8の8 王国を導く者たち



 私とアンドレおじさんは女王様の言いつけを守って待つことになった。ブルネリオさんがひれ伏しちゃってるので、私たちが横に突っ立っているわけにもいかず、騎士風の膝つきポーズで下を向いて笑いを堪えながら二人のやり取りを聞いていた。


「アンタ不祥事の責任取るとか言ってあたしに女王なんていう面倒な立場を押し付けといて当の本人が行商隊に復帰して王国旅行を楽しもうとするなんてどの口が言ってんのよ」


「いや、それはお酒の席の戯言で・・・」


「そもそもあたしがアンタの後始末で忙しくしてんのに若い娘を二人も引き連れてさっそくお寿司屋さんで豪遊ってどういうことなのよ」


「いや、もう国王ではなくなったから王城内でナナセと話をするのは躊躇われて・・・」


「確かに、もうこの王城・・・だけでは無いわね、この王都にアンタの居場所なんてどこにも無いわ。考えてみたらアンタも罪人みたいなものだもの」


「その責任を取って王位を返上したつもりで・・・」


「罪人よね」


「はい、家族が王国に混乱をもたらした罪人ってことでいいです。」


「ナナセ様いいかしら」


「はっ、はひ!」


「無償奉仕を決める罪人が一人増えたわ」


 無茶振りにもほどがある。どうしたらいいの私。


「あの、マセッタ様、私が元国王陛下のお仕事を考えるのはかなりの重荷ですし、さすがに無償ってわけには行かないのでは・・・」


「ではこういうのはどうかしら?どこか領主不在の田舎の村長をさせるの。王族なんだからそれくらいできるでしょ?そうね、ナナセ様も気にかけているモルレウ港へ単身赴任なんてどうかしら?」


「それ左遷ってやつですよね・・・」


「マセッタ、これからは家族との時間を大切に過ごそうかと・・・」


「あら、行商隊になったら今まで以上にソライオ様やティナネーラ様、それに第二夫人との家族をないがしろにすることになるわ」


「ううう」


「それにナナセ様は田舎のゼル村を短期間で王国のどんな街よりも立派な都市に作り変えたわ。アンタも同じことやりなさいよ、当然できるでしょ?」


「ま、マセッタ様、さすがに王国南端の港に飛ばされてしまうのは忍びないので、ナプレ市が領主不在のままずいぶん経過していますし、あそこは王国にとっても要所の港なので、ブルネリオさんを正式な市長として任命してはどうでしょうか?こうなったのは元家族サッシカイオの不祥事が原因っていうのもありますし、その責任を取ってもらうってことで・・・」


「ふふっ、単身赴任だなんて冗談ですよ。けれどもナプレ市長はとても良い案だわ、私はそのようなこと全く考えていなかったもの、さすがナナセ様は機転が利くわね」


 とっさの思いつきなのに機転が利くことになってしまった。


「ありがとうございます・・・今はちょうどアルテ様がナゼルの町で考えた住民管理と銀行業務をナプレ市でもやり始めてるところですし、役所は人材が足りなくて困ってるくらいです。ナゼルの町とうまく連携を取って、行政的な業務に力を入れて行きませんか?」


「わかったわ、ナナセ様の案で決定です。それではブルネリオ、ヴァチカーナ様の名に於いて命じます、ナプレ市を中心とした領土の領主として、主に行政面、同時にナナセ様が始めようとしている海外との貿易面に力を入れることで王国とあたしに奉仕なさい」


「ずいぶん簡単に決定しちゃうんですね・・・」


「詳細についてはナナセ様とブルネリオが個別に打ち合わせたことを、そのままその場で決定事項として扱ってかまいません、私には事後の報告だけでいいわ。きっとナナセ様とアンタにしかできない大切なお仕事よ、任せたわ」


「わかりましたっ!海外との貿易に関われるのは光栄なことです!」


「さすがマセッタ様は商人寄りなブルネリオさんのやる気スイッチの場所を知ってるんですねぇ、落として上げるみたいな方法に感心してしまいます」


「はっはっは、ナナセの言う通りですね。私はこのような仕打ちを数十年と受けているような気がしてきました」


「お二人にしかわからない歴史がおありのようで・・・ブルネリオさん、マセッタ様にお寿司屋さんのことチクっちゃったみたいでごめんなさいです。でもナプレ市にブルネリオさんがいてくれるとすごく安心です!お隣ナゼルの町のこともよろしくお願いします!」


「お願いするのは私の方ですよ、ナゼルの町をモデルとして、様々な勉強のやり直しですね、お互い頑張りましょう!」


「まあ、困ったらきっとピステロ様が助けてくれると思いますし。ところでソラ君とティナちゃんはどうすんですか?」


「二人は学園を卒業するまで王都に残さなければなりませんから、ナゼルの町の護衛をしているロベルタに戻ってもらえば安心でしょう。第二婦人についてはナプレ市へ連れて行きます、息子も含めて役所の仕事を手伝わせようと思います」


