8の16 兄弟



「詫びる相手を間違っているかもしれないが、アイシャールとアデレードとナナセはまるで三姉妹のような関係だ。その姉妹への軽率な行為に対して謝罪する。どのような言い訳をしようとも、私が起こしてしまったことに違いはない。大変申し訳なかった」


 そんな風に謝ってほしかったわけでもない。私もアイシャ姫のことでいつまでもモヤモヤしてちゃいけないよね。大人にならないと。


「やっぱレオナルドさんもアレクシスさんに似て真面目なんですね。もしかしたらその時って、いつも光の補給してくれてたローゼリアさんが亡くなっちゃったせいで、レオナルドさんが軽く悪魔化してたのかもしれません。今さら過去のことをほじくり返してどうこう言うつもりは無いですし、もし謝罪する気持ちがあるなら、これから先の未来の行動で示して下さい。あと大切なことなので言っておきますけど、アイシャ姫は妹です。三姉妹の一番上のお姉ちゃんは私です!」


 これは本当に大切なことなのだ。


「ふっ、私もナナセからはどこか大人びた年上の女性のような、いや、頼りになる姉のような印象を受けることがある。地下牢に入っていた頃、宮廷魔道士のアルメオから毎日そのような話を聞かされていたのが影響しているのかもしれないな」


「あはは、これからはナナセカンパニーの仲間なんですから、頼りにするのは私の方ですよ、よろしくお願いしますね!」


「こちらこそよろしく頼む。ところでナナセの質問の答えだがな、私はブルネリオ様に対してな、あのバルバレスカの言動を何年も受け止め続けた『戦友』のような気持ちを抱いているのだと思うぞ。これは勘だが、私とバルバレスカの関係など、ブルネリオ様はとうに気づいておられたのであろう。直接伝えるような差し出がましいことはできぬが、そうだな・・・『戦友』だけではなく、ある意味『兄弟』のようにも感じている。女性には解りづらいであろうと思うが、これが答えだ」


 兄弟ね・・・余計なことは言うまい。なんかピステロ様とアンドレおじさんも兄弟とか言って喜びながら下品な笑い方してた記憶がある。


「なるほど。もしそういう話題になったらそれとなく間接的に伝えておきますよ。そういえば言い忘れてましたけど、バルバレスカさんにはナゼルの町役場で働いてもらうことになって、ブルネリオさんにはナプレ市長に就任してもらうことになりましたから。レオナルドさんはカルス・・・えっと、ナプレの港町の荷運び出身の元罪人でナゼルの町の若頭みたいな人がいるんですけど、しばらくその人と一緒に行動してもらうと思うんで、ブルネリオさんともバルバレスカさんとも仲良くしてもらいたいです」


「サッシカイオの後釜にブルネリオ様か・・・妙案であるな。ナゼルの町のカルスバルグという荷運びの噂は聞いているぞ、よく教育された実に優秀な青年であると、ナプレ市に滞在していたヘンリー商会の者が言っていたな」


「おお、カルスの噂は王都まで届いているんですね!なんか私まで誇らしい気持ちになります。あ、そうだ!私とアデレちゃんとアイシャ姫が三姉妹なのと同じように、ブルネリオさんとバルバレスカさんと三人で兄弟姉妹っぽい関係を作れるといいんじゃないですか?」


「そうだな・・・そのとおりだ。やはりナナセは頭がよく回るし、言葉のひとつひとつに説得力がある。正直なところ、私にとって商売で大金を稼ぐよりも、円滑な対人関係を構築する方が難しいのだが、それこそが「罪を償う」ということなのかもしれないな」


「褒めてもらえて嬉しいです。頑張って罪を償いましょう!」


 すぐには難しいかもしれないけど、時間をかけてゆっくりと新しい人間関係を作って欲しい。なんとなく話がまとまったところで、イナリちゃんにレオナルドの脳の回路とやらをみょんみょんと開いてもらってから罪人部屋へ戻した。ベルおばあちゃんとイナリちゃんは飽きたから私の部屋に帰ると言ってたので、アデレちゃんに「お父様は敵になっちゃったよ」と伝えてもらうようにお願いして、私はマセッタ様の待つ姉弟喧嘩の間へ戻った。


