10の15 廃墟の歴史



 護衛侍女の朝は早い。


 アイシャ姫は先に起きてコーヒーを用意してくれていた。寝坊した私はその良い香りで目を覚ますと、アイシャ姫の強烈な暖かい光に包まれて眠った効果なのか、すこぶる体調が良かった。私の服が全体的に少しはだけていたけど、それは気にしないことにしよう。


「おはよごじゃまひゅ」


「おはようございます、ナナセさんの好物であるコーヒーを準備してみました。不慣れなもので上手く淹れられたかわかりませんが、どうぞ召し上がって下さい」


「あいがとごじゃまひゅ」


 のそのそとベッドから起き上がり眼鏡をかけてから、はだけた服を戻してコーヒーを飲む。あら、けっこうなお点前で。


「とっても美味しいですよアイシャ姫、さすが、どんなことでも器用にこなしますねぇ」


「ありがとうございます。では私も頂きます」


 そう言うと、けっこう広い市長の屋敷の貴賓室なのに、椅子を移動させてピッタリとくっついて狭っこくすぐ隣に座った。朝から近いよ。悪い気はしないけどさ。



 市長の屋敷の貴賓室を出ると、アイシャ姫はさっそくレオナルドと大勢の若者の付き添いへ向かった。私は役場へやってくると、ピステロ様がフルートにお手とかさせたり餌みたいにお菓子を投げ与えたりして遊んでいた。なんか微笑ましい。懐くもんなんだね。


「ピステロ様おはようございます、フルートの面倒を見てもらってありがとうございました」


「魔人族と妖精族は近しい存在である。我に対し何か通ずるものを感じておるのかもしれぬな。」


「小人族に言わせるとゴブレットよりおりこうさんらしいですよ」


「可愛いものであるな。我も子が欲しくなる。」


「ルナ君いるじゃないですか。今は寝ちゃってますけど」


「ルナロッサは生命体としての我を参考にリベルディアが勝手に創造したものである。その際、我の骨の中にある濃厚な血液の素とやらを大量に持っていかれたのをよく覚えておる、激痛で数日寝込んだからな。その際、吸血鬼として不便な点を解消するよう申し出た。それから百年ほど経って唐突にリベルディアが現れ、赤子であったルナロッサを手渡された。気まぐれにもほどがあるの。」


 なるほど、お父さんって感じじゃないとは思っていたけど、あくまでもピステロ様は主さまなんだね。リベルディアはルナ君作るのに百年かかったってことなのかな。あいかわらずよくわかんない。


「なんか物みたいな扱いですねぇ。そういえばルナ君「六歳くらいから主さまとして認識できた」みたいなこと言ってた気がします」


「赤子を手渡されたは良いが、どのように育てるのかわからなかった。ひとまず地下室で寝かせ我を主人と認識できるほのど知能に成長させなければならないのは当然のことであった。二年寝かせておいたら人族で言うところの六歳児程度にまで育った。そこから二百年ほどかけゆっくりと教育を施した。」


「なるほどー。なんか漬物とか葡萄酒みたい。その後にもう一年寝て、今の九歳くらいの容姿になったわけですね。次会う時は十二歳の容姿ですよ」


「肉体だけでなく知能や精神性も共に成長する。もしルナロッサが大人びたことを言い出したら、多少寂しい気持ちになるであろうな。」


「私もちびっこくて弱っちいけど一生懸命頑張ってる感じのルナ君が好きでした。あの地下室でお別れするときも、眠っちゃう直前まで「成長しないで・・・」なんて考えてましたもん」


「ふむ。このように知能が低く、か弱き生命体であるフルートが懐いてくる姿は、はやり可愛いものである。ルナロッサでは経験しておらぬからの。」


 以前までは異世界の不思議生物に関して、そういうものなんだーって深く考えなかったけど、ノイドさんとか獣人族なんかと知り合ってからは、けっこう細かいことまで理解できるようになってきた。ルナ君に関しては、もっともっと色々と知ってあげたいよね。


「約束まであと三か月くらいです。会うの楽しみですね」


「その頃にはブルネリオへ市長業務の引き継ぎも完了しておるであろう。これは我も経験していることであるが、成長して身体が大きくなると、その新たな肉体の扱いに脳が慣れるまであらゆる行動が不正確になる。その際にルナロッサを徹底的に鍛え直してやるかの。」


