8の12 かつての大商人(前編)



 罪人が集められている部屋に入ると、レオナルドとバルバレスカが笑談していて、その間にアリアちゃんがちょこんと座り、おじいちゃんとおばあちゃんに猫っ可愛がられているような様子だった。


「あそっか、レオナルドさんにとっても可愛い初孫なんですよね」


 普段から難しそうな顔をしている上、さっきはアンドレおじさんとしかめ面でリバーシをしていたので、バルバレスカとアリアちゃんと並んで笑談している姿が、やたらと和やかに見える。アリアちゃんは人間関係の潤滑油だね。


「恥ずかしいところを見られてしまったな」

「恥ずかしいことではありませんよ、微笑ましいです」

「ナナセおねえちゃん!あたし、おじいちゃまふえたよ!」

「やったねアリアちゃん!そういうときはね・・・」

「とってもおとくですのー!!」

「あはは」


 レオナルドはすっかり商人らしい恰幅のよい体つきに戻り、きれいに切り揃えられた髭をたくわえ、牢に入れられていた頃にずいぶん白くなってしまった髪の毛はオールバックでビシッと決まっていて、なかなかかっこいい。っていうより血を引いた父親であるアレクシスさんによく似た渋いおじさま俳優って雰囲気だよ。


「ナナセ様、失礼いたします。この部屋はそろそろお食事のお時間でございます」


「あっ、アレクシスさんすみません。私たちも同席していいですか?」


「問題ございません。先ほどまで大勢いた護衛兵の分も準備されているようなので、そちらをお召し上がり下さい」


 アデレちゃんとアリアちゃんの変則姉妹?は仲良さそうに手を繋いで私の部屋へお昼ご飯を食べに帰っていった。気づけば私もそろそろお腹がすいたので、みんなでこの部屋用に準備されている食事を頂くことにした。


「味が薄いのじゃ・・・」


「イナリちゃん、宮廷料理人が一生懸命作ってくれたんだから、そういうこと言わないで食べるの」


「わかっておるのじゃ。じゃが、姫が作る料理の価値を再認識してしまうのじゃ」


 そんな話をしていると、レオナルドが話に参加してきた。


「イナリ様、それは私も同じ考えだ。今はもう財産の没収をされてしまったので我が侭は通用しないが、地下牢に入っていた頃は金に糸目をつけず、毎日ナナセの開発した料理を食べておりましたぞ」


 そういえば、この人の健康診断するつもりだったんだ。久しぶりに眼鏡でじっくりと凝視する。特にぽっこりとしたお腹。


「ぬぬん、ふむふむ・・・レオナルドさん、脂っこいものと炭水化物を食べすぎですね。王族の命令で明日から野菜しか食べちゃ駄目な刑にしないと、死刑執行猶予より先に病気で死んじゃいますよ」


「殺生な・・・」


「殺生とは逆です!まったくもう。とりあえず、しばらく揚げ物は禁止です。そんなに太って体悪くされたら困りますよ、苦労して救った意味がなくなります」


 ここでレオナルドが食事を中断してナイフとフォークをお皿に置くと、その手を口の前で組んでから私の方を上目遣いでジロリと見る。なにやら挑戦的な商人の顔に変わっちゃったよ。嫌な予感がする。


「だが食は富の象徴だ。ナナセは取引する相手が痩せこけた貧乏商人と、裕福そうに肥えた商人であったら、どちらを信用するか?」


「いきなり難しい質問で返してきますね・・・」


「ほっほっほ、レオナルドは無事に口の減らない大商人とやらに戻りよったのじゃな。長生きする人族が一番良いに決まっておるのじゃ。じゃからどちらも駄目なのじゃよ」


「ベル様の観点は人と少し違いそうですな」


「どうなんでしょうねぇ、痩せた貧乏商人と本物の信頼関係を作ることができれば、裕福な商人よりも頑張って商品を売買してくれそうな気がしますけど、リスクの低い取引をするならすでに成功していそうな肥えた商人の方がいいでしょうね。だから売る物によって答えは違うと思います。前者には今までこの世界の人が見たこともないような商品を取り扱ってもらえば必死になると思いますし、後者にはすでに販売実績のある商品をより広い範囲に拡大するのに良いと思います」


「さすが、なかなか深く考えているな・・・ではこういうのはどうか。この世界の人が見たこともないような商品といったものが、実に高価な代物であったとしたら、その痩せこけた貧乏商人を信用して取り扱わせることができるであろうか?」


「むむむ、盗んで逃げそうってことですよねそれ・・・そうなってくると私はどちらの商人とも取引はせず、自社内でそういう仕組みづくりをしちゃうと思います。素材を見つけて、それを加工して、うまく流通に乗せて、販売するところまで全部自分たちでやると思います。そもそも私は大きな利益なんて求めていませんし」


「それがネッビオルド様とケネスお義父様が作り上げたヘンリー商会の前身だな。信頼できる仲間を増やし、仲間内だけの商会とした」


「おお!」


「だがな、そのやり方ではすぐに限界が訪れてしまうんだ。仲間にならなかった者が明確な敵として残り、同じ商会内で諍いも起こり派閥も生まれる。だが商会は成長し続けなくてはならない。ナナセであればこの矛盾、どのように考えるか?」