「(コンコン)失礼しまぁす・・・あれ?ブルネリオさんとアンドレさんしかいないんですか?マセッタ様は?」


「マセッタは「アルテ様とお話がしたいわ」と言って外出しました。今は私が国王代理です。なんのことやら・・・」


「職権乱用ですね!私もよくナゼルの町で全く同じことしてます。アルテ様とおしゃべりしたい欲求を止められる者なんていません」


「そうなのですか。なんといいますか、王国が平和な証拠ですね・・・」


 ヤレヤレ顔のブルネリオさんは、押し付けられた王の証っぽい謎の杖を片手に、アンドレおじさんとリバーシをしていた。どうやらアンドレおじさんはボードとコマを常備するほどハマっちゃってるみたいだ。この人たちにアデレード商会で試作中の麻雀を教えるのは危険だ。絶対徹夜で麻雀して職務に支障をきたす。


「ところでブルネリオ国王代理、レオナルドさんはナナセカンパニーの海外事業部に所属してもらうことになりました。今のところ拠点はナゼルの町でバルバレスカさんとの距離が近づいちゃうことになりますけど、気にならないですか?」


「良いことではないですか。長年隠していたとはいえ、他の誰も入り込むスキなどない仲良き姉弟なのですから。私とバルバレスカの婚姻状態は解消されておりますから無関係ですが、王都に家庭を持つレオナルドが間違いを犯すようなことがないかだけは心配ですね」


「まあ、また再燃みたいなことになっちゃわないように、アリアちゃんに見張っていてもらいますよ。あと、アデレちゃんいわくお母様のシャルロットさんはとても自由な人で、王都に住むことにこだわりはなさそうだと言ってたから、しばらくナプレ市に住んでもらおうと思ってます。なんかピステロ様の追っかけみたいですし」


「お任せしますよ、ナナセなら間違いのない適材適所を考案してくれることでしょう。私にできることがあればお手伝いします」


「ではレオナルドさんと協力して貿易事業を軌道に乗せて下さい」


「わかりました。私とヘンリー商会が行商隊でやっていたことのスケールが、海外という舞台に拡大したのだと思って頑張りますよ」


「なんか同じようなことレオナルドさんも言ってました。レオナルドさんに対してわだかまりなんて無いみたいで安心です、よかった」


「わだかまりどころか、互いにバルバレスカの我が侭と戦っていた戦友のような気持ちです。もちろん本人の前で口には出しませんが、絆のようなものを感じていますよ」


「あはは、またレオナルドさんと似たようなこと言ってます。もしかして、バルバレスカさんを挟んだ、その、『兄弟』とか感じてません?」


 それとなく間接的、どころか、ダイレクトに伝えてしまった。


「はっはっは、ナナセは男同士にしかわからない感情まで理解できる頭脳をお持ちなのですね、本来でしたらそういった兄弟など少ないに越したことはありません。私とバルバレスカは決して仲良き夫婦ではありませんでしたが、逢引きに気づいた当初、少しは嫌な気持ちになった記憶があります。しかし、時が経つとそのような気持ちなどさっぱりと消え、逆に親近感に変わってしまうものなのです」


「大人になるって、そういうことなのかもしれないですね・・・」


 ここでアンドレおじさんが我慢できずに口を挟んできた。


「なぁ、ナナセこそ最近なんか急に大人になってねえか?」


「身体はちっこいままですけどねー。王家と商家の複雑な男女関係みたいな問題にずーっと関わってたから、そっち方面ばっかり精神的に大人になったっていうのはあるかもしれません。アンドレさんもピステロ様と兄弟なんですよねっ!私、気づいてますからねっ!」


