10の3 剣舞



 神楽ちゃんを両手で大切そうに握ったゆぱゆぱちゃんと一緒に、ゼノアさんの地下室からおうちに帰ってきた。小人族の三人は永久機関部屋の仕組みに興味があるようで、ああでしゅこうでしゅと騒がしく見学していたのでそのまま置いてきた。


「ただいまぁー」

「ただいまにゃにょ」


「ナナセ様、ゆぱゆぱさん、おかえりなさいませ・・・それはそうと、とても立派な武具をお持ちのようですが」


 ゆぱゆぱちゃんが握りしめている神楽ちゃんの存在を確認したロベルタさんの眼鏡がキラリと光った。強そうな武器とかすごく興味ありそうだ。


「これはゼノアさんが愛用してた特別な武器で、妖刀って言ってちょっと危険なんです。使える人が限られてるみたいで、獣人族とか小人族みたいな、生まれつき力が強い種族しか抜けないと思います。私も魔法を使って無理やり抜くことはできるんですけど、重力結界で完全防備しないと気絶しちゃうんですよ、振り回して戦うなんてとてもじゃないけど無理です」


「それで先日、朝までお戻りにならなかったのですね」


 ゆぱゆぱちゃんがロベルタさんに、こともなさげに「ほいっ」と神楽ちゃんを手渡す。まるで木の枝みたいに軽そうに渡したものだから、そのズシリとした重みに驚いて落としそうになる。


「素晴らしい輝きと重厚感ですね。抜いてみてもよろしいでしょうか」


「いいですけど、フラフラしたらすぐ戻した方がいいですよ、今日という一日を寝て過ごすことになって無駄になります」


 ロベルタさんは忠告など無視してさっそく剣を左右に引き始めた。どうも武器を手にすると普段の冷静な感じから人格が変わってしまうようだ。私は念のため重力結界で身を守る。


「ぐぐっ・・・なるほど、かなり強く引き合っております」


「そうなんですよ。超強力な磁石みたいに引き合ってて、私が気絶しちゃったら勝手にさやに戻ってました」


「ぐぐぐぐ、ぐ、ぐ・・・そいゃっ!(シャキーン!)」


 ロベルタさんは侍女服の袖が引き裂けそうなほど筋骨隆々な感じの腕に目一杯の力こぶを作り、いつもよりさらに腕をぶっとくして神楽ちゃんを強引に抜いてしまった。お見事。


「す、すごい!ロベルタさんまで抜いちゃった!」


 神楽ちゃんを引き抜いたロベルタさんはその場にガクリと膝をついた。それでも吸い取り攻撃からどうにかこうにか耐えているようで、「くっくっくっ」とか悪役っぽい声を漏らしていた。これがロベルタさんなりの喜び表現なのだろう。


 吸い取り攻撃自体も、最初の時に比べると穏やかになっている気がする。何十年も眠ってる間に魔子を使い果たしちゃったみたいなこと言ってたし、その眠りから覚めるためにアルテ様とイナリちゃんと私の魔子を存分に吸ったからなのだろう。このくらいの危険度なら、極端に近づかなければ人前で抜いても問題なさそうだね。


「はい。人族です。わたくしナナセ様の護衛侍女ロベルタと申します、ぐぐぐっ・・・」


 これは吸われすぎでロベルタさんがおかしくなっちゃったわけではない。たぶん神楽ちゃんが通信で話しかけているのだろう。しばらく様子を見ていると、ロベルタさんがいよいよ倒れそうになってきたので重力結界の中に入れてあげて、私も一緒に神楽ちゃんの柄を握った。


