8の11 王国を導く者たち・再び
私はマセッタ様へ途中経過の報告をするため、ベルおばあちゃんとイナリちゃんを引き連れ、謁見の間へ元気にやってきた。
「(コンコン)失礼しまぁーす!」
「のじゃ!」
「のじゃ!」
「マセッタがオルネライオを堅物に育てたんじゃないか」
「アンタたち夫婦がほったらかしにしてあたしに押し付けたんじゃない」
「それは父上の意向なんだから言うこと聞くしかなかったんだもん」
「アンタ、ヴァルガリオ様が死ねって言ったら死ぬの?バカなの?」
「なんでマセッタはいつもいつもそうやって極端なんだよ」
「アンタがいつもいつもそうやって優柔不断だからあたしが代わりに決めてあげてんのよ。感謝しなさいよ」
マセッタ様とブルネリオさんの夫婦喧嘩はまだ続いていた。
「あのあの、お取り込み中でしたら退室しますが・・・」
「のじゃ・・・」
「のじゃ・・・」
「あらナナセ様、今度はずいぶんゆっくりだったのね」
「バルバレスカさんとお話してたら、なんかすごく疲れちゃって・・・部屋へ戻って少し休憩させてもらいました。私、なんだか人が不幸だった過去の話を聞いていると一緒になって悲しくなっちゃうんですよ」
「お優しい証拠だわ」
「そうなんですかねぇ・・・」
また話が進まなくなることを避けるため、バルバレスカのナゼル移住が決定したことを事務的にさらっとお伝えした。マセッタ様もブルネリオさんも、その報告を聞いて安堵の表情を浮かべてくれた。
「バルバレスカが一番の懸念材料でしたから、ナナセの考えを受け入れてくれたことで胸のつかえが下がりました」
「まあ、他に選択肢はなかったと思いますけどね」
「やはり悪魔化から救えるのはナナセにしかできない仕事でした。元妻とはいえ、本当に感謝していますよ、ありがとうございます」
「それはもう完全にアリアちゃんのお手柄です。あ、あとアレクシスさんが使用人としてではなく、血の繋がった父親として優しく接してくれたことも大きな要因だったみたいですね。ナゼルの町ではアリアちゃんと一緒に神殿に住んでもらおうと思ってます」
「そうですね、私もそれが最善だと思うわ」
ついでにアレクシスさんもナゼルの町へ連れて行っちゃいたいところだけど、すっかりアデレード商会の子たちの面倒を見る係になってくれているので異動させてしまうわけにはいかない。バルバレスカに関してはアリアちゃんとアルテ様任せになっちゃうね。
「バルバレスカさん、ずっとお父さん欲しかったみたいです」
「あら、私も父親不在で育ったわ」
「やっぱマセッタ様も寂しい思いをして過ごしていたんですか?」
「それはどうかしら?バルバレスカ様は商家の娘として窮屈な教育をされていたでしょうし、将来の望まぬ婚姻への覚悟があったと思いますから、とても自由に育てられた私とはずいぶん状況が違うわね。お母様は私が好きなことや興味のあることしかやっていなくても、すべて黙って見守ってくれていたわ」
「なるほど・・・素敵なお母様です」
「学園に入って何年かした頃、お父様に会わせるため、いつか必ずポーの町へ私を連れて行ってくれるってブルネリオが約束してくれたことも大きかったわ、その約束が楽しみでお勉強を頑張れたもの」
「いい話じゃないですか!かっこいいですねブルネリオさん!」
「・・・当時はそのような雰囲気ではありませんでしたね。逆らおうものなら消されてしまうような切迫した約束、いや命令でした」
どこからともなくカチンという音が聞こえた気がする。
「なんで珍しくアンタのこと褒めてんのにそんな言い方すんのよ」
「断るなんて選択肢どこにもなかったもん」
「それじゃあたしがアンタを無理やり連れ出したみたいじゃない」
「だってあの頃のマセッタ本当に怖かったんだもん」
「アンタ行き先すら決められないからあたしが決めてあげたんでしょ」
「あの時思ったもん、マセッタは暴君だって。これから先、王国の歴史に名を残す暴君にならないか心配だよ」
「なんなのよ!だったら手始めにアンタから・・・」
これは夫婦喧嘩っていうより姉弟喧嘩なんだろうね。ネットで「おい姉萌えとか言ってるお前ら現実世界の姉という生き物はご家庭内を支配する暴君ですよ」とか熱弁してる弟の人がいたから間違いない。
「まぁまぁ、結果として無事お父様に会えたんだし、それに学園生活はブルネリオさんがずっと一緒にいてくれたのは事実なんですから」
「そうね、ブルネリオだけでなく、ブランカイオ様やヴァルガリオ様も、嫌われ者だった私の立場を守って下さっていたのは事実だわ。ただ王族として、そしてなにより男として情けないことばかり言っていましたから、父親代わりだったのかどうかはわかりませんけれど、寂しかったバルバレスカ様とは違い、とても恵まれた環境で楽しく過ごせていたことは心の底から感謝しています」
たぶんそれ王族の男たちがマセッタ様を独占したかっただけなんだけどね。もしかしたらマセッタ様に構ってもらいたくて、わざと情けない王族の男を演じていたのかもしれないよ。
