8の17 女王様の休息



 私がお皿や鍋のお片付けをしている間、三十分くらいは経っただろうか?芝生の緊急メンテを終えたリアンナ様とアルテ様がゼーゼー言いながら部屋へ戻ってきたので、みんなにコーヒーをいれた。なんとなくお砂糖はテーブルに出さず、当然食後のデザートも無しだ。


「マセッタ様はずっとブルネリオさんと打ち合わせしていたから、アルテ様とゆっくりお話する時間なんてなかったですもんね」


「そうね、ようやく事件が一段落しましたから、ブルネリオが王都にいるうちにアルテ様とゆっくりお話をしたかったの。女王となってしまった今、そう簡単に王城を空けることはできなくなってしまったもの」


 マセッタ様にとっては数少ないお友達であるアルテ様との時間はとても大切なようで、二人で並んでうふうふとお上品な笑顔で顔を見合わせている。なんか微笑ましいから邪魔しないようにしなきゃ。


「二人って本当に仲がいいですよねー、「マセッタ様と何話したの?」ってアルテ様に聞いても、秘密って約束したからって教えてくれなかったんですよ」


「あら、それでしたら先ほどアンドレッティ様が私とブルネリオに説明していた、ナナセ様の過去に住んでいた国のお話よ」


「あー・・・ナゼルの町で初めて会った時には、もう知ってたんですか」


 そっか、だからマセッタ様は私が日本人っぽい感覚で話をしても、それとなく理解してくれていたんだね。


「そうね。それと、私はアルテ様に洗脳されてしまいましたから。ふふっ」


「ちょっとアルテ様!マセッタ様に何しちゃったの!」


「たいへんだわ!どうしましょう、わたくし何をしてしまったの?」


 アルテ様がオロオロしていて可愛い。マセッタ様からよくよく話を聞いてみると、アルテ様は私を主人公とした冒険譚のような感じで、この世界にやってきてからの事を、それはもう大げさに、三日三晩かけて語り尽くしたそうだ。なんかお恥ずかしい。


「ナゼルの町へ行こうと思ったきっかけは、オルネライオを誘惑するにっくき小娘を懲らしめるためだったの。けれども、アルテ様が嬉しそうに語る素敵な物語を聞いてしまったら、知らず知らずのうちにナナセ様という主人公の大ファンになっていたわ。これが洗脳ではないと言うのなら、アルテ様による精神支配といったところかしら?」


「アルテ様っ!相手は女王様なんですからね!これ以上なんかよくわかんない支配しちゃ駄目ですよ!」


「ごめんなさい、わたくし人族の精神構造はよくわからなくて・・・そんなつもりは無いのよナナセ、信じて下さい!」


 あわあわしているアルテ様を見て、マセッタ様も私と同じムズムズを感じているようだ。思わず二人で顔を見合わせてニヤニヤしてしまう。まあ、私もアルテ様に支配されちゃってる部分があると思うから、それがそんなに危険なものではないことくらい知ってる。


「ふふっ、やはり貴女方と過ごす時間は何ものにも変えがたい大切なものだわ。早いところ誰かに女王などという面倒な地位を押し付けて、ナゼルの町へ隠居してしまいたいです。アリアニカ様とリアンナ様が移住してから生き生きと過ごしている様子がとても羨ましいもの」


「そうですね、私はナナセ様のご配慮で王宮を出ることができたおかげで、日々起こるすべての事が楽しく感じられるようになりましたし、アリアニカも同じように感じながら過ごしていると思います。これはナナセ様による民の支配がナゼルの町全体を幸せにしている証拠ですね、うふふ」