「ありがとうございますナナセ様、体が楽になりました」


「結界内に入ってもらうのは思いつきだったんですけど、なんか上手くいきました。この方法なら神楽ちゃんのことみんなに紹介できますね」


 ゼノアさんがご主人さまだった頃はゼノアさんとしかおしゃべりしてなかったんだろうし、せっかくだから他にもたくさんお友達を作ってあげたい。


「【おいご主人!うちを抜ける者が何人もいるとは驚きなのだ!ゼル村の民はいったいどうなっているのだ!】」


「あはは、私以外のみんなはこの町の純粋な住民じゃないよぉ。でもすごいよねロベルタさん、もしかして魔法使えない代わりに魔子で肉体強化してるのかもしれない」


「【ご主人の言う通りなのだ。子分には遠く及ばないが、ロベルタは無属性に適正があると思うのだ。前のご主人も護衛侍女という変わったお仕事をしていると言っていたから、きっとこの者も同じなのだ!】」


「あはは、護衛侍女にはとてつもなく重力魔法を使うのが上手い人とかいるから、無属性との関連性はないと思うよ。でもロベルタさんが無属性っていうのはわかる気がする、男性の護衛兵なんかより全然強いし、鍛え上げられた筋肉とかすごいかっこいいんだよー」


「まさか武具に認められ誇らしい気持ちになるとは思ってもおりませんでした。ありがとうございます、カグラ様、ナナセ様」


 この後、ゆぱゆぱちゃんも一緒に混ざって色々とおしゃべりした。ゼノアさんがご主人さまだった頃は他に抜ける人なんて一人もいなかったらしく、ゼノアさん本人もあまり他人に神楽ちゃんを触らせたがらなかったそうだ。


 神楽ちゃんの説明によると、無属性と思われる魔子を使った肉体強化をしている人が刀を抜くと、それを神楽ちゃんが吸い取ってから妖力という謎の力に変換され、所有者に還元されるそうだ。すると重たい刀が嘘のように軽くなり、刀身に薄い妖力の膜みたいなのができて切れ味が鋭くなるらしく、戦っている最中の所有者と神楽ちゃんは渾然一体のようなものだと言っていた。なんかかっこいい。


「【うちの名の通り、前のご主人は舞い踊るように戦っていたのだ。難しい言葉は読めないと言って、うちのことをマイちゃんと呼んでいたのだ】」


「へえ、私が重力魔法で飛び回って戦うのと似てるのかな」


「【さっきから重力魔法と言われてもよくわからないのだ。どういうものか見せるのだ。ご主人と子分で剣舞でもするのだ】」


「ちょっと剣を打ち合うくらいなら大丈夫かなぁ。ねえゆぱゆぱちゃん、私とチャンバラごっこしよっか。獣人族は棍棒で戦う人が多かったみたいだから、こういう武器を振り回して戦うのは知ってるでしょ?」


「にゃにゃせおねいにゃん、らやらや、やっつけたにょ。つよいにょ」


「あれは剣とか関係ないよぉ、右下手投げだよぉ」


 一度神楽ちゃんをさやに収めてから、木刀みたいな状態でゆぱゆぱちゃんと私の剣でペチペチと軽く打ち合って簡単な練習をした。この剣はすごく硬くて切れ味も良いはずだけど、神楽ちゃんのさやもかなり丈夫な素材のようで、傷一つ付くことなく練習を終えた。


 その間に、もし失敗して身体に当たって怪我しちゃったら困るので、念のためロベルタさんにお願いして、治癒魔法担当のイナリちゃんとアルテ様を呼んできてもらった。


「おい姫、獣人いじめは良くないのじゃ」

「ナナセ、ゆぱゆぱさん、危ないのは駄目なのよ」


「二人はちょっと離れて見てて下さいね、また吸われちゃいますから」


 私は地面に土俵の倍くらいの円を描いて、ここから中に入ってこないでねと言いながら剣舞リングを作った。ついでにお相撲と一緒でここから出たり手をついたり寝っ転がったら負けというルールにした。さらに、神楽ちゃんを使って戦うゆぱゆぱちゃんがどんな風になるのかわからないので、念のために小手を装備しておく。妖力とやらで狂戦士みたいな感じになったら怖いしね。


