8の15 おとなのおはなし



 私は前からちょっと気になっていた大人の三角関係の話を身を乗り出して聞いている。いや、ちょっとじゃなくてすごく気になる。


「正直なことを言うと、バルバレスカの想いはまだ若かった私には重すぎた。父親にかまってもらえず、早くに母親を亡くし、学園に通い始めた頃は明日死んでもおかしくないような娘でな・・・‥…」


 レオナルドの話は、けっこう重たいやつだった。身体は細く食も細く、いつも自信なさそうに他人と目を合わせることはなく、最低限のことしかしゃべらないその声も小さく、言ってしまえばバルバレスカは不気味な娘だったそうだ。ネッビオルド様とケンモッカ先生の繋がりで顔見知りだったレオナルドくらいしか話す相手もおらず、学園生活では自然と面倒を見てあげるような関係になったらしい。


「当時のバルバレスカは、すぐに割れてしまうような危ういガラスの少女といった感じでな、同じ時期に入学した子供だけでなく、教師までもがどこか敬遠しているところがあったんだ」


「壊れそうなものばかり集めてしまう少年だったんですね!知ってます!」


「壊れそうな物を収集していた記憶はないが、バルバレスカに関してだけ言ってしまうと、私に限らず、男というものはそういった少女に対して、無意識に強く惹かれる部分があると思うんだ」


「なんか、わかるような気がします・・・」


 近寄るのは怖いけど、でもなぜかやたらとモテるバルバレスカを守るために、唯一の幼馴染であったレオナルドは、学園内だけでなく通学の送り迎えや、光曜日の休日もできるかぎり寄り添って過ごしてあげたそうだ。


「そういえば、バルバレスカさんがレオナルドさんに優しくしてもらったからつけ上がってしまったって言ってました」


「徐々に心を開いて明るくなりつつあったバルバレスカに、さらに強く惹かれ優しくしてしまうのは当然のことだったと思うんだ。私が言うのもなんだが、アルレスカ=ステラ様によく似た美人だったしな」


「自分だけを頼って心を開いてくれる壊れちゃいそうな少女なんて、好きになって当然かもしれません、私が住んでいた国にそういう物語がたくさんありました。そういう少女は引きこもりっていう症状で診断されることが多いんです。あくまでも物語の中ですけど、そういった少女はお兄ちゃん大好きな歪んだ妹が多かったと思います」


「ナナセの住んでいた国はずいぶん医療や文芸が進んでいたのだな。いみじくもバルバレスカは血の繋がった姉だったわけだが、どちらかと言えば私が兄のような役割であったのは確かだ」


 この後の話はバルバレスカの話とだいたい同じようなものだった。二人はとにかく学園のお勉強をひたすら頑張ることでアレクシスさんが父親であるということを考えないようにしていたそうで、結果としてバルバレスカは首席で卒業、レオナルドさんは若くして商会の主人としての知識を十分に得ることができたそうだ。


「なんか、悪い話には聞こえないですね。やっぱ王族に嫁いじゃって、ますますバルバレスカさんがおかしくなったあたりから誤った道に迷い込んじゃったんでしょうか」


「元々、隠さなければならないような関係であったからな、当時のブルネリオ王子は民からの評判もよく、商人としての私から見ても尊敬できる行商隊員であったから、複雑な心境ではあったのは否定せぬが、嫉妬心などと同時に、これでバルバレスカが悲しい過去の苦しみから開放されるのではないかと安堵したのも事実だ。次第に王族の力を利用して奪い取ってやろうなどという気持ちは薄らいでいったな」


「そうなんですかぁ・・・でもしばらくしたら再燃しちゃったと」


「正直なことを言って、王宮に入ってオルネライオ様を身ごもってからのバルバレスカのことはよく知らないんだ。その頃の私はまだまだ駆け出しで、商人として成功するため必死の日々を送っていたからな。だから、王族に対して感じていた嫌悪感など、仕事に没頭していたことですっかり消えてしまったんだ」


「その頃はもう完全に諦めることができてたわけですか」


「諦めたというより、忘れていたと言うのが正しいな。ちなみにブルネリオ様も、学園時代に私とバルバレスカがただならぬ関係であったのはご存知だったようだ。王族の婚姻相手ともなると、出生からの詳細な調査書のようなものが文官によって作成されるらしいぞ」


「なんか嫌な話ですね・・・」


「ブルネリオ様本人は婚姻の相手など誰でも良かったのだろう」


「望んだ婚姻ではなかったってブルネリオさんも言ってました」


「そりゃあマセッタ様の事を慕っていたのだろうからな」


「ぶふっ!どうしてそれを・・・」


「男の直感だ。根拠など無い」


 ちょうどその頃、ケンモッカ先生と決裂し上辺だけでもヘンリー商会を引き継いだレオナルドは、恵まれない異国の少女を引き取った。


「アイシャ姫ですね!」


「アイシャールは実に従順な娘でな、その上、まだ子供にもかかわらず気品を感じさせるようなところがあった。今思えば、異国の姫君であったことの片鱗に、商人である私では気づけなかったのだろうな」


「なるほど・・・アイシャ姫はレオナルドさんにとても大切にしてもらって感謝してるって何度も言ってましたよ」


「そうかそうか・・・アイシャールは物覚えもよく、面倒な仕事を与えられても真剣に取り組み、どんなことに対しても不満など一切漏らさぬ娘でっあた。これはとんでもない拾い物をしたのではないかと思ってな、若いうちからあらゆる教育を施し、できれば学園にも通わせてやりたいと考えていた」


「ああ、それも聞きました。王国の言葉を覚えるので精一杯だったからお断りしたとかって言ってました。よくよく考えてみたらアイシャ姫は帝国、神国、王国の言葉が使えるトライリンガル才女ですね」


