10の6 記憶の欠片(其の五)



 あたしゼノア!七歳!


 王都の港で育ったの。


 今日はお城で働いてる偉い人があたしに会いにくるから、漁師をしてるお父さんのお手伝いには行かないでおうちで待ってるんだよね。


「ねえお母さん、弟か妹はいつ産まれるの?お父さんはもうすぐだって言ってたよ」


「母さんのお腹を元気に蹴飛ばしてるからねぇ、そろそろ出たがってるんじゃないかい?」


「そうなんだ!楽しみ!ねえねえ、あたしもお母さんのお腹を蹴っ飛ばしてたの?苦しくなかった?痛くなかった?」


「・・・。」


 あれ、お母さん少し寂しそうな顔になっちゃった。あたし、聞いちゃいけないこと聞いたのかな?


「ゼノア、このお腹の痛みはね、母親としての喜びを感じる痛みなんだよ、だから苦しいなんて思わないのさ」


「そうなんだ!だったらあたしがもっと元気に蹴っ飛ばすように言ってあげるね!」


「ついでに早く出ておいでって声をかけてあげるんだよ」


 あたしはお母さんの大きなお腹にへばりついて、毎日毎日話しかけてあげた。たまに動いているのがわかるから不思議な感じ。早く会いたいね、弟くんか妹ちゃん。



── コンコン ──


「はーい!今開けるよぉー!」


 どうやらお城で働いてる偉い人が来たみたい。お腹が重そうなお母さんはベッドに座ってるから、あたしがドアを開けにいった。


「こんにちはぁ!」


「こんにちは、あなたがゼノアちゃんね?」


「うんっ!ゼノアだよ!」


 玄関のドアの向こうには、とてもきれいな女の人が兵隊さんを何人も引き連れて立っていた。その女の人は兵隊さんに何か言ってから、あたしに黒くて長い一本の棒を渡してくれた。


「その刀を持ち歩けるようになったら、王都の学園に通うように融通してあげるよー、ふふふ」


「かたな?がくえん?」


「詳しいことはお父様にお伝えしておくねー」


「うん、わかった」


 よくわかんないけど、きれいな女の人は棒だけ渡して帰っちゃった。この棒、黒く光ってて、なんだかかっこいいね。でも重くておうちの中へ運ぶのも大変だよ。仕方ないからズルズル引きずっていこう。



「ゼノア、お城の役人さんにお茶くらい用意しないとねぇ」


「もう帰っちゃった。よいしょ、よいしょ、ズルズル」


「そうなのかい?ゼノア、何か失礼なこと言ったんじゃないのかい?」


「ううん、なんかね、この棒もらった」


「釣り竿にしては太すぎるねぇ」


「かたな?ってゆわれたよ。あとね、これで戦えるようになったら、がくえん?に通うんだって」


「学園って・・・王都の学園かい!?そりゃあ大変なことだよ!」


「詳しいことはお父さんに言っとくって」


 お母さんがすごく慌ててるけど、がくえん?ってなんだろね。



 あたしゼノア!八歳!


 今年から王都の学園に通うことになったよ。


「ねえねえお父さん、あたし学園で難しいお勉強するより海に出たい。お父さんみたいに美味しいお魚いっぱい捕るの」


「バカモーン!ありがたいご神命を何だと思っちょるんだーっ!」


 また怒られちった。お父さんいつも怒ってるよ。


「じゃ、じゃあ戦いながらお魚いっぱい捕るからぁ」


「まったく、こんな娘が類稀なる剣の使い手になる可能性を秘めておるなんざ信じられんよ・・・」


 こないだ来たきれいな女の人が言ってたらしいんだけど、あたしの神命?っていうのは剣で戦うことなんだって。でも普通の剣士とは違って、なんか特別なやつみたい。あたしは漁師の娘だし、ずっと海と一緒に育ってきたから漁師になるとばっかり思ってたのに、神命ってよくわかんないね。