「ナナセも町のみなさまを支配しているのね!わたくしだけでなくて良かったわ!」


「そういう感じじゃないんですけど・・・そういえばマセッタ様も歴代の王様を精神支配してたみたいじゃないですかっ」


「な・・・私はそのようなことをした覚えはありません!」


「マセッタ様が気づいていないだけですよ!ブランカイオ様もヴァルガリオ様もブルネリオ様も、もちろんオルネライオ様も!」


「マセッタ様も一緒なのね!よかったわ!わたくしの洗脳なんて、マセッタ様やナナセの支配に比べたら子供のお遊戯よね!」


 すっかりご機嫌が戻ったアルテ様が嬉しそうで良かった。



 褒められてるのか不満を言われてるのかよくわからないお茶会が終了し、次のお仕事に向かうためにマセッタ様の許可を得なければならない。次は皇国の諜報員二人だよね。


「マセッタ様、タル=クリスは以前にアルテ様と一緒に泣き落としをしたことがあるので、できればアルテ様を連れて行きたいです」


「あら、私まだ遊びに来たばかりなのに」


「ですよねぇー」


 マセッタ様に、これでもかという名残惜しそうな顔をされちゃったので予定の変更を余儀なくされる。そんな顔で私を見ないで下さい。


「じゃ、じゃあ先にマス=クリスのところへ行ってきます。なんか決めるっていうより、ほとんど初対面みたいな感じなので、どんな人なのか知っておきます。アンドレさん連れてってもいいですか?」


「ナナセ様の言う“公安警察”の管轄よね、アンドレッティ様とアデレード様の同行を許可します」


「へっ?あたくしもですの?」


「アデレちゃんは警察みたいな感じになったんだよー」


「あたくしアデレード商会のことで手一杯ですの・・・」


「大丈夫、私も二足のわらじどころか、十足くらい履かされてるから!一緒に様子見にいこ?今日はなんか難しいこと聞くつもり無いし」


「わかりましたの・・・」



 マス=クリスが滞在しているのは王城のてっぺんにあるバルバレスカが幽閉されていた、例の囚われの姫部屋だ。危険なことは無いと思うけど、アデレちゃんには念の為にベルおばあちゃんを背負ってもらい、すぐにでも飛んで逃げられるように対策した。ついでなのでベルおばあちゃんにはマス=クリスの“魔子の感じ”を覚えてもらい、変装して逃亡してもすぐに探せるようにお願いした。重力結界みたいな闇をまとわれると見えなくなっちゃうらしいので、そこは私が眼鏡でやってるサーモグラフィーみたいなのを併用して覚えてもらうように頼んでおいた。前世の監視カメラより便利だ。


 私とアンドレおじさん二人でアデレちゃんを護衛するような感じで長い長い螺旋階段をてくてく登りながら、マス=クリスがどんな人物なのかを聞いてみた。あまり口数の多いタイプではないみたいで、最初はタル=クリスと共に黙秘を徹底していたようだけど、「イグラシアン皇国に残している娘がどうなってもいいのか?」みたいな感じで脅したら、質問に対して最低限の返答をするようになったそうだ。なんかひどい話だ。


「あんまり褒められた方法じゃありませんね、それこそ脅迫ですよ」


「まぁなぁ・・・でもよ、タル=クリスが娘思いな奴だっていうの、前にナナセが地下牢でそのあたりをうまく突いてただろ?マルセイ港で捕えて王都へ輸送中は時間がたっぷりあったからよ、話が自然にそういう流れになっちまったんだよ。ナナセが考えているような脅しとはちょっと違うぜ」


「タル=クリスもマス=クリスも、アンドレッティ様に二度も捕えられてしまっては、さすがに観念したのだと思いますの。結果としてイグラシアン皇国の思惑が少しづつ明らかになっていますし、この二人には少し厳しめの聴取を続けるのは仕方のないことだと思いますわ」


「アデレちゃん、なんか警察っぽくなってきたね」


「そんな立派なものではありませんけれど、この問題に関わってしまった以上はしっかり取り組みたいと思いますの」


 この諜報員の二人について色々な人から聞いた話を整理すると、イグラシアン皇国は現在の皇帝がまだ若くて表に出てきていないため、内政面に力を持っている老害悪徳大臣みたいなのが王国の乗っ取りを計画してるらしい。経済面では敵わないので、王国の戦闘力がどの程度なのかを領海で小競り合いを起こすことで測っているようだ。


 一方、王国の中枢である王都へは二人の諜報員を送り込み、王国軍の強度調査や、王族の弱みを探すような任務を与えていたらしい。憎しみに囚われていたバルバレスカはまさしく当時の王族の弱みそのものだったため、皇国の思うつぼで、うまく付け入られて利用されていたのだろう。


