8の7 アイシャ姫と面談(後編)



 アイシャ姫が私の腕にしがみついているので真面目な話がしづらい。そうは言っても百年も続く無償奉仕を決めなきゃならないので、いつもみたいに思いつきで適当に決めるわけにもいかない。


「アデレちゃんは帝国や神国との貿易に興味があるみたいなんですけど、私も王国内で責任が増えちゃったから、ある程度落ち着いてからじゃないと始められないと思ってるんです」


「私はアギオルギティス様へ謝罪に赴かなければなりません。正直なところ、何を言えばいいのかわからないので気は乗りませんが、そういったことこそ先に済ませるべきであると後輩の侍女たちに指導してきたので、とても複雑な心境です」


「わかりますよそれ。でもまあ、面倒なことを先送りにして良いことなんて何一つないですからね。他の人たちの無償奉仕を決め終わって私の手が空いたら、まずはグレイス神国へ向かうことにしましょうか」


「ナナセさんがご一緒であれば勇気が湧いてきます」


「アイシャ姫は度胸があるのか気が小さいのか、本当によくわからない人ですね・・・」


 色々と落ち着くまでは、アイシャ姫には罪人部屋の護衛侍女をしてもらえばいいかな。アンドレおじさんは本来マセッタ様の側近護衛みたいだし、他の護衛兵は男ばっかりでむさ苦しいし。罪人部屋の護衛を罪人がやるっていうのもなんかおかしな話だけど、悪魔化から完全に解き放たれた今のアイシャ姫なら誰も文句は言わないだろう。


「じゃあとりあえず、さっきの部屋の護衛侍女を命じます。アイシャ姫がいれば他の護衛なんて一人も必要ないと思うからアンドレさんとアルメオさんの負担も減るでしょう。なんかアレクシスさんと二人でお部屋係をしてると、王様の部屋より贅沢な部屋になっちゃいそうですけど、とにかくよろしくお願いしますね」


「私は幼少から侍女としての教育しか受けておりません。そのように取り計らって頂けるのは助かります。あの部屋には少しばかり気心の通じたバルバレスカ様とレオゴメス様がいますし、正直なところ気が楽になりました。それとは別に、私は今でもナナセさんに運命を預けたままだと思っています。護衛兵としての私にご期待頂けるのであれば、ナナセさんの剣となり、そして盾となりましょう」


「なんかかっこいいことを言っているようですけど、盾になんてなっちゃダメですからねっ!危なかったら一緒に逃げますよ!」


「はっ、ナナセさんの仰せのままに・・・」


 アイシャ姫は実に護衛らしい凛々しい口調で命令を受け入れたけど、組んだままの腕にキュッとしがみつき、私のほっぺたに頭をすりすりしてきた。細くて長くて柔らかな髪からいい匂いがふわりと鼻を抜け、仔犬のように甘えてくるアイシャ姫が可愛くてしょうがない。まったくもう、行動と発言が一致していないにもほどがあるよ。


「そっ、そういえば帝国の姫の証みたいな髪飾りをアデレちゃんに託しちゃったって言ってましたけど、代わりに私のバレッタ使いますか?私は耳の上につけて飾ってるだけだし、アイシャ姫も侍女っぽい仕事するなら髪はまとめておいた方がいいですよね?」


「ナナセさんが身につけていたものを私がお借りできるのはとても嬉しく思います、ぜひお願いします!」


「これ最近王都で流行ってるアクセサリらしくて、アルテ様とソラ君とティナちゃんもお揃いのやつしてるんですよ」


「そっ、そのような大切な物でしたらナナセさんが身につけていた方がいいのでは・・・」


「あはは、そんな気を使わなくていいですよ、アルテ様とはお揃いのミサンガしてますし、ソラ君とティナちゃんはお揃いの万年筆を使ってますし、私も身体中に宝石がゴテゴテしてるのおかしいよなーってずっと思ってましたし、それにアイシャ姫に貸すんだったら、みんなも許してくれると思いますから。ティナちゃんなんか、アデレちゃんと一緒でアイシャ姫にすごーく憧れていたんですよ!」


「ティナネーラ様は王女にもかかわらず、剣の稽古に対して非常に真剣に取り組んでいました。懐かしいですね・・・」


 そんな話をしながら、今は下ろしているアイシャ姫の髪をヒモで一つに縛ってから、そのヒモを隠すようにバレッタをつけてあげた。長く艶やかな金髪によく映える。私なんかよりよっぽど似合ってるね。アイシャ姫は頬を染め、とても嬉しそうにしてくれた。


