11の32 (前編)



「アレクシスさんただいまー!」


「ナナセ様おかえりなさいませ。ペリコ様がお見えでございます」


「えっ、そうなんですか?アルテ様も目を覚ましたのかな?」


 どれどれとリビングみたいなところに来ると、ペリコとイスカちゃんが一定の距離を保った状態で、お菓子をくちばしでつついていた。全属性ペリコは普段からペカペカ光ってるわけじゃないけど、イスカちゃんにとっては軽い毒のようだ。


 ルナ君はセバスさん時代から一年ぶりに再会したアレクシスさんに丁寧なごあいさつをしている。私はペリコの足にくくりつけてあるお手紙を見つけてさっそく開いてみると、そこには汚い文字で、なんとも説明不足な一文がなぐり書きしてあった。


『姫!アルテミスが大変なのじゃ!早く来るのじゃ!イナリ』


 とにかく大変だということだけは伝わってくる手紙だ。


 今度はグレイス神国へ急いで向かわなきゃならないようだ。



 私はイナリちゃんの住処までの移動手段に悩んでいた。


 何かと便利なのはベルおばあちゃんだ。アルテ様がどんな風に大変なのかわからないけど、いつも落ち着いてるし、色々と相談に乗ってくれるから心強い。道中は索敵をしてくれるし、視力とか関係ないから昼夜問わず飛び続けることもできる。ただ、アデレード商会のお仕事が滞ってしまうし、戦闘力が無いので危険なことが起きた場合は逃げるしか選択肢がなくなるので不安だ。


 次に便利なのはペリコだ。何よりも私が乗り慣れているというのがあるし、突然急降下して魚をバシャバシャ捕まえてくれるので食料は困らないし、もし私が怪我をしても光るはぐはぐで治してくれる。ただ、ルナ君と一年ぶりに再会してイチャイチャしているので、なんとなく邪魔しにくい感じ。


 けっこう速く走れるビアンキで行くことも考えたけど、ちびユニコーンが増えて王都での新生活が始まったばかりなので、こちらもなんとなく邪魔したくない。


 そういう理由で、結局のところハルコにお願いすることにした。ナゼルの町で荷運びのお手伝いをしているのでカルスたちのお仕事が滞ってしまうかもしれないけど、戻ってきたら私もお手伝いすればいいだろう。なにより、ハルコは単独でも戦闘力を有しているし、飛行速度が圧倒的なので心強い。


「ごめんねハルコ、お仕事が忙しいのに付き合わせちゃって」


「ハルコも、アルテミス、しんぱい。イナリ、はやくこいって、いってるなら、いそぐよ」


「ありがと、ハルコ」


 私は王都からナゼルの町までペリコに送ってもらい、そこからハルコに乗り替えてグレイス神国の神都アスィーナを目指した。夜頃に南端のモルレウ港に到着するよう時間を調整してから出発したので、いつものように仮眠をとらせてもらう。


「ガリアリーノさん、いつもいつも休憩所に使ってしまってすみません」


「来客などほとんど無い集落です。ナナセ様が顔を見せていただけるだけで嬉しゅうございます」


「ところで、バルバレスカさん死刑執行猶予のニュースは届いてますか?」


「はい、つい先日、船便で瓦版が届きました。色々と驚かされましたな」


「バルバレスカさん、今はナゼルの町で子供相手に先生をやってくれてるんですよ。ガリアリーノさんが割っちゃったお皿、数十年の時を経て、実のお父様が新しいの買ってくれたんです。だからもう大丈夫だと思います。さすがにガリアリーノさんが会いに行くっていうのは色々問題あると思うんで、お手紙だけでも出してみてはどうですか?私が届けますし、怒っちゃったら光魔法で強引にねじ伏せますから」


「魔法の使い方についてはよくわかりませんが・・・お願いしようと思います。ああ、これで心につかえていたものが晴れるかもしれません」


「そうなると良いですねー」


「俺も数日後には七月の定期船で神国へ向かう予定です。これから急いで書くので、バルバレスカ様へお届け願います」


「大切なお手紙、必ずお届けすることをお約束します!」


 この件については私の心にもつっかかっていた。こうやって少しづつ解消して行かなきゃね。判決が出たってだけで、まだあの事件は終わっていないんだから。



 王国南端のモルレウ港で朝食をふるまってからお昼前に出発した。ちょこちょこ休憩しながら直線的に飛べば神都アスィーナには夜に到着する距離だ。とはいえ、飛行機じゃあるまいし十二時間とかのフライトはハルコに申し訳ないので、途中で良さげな場所を見つけて野営をすることにした。


