9の16 獣人族の歴史(前編)



「貴重な食料源を失った我々は、新たな食料を探すべく、まだ里で決められた仕事を与えられていない子供たちを調査に出した」


 確かにあの蜘蛛型の味は悪くなかったし、あまり動物を食べないこの里にとって貴重なタンパク源だったのだろう。蜘蛛型どころか林ごと消滅させしてしまった私は、またらやらやさんを怒らせちゃうと大変なので、深妙な面持ちで黙ってお話を聞いている。つまり、だんまりを決め込もうとしているけど、さすがに無理があるかな・・・


「ゆぱゆぱ一人だけ戻りが遅いのは心配していたが、野菜を盗んだにもかかわず領主ナナセ様に手厚く保護されていたのであれば、それは感謝する。そして謝罪する、申し訳なかった」


 私は深妙な面持ちを継続したまま黙ってコクリとうなずく。


「あの林は創造神であるリベルディア様が我々の食料源のためにとお創りになって下さった歴史ある林で・・・」


「えっ、リベルディアここ来てたんですかっ!」


「うむ、かれこれ季節八百ほど前、我々獣人族をこの滝へ導いて下さった。最後にいらしたのは季節四十ほど前であったかな」


「詳しく聞かせて下さいっ!」


「そうなった経緯まで話すとなると少し長くなるぞ」


「じっくり聞かせて下さいっ!」


 らやらやさんのお話は衝撃的な内容のものだった。


「ある時、ここよりはるか北の地の山奥にあった小さな集落で狩りをしながら静かに暮らしていたところへ王族の遣いを名乗るの者がやってきてな、俺を含めた若い働き手となる獣人は、稼げる仕事があると聞かされ王都へ連れられて行った」


「へえ、王都で働くなら安心じゃないですか」


「最初は良かったんだ。俺たちは人族のような生きる知恵もなく、山奥で細々と暮らしていた生活が、そうして出稼ぎに出ることで一変した。王都で働いた稼ぎの大半を集落へ仕送りし、女や子供たちも少しは人族に近い良い暮らしができるようになってきたが、しばらくして貴族どもが我々の身体の強さに目をつけ労働力の搾取が始まった。月日を重ね、やがてそれは集落で暮らす女や子供を人質のように取り始め、ついに俺たちは奴隷と呼ばれる立場になり下がってしまった」


「ああー、今は学園とか神殿とか公園がある王都の南東側って昔は奴隷街だったって聞いたことがあります。王都の学園に王国の歴史を記載してある書物とかあるんですけど、そういった恥の歴史は詳しく書かれていないから、実際のところどうだったのか私たちのような世代を重ねた若い人族はよく知らないんです」


「いくら人族より身体が強く長寿であるとはいえ、与えられる貧相な食事や過酷な労働は肉体だけでなく精神までも蝕んだ。中には同族を裏切り貴族の腰巾着になるような者も現れ、残された多くの仲間は奴隷街の不衛生な居住環境の中で、怪我や病気になってもろくな治療も受けられず、次から次へと死んでいった」


「酷い話ですね・・・」


「そんな奴隷生活も季節二十も過ぎれば、さすがに我々も黙って従うわけには行かなくなってきてな、同情的であったり協力的であった極少数の人族に助けられながら、秘密裏に反乱を起こすこととなった。その小さな反乱の種火は後に王国全土へと広がる平民と貴族との大戦争が起こるきっかけとなってしまったんだ」


「貴族制度撤廃の原因になったっていう戦争ですね・・・そのへんはピステロ様っていう貴族だった吸血鬼の人が当事者だったんで少し話を聞いたことがあります。その話に獣人奴隷は出てきませんでしたね」


「ほう、当時の貴族の生き残りがいるのか」


「元貴族だからってやっつけようなんて思わない方がいいですよ、私の何倍も強いです。確実にボコられて血を吸われちゃいます」


「我々はこの里から出てまで復讐しようなどと考えておらぬから安心してくれ。話を戻すが、俺以外の仲間は人族との衝突ですべて死んでしまい、生き残りは俺だけになってしまった。そして貴族どもはこともあろうか獣人の集落に火を放ち、住居だけでなく女子供の大半が焼き払われ、命を落としてしまったのだ・・・くっ」


「そんなぁ・・・えぐっ」


 らやらやさんが思い出し怒りをしてしまった。私はなんだか胸が苦しくなって涙ぐんでしまった。ここでノイドさんが気を使ってくれたのだろうか?口を挟んできて一度休憩することになった。


「らやらや殿、自分たちは軽い朝食しか食べておりません。領主ナナセ様とイナリ殿がそろそろ空腹であることを申し上げます」


「ノイドさん、なんかありがとうございます、でも食糧危機の里で食事を強要しちゃダメですよ。私が美味しいもの作ってきますから、イナリちゃんとゴブレットと一緒におとなしく待ってて下さい」



 大量の食材が入った木の箱とリュックを持って、ゆぱゆぱちゃんに里の厨房へ案内してもらった。この横穴式住居は下へ向かって部屋が掘られているようで、石を削ったような階段を降りたところにある厨房へ来ると、女性の獣人が驚いた顔をして私を見ていた。