 装備が終わったら二人で円の中に入り、ゆぱゆぱちゃんが神楽ちゃんをシャキンと抜く。するとなにやら二人で作戦会議を始めたようで、大げさに首を振って何度も何度もうなづいているのが可愛い。


「うんうん、わかったにゃ、うんうんうん」


「そっかぁ、もしかしてこれ、二対一の戦いなのかなぁ・・・」


 神楽ちゃんとゆぱゆぱちゃんの相談が終わったところで、ロベルタさんがレフェリーのように円の中央に立ち、ある程度の距離まで離されてからお互い剣を構えた。どうやらゆぱゆぱちゃんは刀を右手一本で握り、左手でさやの中央あたりを持って戦うようだ。


 確かこのサイズの刀は大太刀ってやつだと思う。ゆぱゆぱちゃんの身長と同じくらいある棒を両手に構えるその姿は、時代劇に出てくる忍者っぽくてなかなか決まってる。


「足の裏以外の部分が地に触れたら負け、円の外へ出たら負け、武具と防具以外への攻撃は反則負け、両者、ルールはよろしいでしょうか?」


「おけです」


「しっぽは、いいにょ?」


 ゆぱゆぱちゃんがこちらにおしりをくいっと向けて尻尾をフリフリしている。可愛いすぎる。駄目なんて言えない。


「尻尾はセーフでいいよ!」


「わかったにょ」


「それでは・・・始め!」


「そりゃー!」


 先に動いた私は重力結界をまとった状態で、神楽ちゃんに向かって様子見の一撃を軽く振り下ろした。さっきペチペチ練習したように、軽ぅく剣をぶつけあうような感じ。ところが・・・


── ヒュッ! パシンっ! ──


「えっ?」


「かりゃだ、かりゅい、にょーー!」


 私の剣の攻撃は、ゆぱゆぱちゃんが左手に持っているさやを回転させるような動きで簡単に弾かれてしまった。慌てて次の一振りをと思ったら、もうそこにゆぱゆぱちゃんの姿は無かった。


「うえ、にゃ!」


── ガッキーン! ──


「うわああああ!すごい威力ーー!」


 どうやら私の初撃を弾いた瞬間に後ろ向きのまま高く飛び上がったようで、バック転の勢いを利用した上からの重たい攻撃が降ってきた。空中でクルクル回転しながら私の方へ向くように一度身体をひねったようで、つまり後方二回宙返り一回ひねりだ。これ確か月面宙返りってやつだよね、ゆぱゆぱちゃんの身体能力に驚かされる。


「うんうんうんうん!できりゅにょ!わかったにょ!」


「二対一ずるいー!」


 なにかの指示を受けたゆぱゆぱちゃんは、今度は刀を新体操のリボンのようにヒラヒラと揺らしながら踊り始めた。それは単に踊っているだけではなく、たまに射程距離の長い刀の攻撃が軽やかなステップと共に私の小手をめがけて襲ってくるものだった。さらに間髪入れず、バトンのように回転させて使うさやの打撃攻撃が見えないところから飛んでくる。まるで二刀流のアイシャ姫と戦っているようで、スキなんてどこにもない。


── カキーン!カキカキガキーン! ──


「ひえー!逃げられないー!」


「うんうん、できりゅにょ」


 防戦一方の私は剣と小手でなんとか猛攻をしのいでいると、また何やら神楽ちゃんからの新しい指示が飛んできたようで、少し下がってから勢いを付けて宙返りしながら飛び込んできた。私もさすがに手加減とかしていられなくなってきたので、重力魔法全開でピョンピョンと飛び回って撹乱する。というか逃げ回っている。


「ひっさつ!ごせんぞさま、かんしゃにょまい!にゃにょ!」


「なにその必殺技!」


 ゆぱゆぱちゃんが両手を天にかかげ、ご先祖様感謝の舞いとやらを始めた。

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