「つまり、皇国の乗っ取り計画は十年以上も前から始まっていたってことですよね。アイシャ姫がアデレちゃん産むために身を隠したのってタル=クリスの家だったみたいですし」


「そうでもないみたいだぜ。当時はまだ先代の皇帝が健在で、戦争とか諜報とかって感じでもなく王国の最新情報収集員程度で、べつに隠れて任務を遂行してたってわけでもなかったらしいな。おかしくなってきたのは先代の皇帝が亡くなってからだ」


「なるほど。まずは老害悪徳大臣ってのをこらしめなきゃなりませんね。でもさすがに外国の政治に首を突っ込むわけにいかないし、それって戦争を仕掛けられてしまう理由作りをしちゃうことになります」


 みんなでむーんと考えていると、突然アデレちゃんが何かを思いついたかのように話し始めた。


「お姉さま、あたくし、ふるさとがたくさんあってお得ですの」


「あはは、そう来ましたか」


「帝国皇帝の血を引き、皇国の地で産まれ、かつての名高いお妃様のお名前を頂き、王国の中枢である王都で恵まれて育ちましたの。ですから、あたくしにとって全てが大切なふるさとであり、どこかの国ひとつだけであっても、おかしなことになってほしくはありませんの」


「すごい、相変わらず大人ですね・・・」


 アデレちゃんの想い、しっかりと答えないとね。


「そんなに心配すんなよ、女王陛下やアデレードが考えているようなことじゃなく、斜め上の方法でナナセが解決してくれんだろ?」


「そんな方法すぐ思いつきませんよ。とにかく平和的に行きたいです」


「そりゃ無理だろ。ナナセが皇国の大臣にブチ切れて大騒ぎして、アイシャールが全力で暴れてる未来しか見えねえ。確かピステロ様も戦線に投入するって言ってたよな?」


「そんな危険なことになっちゃうのはホントにホントの最終局面ですよ、だからたぶんアンドレさんもその場にいるはずです。私たちのこと、ちゃんと守って下さいよ!」


 戦争なんて起こらないでほしいけど、イグラシアン皇国の悪徳老害大臣が何を考えているのかわからない以上は警戒し続けなきゃならない。せっかく平和な国に生まれ変わったのに、なんか残念だね。


 そんな話をしながら、ようやく長い螺旋階段を登り終えた。扉の前には護衛兵が四人もいて、たった一人の罪人女性を見張るのには過剰な人員配置に見える。


「ナナセです、こんな塔のてっぺんなのに四人がかりで警備なんて大変ですねぇ」


「いいえナナセ閣下!総勢六人の交代制でございます!現在は二人が休憩中でございます!」


「ずいぶん厳重なんですね、でも私がきちんとした無償奉仕を決めるまでは続けて下さい。それで、マス=クリスはどんな様子ですか?」


「はっ!非常に物静かな囚人であります!」


 戦闘になった時は夜だったので暗くて見えなかったし、判決言い渡しの日に見たマス=クリスは大勢の護衛に囲まれていたので目が悪くてちっこい私にはよく見えなかった。今までとくに会話をしたこともないし、今日が初対面みたいなものだ。


 さっそく護衛兵に幾重にもかかってる扉の鍵を開けてもらい、念の為に背中の剣を抜いて頭冷やそうか用の魔子を集めながら一人で中に入ってみる。


「ナナセです、いつだか王都の市街地で戦闘した時以来ですね」


 そこには、しっかりと壁に固定されている鎖に繋がれた、髪の異様に長い女がベッドに猫背で腰をかけていた。ああそっか、重そうな鉄球を足に繋いでも、この人の場合は重力魔法を使えるからあまり意味ないんだね。


「はぁ・・・死にたい・・・」


 マス=クリスはダウナー系だった。





あとがき

マセッタ様まで一緒になってアルテ様イビりが酷いですね

アルテ様のアワアワは脳のどこかを刺激するのでしょう


さて、事件のおさらいみたいな話が続いてい申し訳ないのですが、第八章は短めの全20話となっており4月末で終了します。

5月から新章が始まるので、もう少しだけお付き合いください。

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