「なるほど。ではマセッタ様、ブルネリオさんの市長就任と貿易事業の詳細に関しては罪人全員の無償奉仕内容が決まってから考えますね。海外との貿易に関しては、たぶんアレクシスさんとケンモッカ先生にも手伝ってもらわないと無理ですし、アイシャ姫が自由に動けるようにならないとアデレちゃんと一緒に神国や帝国に行けませんし」


「そうよね、アデレード様にはイグラシアン皇国との問題に当たって頂くだけでなく、行商隊や王都の商店を支えて頂くことにも期待しなければなりません。少し負担が大きくなってしまうわ」


「ですよねー。だからこそ、おじい様お二人とアイシャ姫にはアデレちゃんを支えてもらわなきゃなりません。あ、そういえば私、護衛の配置を大幅に変えてしまった報告に来たんでした。とりあえず例の罪人部屋はアイシャ姫に護衛侍女として滞在してもらうことにしました。アイシャ姫が一人いればお釣りが来ると思うので、いっぱい居た護衛の人たちにはアルメオさんのところへ戻るように言いました。つまり、現在のお部屋係はアレクシスさんとアイシャ姫、護衛兵はアイシャ姫だけです。アンドレさんもあの部屋には不要なんでマセッタ様にご返却します」


「おい!物みてえに言うな!」


「だってアンドレさん、暇そうにリバーシしてたじゃないですか。それに、イグラシアン皇国関係のことをアデレちゃんと協力して当たってもらいたいから、できるだけ手は開けておいて欲しいんですよ。もちろんマセッタ様に側近の護衛は必要だとは思いますけど、内側の警備はアルメオさんたちに任せて、アンドレさんはどちらかと言えば公安警察とか自衛隊って感じの外側の警備の責任者ですね。王国精鋭部隊っていうのがどれほどの戦力なのかよく知りませんけど、この数か月ずっと引き連れてたんですよね?」


「ああ、あいつらマセッタ様が何年か前から地道に育ててたんだよ、精鋭になって当然だ。まあマセッタ様にとっては暇つぶしだったみてえだけどな」


「ふふっ、懐かしいわね。私は護衛の詰所ですることがありませんでしたから、若い衛兵を選んで遊びで戦闘訓練をしていただけよ。実を結んだのであれば、それはとても嬉しいことだわ」


「あのあの、地獄の特訓だったんじゃないんですかそれ・・・」


「ははは、そうだろうな、訓練の内容がどんどん高度なもんになっちまってたぜ。まあ実際、精鋭と呼ぶにふさわしい人材だしよ、俺の指示もよく聞いて統率が取れてたんだぜ。軍隊と呼ぶには少数だけどな」


「アンドレさん、軍隊は必要ないですよ、自衛隊です」


「違いあんのか?それ」


「絶対にこっちから戦いを仕掛けないで下さい。任務は防衛だけです」


「そうは言ってもよぉ、先手を取らなきゃならない場面だってあんだろ」


「駄目です。相手が『先に仕掛けてきた』という事実と、王国領土内に相手が『侵入してきている状態』というのが重要なんです。これは先手とか遅れを取るとかの問題じゃなく、戦後のことを考えた必要な手続きの問題なんです。いざ戦闘となっちゃったらピステロ様とアイシャ姫を引き連れて私も含めて大暴れすればたぶん大丈夫ですよ、相手が火とか吹いちゃうドラゴンでも連れてない限り」


「なんかよぉ、たまにすげえよなナナセは。さすが、えむえむ王?の元で用兵の心得があるって感じだぜ。わかったよ」


「それ、みんなが想像してるようなやつとは違いますから・・・」


「それではアンドレッティ様も決まりね、伝書の鳥をナナセ様とアデレード様からお借りして、まずはオルネライオやベルサイアとの連絡手段を確立して欲しいわ。ナナセ様がイグラシアン皇国との小競り合いに事態の急速な変化は無いだろうと予測されていますし、アンドレッティ様は王都でしばらく休養を取るといいわね、ブルネリオのせいでずっと王国内を走り回らされていたのですから」


「はっ!えっと・・・かしこまりましたっ!」


「どうにもこうにも酷い言われようですね。アンドレッティ、無理な指示を出したことはお詫びします。あの時はナナセとアデレードに刃を向けた者をどうしても許せず、少し冷静さを欠いていたかもしれません。結果としてタル、マス両名を捕えて王都へ戻ってくれたので、命令した私の顔も潰れずに済んだのです。本当に感謝していますよ」


