9の19 記憶の欠片(其の二)



 私の名前はゼノア、お城の中で護衛侍女っていう王様や王子様をお護りする大切なお仕事をしていたはずだけど、今はなぜか毎日畑仕事や家畜の世話ばっかりしてる。


 今日は新しくできたご近所さんのお友達に農作業を教えたから、そのお手伝いをしに行ってくる。もう少しで畑が完成するんだよね。


「おやおやゼノアちゃん、剣をこさえてるってことは今日もお出かけなのかい?」


「はいっ!北の森のもっと北の方にある山の中に滝があるんですけど、そこに住んでる新しいお友達ができたんですよ!」


「なんだい、あっちの方は魔獣が出るからって、あたしたちゃ近づかないように言われてたじゃないかい」


「えっと、魔獣って言っても、私の早馬に追いつけるようなのは出ないから大丈夫なんです。それで、新しいお友だちっていうのは獣人族なんですけど、人族のこと嫌ってるみたいで、岩の中に穴掘って隠れて住んでるんですよ」


「なんだいそりゃ、嫌ってるだなんて物騒じゃないかい?ゼノアちゃんは大丈夫なのかい?」


「大丈夫ですっ!人族を嫌ってるのは男の人だけみたいで、私がお友達になったのは女の人たちですから!」


「ゼノアちゃんがそう言うなら大丈夫なんだろうね、それでも気をつけて行っといで」


「わかりましたぁ。それじゃミミルさん、チェル君がおかしなこと始めちゃわないように見張ってて下さいね!」


「はいはい、しっかり見張っとくよ」


「あとあと、おかしなもの買っちゃわないようにしっかり見張ってて下さいよ!」


「はいはい、わかったよ。ゼノアちゃんは心配性だねぇ」


 私はチェルバリオ村長さん・・・というか、チェル君が子供の頃から教育係として面倒を見てきた。やんちゃ王子だったチェル君は私の言う事なんてまったく聞かず、王宮の部屋から抜け出しては貧民街の子供たちと遊び回っていた。落ち着いた性格の弟さんであるヴァルガリオ第二王子・・・というか、ヴァル君とは全然違うから困っちゃうよ。



「段々畑の完成ですっ!」


「こんな水たまりで護衛侍女ゼノア様が食べさせてくれたお米ってのができるのかい?不思議なもんだねぇ」


「はいっ!この山は綺麗なお水がいっぱい流れていますし、獣人の方々は農作業がとても早くて丁寧ですから、来年からは食料に困ることなんてなくなりますよ。私もちょくちょく様子を見にきますから、日々のお手入れお願いしますね。そんで、お米が上手く行ったら、次は小麦です」


「ありがとねぇ、領主様にもよろしく伝えておいておくれよ」


 私がお友達になったるぴるぴさんはクマの獣人さんで、体が大きくて強そうだけど、とても心優しい人だ。


 ゼル村の北側はけっこう強い魔獣が出るから危険なんだけど、このままだとアブル鉱山っていう質の良い鉱石が採れるところへ向かうのに不便だから、どうにか安全な道を開拓しようと思って調査に出かけたときにこの山へ迷い込んでしまい、泣きそうになって彷徨っているところをるぴるぴさんに助けてもらった恩がある。


 獣人族の男の人は人族に奴隷のように扱われていた過去に恨みを持っている人が多いらしく、私は里の中へは入ったことがない。


 るぴるぴさんは「あたいが黙らせてやんよ!」って言ってくれたけど、私が遊びに行くことで獣人同士が喧嘩になっちゃったりするのは申し訳ないから、こうやって里の近くで会うことにしてる。


「ほら、これ持っていきな、たいしたお礼もできなくて申し訳ないけどね」


「わあ、これは菜の花ですね!種もいっぱーい!ありがとうございますっ!」


「人族はこれを菜の花って言うのかい。勝手に育つし、油も採れるし、芽は美味いし、黄色くて可愛い花を咲かせりゃ虫がたくさん寄ってくるしで、あたいらにとっちゃありがたい植物なんだよ」


「なるほどー。そうだ、村の北にある森・・・こっからだと南ですね、そのあたりに耕しやすそうな平地があったから、そこにこの種を植えてみます!美味しい菜の花の芽がたくさん採れるといいなぁ・・・」


「おお、おお、林の先にある森のあたりまでなら、あたいらも山を降りて散歩に出かけることがあるからねぇ、耕すくらいだったら手伝ってやれると思うよ」


「ホントですか!ありがとうございます!私たちの村ってまだまだできたばっかりだから住民が少なくて、自分たちが食べる分の農作物を作るだけで手一杯なんです。こういう新しいことは、いつも私が一人で勝手に始めちゃうんですよ」


「勝手に始めちまうってのは護衛侍女ゼノア様らしいねぇ。そんじゃあ段々畑のお米とやらの植え込みが終わったら、次は護衛侍女ゼノア様の菜の花畑のお手伝いだよ!いいね、あんたら!」


「「「もちろんさ!」」」


 獣人族の女の人たちが手伝ってくれたので、無事に北の森を抜けたあたりに菜の花畑を作ることができた。


 でも、村からちょっと遠いから住民のみんなはお手入れに来てくれないだろうね。いくら勝手に育つって言っても、少しくらい面倒見なきゃならないだろうし、これは私が一人でコツコツ育てよっか。


 春になって、可愛いお花がいっぱい咲くのが待ち遠しいね。

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