10の14 近いよ近い



 アイシャ姫が生まれ変わったっていうのは心当たりがある。獣人族のらやらやさんがリベルディアに人生やり直しさせられてるのとか、タル=クリスとマス=クリスが死のうとして死ねなかったとか、神楽ちゃんも前世があったみたいな話をしてたし、もちろん私がこの異世界にやってきたのもそうだし、そのあたりが関係あると思って間違いない。


「ピストゥレッロ様、発言してもよろしいでしょうか」


「異国の姫アイシャール、何でも申せ。」


「もし私が命を落としていたとするのであれば、心当たりが二度ほどございます。一度目は帝国内乱の戦火から逃れ、神国の僻地でアギオルギティス様に命を救って頂いた際でございます。私は従者の操る馬の上で完全に気を失っておりましたが、目が覚めた際は身体のどこにも不調などありませんでした」


「アギオルギティスとは現在のグレイス神国の教皇のような立場の者であるな。我は治癒魔法について理解が乏しいが、高尚な者であれば死に損ないを生かすほどの魔法を扱えるのかもしれぬぞ。」


 なるほど、確かにアギオル様のディバイン・ナントカっていう治癒魔法はなかなか強力だった。死者を蘇らせるとかいかにも禁呪っぽいけど、この世界だったらありえない話ではないかな。


「そうですね、その時死んでしまっていたのかどうかすら私にはわかりません。そして、二度目の心当たりはナナセさんと戦闘になった際、ペリコさんによる特攻撃を受けたときでございます」


「えっ?あんときアイシャ姫べつに死んじゃってませんでしたよ」


「悪魔化している間は記憶が曖昧になってしまいますから詳細には覚えておりませんが、巨大な金槌で頭を打たれたような衝撃の後、真っ白で何もない空間で一人彷徨っておりました。どれほどの時間をそこで過ごしていたのか、その際に私は何を考えていたのか、ほとんど思い出せません。気づいた時は両手の剣をすでに手放しており、腕には美しい狼が喰い付いていましたので、慌てて振りほどいてから本能的に護衛対象であるサッシカイオを探しました」


「その狼はシンくんって言うんです。あと、もしかしてその真っ白な空間ってプカプカ浮いてるような感じでした?」


「よく覚えておりませんが、地は無かったような気がします」


 ありゃあ・・・虹色ペリコアタックは悪魔を昇天させちゃうほど強力な攻撃だったのかもしれない。やっぱアイシャ姫も人生やり直しさせられちゃってるんだねぇ。もしかしたら二度も。


「ねえピステロ様、これたぶんリベルディアの仕業ですよね」


「なぜナナセがその名を知っておる。アンドレッティから聞いたか。」


「王国ではちょっとした有名人じゃないですか。ピステロ様がお屋敷に引きこもってる間、王国各地でけっこう活動してたみたいですよ。あ、まさに貴族と平民の戦争が終わったあたりからなんで、ピステロ様と入れ替わりかもしれませんね」


「ふむ・・・。」


 ブルネリオさんとかレオナルドの前でリベルディアの話をするのもなんか違う気がしたので一旦解散する。ガラス工場や、重力エンジンを作ってるサトゥルたちのところなんかに一通り顔を出してから役場に戻ってきた。


「ハルコとハル=ワンとフルートは応接間で待っててね」


「「わかった」」「きー」


 私はビビナちゃんだけ連れ、ピステロ様にノイドさんのことや獣人族のこと、それと小人族についても細かく報告しにきた。リベルディアについては「よくわからぬ気まぐれな女である。」って感じで、だいたい私の認識と差がなかった。


「しかし、ナナセの周囲には奇抜な生命体が集まりぎる。」


「あはは、とりあえず小人族の三人には、重力エンジンとか強化ガラスとかの品質向上を手伝ってもらいますから、ナプレ市にもちょくちょく顔出すと思うんでよろしくお願いしますね」


「相分かった。ではまた明日、話がある。今日は早く休め。」


「わかりました、ありがとうございます」


 なんだかんだで遅くなっちゃったので、今日はナゼルの町へ帰るのは諦めた。隣の執務室にいたブルネリオ新市長が「市長の屋敷の貴賓室を使って下さい」と言ってくれたので、遠慮なくそこにお泊りする。