「にゃにゃせおねいにゃん、ここ、つかうにょ」


「どどど、どちら様でしょうか・・・」


「あっ、驚かせちゃってすみません、ナゼル町長ナナセと申します。ちょっと火をお借りしますね、鍋とか食材は持参してますから」


「町長ということは・・・領主様でしたか!どうぞどうぞご自由にお使い下さい」


 ウサギのような長い耳をした女性の獣人は優しい人で、すぐに火を起こしてくれて、お水なんかも使っていいとタルで運んでくれた。さっきの棍棒護衛みたいな人族への忌避感みたいなものは無いようで、イナリちゃんたちの食事を作りながら色々とお話をすることができた。


「けっこう広くて綺麗な厨房なんですねぇ、かなり清潔に使っているようですし。こんな立派なオーブン、王宮でしか見たことないですよ」


「ありがとうございます、これは以前リベルディア様からきつくご指導を受けまして、それ以来、里の衛生状態が劇的に向上したのです」


「へえ、そうなんですね」


「下階にはおトイレなる排泄所も作られ、できるだけ人族と変わらぬ暮らしをするよう、心がけております」


「ご飯炊くのにちょっと時間があるんで、色々と見学させて下さい」


 なんでも獣人は人族とかけ離れた衛生観念だったようで、プラっと遊びに来たリベルディアがブチギレて、徹底的に清潔になるような生活改善を行ったようだ。私は女性の獣人に連れられて、一番下の階と思われるところまでやってきた。


 するとそこには前世では当たり前のように使っていた洋式便座が三つほど並んでいた。ちなみに個々に壁は無い。


「すごーい、水洗式って感じですねぇ、でも個室じゃないんだ」


「こちらが、滝の、おトイレです」


 ああ知ってるよそれ、使ったことないけど駅とかにあるやつだよね。まさか異世界で実物を見ることになるとは思わなかったよ。


「あれ?この管はもしかして・・・」


「用を足した後に洗浄する水の吹出口です」


 どうやら滝の水圧をうまく利用して作られているようで、レバーを倒すと水が流れたり、別のレバーを引くと弁みたいなのが開いておしり洗浄ができるような仕組みだった。


「素晴らしい!これナゼルの町で真似してもいいですか?」


「私にそのような判断はできません。リベルディア様から許可を頂いて下さい」


「あはは、わかりました。でもリベルディアって殺されちゃいましたよ」


「なっ!!!そうなのですか!そのようなことが・・・あぁ・・・」


 ウサミミさんが愕然として固まってしまった。獣人族は神への信仰のようなものが厚いようだ。ごめんなさい言い方悪かったです。


「あ、でもなんか、魂とか精神体みたいな感じになってどっかで生きてるっぽいから、殺されたと言ってもそれは肉体の死であって神の消失とかそういう大層なやつとは違うみたいです」


「私には難しいことはわかりません・・・」


「私もよくわかってないから大丈夫です!」


 この後、居住区みたいになっている部屋をのぞいてみたり、銭湯みたいな立派な温泉風呂を見せてもらったり、水くみ用に作られた滝の裏側にある窓みたいなところを見せてもらったりと、かなり文化レベルの高い生活をしていることが確認できた。なんとなく創造神のえこひいきを感じる。獣人好きなんだろうね。私も好きだけど。


「こういった食器や家具なんかも王族が使っているような立派なものばかりじゃないですか。そういえば入り口も金属と木材がしっかりと加工してある、重厚感のある素敵な扉でした」


「はい、そういった生活用品は、私たちが唯一親密なお付き合いをしている他種族である“小人族”が作って下さります。手先が器用で力も強く、人族が好むような工芸品も数多く作っているようですね」


「ドワーフいるんですね!このへんに住んでるんですか!?」


「小人族はどわあふと呼ぶのですか・・・アブル村で人族と共存共栄しているようです。ただ、アブル村以外の人族とは距離を置いているようで、地下の作業場から滅多に出てこないそうです。この里にも季節四十はいらしておりませんね」


「そういうことだったんですかぁ」


 良い鉱山が近くにあるというアブル村に腕のいい職人が集まるっていうのは、実は地下でドワーフがせっせと工芸品を作っていたようだ。かなり気になるから今回の件が終わったら行ってみよう。


 そうこうしているうちにご飯が炊きあがり、低温で温め直していたローストビーフも仕上がったので大量に薄切りにしてからお皿に盛り付ける。ウサミミさんからもらったバルサミコっぽい調味料を煮詰めてトロッとしたソースを作り、円を描くように肉にかけて完成だ。


「よし完成。お邪魔しましたぁ」


「とても食欲がそそられる美味しそうな料理ですね・・・しかし私たちは獣の肉を食べるわけにはいかないので残念です・・・」


「今度、ナントカ祭のときに振る舞いにきますよ!」


「季節の鎮魂祭ですね、それは楽しみです」


 私は四人分の料理を持ち、らやらやさんがいる部屋に戻ってきた。らやらやさんの怒りはイナリちゃんの暖かい光によって無理やり落ち着かされたようで、子供獣人たちとイナリちゃんと一緒にじゃれ合って遊んでいた。この人やっぱ獣なんだね。


「イナリちゃん、ノイドさん、ゴブレット、お待たせー。さっそく食べよー」


「「いただきます!」」「のじゃ!」「きー!」


「実に美味そうであるな・・・」


「獣人は禁忌に触れるから食べちゃ駄目ですよー!もぐもぐ・・・ナゼル産牛肉おいちぃー!」


「みゅうぅ・・・」

「ねもねももー」

「みぷみぷも食べたし」


 あ、このパターン記憶に新しい。また虫食べさせられちゃわないように気をつけよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る