10の4 敗北



 ゆぱゆぱちゃんか繰り出した必殺技は獣人族に古くから伝わる、四季の鎮魂祭で行われている踊りだった。以前ウサミミ獣人さんから聞いた話だと、扇子やらリボンやら鈴やらカスタネットやらを手に持ち、満月の夜にお祈りをしながらみんなで舞い踊るようなものらしい。その後は、みんなで美味しく獣の肉を食べる。


 さらに、ゆぱゆぱちゃんのお母さんであるカバ獣人さんの話だと、夜が更けて子供獣人たちが寝静まってから、大人の獣人が相手など選ばず繁殖行為を繰り広げるという、大変由緒正しいお祭りなのだ。


 獣人族は長寿なのでなかなか死なない。しかし、不慮の事故や病気なんかで死んじゃうと神様になり、月に昇って獣人族を見守ってくれていると信じられているそうだ。つまり、その踊りは神様になったご先祖様への奉納舞いとして、獣人の子供ならみんな教え込まれているようなものらしい。


 どうやらその踊りには個々の種別に自由パートがあるようで、たまにゆぱゆぱちゃんオリジナルの動きと思われる、招き猫のように手をにゃんにゃんってするポーズが挟まって超可愛い。


 しかし超可愛い猫踊りとはいえ、その手に握られているのは扇子やカスタネットではなく、凶悪そうな輝きを放つ長い日本刀と、やたらと頑丈なさやだ。上から下から横から、まったく予測できない連続攻撃が私の剣と小手を襲い、じわじわと押し込まれて逃げ場を失う。


「とどめ、にゃん!」


── ガガガガガ!ガガガっ! ──


「うわああぁああぁあーっ!」


 ゆぱゆぱちゃんがフィギュアスケートの高速スピンや、バレエの連続ターンみたいな動きで刀とさやをガツガツぶつけてくると、私はついに円の外へ足を踏み出してしまった。もはや剣舞なんて生易しいものではない。これは文字通り“真剣”勝負だったようだ。


「そこまでっ!勝負ありっ!」


 ・・・負けました。ここんとこ連戦連勝だったから調子コイてました。



「すごいねぇゆぱゆぱちゃん、まさしく神楽舞だったよ」


「ゆぱゆぱ、がんばったにょ・・・にゃにゃせおねいにゃんに、かったにょ・・・がくっ」


「ああああ、倒れちゃったぁー。ゆぱゆぱちゃん、大丈夫?」


「がくっ」


 さすがの獣人族でも踊り続けながら全力で戦うのは無理があったようで、私たちが吸い取られたときと同じのような感じで力尽きて気絶してしまった。神楽ちゃんは自動的にさやへ吸い込まれ、すぐにロベルタさんが回収した。私は満足げな顔のまま気絶しているゆぱゆぱちゃんを小脇に抱えて帰宅する。手足と一緒に尻尾もダランとしていて可愛い。


「ゆぱゆぱさん!ゆぱゆぱさんっ!(ゆさゆさ)」


「おいアルテミス、落ち着くのじゃ。きっと治癒魔法は意味ないのじゃ。わらわたちと一緒で、そのうち目を覚ますのじゃ」


 ベッドに寝かせたゆぱゆぱちゃんのことをアルテ様が半泣きになって暖かい光で包んでいる。なんとなく羨ましい。イナリちゃんの言う通り、神楽ちゃんの影響で気絶した場合は魔子不足になっていると思うので、どれほど高品質な光子を浴びせても意味がないのだろう。