「私は残った仲間だけで細々とやっていくんでいいと思います」


「私は全員が仲間となれば良いと考えた」


「それこそ矛盾してるじゃないですか。必ず内部が割れるんですよね?」


「職人など金と時間をかければなんとかなるし、いくらでも代わりはいるものだ。逆らう商店は潰してしまえという手段は決して良いことではないと理解こそしていたが、それが一番の近道であることも事実だ。だがな、私が目指したのは職人や商人の事などではなく、王族との垣根をなくすことだ。王家と商家は似て非なるもので、互いの力が及ぶ部分が全く異質だ、反抗してくる商人を黙らせるのが王族の仕事であり、全員が仲間となる為に必要な力となる。もう少し柔らかい言い方をすれば、互いが互いを支え合うような商売、もっと大きく言ってしまえば民の階級など関係なく補い合う王国、これを私は商人補完計画と呼んだ」


「それ大量の人が捨て駒になる未来しか見えないんですけど!」


「なぜそのような壮大な思想を抱いたと思うか?」


「ケンモッカ先生に勝ちたかったんですか?あるいは人ならざる謎の組織の予言みたいなやつとか・・・」


「バルバレスカを横から王族に持っていかれたからだ。当時は「それならば王族の力を利用し、あわよくば奪い取ろう」と考えたのだ」


 この人の恨みもなかなか根深そうだ。っていうか、まさに口の減らない人っぽいので私ごとき小娘が太刀打ちできるのだろうか。


「・・・王族憎し、が行動原理ですか。バルバレスカさんと同じですね」


「まあ、今とっさに思いついたようなことをそれらしく語った部分もある。ナナセはよく私の問に即座に解答できると感心するぞ。そして話の続きだが、その後はブルネリオ様と良好な関係を築いていくことができたからな、利用するとか奪い取るなどといった妙なこだわりなど捨て、だいぶ違った形になっていったな」


 なるほど。この人は憎かったはずの王族相手にもかかわらず、商売を成功させる上で状況の変化に臨機応変に対応できるような人なんだろうね。いつだかロベルタさんがレオナルドのことを冷静に分析していたことがあったけど、今になってその意味を理解できて身にしみてしまった。私は意地になって自分の考えを押し通すところがあるから感心しちゃうよ。


「なんかレオナルドさんが商人として成功した意味がわかった気がします。ケンモッカ先生からヘンリー商会を引き継がなくても、柔軟な考えができるレオナルドさんなら、きっと今と同じ結果になったんでしょうね。それとアデレちゃんが若くして成功しているのも当然のことです。もちろん私も積極的にお手伝いしたっていう自負はありますけど、根底に父親であるレオナルドさんの影響がないと、こんなに上手くできませんもん」


「ふっ、そうだと良いな」


 そう言うと、いつもポーカーフェイスのレオナルドは少しだけ嬉しそうな表情になってくれた。たぶんこの人へ付け入るスキは素晴らしい父親であることを褒めていればいいのだろう。先にバルバレスカから色々とお父さんネタを仕入れておいてよかった。


「それじゃレオナルドさん、あらためて隣の部屋で個別面談をしようと思います」


「わかった」


 薄い味の食事が終わり、私たちは隣の応接室へ移動した。なんかレオナルドに関しては、あんまり別室に移動する意味ないね。



 部屋に入ってさっそくソファーに座ると、レオナルドは着席せずに姿勢を正してベルおばあちゃんに深々と頭を下げた。どうやらブルネリオさんが謁見の間でおじぎしていたのを真似しているようだ。


「まずはベル様にお礼を申し上げたい、地下牢の死の床から救い出して下さったこと、誠に感謝しております。ありがとうございました」


 やっぱりこの人、本当はきちんとした人なんだね。とりあえず立ったままのレオナルドにも着席してもらう。


「言葉や想いでおぬしを救うたのはアデレードとナナセじゃな、わしゃ何もしておらんのじゃよ」


 さっきと一緒でアデレちゃんの名前が出たとたんに、レオナルドの顔が意地悪商人の顔から優しいお父さんっぽい顔に変わった。わかりやすい。


「アデレードはあのように私に意見するような娘ではありませんでした。ナナセやベル様と行動を共にするようになってから、アデレードは確実に良い方向へ成長しております。アデレード商会の邪魔をしていた頃の私は、父の元を離れていった娘が急成長していることを受け入れるのが難しかったことは確かでございます。しかし、大罪人である私が、生きる事を許された今となっては、感謝の念に耐えませぬ・・・」


 確かに、家出しちゃってからのアデレちゃんは、私がナゼルの町へ戻ってからもずっとベルおばあちゃんと常に一緒に行動していた。空を飛べるということを最大限に利用し、王都中の商店への挨拶周りを欠かさず行なっていたようだし、大量に及第点をもらっている学園のお勉強との両立もしている。ベルおばあちゃんの貢献度は計り知れない。正直言って私はお金を出してお寿司屋さんの準備をしただけで、それを軌道に乗せるために頑張ったのはアデレちゃん本人だ。


「そう堅苦しく考えるでない。わしゃ魔法の鍛錬くらいしかしておらんのじゃよ」


「話によれば、アデレードは剣士や魔道士を目指す月組の生徒より優秀な成績を修めていると聞いております。父親である私が商人としての心構え以外、何も教えてやれなかったのに・・・」


「何度も言うておるが、そりゃ本人の努力なのじゃよ。なんでも、ナナセに追いつくためには他人と同じやり方をしておったら間に合わないそうじゃ」


「私、そんな立派な人じゃないんですけど。とっくに追い越されてる感じがするんですけど・・・」


 ここでイナリちゃんがいつになく真剣な目つきでレオナルドを凝視していることに気づいた。


「おい姫」


「どしたの?イナリちゃん」


「この者は光魔法の回路を開ける資質があるのじゃ」


「ええーっ!?」


 レオナルドってば、そんな才能あったんだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る