8の10 母であり娘であり
「私がバルバレスカさんだったら暴れたり逃げたりすると思います」
「アナタはそういった抵抗ができる危険なチカラを持っていますけれど、アタクシは何も持っておりませんもの」
「・・・。」
私、また危険人物視されてる。行動や発言には気をつけないと。
「婚姻してすぐの頃など、ブルネリオはまるでアタクシから逃げ回るかのようでしたわね。アタクシはお母様と同じような運命を呪いながらも覚悟を決め王室へ入ったにも関わらず、ブルネリオは遠方への行商へ休むことなく向かい続けていましたの」
「新婚さんなのに、なんか酷い話ですねぇ・・・」
「本人に確認したことなどありませんけれど、きっとブルネリオはマセッタの事を慕っていたのね」
「ぶふっ!どうしてそれを・・・」
「女の直感でしてよ」
頭が良いだけでなく勘も良いバルバレスカは、この婚姻によってブルネリオさんも自分も幸せになることなどありえないと悟り、あらゆることに諦めがついてしまったようだ。
「アタクシのワガママを受け止めてくれていたレオナルドとは疎遠になってしまいましたけれど、入れ替わるようにアレクシスお父様がアタクシのお部屋係としてワガママを受け入れて下さるようになってしまいましたのよ。ますます増長してしまうのは当然のことでしたわ」
「そうなんですね。私はアレクシスさんには厳しくしつけられたことの方が多かったのでよくわかんないです。っていうか、なんでアレクシスさんに「お父様!」って言わなかったんですか?」
「レオナルドとお約束したもの。死ぬまで隠し通そうと」
「私がバラしちゃったみたいでごめんなさいです・・・」
ケンモッカ先生もレオナルドの将来を考えて五十年近く隠していたことだし、バルバレスカいわくローゼリアさんやネッビオルド様に関しても、アレクシスさんの使用人としての地位を守るために絶対に隠し通すべきだと常々言っていたそうだ。
結局ブルネリオさんとの間にとっとと子供を産んで王妃としての役割を果たしてしまおうと、バルバレスカから積極的に寝室を共にし、無事にオルネライオ様を身ごもると、少し精神的にも安定したそうだ。
「アタクシは行商隊としてろくに王宮へ戻らないブルネリオの事など無視して、このまま次期国王となり得る年頃で生まれるオルネライオの子育てをして過ごせば良いと思っておりましたけれど、ブランカイオ様やヴァルガリオ様はそうは考えておりませんでしたの」
「そうなんですね、私が聞いた話だと、バルバレスカさんがワガママな性格だったので、マセッタ様にオルネライオ様を押し付けて遊び回っていたような感じでしたけど・・・」
「失礼しちゃうわね」
よくよく話を聞いてみると、過去にチェルバリオ王子とヴァルガリオ王子との間で巻き起こった後継者争いに嫌気が差した当時のブランカイオ王様が、たとえどんなに仲良き親子兄弟姉妹であろうとも、王族は別々の生活をするべきだと言い出したそうだ。そういえばそんな話を前にブルネリオさんから聞いたことあったっけ。
「そうして第一王子であったチェリバリオ様が護衛侍女と数名の農民を連れてゼル村へ逃げるように王都を立ち去り、ヴァルガリオ様が第二王子であるにもかかわらず正式に皇太子として任命されたそうですの。そういった過去の流れを汲み、ブルネリオとラフィールも同様に仲良き兄弟であっても別々の王族として育てられることとなり、次期国王になり得る年頃のオルネライオも同様に、アタクシやブルネリオから引き離されて育てられることが決まってしまいましたのよ。やはりそれは、アタクシの意思など全くの無関係な逆らうことのできない決定事項でしたの」
「・・・本当は一緒に過ごしたかったんですね」
「今となってはよくわからないわ、もし家族三人で過ごせていましたら、アタクシはブルネリオへの愛情も少しは生まれたかもしれませんけれど、それと同時に、アタクシがオルネライオを育てていたならば、あのような優秀な王子にはならなかったと思いますもの。アタクシなどよりよほど多才で、女王にまでなってしまったようなマセッタが教育係としていっときも離れずにいるのは、オルネライオの人生にとって幸運なことだったと思いますわね」
「・・・でも、憎しみはますます加速したと」
「お腹を痛めて産んだ子を引き離されて嬉しい母親などいなくってよ」
「ですよねぇ・・・なんかアイシャ姫の事を思い出しちゃいました」
「アタクシがアイシャールを心底憎めない理由の一つですわね」
「なるほど・・・母親としての自分に重ねてしまっていたんですか」
「そうね。それと、彼女はアタクシやレオナルド、そしてなによりサッシカイオに対して、文句など一言もなく、とても良く尽くしてくれましてよ」
「あぁー、なるほど・・・手段や結果はともかく、その点はバルバレスカさんにとっては、とても嬉しい事かもしれませんね」
「女性としての魅力も、アタクシなどよりよほど持っていると思いますわ。アイシャールの瞳を見ていると、女性であるアタクシですら吸い込まれそうになってしまいますもの。レオナルドが手を出してしまったことに関しては、アタクシは素直に負けを認められましてよ・・・悔しいことに違いはありませんけれども」
「私も何度も吸い込まれそうになってるからわかります」
「そう。アタクシ、アデレードが憎かった気持ちはきっと嫉妬なのですけれど、それはレオナルドと体の関係があったアイシャールという女性が産んだ子に対してではなく、レオナルドとアデレードが正しい父娘の関係を築いていたことが羨ましかったからだと思いますの。アタクシが子供の頃からどれほど欲しても、どうしても手に入れられなかったものですから」
「なるほど・・・そういうことなんですね・・・ぐすっ・・・」
バルバレスカの心境はとても複雑で、おこちゃまの私には全て理解することはできないかもしれない。でもこうやって寄り添って話を聞けば聞くほど、まるでバルバレスカになってしまったかのような胸の苦しさに涙がにじんできてしまった。
「アナタが泣くようなことではなくってよ」
「えぐっ、なんかすみません。お父さん、欲しかったんですね・・・」
「アナタには以前にも申したわよね、アレクシスお父様をアタクシの前に連れて来て下さったこと、心の底から感謝しておりましてよ」
バルバレスカは、お部屋係のセバスさんとしてではなく、父親としてのアレクシスさんとお話ができたことで、長年心に引っかかっていたものがスッと消えたそうだ。悪魔化を治すの成功したのってアリアちゃんのスーパーノヴァだけじゃなかったのかもね。
私のお父さんとお母さん、元気でやってるかな。
・
結局、この後に聞こうと思っていたサッシカイオの話を根掘り葉掘りできるような雰囲気ではなくなってしまったので、とりあえずバルバレスカとの面談を終えた。応接室を出るとなんだか全身にすごい疲れを感じたのでマセッタ様への報告は後回しにして、自分の部屋にトボトボ戻ってアルテ様にむぎゅりとしがみついた。
「あらあら、また頑張りすぎちゃったの?」
「ううん、わかんない。なんか急に寂しくなっちゃったの。えっとね、バルバレスカがね、一人娘でね、お母さんでね、お父さんがいなくてね、それでね、アイシャ姫もね、一人娘でね、お母さんでね、お父さんいなくてね、あのね、私もね、お父さんがね、いるけどね、いなくてね、えぐえぐ」
「・・・本当に大変なお仕事をしているのねナナセ。でももう大丈夫よ、わたくしがずっと一緒にいてあげます。少しお昼寝するといいわ」
「アルテ様ぁ、ぐずぐず・・・」
アルテ様が優しくいいこいいこしてくれた。その様子を見たリアンナ様が部屋の扉をそっと閉めてくれたようだ。私はそのままアルテ様のとても暖かい光に包まれ、安心しながらお昼寝した。
・
「むにゃ・・・あり?・・・はっ!今何時!?ちこくちこくー!」
「目が覚めたのねナナセ、まだお昼前よ、どこにも遅刻していません」
「ああ、アルテ様が寝かしつけてくれたんだっけ、なんか前世の夢を見ていた気がする。急に元気になりました!ありがと!」
「ナナセ、無理してはいけないのよ」
「大丈夫です、私にしかできない仕事だと思って頑張ります!」
のそのそとアルテ様から抜け出して部屋から出ると、リアンナ様がコーヒーをいれてくれていた。私は一息ついてからマセッタ様のところへバルバレスカの事を報告に向かおうとすると、ベルおばあちゃんを詰め込んだリュックを背負ったイナリちゃんが、ハルピープルを引き連れて窓から帰ってきた。
「ただいまなのじゃ!」
「ただいまなのじゃよ」
「イナリちゃん、ベルおばあちゃん背負って飛ぶことにしたの!?」
「一度やってみたかったのじゃ。ずっとアデレードが羨ましかったのじゃ。ハルコとはまた違った不思議な感覚で気持ちよかったのじゃ!」
「わかるわかる、なんか“浮遊”って感じだよねー。でもベルおばあちゃんよく飛べたね、その羽根って重力魔法で飛んでるんでしょ?イナリちゃんの光が邪魔にならなかったの?」
「イナリ殿は飛んでいる間ずっと、別のことに光子を使っておったようじゃて、飛ぶのに支障をきたさなかったのじゃよ」
「そうなのじゃ。飛んでおる間はベル殿の羽根と逆方向の地に向けて治癒魔法を放っておったのじゃ。きっと今ごろ王都の民の体調は絶好調なのじゃ!たまには神らしいことができたのじゃ!」
「何その素晴らしい世界へ祝福ばらまき!」
「じゃが長時間は疲れるから無理なのじゃ」
「あはは、それ今度ナゼルの畑と牧場の上空でやってよ」
肥料の空中散布なんて考えてもいなかった。便利そうだ。
「そんじゃマセッタ様にバルバレスカのことを報告に行ってきます」
「頑張ってね、ナナセ」
結局、イナリちゃんに「暇じゃからわらわも連れてけ」と言われたので、ベルおばあちゃんと三人で向かうこととなった。
大丈夫かな。
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