10の16 廃墟へ視察



 ナプレ市から海を挟んだ西側、イスカ島にある廃墟の調査をお願いされた私は、ひとまず昼の明るいうちにハルコに乗って様子を見に来た。低空飛行で様子を見ながらのんびり飛んでも二十分くらいで到着したので、思ってたより近かった。


「ねえハルコ、いきなり廃墟に降りるの怖いからさ、先には島の方をぐるっと回ってみよっか」


「わかった」


 例の廃墟のお城っていうのがあるのはイスカ島の東側から少し飛び出した場所にあり、開発しようとして断念した感じの桟橋や階段がぽつぽつと見受けられた。まずは島の外周である海岸線をなぞるように飛びながら様子を見てみたけど、ほとんどの場所が雑木林といった感じで人が住めそうな平地は廃墟に近い東側のほんの一角だけしかなかった。ピステロ様が言ってた集落の跡地もなかったけど、何百年も経って完全に風化してしまったのだろう。


 私は眼鏡にぬぬんと力を入れて生命反応を探りながら飛んでいる。サーモグラフィーみたいな方法を使えば広範囲かつ遠くまで見えるけど、つい先日、体温のない虫型なんていうのに出くわしてしまったから、狭い範囲でなおかつ近い場所しか見えない生命体を探るような方法でゆっくりと探し回る。


「うーん、小動物とか鳥はいるけど、獣みたいな大きいのは少ないねぇ。ハルコはどう?狩り得意なんでしょ?なんか見つけられた?」


「ナナセと、おなじ。ちいさいの、しか、いない」


「やっぱそっか。この方法だと地中深くに潜ってたら見つけられないと思うから、空からはこれが限界かなぁ」


 島の外周を確認するのに一時間くらいかかったのだろうか。これと言った収穫もないまま、廃墟のお城の作りかけっぽい屋上へバサバサと降り立つ。


「あー、これでも三階建てくらいまでは頑張って作ったんだね。本来の入り口は船じゃないと入れない作りになってる。なんかすごい歴史的建造物って感じ・・・」


 降りてみてわかったけど、ここはお城というより防御に特化した要塞って感じだった。外敵からの侵入を拒むように崖をうまく利用して建てられているようで、海岸に近い低い場所には頑丈そうな城壁が作られている。よく考えたら、本来は中世のお城ってそういうものだよね。


 私たちは屋上みたいな場所に降り立ったけど、正しいお城の出入り口は船がそのまま入っていけるような、とてつもなく大きな門が海に面している所だった。木材を格子状に組んだ巨大な扉があるようだけど、大半が破損していて扉としての役割は果たしていない。


「なんかさ、中に入るのは怖いからさ、とりあえず入り口のあたりだけチェックして今日は帰ろっか」


「わかった」


 正しいお城の出入り口をくぐると、その中は複数の桟橋がある広い船着き場のように作られていて驚いた。壊れた海賊船みたいなのが今にも沈みそうな感じで斜めって停泊しているけど、動かせるようなものではなさそうだ。船体の横からは手漕ぎオールが何本か飛び出している。これ確かガレー船ってやつだよね。


 他にも、腐っていて簡単に千切れそうな太いロープや、軽く蹴っただけで壊れそうなコンテナっぽい木箱なんかも散乱している。お城への入り口は船着き場の一番奥に登り階段がいくつかあるようで、つまりここのフロアが船着きピロティのような一階なのだろう。なかなか近代的なかっこいい作りで関心する。


「このお城、完成させてみたいなぁ・・・」


「ナナセ、ひくくとぶ、つかれる、そろそろ、もどる」


「ああそっか、ごめんね、今日はもう戻ろう」


 建物の中みたいな低い位置でのホバリング飛行は大量の魔子を消費するようで、ハルコの飛行限界が来る前にナプレ市まで戻ってきた。幽霊らしき羽根のある魔物についての収穫は無かったね。残念。



「…‥・・・ということで、たぶんピステロ様が見てきた印象と同じでした。島の隅っこの西側まで見てきましたけど、強そうな獣とかもいませんでしたし、むしろ住みやすそうな印象の島でした。でもこのまま何の情報も無しってのも困るんで、あとで漁師さんつかまえて色々話を聞いてみます」


「そうであったか。ナナセに任せる。我はブルネリオに色々と引き継がねばならぬ。ナナセとアルテミスのせいで市長としての仕事が手広くなりすぎておる。」


「すんません・・・それで、もし夜に探索に向かうならハルコとかペリコみたいな羽ばたく鳥だと低空飛行で長時間停止してるのが難しいみたいなんで、王都にいるベルおばあちゃんに協力してもらいます。そうすると今すぐにって感じじゃなくなるので、もう少し時間を下さい」


