11の34 (後編)
大泣きしている私をイナリちゃんが暖かい光で包んでくれてから一時間くらい経ったのだろうか。ようやく泣き止んだ私は手を引かれて、みんなが笑談しているお部屋へ戻ってきた。
「マリア=レジーナ様、この紅茶は少し甘い香りがするのね」
「はい、こちらの紅茶は赤い果実がほのかに香るのが特徴でございます」
「お茶なのに果実が入っているの?とても美味しいわ!」
「アルテミス様のお口に合ったのであれば嬉しゅうございます」
「マリア=レジーナ様がいれて下さる美味しい紅茶と、イナリ様への貢物のお菓子があれば、わたくしお食事なんていらないわ、うふふっ」
ぐずぐずえぐえぐしながら泣くのをギリギリ我慢していたけど、今はもう私に向けられているわけではないアルテ様の微笑んでいる顔を見ると、床にペタリと座り込んで再び泣き出してしまった。
「えーんえんえんえん・・・えーんえんえんえん、えぐっ、えーん、えーん、ひっく・・・」
「まあ大変!どうしたのナナセお姫様、イナリ様に何か酷いことをされたの?」
「な゙ん゙でばずじぢゃ゙っ゙だん゙でずがぁ゙ーーー!!えーん、えーん、ア゙ル゙デざま゙ぁ゙ー!や゙だや゙だぁ゙ーー!」
「ねえイナリ様、どうしましょう、わたくし、どうしたらいいの?」
「とりあえず、この髪留めと首飾りと手首用の編んだ糸を全部装着するのじゃ・・・」
「あら、邪魔だから外した人族が好むアクセサリよね、嫌よ。本当ならば天界の羽衣だけで過ごしたいくらいなのよ」
「うわぁあーあーあーあーーああーあぁあーーーーあーーーん!!びええーーーーええぇええーーぇーーん!!わ゙だじの゙ア゙ル゙デざま゙がえ゙じでぇ゙ーーーー!!わ゙ぁ゙ーん゙!!!」
「どうしましょう、どうしたらいいかわからないわ!」
「おいアルテミス・・・いいから黙ってわらわの言うことを聞くのじゃ・・・」
この後、私は涙と鼻水で酷いことになっていたけど、アルテ様にしがみついても嫌がらなかったので、そのまま泣きながらずっと埋まっていた。しかし、いつも私を優しく包み込んでくれていた暖かい光は無かった。
まだ傷口が痛むような仕草をしていたので、逆に私が暖かい光を浴びせまくってみたけど、これといった治癒効果は得られなかった。やっぱり呪いの傷には魔法が効かないみたい。
・
翌朝、泣き起きした私は、すぐ横にいたアルテ様にしがみついた。
「おはようございまず、えぐえぐ」
「おはようございます、泣き虫お姫様、うふふ」
「泣いてばっかりでごめんなさい、ぐずぐず」
「マリア=レジーナ様がコーヒーをいれて下さっているわ」
「頑張っで起きまず、えぐえぐ」
私はハルコに適当な獣を捕まえてくるようお願いし、マリーナさんにお買い物のメモを渡し、いつもの大きなリュックに入れてきた携帯用の食材や調味料をドバドバ使い、とにかく私らしい味が濃くて脂っこくて身体に悪そうな食事を大量に作った。それをアルテ様にたくさん食べてもらって私のことを思い出してもらいたい。
たぶん創造神が関わっている謎の呪いだろうから、食事くらいで上手くいくとは思えないけど、とにかく今は私が作ったものをアルテ様に食べてもらいたいのだ。
「できました、えぐっ」
無心でお料理をしている間は、不思議と胸の苦しみから逃れられていたので良かったかもしれない。私、なにも考えずに集中できる事ってお料理しかないんだ。
「ナナセお姫様はお料理がお得意なのね、とても美味しいわ!」
「アルテ様、これから色々と思い出すまで、毎日たくさん美味しいものを作ってあげますからね、間違いなく太っちゃうと思いますけど。ぐすっ」
「太ることの何が悪いのかわからないわ」
「寝る前のアルテ様は必死の形相でランニングするダイエットしてましたよ」
「そうなの?わたくし、太らない方がいいの?」
「どっちでもいいですよ、我慢は身体によくありませんから。えぐっ」
美味しそうにもぐもぐしているアルテ様をぼんやりと眺めていると、また少しだけ悲しみから逃れることができた。もう寿命が尽きるまで、ずっとこのままで良いかもしれない。貯金いっぱいあるし。
「ねえアルテ様、とりあえず王国へ帰りましょうよ。今の記憶喪失アルテ様を仲間に見せたくないから、ナゼルの町じゃなくて王都のお城に引きこもります」
「あら、ずっとここに住んでいては駄目なの?」