「とりあえずお昼ご飯の準備でもしましょっか。ロベルタさん、たまには私が本気で作りますよ」


「それではわたくしは調理補助を致します。ご指示を」


「ゆぱゆぱちゃんが獣のお肉を食べられないんで、鶏とお魚と野菜ですね。ロベルタさんは鶏とパンをたくさん買ってきて下さい」


「かしこまりました」


「ねえねえ、ハルコとイナリちゃんにお買い物お願いしていい?ナプレ市まで行ってほしいんだよね」


「わかったのじゃ」


 買ってきてほしい食材の絵と説明を木の板にメモしてイナリちゃんに渡すと、ハルコに乗ってナプレ市まで買い出しに行ってもらった。神様をパシリに使っていいのだろうか。


「ナナセ、わたくしはゆぱゆぱさんの看病をしているわ」


「そうですね、たぶん無属性とやらの獣人族は私たちと違って半日も寝ちゃってるなんてこと無いと思うんで、目を覚ますまで優しくしてあげて下さい」


「わかったわ」


 ロベルタさんが素早く買い物を終わらせて帰ってきた。さあ、久しぶりに頑張ってお料理しよう。


「前菜はバンバンジーみたいなやつにします」


「鶏の胸肉でしょうか」


「主にササミってやつを使います、胸肉の内側のぉ・・・ここです」


「さっぱりとした部分ですね、わたくしの好物です」


「あはは、ロベルタさんの美しい筋肉は食事によって維持されているのかもしれませんね。これ脂肪がつきにくいお肉なんですよ」


「ナナセ様は食材の栄養価についても精通されているのですか、とても勉強になります。わたくしは薬草や毒キノコの知識しかございません」


「そっちの知識の方が何倍もすごいですから!」


 そんな話をしながら鶏ササミを取り出す。こういうのを掃除するのはロベルタさんの方がはるかに早くて綺麗なのでお任せして野菜の準備を始める。


「キュウリって無いですよねぇ、なんか、緑色の細長いやつ」


「ズッキーニのことでしょうか」


「あんなに身が敷き詰まってる感じじゃなくて、もっとこう、水っぽくて生でポリポリ食べられるんです」


「申し訳ありません、わたくしは存じ上げません」


 この世界にやってきてからキュウリを見たことがない。たぶん探せばあるんだろうけど、少なくともナゼルの町では作っていない。しかし私はモヤシの栽培に成功しているので、キュウリの代替品としてそれっぽい感じで盛り付けた。


「次はソースです。これはあるものでササッと作っちゃいますね」


 ドレッシングはマヨネーズにすったゴマと砂糖と醤油を入れたシンプルなものだ。それなりに完成に近づいたけど、彩りが地味で美味しくなさそうだ。季節的にトマトはまだ無いので、急いでニンジングラッセみたいなやつを作って添えておいた。


「本当はトマトサラダを添えたいんですよ」


「わたくしがナゼルの町で護衛侍女としてお勤めしてから、生のトマトは食べたことがございません」


「あれ、そうでしたっけ?・・・あーそっか、事件があってナゼルの町に退避したのってもう冬でしたもんねぇ」


 モヤシとニンジンだとまだ地味だ。まあ本場っぽいと言えば本場っぽいけどなんか思ってるのと違う。彩りの良い新鮮な生野菜が欲しいね・・・


「そうだっ!ゼノアさんの隠し部屋でベビーリーフみたいなの栽培してるんだった!まだ枯れちゃってるかもしれないから、ちょっと治癒魔法盛り盛りでかけてみます!」


「???お気をつけて」


 さっそく地下室にやってくると、小人族が部屋の中をいじくり倒していた。枯れた葉っぱに水や光を過剰に与えてみたようで、見事に復活していた。植物はたくましい。


「ねえねえ、この葉っぱ使ってお料理作るからさ、みんなもそろそろ引き上げてお昼ご飯にしようよ」


「ボクたち、やはり地下室が居心地いいでしゅ」

「このカラクリ部屋は素晴らしい場所でしゅ」

「でも領主様の料理は食べたいでしゅ」


 小人族は根っからの地下好きなようだ。このままゼノアさんの隠し部屋に住み込まれちゃったら時計の開発やらエンジンの開発が頓挫してしまうので困る。


「本当に地下が好きなんだねぇ、でもここじゃみんな楽しみにしてる動力源作れないよー。とりあえずさ、お昼ご飯にしようよ、久しぶりに気合入れてお料理作ってんだよ」


「動力源はこの地下室で作ればいいでしゅ」

「アブル村の地下みたいに改築するでしゅ」

「でも領主様の料理は食べたいでしゅ」


「いいからっ!領主様の言うこと聞きなさぁーいっ!」


「「「ごめんなさいでしゅ・・・」」」


 私はベビーリーフやサニーレタスや水菜らしき葉っぱを摘んでから、渋る小人族を引き連れて家に戻ると、ナプレ市までお買い物に行っていたイナリちゃんとハルコがすでに戻っていた。


「おい姫、急いで戻ったのじゃ。この赤い魚でいいのじゃ?三匹あったから全部買ってきたのじゃ」


「そうそう!これこれ!目がでっかいやつ!」


 私が作ろうとしているのは金目鯛のうろこ焼きだ。ロベルタさんにお願いして、グリンピースを茹でてひたすら叩いたソースを作ってもらう。手回しとかでいいからミキサー欲しい。今度小人族に作ってもらおう。