「ちょ。、おま」


「ほほう、興味深い。アンドレッティ、詳しく話を聞かせてもらいましょうか。これは国王代理権限による命令です。そこの侍女、エールを二つ用意しなさい!大至急です!」


「ちょ」


 いやらしくニヤけるおじさん二人を放置して自分の部屋へ戻った。



「ただいまー!マセッタ様が遊びにきてるって聞きましたよー」


 部屋へ戻ると、大勢が食卓を囲んでハンバーガーを食べていた。その食卓の中央にはこれでもかという量のポテトフライが置いてあり、みんなで嬉しそうに手を伸ばしたり、くちばしでつついたりしていた。


「あらナナセ様もお戻りになられたのね、お邪魔しているわ」

「おかえりなさいナナセ、お仕事お疲れ様です。もぐもぐ」

「これくらい味が濃くないと駄目なのじゃ!美味しいのじゃ!もぐもぐ」

「やはり、先ほどの食事は味が薄かったのじゃよ。もぐもぐ」

「とってもおいしいね、アデレおねえちゃん!もぎゅもぎゅ」

「これは王都でも間違いなく成功する画期的な商品ですの」

「ハルコも、これ、すき。もぐもぐ」

「きょわー」「ぐわー」「かー」


 マセッタ様とアルテ様とリアンナ様にいたってはエールを片手にほろ酔い状態で少し顔が赤くなっていた。自由な女王様だよね。


「なんか昼からすごいですねぇ、これリアンナ様が作ったんですか?」


「ええ、ハンバーガーはナゼルの町でロベルタ様に教わったのよ。ポテトの皮むきはアルテミス様にお手伝いしてもらいました」


「ナナセ!わたくしもお野菜の下処理くらいでしたらお手伝いできるように頑張って練習したのよ!」


「すごいじゃないですか。でもこれすごーくお肌に悪い食べ物ですけど、こんな山盛りで食べて大丈夫なんですか?あと、太りますよ?」


 ここでナゼルの町のアイドルであるリアンナ様とアルテ様の顔が引きつり、イモの山に伸ばそうとしていた手がピタリと止まった。どうやら心当たりがあるようだ。


「特にアルテ様は王都に来てから、発光しながら畑を走り回るやつやってないんですから気をつけて下さいよー、パクっ、もぐもぐ・・・美味しいー!やっぱこれだよねー!止まらなくなるー!」


「だっ大丈夫よナナセ、ナゼルの町に戻ったら頑張りますし・・・」


「明日やれる事は今日やって下さい!パクっ、もぐもぐ」


「ず、ずるいわ!ナナセばっかりポテトフライ食べて!」


「おいちいー!私この端っこのカリカリ好きなんだよねー。ぽりぽり」


「ふふっ、アルテ様、我慢は身体に毒よ、もぐもぐ」


「マセッタ様もナナセもどうして太らないの!ずるいわずるいわ!」


 なんか面白いので、私は眼鏡をヒックヒクさせながらリアンナ様とアルテ様に向かって「健康診断するぞー」のプレッシャーをかけてみた。乙女は体重計の数値に弱いのだ。


「アルテ様!今からお出かけをしましょう!今すぐにです!」


 リアンナ様はそう言うと、アルテ様の手を引いて部屋を出ていった。どこへ行くのかなー?と窓から外を眺めていると、引きつった顔の護衛兵を尻目に、二人で王宮の広い芝生を所狭しと走り回りながら必死で治癒魔法をかけまくり始めたようだ。


 芝生が育ち過ぎちゃうよそれ。





あとがき

レオナルドさんの話、ちょっと長くなってしまいましたが、ようやく決着しました。説明文にしてしまえば短くなるとは思うんですけど、なんかこう、以前のような折り合いの悪かった関係が改善した柔らかい感じを出せると思って会話を多用しました。


あとナナセさん、アルテ様いじめはいけません。

バチ当たっても知りませんよ。

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