「じゃあじゃあ、王都の学園まで毎日走って体を鍛えるから!そしたら剣も漁も両方やっていいよね!」


「どっち付かずは許さーん!学園で剣の修行に専念しなさーい!」


 また怒られちった。



 港のおうちから王都の学園はけっこう遠かったよ。今日は初めてだったから早めに出てのんびり歩いてきたけど、こんなにのんびり歩いてたら時間がもったいないから、明日からホントに走って通おう。


 ようやく学園にたどり着いてから、講堂っていうとっても広いお部屋で王様のお話を聞いたあと、怖そうな先生に自己紹介しなさいって言われたから、前の席の子から順番にあいさつをしたんだけど、みんなあたしより歳上のお兄さんやお姉さんばっかりだったよ。


「ローゼリアと申します。私は孤児にもかかわらず、学園への入学を融通して下さったリベルディア様に深く感謝しております。魔道士の才能があると言われておりますけれど、魔法が成功したことはありません。皆様のご迷惑にならないよう、精一杯頑張ります」


「ゼノアです!漁師の娘です!剣のお稽古がんばりまぁす!」


 月組っていうのは、剣とか魔法の練習をする人が集まってるらしくて、全部で七人しかいなかった。王都は人がいっぱいでにぎやかだって聞いてたから、もっとたくさんいるのかと思ってたのに残念だよ。


 そんな中、ローゼリアっていう子はあたしと同じくらいの歳だった。でもでも、孤児なのに、言葉使いだとか、自己紹介の堂々とした感じとか、なんだか大人の女の人みたいでとっても素敵だった。


 あたし、この子とお友達になりたいなっ!



 あたしゼノア!九歳!


 同じ学年の全員が講堂っていう広いお部屋でお勉強ばっかりする半年間の初年度教育っていうのが終わり、あたしたち新入生は王都での学園生活にもずいぶん慣れてきた。


「ねえローゼリアちゃん、今日のお手伝いはどこへ行くの?」


「わたくしは本日もリベルディア様と魔法の特訓です・・・」


「そっかぁ・・・早く治癒魔法っていうの使えるようになるといいね!」


「はい、あまり自信はありませんけれど頑張ります。ゼノアさんはどちらへ行かれるのですか?」


「あたしはね、なんかね、護衛さんの偉い人が学園まで来てくれて、それでお稽古つけてもらうの。楽しみー」


「お稽古を楽しめるだなんて、ゼノアさんは素敵な方です」


 学生の放課後は自由だ。星組っていう商人さんや職人さんを目指している子たちは、どこかのお店で見習いとして働いてお小遣いを貰ってるみたいだけど、月組にいる剣士や魔道士を目指している子には、お手伝いできるようなお仕事なんてなんにもない。


 王都に住んでる裕福なおうちの子は、放課後には自由に遊びに出かけたりしているみたいだけど、遠くの村からやってきて、いそうろう、っていうのをしてる貧乏なおうちの子は、自分のご飯を食べるために頑張って働かなきゃいけないみたいで大変そう。


 あたしは学園が終わってから急いで港のおうちまで走って帰っても、漁師は日が沈んだら寝ちゃうから、お手伝いできることなんてなんにも残って無い。だから放課後は剣のお稽古を頑張ることにした。


 ローゼリアちゃんは魔法のお師匠様みたいな人に特訓させられているみたいだけど、なかなか上手く使えるようにならないみたい。


「あたしも剣のお稽古頑張るからさ、ローゼリアちゃんも頑張って魔法使えるようになってさ、学園を卒業したら一緒にお城で働けるといいなぁ」


「そうですね、それでしたらわたくしも頑張らなくっちゃ!」


 ローゼリアちゃんが胸元で両手の拳を小さく握り、少し気合の入った頑張る顔をした。あたしと違って、声とか一つ一つの動きとか話し方とか、なんかもう全部が女の子っぽくて可愛い。


 ずーっとずーっと仲良しでいたいなぁ。


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