナセ様に必要なのは母親かしら」


「お恥ずかしい所を見せてしまってすみません・・・えぐっ」


「気に病むことなどないわ。私たちはナナセ様の活躍を見て忘れてしまいがちですけれど、まだ十四歳の少女なのですから。家族を失うような悲しみを知るにはまだ早いわ」


「そういえば、明日、七月七日は私のお誕生日です。十五歳になります・・・えぐっ」


「それでもまだ未成年よ、好きなだけ甘えるのね」


「でも、マセッタ様は女王様のお仕事が忙しいと思うので、あまりわがままは言えないです・・・えぐっ」


「それでしたら問題ありません」


 どうやらマセッタ様は、女王様のお仕事をロベルタさんに任せてみたそうだ。いつも秘書みたいな感じでマセッタ様にへばりついてたアルメオさんと二人でやれと命令したから大丈夫だろうと言っていた。今日から私のお母さんやってくれるんだって。


「つまり、お試しでロベルタさんとアルメオさんに王様をやらせてるんですか・・・別に二人に不安があるってわけじゃないんですけど、大丈夫なんですか?」


「今は国家の一大事ですから、名目上は女王自ら対処に当っているということにしてあります。始めはブルネリオを国王代行としてナプレ市から呼び戻そうと思ったのですけれど、ナナセ様もアルテ様も不在ではナプレ市だけでなくナゼルの町までもが心許なくなってしまいますし、今できる最良の判断をしたつもりだわ」


「そういえば、ナゼルの町の近所に虫の魔物が出たんで、住人のみんなで討伐隊作って向かったことがあるんですけど、その時のロベルタさんの統率力すごかったんで、途中から元帥をお任せしちゃったんです。あと、アデレちゃんとケンモッカ先生とレオナルドの商人としての評価とか聞いたことあるんですけど、なんていうか、冷静に分析して本質を見抜いているっていうか、とにかくすごい感心したことがあります。だからロベルタさんなら軍事面も経済面も、どちらも適切な指示を出してくれると思います、私なんかよりよっぽど」


「そうよね、あの子は私以上によく人を観察しています。私のように感情的になることも滅多にありませんし、もしかしたら私よりも女王に向いているかもしれないわ。ともかく、今はロベルタが女王代理で、私がナナセ様とアルテ様の護衛侍女ね」


「そ、そうですか、ありがとうございます。でも王様の代理しながら、この部屋の侍女までするなんて、ロベルタさんかなり大変になっちゃいませんか?」


「私ならできるわ、だからロベルタもきっとできるはずよ。それと、ナナセ様は料理ができますから、侍女としての仕事なんてたかだかしれているわね、私がナゼルの町に滞在していたとき、思い知らされたわ」


「まあマセッタ様の代わりなんてどこにもいないと思いますけど・・・王国を見守る後継者として考えるとロベルタさんが一番近いのかもしれませんね」


「ふふっ、少し調子が戻ったようね」


「あぁ・・・こうやって、何か別のことを考えてると少し気が紛れるみたいです。さすがマセッタ様、こうなるように仕向けてくれたんですか」


「偶然よ」


 ありがとうございます、マセッタ様。





あとがき

マセッタ様に助けてもらうところから始まった第十二章、ナナセさんは少しづつ元気を取り戻して行きます。アルテ様の謎については……まあ謎のままですね。今後の展開にご期待下さい。


実はこの第十二章、しばらく書けなくなってしまいました。ゴールデンウィークあたりから他の方の作品を読み漁っていたのはこれが原因。

筆者は常々「ナナセさんならどう考えるか、ナナセさんならどう感じるか」みたいなことに頭を悩ませながら書いているわけですが、ナナセさんと一緒になってもう頑張れない状態に陥ってしまいました。

この作品、章の終わりになると、だいたいアルテ様が待っていてくれているようなパターンが多いので、待っていてくれてなかった衝撃が筆者のことも直撃してしまったようです。


これ、非常に危険ですね。


作家が作品を書けなくなってしまう理由というのは多々あると思いますが、まさか自分がこんな風になってしまうとは思っていませんでした。これはいけません。


今は、どうにかこうにか12の25あたりまで書けているので、いきなり更新が止まったりすることはないのでご安心下さい。それにしても、新しい章が始まっているのに、その章が最後まで書けていないなんて初めてのことです。


そういう理由により、いつも書き終わってからやっている「章全体の流れの見直し」的なことができていません。ちょっとした訂正が入るかもしれませんが、大筋には影響しないよう気をつけます。


この章ではナナセさんがしばらく使い物にならなそうなので、それ以外の登場人物を応援してあげて下さい。よろしくお願いします。

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