「そういえばブルネリオさんが判決言い渡しを後回しにして素敵な演説してましたよね。少なくともあの場にいた関係者には、商家の娘が悲しい思いをしてきたことがしっかりと伝わったと思います。情けない男どころか、とても立派な王様っぷりでしたよ」
「ありがとうございます、けれどもあれはナナセの言葉を代弁しただけですよ、素敵な演説なんて立派な代物ではありません」
「小娘の私が感情的になってギャーギャー言うのと、落ち着いたブルネリオさんが王様という立場で言うのでは全然違います。これで完全に政略結婚が無くなるとまでは思いませんけど、これから先、王国全土に大きな影響を与えていくのは間違いありませんから」
「そうなると良いわね」
「あと、その演説の後の死刑判決を聞いて、もし私が悪魔化して暴れちゃったらどうしたんですか?なんか自分でも闇に飲まれそうになって危うかったの覚えてるんですけど・・・」
「アルテ様を連れてくれば問題ないと、アンドレッティ様がすぐに呼びに行ける準備をしていたわね」
「あはは、それ大正解です。すごいですねアンドレさん」
「俺は常に最悪の事態を想定して準備しているからな。ナナセみてえに思い立った瞬間に行動なんてしてねえよ」
「いつもいつも、ホントにごめんなさいです・・・」
「アンドレッティ様がヴァルガリオ様の時代から重用されている理由よね。私もすぐに体が動いてしまうナナセ様タイプだわ」
「はっはっは、マセッタとナナセは似ていないのに似ていますね」
「光栄です!」
「光栄だわ」
夫婦姉弟喧嘩も終わり少し和やかな雰囲気になったところで、めちゃめちゃ警戒して部屋の隅っこで待機していた侍女が全員にお茶を出してくれた。みんなで一息つくと、こちらも空気を読んでおとなしくしていたイナリちゃんが声を上げた。マセッタ様が怒ってておっかないから静かにしてたんだろうね。
「ところでマセッタとブルネリオは、姫にもっと勉強させる時間を与えるべきなのじゃ。この一件をさっさと片付けて、かならず学園とやらに通わせるのじゃ。姫は何かを学ぶというよりも、そうしておくことで勝手に便利な魔法や便利な道具を開発してくれるのじゃ」
「ごもっともでございます」
「政治のことなど文官の好きなようにやらせてしまえばいいのじゃ。現にわらわの住んでおる神国は、王などずっとおらぬし、そのような機関などなくとも何千年と歴史を紡いでおるのじゃ」
「イナリちゃん、確かにそうなんだけど、神国はずいぶん衰退しちゃってるらしいから説得力がないよ」
「たかだか百年の衰退など何度も繰り返しておるのじゃ。また百年もすれば繁栄の時代が必ず訪れるのじゃ」
「神様視点はスパンが長すぎるし壮大すぎるよ・・・今この瞬間、神国や王国で過ごしている人たちの幸せを考えなきゃ。人生はたった五十年とか百年くらいしかないんだから」
「むむむ、そうなのじゃな。人族の寿命は短すぎるのじゃ」
「イナリちゃんも、アルテ様と違った意味で“神様”なんだねぇ・・・」
ここでブルネリオさんが身を乗り出してきた。
「ほほう興味深い、アルテミスは神族だったのですか。色々と納得しました。ナナセが暴れても対処可能であるとアンドレッティが言った意味がようやく理解できました」
「あ、えっと・・・どうぞご内密に」
アンドレおじさんはアルテ様が神様だって知ってるし、マセッタ様もなんとなくわかっていたっぽいけど、ブルネリオさんは知らなかったようだ。まあブルネリオさんに隠している理由もあんまり無いし、これからはナプレ市とナゼルの町で連携を取ってもらわなきゃならないから、今度ゆっくり説明しておかないとね。
「なあナナセ、女王陛下とブルネリオ様には俺が後で説明しとくぜ、べつに全部話してもいいんだろ?」
「そうですね、アンドレさんが知ってることは全てお伝えしておいてもらえると助かります」
「了解したぜ」
「それじゃこれから私は、レオナルドさんの個別面談に向かおうと思います。マセッタ様なんか希望ありますか?」
「私からは・・・そうね、アデレード様の気持ちを最優先に考えてみてはどうかしら?」
今度は空気になっていたベルおばあちゃんが声を上げた。
「わしゃアデレードと一緒にレオナルドの説得したときに聞いておったのじゃがのぉ、アデレードにとってレオナルドは目標にするべき宿敵でなくてはならないようじゃよ」
「あー、ライバルはライバルを成長させるもんね」
「人族は特にそのように競い合って成長するところがあるのじゃろ?じゃからアデレード商会のお手伝いという立場にはしないほうが良いと思うのじゃ」
「なるほど・・・なんか難しいですねぇ。私じゃ簡単に決められなさそう」
「まあなんとかなるじゃろ」
「あはは、ベルおばあちゃんのなんとかなるは、いつも本当になんとかなっちゃうから心強いよ。それじゃ行ってきます!」
「わらわも暇じゃから連れて行くのじゃ!」
こうして私たちはレオナルドの個別面談に向かった。面識のあるベルおばあちゃんはともかく、イナリちゃんなんて連れて行って大丈夫かな?
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