「はい、私お姫様ですから、王国の王族として最低限のお仕事はしなきゃならないと思いますし、みんなが心配するんで帰ります。王国には美味しいものがいっぱいありますから、帰って損はないですよ」
「イナリ様どう思うの?美味しいものは楽しみですけれど、わたくし何もわからないから、きっと正しい判断ができないわ」
「姫の言う事はすべて黙って聞くのじゃ」
「わかったわ、イナリ様の言う事を聞くわ」
「きっと姫がアルテミスの大切な記憶を取り戻してくれるのじゃ」
こうして私とアルテ様は王都へ向かうことになった。本当なら神都アスィーナのハルタク事業とか、イグラシアン皇国の出身であるマリーナさんから、各州に伝わる魔女のお伽話について聞いたりとか、レオナルドに任せっきりになっているベルシァ帝国との輸出入についての確認なんかもしたかったんだけど、今の私にそんなことを考える余裕なんかこれっぽっちもなかった。
ごめんなさいアギオル様とマリーナさん、落ち着いたら必ずごあいさつに戻って来ます。
・
アルテ様が獣化イナリちゃんにしがみつき、私はハルコに乗り、ニ度ほどの休憩を挟んで王宮の私の部屋へ帰ってきた。ゆぱゆぱちゃんやアレクシスさんが心配そうに出迎えてくれたけど細かいことは一切説明せず、荷物だけ置いて真っすぐマセッタ様に会いに向かった。ごめんなさい。
「そ、そんなに慌ててどうなさいましたか!ナナセ閣下っ!」
「ごめんなさいカイエンさん、今から全員で無許可のままマセッタ様のお部屋に入ります。この事は他の誰にもバラさないようお願いします、宰相命令です。えぐっ」
「かしこまりました!自分は何も見ておりませんっ!何も聞いておりませんっ!」
「たぶんカイエンさんがマセッタ様に怒られちゃうような風にはなりませんから安心して下さい。なんか本当にごめんなさい、ぐすっ」
女王様の執務室にアルテ様と獣化イナリちゃんを連れて押し入ると、その場にいた文官や侍女に口止めをしてから追い出し、事の次第をマセッタ様に説明した。説明しながら悲しくなって泣き出しちゃったりもしたけど、イナリちゃんも一緒になって説明してくれたので、なんとか取り乱さずに済んだ。
アルテ様が一番の仲良しだったマセッタ様に会わせれば何か変わるかと期待していたけど、「素敵な女王様なのね」といった超普通の反応だったので落胆した。
「・・・ということで、えぐっ、ゼノアさんの鍵付きの謎部屋に、えぐっ、私とアルテ様で居候させて下さい、ぐすぐす」
「ナナセ様、だいたいの事情はわかりました。ねえアルテ様、私、アルテ様と一緒に住めるだなんて夢のようだわ」
「マセッタ女王様のようなとても素敵な方に、そのように言って頂けるのは嬉しいわ、けれどもわたくし、何も覚えていなくてどうしたらいいかわからないの。色々と教えて下さいね」
「ふふっ、望むところね」
こうして私は、マセッタ様とオルネライオ様の寝室の一角にある、私を含めても数名にしか開けられない謎の鍵がついたゼノアさんのお部屋に、アルテ様と一緒に引きこもることにした。
私、もう頑張れない。
── 第十一章 先生ナナセの奮闘記 完 ──
あとがき
いつも見習い女神と天才眼鏡少女を気にかけて頂きありがとうございます。
実は、このお話で150万字に到達しました。
けっこうすごいですよね、1,500,000、他人事のようですけど。長いあとがきとか痛い設定の説明なんかも含まれているので、作品の純粋な文字数ではないのかもしれませんけれど。
ともかく、ここまで長く書き続けられているのは、こんな先まで読みに来て下さっている皆さまのおかげです。日々、本当に感謝しております、ありがとうございます。
でも……こんな内容で申し訳ありません。ずっと平和な世界観だったので、こういうのはかなりショッキングな展開に感じてしまいます。
筆者は主人公を意図的に可哀想にしてお話が構築されていくやつ、あまり好きでは無いのですが、どうしてもこうなっちゃいました。こういうのって、アニメなら3話で切るやつですよね。
これもまた必要なことだと思い、暖かく見守ってほしいと思います。
マセッタ様の一言、心強いですね。
きっと第十二章では、みんなが助けてくれるはず。
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