「もったいないお言葉です」


「アンドレさんとブルネリオさんも、なんか微笑ましい関係ですねぇ・・・とりあえず私からは以上で、次はバルバレスカさんの個別面談をしようと思ってます。戦闘力が無さそうなことはわかりますけど、学園の成績が非常に優秀だったっていうのはどの程度なんですか?」


「それはブルネリオの方が詳しいわね」


「当たり前のように首席で卒業したそうです。長い学園の歴史の中でも商人や職人育成の星組の生徒が、領主候補や官僚候補の光組の生徒より好成績を残したことなどなかったと言われていますから、よほど優秀だったのではないでしょうか」


「なるほどー、そうなるとやっぱ文官として役所のお手伝いとか、輸出入でややこしくなる商会のお手伝いとかしてもらいたいですよねぇ。でもブルネリオさんと一緒にナプレ市っていうわけにも行かないし、今更王城の役人に受け入れられるとも思えないし・・・やっぱナゼルの町に連れて行っちゃうしかないですかね」


「ナゼルの町はとても素敵な罪人更生の町よね。七人衆の方々なんて、この王城にいる若者より、よほど教育が行き届いていたわ」


「あはは、それは本人たちの努力ですよ。なんかまあ、バルバレスカさんはとにかくその方向で考えます、アルテ様に預けておけば絶対おかしなことにはならない気がしますし。っていうか、もし死刑執行猶予中の人がおかしなことしたら即刻処刑って認識で合ってますか?あんまり気が進みませんが」


「そうね、次は無いわね。けれども、そのような残念なことにならないようナナセ様にお願いしています。私とブルネリオが考えても、サッシカイオやタル=クリスが脱獄してしまったような結果が待っているわ」


「私も処刑なんて絶対にしたくないです。ところで、二人のどちらが死刑執行猶予なんて考えついたんですか?すごい決まり手ですよね」


「最初はブルネリオがナナセ様に王位を譲り、その後、ナナセ様の好きなように裁かせるつもりでいたようだわ」


「そうですね、けれどもそれだと、ますますナナセを王族という手枷足枷で縛り付けてしまうとマセッタに反対されてしまったのですよ」


「聞こえの良い案にも思えますけれど、国王としてナナセ様を王城に閉じ込めておくのは悪手だわ、自由に世界中を飛び回ってもらった方が、必ず王国の為になるもの」


「私もそれに同意したので別の答えを探りました。王殺しなどという前代未聞かつ重要な判決事例となる大事件だった上、私は国王という立場上、この国の秩序を何百年と守ってきた唯一無二の法に逆らうわけに行きませんでしたから、一度、死刑判決を下すという“手順”がどうしても必要だったのです」


「なるほど、最初から無期無償奉仕の刑じゃ駄目だったんですね」


「そうね、それとせっかく国が変わるチャンスでしたから、以前からの懸念材料であった王国名称のあり方と北方の問題を一気に解消するためには、私が新たな女王になるのが一番手っ取り早かったの。オルネライオは少し頭の硬いところがありますから、現状の王国を維持するのであれば善き王になるかもしれませんけれど、大きな変貌を遂げようとしているヴァチカーナ王国の統率者には向いていないわ」


「その点もマセッタの意見に同意しました。非常に優秀な法の番人であったオルネライオは私の時代よりも秩序ある平和な王国へ導くことはあっても、ナナセのように全てを壊して一から作り直してしまうような大きな決断をすることはできないでしょう」


「わっ、私にもそんな大それたことはできませんよ」


「すでにたくさんやっているわ。無意識下で慣例に囚われている私たちとは、事の発端の時点ですでに発想や観点が全く違うもの」


「そう言ってもらえると助かります・・・慣例を捨てて国を大きく変化させるなんてなかなか難しい決断だったと思います。ずっと執務室に閉じこもって二人で何日も相談してましたもんね」


「マセッタと二人で話していると、妙に話が脱線するのですよ」

「ブルネリオと話をしていると、なぜか話が進まないのよね」


 やっぱそうだよねー。


「マセッタが何十年も前の話を昨日のことのように言い出すから」

「ブルネリオがいくつになっても子供の頃と同じようなことを言うから」

「マセッタはいつもぼくの行動にケチつけるんだ」

「アンタが王子様のくせに頼りないからいけないのよ」

「そんなこと言ってもぼくはマセッタみたいに頭よくないもん」

「アンタ頭の使い方を根本的に間違ってんのよ」

「マセッタこそ使い方わかってないのにそんな事言われたくないよ」

「アンタ好きなことにしか頭使わないから駄目なのよ」

「マセッタは最初から何でもできるからすぐ飽きちゃうじゃないか」


「あはは、なんか二人は姉弟みたいで恋人みたいで夫婦みたいな幼馴染なんですね!」


「違いますっ!」

「違いますっ!」


 息ピッタリな二人が羨ましくなってしまう。でも、こんなメンバーでヴァチカーナ王国を導いていくことができるのだろうか。

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