「あれ、アイシャ姫だけなんですか」


「はい、ピストゥレッロ様とブルネリオ様とレオナルド様が「ナナセと二人にしてやれ」と言って下さいました。さあ一緒に寝ましょう。さあ」


「は、はい」


 貴賓室の中では立派なベッドに腰を掛けてアイシャ姫が待っていた。アイシャ姫と一緒に寝るのってドゥバエの港町に泊まった時以来かな。なんかやたら薄着でドキドキする。


「こんな立派なベッドで寝るの初めてかも。もそもそ」


 私は言われるがままベッドに横になって布団にもぐり込む。するとアイシャ姫はとてつもなく俊敏な動きで腕枕の位置に滑り込んできた。腕に薄着のアイシャ姫のすべすべした首筋が当たり、細く柔らかな髪からはふわりといい匂いがする。近すぎる。色々と困る。


「あ、あの、アイシャ姫も死刑囚だと思いますけど、誰が監視してるんですか?一応ブルネリオ市長ってことになるんですか?もし本気で逃げようとしたら止められるのなんてピステロ様くらいしかいないですよね」


「それについては、私とレオナルド様に関してはアデレードが人質のようなものだと女王陛下に言われております。また、今はほぼ国交のないベルシア帝国とは、今後ナナセさんが始める貿易を踏まえ、帝国の姫である私の扱いについては、あまり強く締め付けることはできないともおっしゃっておりました」


「なるほどぉ、さっそく外交について視野に入れてるなんてマセッタ様はさすがですね。レオナルドさんの監視はともかく、ブルネリオ市長の護衛が重要な任務なのはわかるんですけど、王城に軟禁してるタル=クリスとマス=クリスの方は大丈夫なんですか?あの二人こそ変装して逃げちゃったりしそうじゃないですか」


「そちらは女王陛下が直接監視するそうです。監視なら得意だと言っておりました」


「あはは、なんかわかる気がします」


 マセッタ様の話について聞いてみると、どうやら王の象徴である謎の杖をアルメオさんに押し付け、乗馬用の鞭に嬉しそうに持ち替えると「私が暇を見つけ囚人室の護衛侍女をします」と言って例の部屋へ向かったそうで、アイシャ姫いわく慣れない国営のお仕事から気分転換をしたいのではないかと言っていた。


「確かに気分転換になりそうですけど、罪人部屋で女王様が鞭で護衛で侍女って設定過剰ですねぇ。でもそれ、タル=クリスにはビビらせ効果あると思いますけど、マス=クリスってちょっと変わってるんで、ご褒美になっちゃうかもしれませんね」


「ご褒美とはどういった意味でしょう、私にもご褒美を下さい」


「なんでもないです。マセッタ様が見てくれてるなら安心ですね」


 異世界に変な性癖を輸入するわけにいかなので詳しく説明はしない。しばらくベッドに横になったまま、アイシャ姫から王都の現状について聞いていたけど、だんだん眠くなってきたのでお話はおしまいにする。


「眠くなってきましたぁ、そろそろ寝ましょうかぁ」


「ナナセさん、背中に手を入れてもいいでしょうか」


「せ、背中ですか。お腹よりはいいですけど・・・」


 アイシャ姫の手が私の服の中にスルリと忍び込んでくる。暖かい手に背中を優しくさすられて少しくすぐったい。


「ナナセさんナナセさん・・・」


 どうやら無人島で過ごしていた不安定だった頃のアイシャ姫に戻ってしまっているようだ。顔と頭を私の腕枕にぐりぐりとうずめ、背中の手でキュウとしがみついてきた。眠かったはずの目がすっかり覚めちゃったよ。


「大丈夫ですよアイシャ姫、私がずっとそばにいますから」


 私がそう言った瞬間、アイシャ姫の手がぶわっ!と輝き、部屋の中が見えなくなるほどの暖かい光が二人を優しく包み込んだ。


「うわわわわぁ、すごい暖かい・・・アルテ様の光みたい・・・」


「そうですか、アルテ様も今の私と同じような気持ちなのですね」


「なんだかとっても心穏やかになってきましたぁ・・・おやすみなさいアイシャ姫ぇzzz」


 この日は強くしがみついてくる暖かいアイシャ姫を抱き枕にして、立派な貴賓室のベッドでぐっすりと眠ることができた。



「ナナセさん、眠ってしまいましたか?ナナセさん、ナナセさん・・・ご褒美をもらいますね、ちゅっ、ちゅっちゅっ」





あとがき

アイシャ姫、いったいどんなご褒美をもらったのでしょ。筆者から語られることは永遠にありません……

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