「ナナセ、ハルコ、まだ、とべるよ」


「ヘトヘトな顔でアルテ様に会ったら心配するかもしれないし、ここで少し仮眠しとこうよ。いい寝具持ってきたんだ」


 私はいつもの大きなリュックから、ノイドさんが作ってくれた蜘蛛の巣ハンモッグを取り出すと、ちょうど良い高さの枝にくくりつけた。


「ハンモッグいっこしかないからさ、一緒に寝よ」


「ナナセ、いっしょ、ねるの、ひさしぶり、うれしい」


「そういえばそうかもね、今日は暖かい光盛り盛りで寝ようね」


「ハルコ、あしたも、がんばるよ」


 ハンモッグは狭い。私はハルコの柔らかな虎柄ビキニの胸に顔を突っ込んでから背中に手を回し、ひたすら暖かい光を発生させる。すると、ハルコの方も私のことをサラサラした羽根で包み込んでなでなでさすさすしてくれた。そうだったよ、この超高級羽毛布団、肌触りがすごく気持ちいいんだったよ・・・zzz



 翌朝、お日さまの光で目を覚ますと、お茶だけ飲んですぐに飛び立った。仲間たちの中では最も高速飛行できるハルコは、気体魔法を使った飛行が凄みを増していて、さらにそこへ私が作ったフォースフィールドのような軽い重力結界で包んでいるので空気抵抗も少ないのだろう。


 そんなこんなで無事にイナリちゃんの住処へ到着すると、さっそく幻想的な泉にばしゃばしゃと足を踏み入れて幻惑魔法みたいなので隠してる扉を探す。泉のど真ん中だから間違えようがない。


「あったあった。お邪魔しまぁす!(がちゃ)」


「姫、待っておったのじゃ。驚かずに聞いて欲しいのじゃ」


 イナリちゃんは私とハルコが泉に侵入したことを察知したのだろうか、玄関のところで腕を組んで難しい顔をしながら待ち構えていた。


「そんなに大変なの?なんだか要領を得ないお手紙だったけど・・・」


「しっかり説明したら姫が取り乱して、ここまでの移動が危ないと思ったのじゃ。じゃからあのような書き方をしたのじゃ」


 イナリちゃんの言葉を聞いたとたんに心臓の鼓動が早くなる。取り乱さず聞くことなんてできるのだろうか。


「まず、今から姫が会うアルテミスは記憶を無くしておるのじゃ」


「えっ?」


「原因はいくつか考えられるのじゃが・・・‥…」


 イナリちゃんの説明はこうだ。約束の三か月が過ぎて七月になったので、地下にあるクリスタルルームみたいなところで眠っているアルテ様を起こそうとしたら、あたり一面の壁と床が赤黒く汚れていたそうだ。何事かと思って確かめると、それはどうやら怪我したアルテ様の血だったことがわかった。


「なにそれ!強盗でも入ったの!?すぐ治癒魔法かけないと!」


「落ち着くのじゃ。もう血は止まっておるから安心するのじゃ。いいから黙って話を聞くのじゃ」


「う、うん。わかった」


 イナリちゃんに諭されて話の続きを聞いてみると、眠っている間に誰かが地下室へ侵入するのは不可能らしく、イナリちゃんが一人で眠ることを想定して創造神が特殊な鍵を扉に付けたとのことだ。さらには、イナリちゃんとマリーナさんとアギオル様とブラウニーが交代で見張っていたから、侵入者がいればさすがに気づくと言われた。


「あの扉の鍵はわらわにしか開けられないはずなのじゃ。もし開けられるとしたら創造神様くらいしか思い当たらぬのじゃ」


「創造神がアルテ様を刺すとは思えないけど・・・」


「ふむ。ここから先は推測なのじゃが、アルテミスには何らかの呪いがかけられていたのではないかと思うのじゃ」


「の、呪い!?・・・‥…あ。」


 私は学園が再開する前、アルテ様とお別れの初チューした時のことを思い出す。女神の祝福とか言ってなんかのおまじないらしき言葉をボソボソっと言っていたけど、もしかしたらあれ、禁呪とかの詠唱だったのかもしれない。


 そしてその後、私が剣闘大会でアデレちゃんに致命傷を負わされたことで、アルテ様の身体に呪いが発動してしまったのかもしれない。


「ねえイナリちゃん、アルテ様の傷って、左肩あたりじゃない?」


「その通りなのじゃ。姫は何か知っておるのじゃ?」


「もしかしたら私の怪我、アルテ様が肩代わりしちゃったのかも・・・」


「なんなのじゃそれは」


 私にだってわからないよ。

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