「漁獲量は春を過ぎてから増え始める。遅くとも五月にはある程度の現状把握をしておきたい。当然、我も夜間の監視は怠らぬつもりであるが、期待しておるぞナナセ。」


「ご期待に沿えるよう頑張ります」


 そうは言っても幽霊とか怖いの嫌だなぁ。



 夕方になってから食堂にやってきた。差し入れで、あと焼くだけになってるマカジキのステーキを持ち込んだら超喜んでもらえた。


「ナナセ様、今日のお代はいらないからね!お仲間の皆さんも全員食べ放題の飲み放題だよ!」


「あはは、じゃあなんか変わったもん食べさせて下さい、ナゼルの町じゃ食べられないようなやつ!」


「あたしらじゃナゼルの町の食堂には勝てないよ・・・」


 結局この日は、変わったもんとして大好物である大量のウニを出してもらった。ウニ食べたのなんてお寿司屋さんの準備でバタバタしてた時以来かな。持参した醤油をどばどばかけてウニ丼にして、みんなでおなかいっぱい食べた。


 その後、食堂にいた見たことある漁師さんから話を聞くために席へ向かう。王族の私がいきなり相席居酒屋みたいなことするとなんか問題ありそうなので、先にアイシャ姫に声をかけてもらった。護衛侍女がいるって便利だ。


「ナナセ様やベールチア様と同席できるなんて感動っす!一生涯の思い出になるっす!自慢できるっす!」


「ベールチアさんのことはアイシャール姫って呼んであげて下さい。しばらくブルネリオ市長の護衛侍女を担当するんで、会う機会も多いと思いますよ」


 なんだかテンションが高い見たことある漁師の人にエールを何杯かご馳走してから、イスカ島についての話を聞いてみた。


「それで、廃墟の幽霊城のことなんですけど、知ってること教えて欲しいんです」


「へい、俺は直接見たってわけじゃねえんっすけど、深夜に出るみてえっすね、翼の生えた魔物が」


「それ何匹も出るんですか?」


「いやあ、人族とおんなじくれえのやつ一匹らしいっす。ただ、かなりでけえ翼らしくて・・・あ、ちょうどナナセ様がよく乗ってる鳥型エルフみてえな大きさじゃないっすかね」


 ハルコは両翼を広げると四~五メートルはある。そう考えると、ずいぶん大きな魔物かもしれない。かなり警戒しないと危険かも。


「あーそっか、だから昨日ハルコに乗って降り立ったとき、護衛の人にやたら警戒されちゃったのかな。超ビビってましたけど」


「そうっすね、漁師だけじゃなく、住民に広く知れ渡ってる噂っすから。そんでっすね、その翼の生えた魔物が現れると、必ず女の泣き声が聞こえてくるらしいんっすよ。そんなん夜中に出くわしたらおっかねえじゃねえっすか」


「確かに。やっぱ幽霊なんですかねぇ・・・」


「とにかく、昼に遭遇したやつはいねえんで、漁師連中の間じゃ夜中だけは要注意ってことになってるっす。そうは言っても例の幽霊城の周りだけらしいんで、荷運びなんかの連中は日が落ちてる間は航路を変更してるみてえっすね」


「なるほどー。まあ、話を聞くかぎり襲ってくるとかそういう感じでもなさそうなんで、私も引き続き調べてみますけど、もし出くわしたら戦おうなんて思わずに必ず逃げるように船乗りの皆さんに言っといて下さい」


「わかりやした」


 ここでもたいした情報は得られなかったね。



 アイシャ姫に厳重な護衛をされながら市長の屋敷の貴賓室に戻ってきた。


「ねえアイシャ姫、ブルネリオ市長の護衛とレオナルドさんの監視はいいんですか?」


「ピストゥレッロ様がいらっしゃるのに私が必要でしょうか?」


「確かに」


「そ、それともナナセさんは私など不要であると・・・」


「なんでそんな風に二択しか無いんですか?不要なわけないですよ」


「私が必要なのですね!」


「んもぅ・・・」


 アイシャ姫がなんだか自信なさそうなアルテ様っぽい。移動して隣に座ったらすっかりご機嫌が治ったので、ひとまず羊皮紙に今回の話をまとめてみる。


 羽根のある魔物か幽霊、活動時間は夜中、たぶん単独行動、廃墟のお城の周辺にしか出没しない、女の声で泣く、ピステロ様を警戒してる、ってところかな。まあこの世界には吸血鬼とかしゃべる刀がいるんだから、幽霊がいたっておかしくない。とにかく会ってみないと何もわからないね。


「私の光魔法って除霊の効果とかあるのかなぁ?」


「叩き殺せとご命令あらば、私は必ず成し遂げます。さあご命令を!」


「殺しちゃダメですよ、幽霊さんのお話も聞いてあげないと」


 バルバレスカ先生にぶつけた全力全開の光の玉なら幽霊にも抵抗できそうな気がするけど、あれは悪魔特効だったのかな。もし除霊効果で退散させちゃったら謎が解明しないので困る。なんにせよ、次はベルおばあちゃん背負って飛んでこないと無理だ。あ、水の上とか城壁を走れるイナリちゃんに乗せてもらうのもいいかも。


 異世界の幽霊なんてよくわかんないから慎重にいかないと。

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