9の17 獣人族の歴史(後編)
イナリちゃんに落ち着きを取り戻させられたらやらさんと、ローストビーフで落ち着きを取り戻した私はお話を再開した。
「その反乱では、らやらやさん一人だけ生き残ったんですか?」
「集落を焼き払われた際、騎乗馬より速く走れる者の数名が逃げ延びたが、多くの仲間を失った俺はただただ途方に暮れ、この王国を彷徨い歩いた。身体だけは丈夫だし狩りもそれなりに得意だからな、食いつなぐことには困らなかった」
「でも、行くあてもない傷心旅行だったんですよね」
「貴族と平民の戦争は何年も続き、とてもではないが人族の村などには近づけなかった。俺は人族から隠れ山や森を渡り歩き、どこかに生き残りの同族がいないかと探し続け、さすがに身体がボロボロになり心が折れかけ、いよいよ死を覚悟していた頃、夢の中にリベルディア様が現れた」
「へえ、リベルディアって夢の中にまで出現できるんですか。まさしく神の降臨ですねぇ」
「果たしてそれが夢と言っていいのかはわからぬが、寝ているわけでもなく、立っているわけでもなく、まるで浮遊しているような不思議な感覚の場所であったな」
それ知ってるよ、たぶん私とアルテ様が出会った時の流れ無視の謎空間だよ。らやらやさん、死んじゃったことに気づかないまま無理やり創造神に人生やり直しさせられたのかもしれない・・・
「なるほど。その夢の中でリベルディアに何を言われたんですか?」
「さすがに季節八百も前に見た夢のことだ、はっきりとは覚えていないのだが、獣人族をこの滝へ集結させるようにするからあなたがまとめなさい、といった訓示を受けた。それは人族が言うところの“神命”というものに近いのではないかと考え、俺は場所も知らぬはずであったこの滝へと吸い寄せられるようにやってきた」
この世界にやってきて行くあてさえよくわかってなかったアルテ様が私と一緒にゼル村に吸い寄せられたのと同じかな・・・なんとなく創造神のやり方がわかってきた気がする。きっと命令ではなく自分たちの意思で見つけなきゃ駄目なルールとかあるんだろう。
世界各地からなぜかこの滝を目指してワラワラと集まってきた数名の獣人たちは、らやらやさんを長として住居づくりや食料確保を始め、何十年もかけてなんとか生活の拠点にすることができたそうだ。その苦労話は貴族への反乱の話で悲しそうな顔をしていたのとは違い、とても生き生きとした顔で話してくれた。
「ただ食料を求めて狩りをし、それを食らうだけの生活ではあったが、ある時、季節数十ごとに様子を見に来て下さるリベルディア様が小人族を紹介して下さった。俺は王都で生活していた経験があったからな、王族や貴族の文化的な生活を知っていたので、それを参考にして生活水準が少しづつ向上した。同時に里にも仲間が増え始め、それまではそれほど深刻に考えていなかった繁殖の問題が起こったんだ」
「なるほど。さっき滝のおトイレを見学しましたけど、あれとか人族のおトイレをはるかに凌駕していますし、家具や食器なんかを見ても、ナゼルの町なんかよりよっぽど文明が進んじゃってますよこの里」
「俺たちは元々獣であるからな、不衛生なことに無頓着であったのだが、ある時リベルディア様が大激怒さなってな、今ではおそらく人族よりも衛生面や食事面には気を使っていると思うぞ」
「良いことですね、ナゼルの町で参考にしようと思います」
「参考になるのは嬉しい事だが、リベルディア様はお許しになるのか?」
「絶対大丈夫ですし、それを望んでると思いますよ。あ、さっきもウサミミの女性獣人の方に言いましたけど、リベルディア殺されちゃいましたから、先々代のヴァルガリオ王様と一緒に。でもどっかで魂みたいな状態で存在してると思いますけど」
「・・・先程から不思議に思っているが、領主ナナセ様はずいぶんと神のご事情に精通しているな」
「あはは、ここにいるイナリちゃんもそうですし、私と一緒に住んでるアルテ様っていう女神様が創造神のこと知ってるんですよ。少なくともその二人から許可をもらえば滝のおトイレをパクっても怒られないと思います。私はリベルディアに直接会ったことないですけど、色々と創造に関わってそうなものを見たり、話を聞いたりしてたら、なんかパターンみたいなのが理解できるようになっちゃったんですよね」
「神のご意思がおわかりになると?」
「いや、ただの地球かぶれだと思います。」
「・・・言葉の意味がわからぬが、領主ナナセ様は神の使者、あるいは予言者のようなものあるとの認識で良かろうか。さっそく聞きたい事があるのだが」
「知ってることなら何でも答えます!領主様に任せなさぁいっ!」
「あの蜘蛛型の虫が捕れた林はリベルディア様がこの里に増えた獣人族の為にと用意して下さったものだった。なぜ消滅してしまったのであろうか・・・俺たちは神の怒りに触れてしまったのであろうか・・・」
「・・・。」
どうしよう、この話まだ続いてたんだ。とりあえず深妙な面持ちに戻っておこう。
「僭越ながら自分から申し上げます」
「おおっ!ノイドさんに任せまぁすっ!」
ノイドさんは私が虫嫌いであることを上手く隠しつつ、自分が創造神であるリベルディアから与えられた「魔物化した虫の討伐」を強調して説明してくれた。さっきからこのメンバーの中で一人だけ大人だ。