 私は眼鏡とチョーカーでインチキしてることに胸が痛む。


「そうだな。私の認識だと、アイシャールは学園へ通うよりも王城の侍女としての道に進みたいのであろうと感じたんだ。当時は私とバルバレスカの不埒な関係が再燃していた頃でな、サッシカイオを身ごもっていたバルバレスカが、優秀な専属侍女を欲しているという理由で王宮に入れるよう融通したんだ。本心では手放したくなかったんだがな」


「そうだったんですか」


「ふむ。当時の私が考えていたのはオルネライオ様に嫁がせることだ。年頃も近いし、従順で麗しい少女だったアイシャールなら恰好の婚姻相手となったであろう。もしその婚姻が成されたとして、ヘンリー商会へ影響があったかどうかはわからぬが、私が育てた少女が次期皇太子に嫁いだとなれば、それは自尊心を満たすことこの上ないからな」


「ワシが育てたですね!その気持ちわかります」


「だがな、バルバレスカが嫌がった」


「あらら・・・」


 もしサッシカイオを妊娠していなければその婚姻にバルバレスカも賛成したかもしれないと言っていた。非常に優秀な少年だったオルネライオ王子様が王国を継ぐことが既定路線となりつつあったところに、愛するレオナルドとの念願の子を身ごもったことで考えが大きく変わり、なんとしてでもサッシカイオを立派な王子に育てるため、アイシャ姫のような優秀な侍女が必要と考えたらしい。


「そういえばバルバレスカさん本人が「オルネライオ様が立派な王子に育ったのはマセッタ様のお陰だ」みたいなこと言ってました。そんな実例を間近で見ていたから、サッシカイオにも優秀な侍女を付けたいと思ったんでしょうね」


「その通りだ。バルバレスカはアイシャールに「マセッタのようになりなさい」と言い出してな、それで剣の稽古を始めさせたんだ」


「なるほど!アイシャ姫が護衛侍女になったのは、マセッタ様っていう優秀な護衛侍女のお手本であり目標があったからなんですねぇ」


「アイシャール本人がそう思っていたかはわからぬが、結果としてマセッタ様をもしのぐ剣の腕にまで成長してしまったな」


 その後、サッシカイオが無能に育っていくにつれ、バルバレスカとも疎遠になり、いよいよアイシャ姫に手を出してしまったそうだ。


「バルバレスカさんっていう愛する幼馴染がいて、シャルロットさんっていう可愛らしい奥さんがいるのに、なんでアイシャ姫なんですか?そんなに飢えてたんですか?」


「失礼だな、これでも私はヘンリー商会の主人として王国中でもてはやされていた男だ、女性に困ったことなど無い」


「王国中で浮気してたんですか?」


「まあ、その話はまた別の話だ。女性に困らぬ私が、なぜわざわざアイシャールを選んだと思うか?」


「質問返しですか。そうですねぇ・・・従順だったからですか?」


「それもあるが、その頃のアイシャールは学園に入った頃のバルバレスカにどんどん似てきたんだ」


「悪魔化しつつある女性が好みのタイプってことですかね・・・壊れそうなものばかり集めてしまいすぎです」


「今思えばそうかもしれぬな。いつもどこか心が不安定で、簡単に壊れてしまいそうで、それでいて芯の強さが見え隠れする。男というものはそういった女性に対して、無意識に強く惹かれる部分があるんだ。ナナセにはわかるような気がするのであろう?」


「はい。つまり、ちゃんと好きだったと?」


「これは後付けの説明になってしまうが、ローゼリアお母様が亡くなり、バルバレスカとも疎遠になり、寂しかったのかもしれないな。私はまるでアイシャールの瞳に吸い込まれてしまうかのようにソファーへ押し倒し、一切の抵抗をせず震えるその華奢な身体を・・・まあ、これ以上は言わせるな」


 なんかやきもち。すごくモヤモヤする。違うイライラする。っていうか私も弱っているアイシャ姫をソファーに押し倒した記憶があるので人のこと言えない。困った。


「私もそれ以上は聞きたくないです。聞いたら悪魔化して世紀末大魔王になっちゃいそうです。でも、私もアイシャ姫に何度も吸い込まれそうになってるんで一定の理解はできます。とにかく、それでアデレちゃんが生まれたんですよね。私はアデレちゃんのこと大好きなので、そういう意味では感謝しなきゃならないんですけど、でもなんかやっぱ複雑な心境です」


 大人のお話に頭はついていってるけど、心がついていけてないよ。





あとがき

アイシャ姫の過去、自分で考えたストーリーのくせにレオナルドさんの口から直接説明させてしまったら、なんだか胸が苦しくなってきました。いけません。


さて、少し前にお知らせしたアルテ様の口調の修正ですが、2022年3月末で第二章の修正も完了しました。今回の第一章と第二章の修正は、アルテ様の口調だけではなく、地の文をナナセさんの思考により近づける作業を平行して行いました。もちろんストーリーに影響は一切ありません。改稿というほどでもないので、こちらのあとがきでお知らせします。


修正例)なってしまうが→なっちゃうけど


この作業をしていて思った事ですが、やはり小説とは三人称視点で書かれることが理想的だと痛感しました。これからも頑張って「ナナセさんにはどう見えているか・ナナセさんならどう考えるか」に頭を悩ませようと思います。まだまだ修行不足ですがお付き合い下さい。



3月は春休みということで中2日で最新話を公開していましたが、連続更新は本日までとし、次話からは再び中5日のんびり更新に戻すのでご理解下さい。

おかげさまで、かなり多くのPVを頂いて恐縮しています。

ありがとうございました!

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