11の33 (中編)



 私は身体が震えて止まらなくなってしまった。


 心臓がバクバクと音を立て、手足がワナワナと震え、呼吸が荒くなり、目が泳いでいるのが自分でもわかる。その様子を見たイナリちゃんが私の頭を抱き寄せ暖かい光で包んでくれると、少しだけ震えが止まった。でも頭の中がぐちゃぐちゃしていて、私、どうしたらいいのかわからない。


 落ち着かないと。落ち着かないと。


「あ、ありがとイナリちゃん、少し落ち着いたかも。それで、記憶を無くしてるっていうのはどういうことなの?」


「これも推測なのじゃが、アルテミスは眠っておる間に出血しすぎて、そのまま一度死んでから生き返ったのかもしれんのじゃ」


「なにそれ・・・それじゃ私が原因で死んじゃったみたいじゃん・・・」


 前にアルテ様が「魂の輪廻は自動化されている」みたいなことを言いていた。この場合、記憶を無くしてしまったというよりも、アルテ様そのものが“初期化”されてしまったのだろうか。


 もう一つ気になることがある。アルテ様が「神殺しは死ねない」っていう摂理があるようなことを言ってた気がする。この場合、女神・アルテ様を殺してしまったのは私なのだろうか、それともアデレちゃんなのだろうか。こんなことでアデレちゃんに十字架を背負わせるのは嫌だ。


 どんなに考えても、わからない事が多すぎてイライラする。創造神を見つけ出して泣き出すまで徹底的に問い詰めたい。


「おい姫、そう難しい顔になって考え込まないのじゃ。あくまで推測と言ったのじゃ。わらわにも詳しいことはわからぬが、とりあえず今は生きておるのじゃ。とにかく、今のアルテミスは以前と姿こそ変わらぬのじゃが、子供みたいな感じじゃから、そのつもりで接するのじゃ・・・」


「う、うん・・・」


 イナリちゃんが手を繋いでずっと暖かい光を流し込んでくれているから、私はなんとか持ちこたえている状態なんだと思う。でも、こんなワナワナしてる私を見せてアルテ様に心配かけるわけにいかない。


「(ペチペチ)よしっ!」


 私は自分の両手で何度か頬を叩き、王族らしく背筋をピンと伸ばして胸と肩を張り、少しだけ微笑む練習をしてからアルテ様がいる部屋の扉を開けた。


── カチャ ──


 私は若干緊張している。でも、マセッタ様やバルバレスカ先生の真似をして、王族らしく堂々とした姿勢を頑張って続ける。


「お邪魔します、アルテ様を回収に参りました」


「ナナセさん、お待ちしておりましたよ」


「ナナセ様、お久しぶりでございます」


 そこにはアギオル様とマリーナさん、そして、首のあたりから包帯が見え隠れするアルテ様が座っていた。


 テーブルの上には神国の民からイナリちゃんへの貢物と思われる豪勢な食料が並べてられていて、アルテ様が嬉しそうにお菓子を食べていた。その姿は以前と何も変わらない。むしろ、ずっと寝ていたわりに若干太っているように見える。いきなり眼鏡で健康診断するのはなんか可哀想か。


「・・・アルテ様?」


「ねえアギオルギティス様たいへんよ!美味しくてほっぺがおっこちてしまいそうだわ!・・・あら、お客様がいらっしゃっていたのね、失礼しました。初めまして、わたくし『#>WNR△』と申します」


 記憶が混乱しているのか、それとも消失しているのか、久々に聞く神族語とやらのピーヒャラ音で自己紹介されてしまった。お菓子もぐもぐしたまま。


「おいアルテミス、名を間違っておるのじゃ」


「あら、また間違ってしまったわ、うふふ」


 私の姿を見て「初めまして」と言われてしまったことに胸を締め付けられる。それでも、アルテ様に私が動揺していることを絶対見せないように頑張る。


 バルバレスカ先生のように優雅に。


 マセッタ様のように毅然と。


 ロベルタさんのように冷静に。


 アイシャ姫のように凛々しく。


 アデレちゃんのように前向きに。


 ゆぱゆぱちゃんのように可愛らしく。


 そして何よりも、アルテ様のような優しい笑顔で。


 私の周りには、お手本となる素敵な女性がいっぱいいるのだ。


「ねえアルテ様、私はナナセです。寝る前のアルテ様は、私ととっても仲良しだったんですよ」


「ナナセお姫様のお話は皆様から少し聞いているのよ。けれども・・・ごめんなさい、わたくし何もわからなくて、ナナセお姫様は初めて見るお顔だわ。どうぞよろしくお願いしますね」