「今回はたまたま領主ナナセ様が掃討して下さいましたが、早かれ遅かれ自分たちアラクノイドが魔物化した蜘蛛型の処理をすることになったと考えられます。獣人の里で食料となっていたことを事前に知り得ていればこのようなことにはならなかったのでしょうが・・・」
「そうであったか、ノイド殿にも優先すべき神命のようなものがあるのは理解できたぞ、だが食糧減少は困りましたな・・・俺はこの里の仲間たちをこれからも食わせてやらなければならない」
ありがとうございますノイドさま。あとは不肖わたくしめが。
「食料なら問題ないですよ、野菜もお肉もお魚も、すべてナナセカンパニーで取り扱ってますから。あ、お肉は鶏肉だから安心して下さい」
「譲ってもらえるなら嬉しいが、俺たちは対価を支払うことはできぬぞ。人族が扱う通貨など持っていない」
「そこは今のナゼルの町が喉から手が出るほど欲しい労働力で!って、貴族に奴隷として扱われていた歴史がある獣人族の人たちに私たちと一緒に働けって言っても難しいですかねぇ」
「ふむ・・・」
らやらやさんは返事とは呼べない返事をすると、そのまま目をつむって腕を組み、長考に入ってしまった。私はその間に背後で突っ立ってる護衛っぽい獣人たちの年齢を眼鏡でぬぬりと確認した。人族で言うところの三十代から五十代くらいの獣人が多い。戦争の生き残りであるらやらやさんだけが特別に年上っぽいね。
「らやらやさんは人族で言うところの二百歳・・・えっと、季節八百を越えてると思いますけど、他の獣人はけっこう若い人が多いんですね」
「そのようなことがわかるのか。この里で過ごすようになってから季節・・・いや、百年くらいは不衛生な環境であったからな、多くの仲間が疫病で死んでいったし、せっかく生まれた子供たちも赤子のうちに死んでしまったりしていたんだ。このように子供がすくすくと健康に育つようになったのは数十年ほど前からであるな、リベルディア様のご指導の賜物である」
「なるほど、衛生的になってからなんですか。それで、言葉とか歴史とか、そういった教育らしい教育はらやらやさんがしてたんですか?」
「男女に分かれて教育を施しているから、男どもは俺が担当だな」
「そうなんですね。奴隷とか戦争の当事者だったらやらやさんが人族への忌避感を持っているのは当然だと思いますけど、やっぱあの頃の嫌だった過去を言い伝えみたいな感じで人族への悪い印象ばかりを教育しちゃったんですか?今はそんなこと全くないですよ」
「そうかもしれぬな・・・」
らやらさんがまた長考に入ってしまった。話をまとめると、どうやら教育を担当してきた男性獣人たちばかりが人族に対して憎しみを抱いているようで、女性獣人や最近生まれた子供たちにはそんな感情は全く無いそうだ。むしろなぜそんなに嫌うのかと女性たちと喧嘩になるときもあるとか。
その喧嘩は獣らしい壮絶なもので、どうも里の母と呼ばれている女性獣人が参加すると、圧倒的な暴力によって黙らされてしまうらしい。私が暴れてこらしめたら、比較的若い獣人護衛たちが手のひらを返したようにヘコヘコしてきた理由がなんとなくわかってきたよ。
「あはは、獣人界にもおっかない女性いるんですね。今はおでかけ中ですか?」
「農作業や狩りは主に女たちの仕事なんだ。麦や米の畑がこの山の中腹に点在しているから、日中は里から出て手入れをしている」
「へえ、男性獣人のお仕事はどんなものなんですか?」
「掃除、洗濯、住居の補修と拡張、それと子供たちの面倒を見ること、そして何よりこの獣人の里を護衛することだ。料理は力が弱い種の女や子供たちが担当することになっている」
「ああ、先ほどのウサミミさんは力の弱い種族ってことなんですね。あ、それと獣人族は皆さん独特な名前ですよね、らやらやさんとかゆぱゆぱちゃんとか」
「先祖代々、同じ名を使用しているのだ。例えばゆぱゆぱは二代目であるな、初代ゆぱゆぱはリベルディア様に大変可愛がられていた」
「へえ、先祖代々みんなこういう名前で世襲制みたいな感じなんですかぁ・・・あ、そうだっ!ゲレゲレは!?ゲレゲレはどこですかっ!」
「そのような魔獣みたいな変な名の者はおらぬ」
「えー、強そうな名前なのにぃ・・・ガッカリ」
そんな話をしながら数時間がたつと、ようやくお仕事に出ていた女性獣人の集団がドカドカと帰宅してきた。サイっぽい角の獣人やゴリラっぽい腕の太い獣人、他にも鼻が長いゾウさん獣人までいる。
その体つきはガッチリとした獣人ばかりでみんな強そうだ。らやらやさんの背後に立っている数名の護衛っぽい連中なんて一捻りだと思う。この里の女尊男卑が説明など受けずとも一発で理解できた。
「ほらあんたら帰ったよ!まずは風呂かいね!」
「あのあの、ど、どうも・・・お邪魔しております・・・」
私はビビりながらひときわ身体がビッグなボスっぽい女性クマさん獣人にペコリと頭を下げる。間違いなくこの人が里の母であろう。
「おやおや?護衛侍女ゼノア様かいね?」
えっ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます