8の9 かつての王妃様



 マセッタ様のところにいると、いつまでたってもお仕事が進まないので、適当なところで話を切り上げて罪人との個別面談を再開した。バルバレスカは元王妃様かつ元悪魔で、扱いが非常に難しいようにも思えるけど、そんな難しい立場だからこそ選択肢が少ないので先に無償奉仕を決めやすいのだ。


「アタクシは王族になることなど望んでおりませんでしたわ」


「そのへんは前に少し聞きましたっけ」


「ですから、王族から除籍されたことで清々しましてよ」


「ですよねぇ」


「けれども、ヴァルガリオ様の事は、生涯をかけて償いますの・・・」


「ぜひお願いします」


 バルバレスカは口では高飛車なことを言っているけど、表情は決して明るくない。すべての原因が自分にあったと思い詰めていたようで、判決前の囚われの姫部屋で事情聴取をしていたマセッタ様が逆に心配していた。


「アタクシはアナタがサッシカイオを捕まえてくるまで、まだ死んでしまうわけにはいきませんの。ですから死刑執行猶予期間中に、おかしな真似は絶対にしないことを約束しましてよ」


「サッシカイオに会えたら思い残すことはないから死んでもいいってことですか?それじゃ困りますよ、苦労して救った意味がなくなります」


「小娘では理解できませんのね。きっと今のサッシカイオに優しくしてあげられるのは、世界中で母親であるアタクシだけでしてよ・・・」


「・・・。」


 この言葉は正直言って胸に刺さった。今サッシカイオを捕まえて王都に戻っても、周囲360度、誰一人として味方などいないだろう。


「・・・きっとアリアちゃんも優しくできますよ」


「そうね、アリアニカは天使のような子ですわね。それに比べサッシカイオの無能さは、きっと神からの天罰が下ったのではないかしら」


 たぶん違うと思う。インブリードのせいだと思う。そういうの何も知らない頃、競走馬育成ゲームで何度もダメな子を生産しちゃったもん。これは憶測だけど、アリアちゃんは赤ちゃんの頃からリアンナ様の愛の光を取り入れながら育ったから、少しくらい血が濃くても元気なのだろう。


「バルバレスカさん、非常に言いにくいんですけど、極端に近しい血縁者の近親交配は必要な遺伝子や新しい遺伝子が足りない子ができやすいんです。それが足りないと怒りっぽかったり、どこか身体が弱かったり・・・この王国では近親婚とか特に規制は無いようですけど、私が知っている国だと子孫のことを考えて法的に禁じていたりするんです。とにかく天罰とかとは違うものだと思いますよ」


「アタクシに難しいことはわからなくてよ。けれども、神がその遺伝子というもので人をお創りになったのであれば、天罰で遺伝子というものを減らしてしまわれたと考えるのが自然ですわね。アナタはアタクシたちの知り得ないような難しい知識や、農村の小娘では絶対に持ち合わせていないような上流階級の気品や感覚を持っていたりする摩訶不思議な小娘ですから、アタクシが理解できないようなお話でも確固たる裏付けや自信を持っていると理解していましてよ。けれども、それとは別に、アタクシは神のご意思に逆らった罰は受け入れて生きて行かなければなりませんの」


「バルバレスカさん、本当は真面目で頭のいい人だったんですねぇ」


「アナタは本当に失礼な小娘ね」


 そう嫌味を言いながらも、なんだか嬉しそうな顔をしてくれた。この後も色々と話をしてみたけど、バルバレスカは非常に頭の回転の良い人で、私が地球の知識を絡めながら難しいことを言ったとしても、わからないなりに正しい解釈をしながら話をすることができた。


「とりあえず、バルバレスカさんにはナゼルの町へ移住してもらい、アルテ様やミケロさんと一緒に町役場のお仕事をしてもらいます。けっこう新しいことを始めちゃっているので、学園で習った知識はほとんど使えないと思って下さい。でも、バルバレスカさんと話をしてみて非常に柔軟な考え方ができる人だということが理解できましたから、将来的には重要なポジションもお任せできるのではないかと思いました」


「そのような評価を頂けるなんて学園のお勉強を頑張っていた頃以来かしら。何歳になっても褒められるのは嬉しいものですのね。けれども、アタクシのような王殺しの罪人をナゼルの町の民は受け入れて下さるのかしら?」


「王都にバルバレスカさんの居場所はもっと無いですし、すでに元罪人がたくさん真面目に働いているナゼルの町への移住以外に選択肢は無いと思うんです。住人はみんな親切ですし、美味しいものもたくさんありますし、工業、農業、畜産、すべてにおいて急成長している面白い町です。だからバルバレスカさん、かつて商人を目指していた学生の頃の気持ちを思い出して、ナゼルの町だけじゃなく、王国、共和国、ついでに神国と帝国の経済までもどんどん活性化するために、その優秀な頭脳をぜひとも貸して下さい。新しい人生をナゼルの町で私たちと一緒にやり直しましょうよ!」


「アタクシはお断りできる立場ではなくってよ」


「じゃあ決まりですね、よろしくお願いしますっ」


 特に命令に背くこともなさそうだし、無償奉仕についてはあっさりと話が終わった。さあ雑談タイムだ、レオナルドやアデレちゃんの話、バルバレスカから直接聞きたかったんだよね。


「バルバレスカさんが悪魔になっちゃった頃って、アデレちゃんのことすごく憎んでましたよね。さっき二人でお話してたみたいですけど、そういう感情は抑えることができるようになったんですか?」


「それでしたら・・・‥…」


 バルバレスカの説明によると、光の戦士アリアちゃんの必殺技によって怒りや憎しみの気持ちが湧き上がるようなことはずいぶんなくなり、むしろ、なぜ自分がそんなにも深く他人を憎んでいたのかわからなくなってしまったそうだ。記憶にある中で一番最初に憎しみを感じた相手は仮初の父親であったネッビオルド様だったそうだ。


「それもこれも、お母様とアレクシスお父様との悲しい過去の経緯を詳しく知ってしまった今でしたら、もしアタクシがネッビオルドお義父様の立場であったと考えると、きっと同様のことをしていたと思いますの」


「同様ってことは、失意のアルレスカ=ステラ様の扱いが難しすぎるから、極力関わらないようにするってことですか?」


「そうね。お母様はね、アタクシにアレクシスお父様との素敵な思い出話ばかりを聞かせて下さって、悲しいお話は一切語りませんでしたわ。ただ、お母様は一人きりになるとアタクシに気づかれないよう、さめざめと涙を流していたり、酷いときには若い家政婦に当たり散らしたりしておりましたの。まだ幼かったアタクシは、こんなにもお母様が苦しんでいるのに、なぜネッビオルドお義父様はお仕事ばかりして家にいらっしゃらないのか、なぜ優しい言葉の一つもかけてあげられないのかと、とても悲しい気持ちになっていましたわね」


「うーん、ネッビオルド様の腫れ物に触るような気持ちも理解できますし、アルレスカ=ステラ様やバルバレスカさんの悲しみも理解できちゃいますね・・・どっちが悪いって感じじゃないです」


「その頃アタクシは、なぜネッビオルドお義父様は優しくしないのかとお母様に聞いてみましたけれど、「商家の娘として産まれてしまった以上、イグラシアン皇国・皇帝陛下やブランカイオ王国・国王陛下の言葉に逆らうなどという選択肢はどこにも無かったわ。ネッビオルド様はとてもお優しい立派なお方でしてよ」と言っておりましたけれど、まったく理解できませんでしたわね」


「なるほど、それでバルバレスカさんの怒りや憎しみの矛先がだんだんと王族に向かって行ったと」


「学園に入るまでは、アタクシはとても気が弱く、怒りや憎しみよりも、寂しさや悲しさばかりを感じて泣いてばかりいた娘でしたの。アタクシが悪い方向に変わってしまったのは入学した頃にお母様が亡くなり、その寂しさや悲しさを忘れさせくれたレオナルドとお付き合いするようになってからでしてよ」


「それじゃなんかレオナルドさんが原因みたいじゃないですか」


「そうかもしれませんわね」


 バルバレスカいわく、お母さんを亡くして精神状態が非常に不安定だった頃、同じく商人を目指す星組のクラスメイトで幼馴染だったレオナルドと急接近し、朝から晩までずっと一緒にいたそうだ。レオナルドは感情の起伏が激しいバルバレスカがおかしくなると、いつも抱擁して気持ちを落ち着かせてあげていたそうで、そうされると憎しみや悲しみがスーッと消えていくような心地よい感覚になったらしい。


「それたぶん消えてないですよね。どう考えてもレオナルドさんが吸収しちゃってますよね。強い感情は魔子とかに絡んで伝染するんですよ。レオナルドさん、よく悪魔化しませんでしたね」


「そのようね、強い感情が他人へお引っ越しをするお話はマセッタから聞きましてよ。レオナルドがおかしくならなかったのは、ケネス様やローゼリア様が大変にできた方だったからだと思うわ」


「ああー、なるほど納得・・・あ、いや、アルレスカ=ステラ様ができてない方って意味じゃないですよ。私はローゼリアさんって人に会ったことないからわかりませんけど、落ち込んでいたアレクシスさんを癒やしちゃったり、バルバレスカさんの負の感情を吸収したレオナルドさんについても癒やしちゃっていたのであれば、それはまるで女神様みたいな人だったんじゃないですかね」


「その通りね、とても素敵な方でしたわ」


 母親のアルレスカ=ステラも娘のバルバレスカ本人も、男性に優しく寄り添ってもらうということをほとんど知らずに過ごしていたので、レオナルドという初めて現れた優しい男性に甘えてしまえる心地よさに、まだ若かったバルバレスカはイチコロだったようだ。そうやって無条件で優しくしてもらえることで、バルバレスカはどんどんつけ上がってしまい、感情を隠さなないわがままな娘に変わっていったらしい。そういう意味では確かにレオナルドが原因なのかもしれないね。


 そんな幸せな学園生活を送っていた二人は、親密になればなるほど隠していたお互いの家族の昔話をするようになり、ついにはアレクシスさんという同じ父親を持つ姉弟だったことが判明してしまったときは、いったいどうしたらいいのかわからなくなってしまったそうだ。


 結局、根が真面目な二人は、ひとまず学園のお勉強を頑張って及第点をもらい、商人として認めてもらい、今の家族から独り立ちすることを目標にして、二人の将来について考えるのは後回しにしたらしい。


「あー、だからレオナルドさんは若いうちからケンモッカ先生の元を離れて独立したかったんですね」


「アタクシから見たらネッビオルドお義父様に比べ、ケネス様はとても素敵なお優しいお父様のように感じておりましたけれど、レオナルドにとっては違ったようですわね。アタクシもレオナルドも、本物の父親の愛情というものを知らずに育ってしまったことは、とても不幸なことだったと思いますの。そんなおり、ブルネリオとの断れない縁談がアタクシの元に・・・」


 無事に学園を首席で卒業し、実家の商会のお手伝いをしながら花嫁修業のようなことをさせられていたバルバレスカは、行商隊として王国各地を駆け回っていたことで民に顔と名が知れていた王子様であるブルネリオさんとの縁談が来てしまった。当時から容姿も人柄も良かったブルネリオさんは、民から大評判の人気者だったそうだ。


 一方のバルバレスカも王都で最も信頼されていたネッビオルド商会の娘で、非常に優秀な学業成績を修めたという噂が独り歩きしていて、その縁談は王都どころか王国中で最高に祝福された婚姻のように扱われてしまい、周囲の大人たちが勝手に熱を上げて盛り上がる中、逃げ道などどこにもなく強制的に王族に嫁がされてしまったそうだ。


 この人の話、聞けば聞くほど同情しちゃうよ。

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