「アルテ様の記憶、かならず取り戻してあげますから」


「そうなの?ありがとうナナセお姫様。ところで、この焼き菓子とっても美味しいのよ、ナナセお姫様も召し上がってみてはどうかしら?」


「そうですね・・・ねえアギオル様、一緒に頂いてもかまいませんか?」


「わたくしの許可など必要ありませんよ」


 イナリちゃんへの貢物であるお料理やお菓子は、味付けが薄いしポソポソ粉っぽくてちっとも美味しくなかった。さすがにそんなことは言い出せないので、とても上品な味付けですねとか言って食べるのを中断した。アルテ様、私が作ったお菓子の味も忘れちゃってるんだ。


「ねえイナリちゃん、アルテ様が寝てた地下室見せてよ」


「わかったのじゃ。おいアルテミス、そこで大人しくわらわたちを待っておるのじゃ」


「ええ、マリア=レジーナ様がいれて下さった紅茶も、とっても美味しいから大人しく待てるわ」



「ねえイナリちゃん、アルテ様に治癒魔法かけまくったんでしょ?なんで包帯したままなの?」


「わらわだけでなく、アギオルギティスとマリーナ、それにペリコも一緒になって傷口を癒そうとしたのじゃけど、治癒魔法が全く効かなかったのじゃ。じゃから、人族の傷が自然に治るのを待つのと同じくらい時間がかかると思うのじゃ。わらわの治癒魔法が効かないということは考えにくいから、おそらくこれが呪いの類ではないかと推測したのじゃ」


「なるほど・・・私、もう一生怪我できないのかな」


「わからぬことの方が多いのじゃ。ひとまずその方がいいのじゃ」


 地下のクリスタルルームにやってくると、すぐに寝台みたいなところを確認する。すでに同居人のブラウニーが掃除を終わらせたらしく、血跡とかはどこにも無かった。


 その奥には棚があり、アルテ様の数少ない手荷物が置いてあった。いつも腰につけている革製の水筒やお財布を入れてるポシェット、そしてその横に、いくつかの小物が並べてあった。


 私はそれを見た瞬間、優雅に、毅然と、冷静に、凛々しく、前向きに、可愛らしく、優しい笑顔で・・・頑張ってピンと伸ばしていた背筋から力が抜け、床に崩れ落ちてしまった。


 私、どれにもなれていなかったみたい。


「こ、これ・・・外しちゃったんだ・・・うぅ・・・ううううぅ・・・うわぁあああーーーーん!アルテ様ぁーーーーー!」


「おい姫!そんなに泣かないのじゃ!これは大切なものなのじゃ?じゃったらまた付けさせればいいのじゃ!」


「うわぁーーーん!!やだやだやだぁーーー!!私のアルテ様、返してぇーーー!!!」


 棚に並べてあった小物は三つだ。


 まず、私たちがゼル村に住み始めてから初めて行商隊が来たとき、アルテ様とお揃いで買ったバレッタ。これは今はアイシャ姫が長い髪を侍女らしく一つにまとめるために使っている。


 次は、ペリコと知り合った時に海辺で拾った虹色に輝く貝殻で、私が細工道具を借りて作ったハート型のお揃いネックレス。これは今はアデレちゃんの首にひっかかっている。


 そして最後の三つ目は、私が学園に通うために王都へお引越しする時、アルテ様が寂しくないようにと祈りを込めて編んだお揃いのミサンガ。これは今も私の手首に巻きつけてある。


「どれもこれも大切な思い出の品なのじゃ?」


「うわぁーあーーん!うぇええーーーーん!」


 この後しばらくイナリちゃんが私のことを抱きしめながら、クリスタルルームでブーストしたと思われるとてつもない暖かい光で包んでくれたけど、私の悲しみはそれを乗り越えてしまったようで、胸を締め付ける痛みが消えることはなかった。

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