「あはは、お手柔らかにお願いしますね」


「それはそうと、ナナセに折り入って話がある。昨晩は異国の姫アイシャールとの時間が大切そうであったので言い出さなかった。」


「気を使ってもらってすみません、おかげさまでのんびりできました」


「このナプレ市の港から西へ向かったすぐの場所に島があるのは知っておろう?」


「ああ、なんかけっこう広い島の端っこに廃墟があるとこですね、私は目が悪いからよく見えないんで、ペリコで飛んでてなんかあるなーって程度です。気になってはいましたけど怖くて近寄ってないです」


「ふむ。あそこはイスカ島と言ってだな、今から数百年も以前の貴族時代にな、反発した者が島を占拠し、そのまま城のような石積みの要塞を建て始めたのだ。その者はこの界隈の海で漁師をまとめあげ一財を築き、王都でも名の知れた富豪であった。」


「もう少し詳しく聞かせて下さい」


「長くなるぞ。」


「王国史の授業みたいなものです。是非お願いします!」


 ピステロ様の説明だと、当時は王国の腐敗つつあった貴族社会により多くの民が酷い扱いを受けていた頃のようで、漁師の出身で海産物の商人として成功していた富豪に対し、かなり理不尽な圧力がかかっていたそうだ。


 その人が占拠したイスカ島は自然の資源も豊富で、多くの漁師たちを引き連れて移住すると、島の中にちょっとした集落を作ったそうだ。元々漁師の集団なので食料に困ることなどほとんどなく、ただ食べて寝るだけの生活をするのあれば何も困らなかった。しかし、王都の貴族からしてみると、漁師の数が減り、当然漁獲量も減り、ついには王族の食卓事情にまで影響が出始めたところで、私兵を率いた貴族との小競り合いが始まったそうだ。


 特に悪い評判も無くナプレの港町の好領主だったピステロ様は、海を挟んでいるとはいえイスカ島も自分の領地だったため、その富豪を説得しようと何度も試みたけど、これは家族や仲間を守るためだと言って例の廃墟の場所に何年もかけて要塞城を作り、ついに全員で島の集落から移住してしまったらしい。


 その城は次第に王都の城壁のような強固な守りを実現し、もう十分であろうと再び説得に向かっても、「我々は王都の貴族に殺されたくない」と言って、結局ピステロ様の言うことには最後まで従ってくれなかったそうだ。


「ピステロ様に楯突くなんてすごいですねぇ」


「今の説明では語弊があった。我に、というわけではなく、当時の王族貴族全てに反発したというのが正しい説明であるな。ただ、我が何か手を下すまでもなく、ほどなくその富豪の資産が尽き、当然ながら建設工事も中断し、あのような中途半端な高さの建物だけが残された。その後、我が爵位を捨て屋敷に引きこもってからの長い歴史の中で、幾度となく悪党どもの巣窟となっては、しばらくすると勝手に自滅するといったことを繰り返しておったそうだ。」


「もしかして、最近また何か住み着いちゃったんですか?」


「ナナセは察しが良いの。」


 なんでもその廃墟のお城は、ナプレ市の漁師たちに「幽霊城」などと呼ばれて恐れられているそうだ。最近になって、夜になると羽根のある魔物らしきものが活動しているのを見かけるようになったとか。それによってまだ暗い時間から漁に出ていた漁師が船を出し渋っているとか。


「ピステロ様だったら空飛んで見に行けるじゃないですか。ヤバければ逃げられるし」


「当然、我もすぐに視察に向かったのだが、これと言った異常は見当たらなかったのだ。大型の獣や魔獣の喰い残しのような小動物の死骸は散見されたが、ナプレ市の漁師が言うような飛行できる魔物など見つけられなかった。」


「ピステロ様が見つけられないなら私なんてもっと見つけられない気がしますけど」


「我という存在を恐れて隠れた可能性がある。ナナセであれば見た目が弱そうなので姿を現すやもしれぬと思ってな。」


「えー、もしかしておとり捜査ですかぁ?」


「仮に危険なことが起きたとしても自力で回避できる者などナナセしかおるまい。このままでは早朝の効率的な漁獲量が減ってしまう。」


 やっぱ断れないよねー。



あとがき

イスカ島はイスキア島がモデルです。

もしよかったらググってみて下さい。

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