 いっぽう私はガーリックバターを作る。それにロベルタさんが叩いてくれたグリンピースを混ぜ合わせて魚のソースは完成だ。エスカルゴバターのグリンピース版みたいなやつだね。


「じゃあ魚の調理を始めます」


「うろこを付けたまま調理するのですか?」


「はい、パリッとした食感に仕上げるのにちょっとしたコツがあるんです」


 まずは魚の表面のぬめった感じを拭き取るように洗い流してから三枚におろす。おかしらは後で味噌汁にでもするので、私の得意な冷やす方の温度魔法を駆使して保存しておく。便利すぎる。


「えっとぉ、アルテ様、イナリちゃん、ロベルタさん、ハルコ、ゆぱゆぱちゃん、小人族三人、それと私で九人かぁ。三匹だとちょっと多いね。そうだハルコ、ねもねもちゃんとみぷみぷちゃん呼んできてよ」


「わかった、すぐいく」


 イナリちゃんにお願いすると「おい子分!姫がごちそう作っておるのじゃ!早く来るのじゃ!」とか余計なことを言ってコアンとグランまで着いてきちゃうと困るので、「ナナセ、よんでる」くらいしか絶対に言わないハルコにお願いしておいた。


 七人衆は先輩子分なのになんかごめん。





あとがき

ゆぱゆぱちゃん圧勝、ナナセさん完敗でした。残念。

ゆぱゆぱちゃんは筆者の中で漠然と決めているランキング上位に転がり込んできそうです。異世界では魔法や属性の相性みたいなのがあるので単純な強さの順位を付けるのは難しいですが、ここでは作品内で戦闘描写があった人たちのランキングを作ってみようと思います。


1.ピステロ様

2.ゼノアさん

3.アイシャ姫

4.アンドレさん

5.マセッタ様

6.ボルボルト先生

7.ナナセさん

8.ロベルタさん

9.るぴるぴさん

10.らやらやさん

11.ハルコ

12.ルナ君

13.ゴゴラ君

14.アデレちゃん

15.シンくん

16.ゴブレット

17.カルヴァス君

18.ポルシュ

19.タル=クリス

20.マス=クリス

21.ティナちゃん

22.シャークラムさん


ピステロ様は一人で軍隊並なんてことをどっかで書いた記憶があるので問答無用の一位ですね。

ゼノアさんは亡くなってしまったので、そこにゆぱゆぱちゃんが入れ替わるのかもしれません。どちらも武器による補正がすごいです。

アンドレさんとマセッタ様はたぶん同じくらいなのですが、マセッタ様が「私でも勝てないわ」みたいなこと言ってたのでこうなりました。ボルボルト先生とナナセさんも含め、この4人は魔物のボスを単独で倒せるくらいだと思います。

ナナセさんは七が似合うのでずっと七位かもしれません。

ロベルタさんは侍女の服装で油断させて目標に近づいてから的確に急所を突いて暗殺、みたいな戦い方に特化しているようなので、純粋な対人戦闘ではナナセさんたちの方が上です。

獣人族のるぴるぴさん(里の母の方)の戦闘描写はありませんでしたが、らやらやさん(里の長の方)を頻繁にボコっているようなので、なんかまあこのくらいの感じです。

ハルコ、ルナ君、ゴゴラ君あたりは相性によって大きく順位が変わりそうなのでテキトーです。

人族離れした戦闘力を持っているのはゴブレットまでで、カルヴァス君(アンドレさんがナプレで見つけた学園の子)以下はどんぐりの背比べですね。アイシャ姫に決闘が始まる前に問答無用でぐさぐさされてしまったシャークラムさんは比較しようがないですけど、後進国であるベルシア帝国の中ではけっこう強い、くらいの位置づけかなと思います。


ちなみに、このランキングは筆者の都合と登場人物の成長度合いでコロコロ変わるので、今回のあとがき内だけの非公式妄想ってことでお楽しみ頂けるとありがたいです。本来は読者様の数だけランキングがあるのが理想ですね。


たまにはいいですよね、こういう強さランキングとか。おっかない女性上位のお話を書いている頃からやってみたいなと思っていたんです。


ステータスオープン、してみたいですね。

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