「ところで、アギオル様にご挨拶したら、その後は帝国執政官のガファリさんにもご挨拶に戻らなきゃなりませんよね。輸入業のことを考えるとアデレちゃんも帝国まで連れて行った方がいいと思いますけど、次期皇帝になり得るとか言われてたアデレちゃんを紹介しちゃうと大変なことになるんじゃないですか?」


「そうですね、将来的にはアデレードの存在を帝国の民に認めさせるべきだとは思いますが、今は単なる重荷となってしまうでしょう」


「ですよねー。しばらく内緒ですかね」


「こればかりは本人が望むかどうか、それによって考えれば良いのではないでしょうか。私はその手助けをするまでです」


「あー、なんかアイシャ姫って、やっぱりお母さんなんですねぇ・・・」


「そうですか、これが母心というものなのですか・・・」


 無償奉仕内容はちょっと流動的になってしまうけど、ひとまずアイシャ姫との面談はこれで終了にした。席を立とうとしたら、仔犬みたいな物欲しそうな視線を送ってくるアイシャ姫の憂いた瞳に吸い込まれそうになったけど、まったく気づかない鈍感ヒロインになったつもりで元の罪人部屋へ戻った。危ない危ない、「くれぐれもヘンなコトすんな」ってアンドレおじさんにも言われてるしね!


「じゃあこの部屋の護衛の人ー!全員集まって聞いて下さーい!」


 扉の外と中にたくさんいるむさ苦しい兵を一か所に集めて、これからしばらくはアイシャ姫が一人でこの部屋の護衛をするのでアルメオさんの所へ戻れと指示した。アンドレおじさんもその集団の中に混ざって、一緒に私の命令を黙って聞いていたのが面白かった。


 護衛が解散して部屋の中がスッキリしてから、アデレちゃんを呼んで、アイシャ姫に剣を返してあげるようにお願いした。


「でしたら、アデレードの細身の剣を私が使おうと思います。いくらナナセさんの命とはいえ、罪人である私はまだまだ、この王城内での信用を取り戻しておりません」


「けれどもあたくし、まだアイシャお姉さまの大きな剣で戦うことはできませんの。背負って歩いているだけで精一杯ですの」


「でしたら、細身のものと大きなものを一本づつ持ちましょうか」


「それなら賛成しますわ!」


 アイシャ姫とアデレちゃんは、剣を一本づつ持つことにしたようだ。なんだか嬉しそうにお互いの剣を背中に装着しなおし合っている。微笑ましすぎる。


「いいなー、なんか二人が羨ましいよ」


「お姉さまの剣は特別すぎて代替品がありませんの」


「まあねー、あえて交換するとしてもルナ君の禍々しい鎌くらいしか無いかなぁ。あれもけっこう魔子が集まるんだよね」


「あの武器を日常的に持ち歩くのはどうかと思いますの。あの鎌の欠けた刃を首筋にあてがわれた恐怖は一生忘れませんの・・・」


「どうもすみませんでした・・・」


 アデレちゃん、なんか根に持ってるよね。ほんとごめんなさい。


「なんかよぉ、お前ら三人は本当に姉妹みたいだよな。ところでナナセ、別にナナセを信用できないって訳じゃねえけどよ、アイシャールに部屋を任せても大丈夫なのか?俺は立場上、どうしても最悪の事態を想定しなきゃならねえんだけど、もう悪魔にならねえのか?」


「アンドレさんのお師匠様が大丈夫って言ってたから大丈夫ですよ」


「おおそうか、ピステロ様がそう言うんなら大丈夫だな、悪かった」


「それに私は「常にナナセかアイシャールが近くでアデレードを監視せよ」ってピステロ様に言いつけられてるんです。だからどっちかと言えば監視対象はアイシャ姫じゃなくてアデレちゃんの方です」


「ははは、わかったわかった!俺もアデレードが暴れねえように監視しねえとな!」


「なんだか酷い言われようですの!」


 とりあえずアイシャ姫とアレクシスさんにこの部屋のことをお任せして、私はアンドレおじさんと一緒にマセッタ様に報告に戻った。


「(コンコン)ナナセです、失礼しまぁーす」


「あら、ナナセ様、ずいぶん早いのね。もう決まったのかしら?」


「いえ、護衛の配置を大幅に動かしてしまったので、先に報告に来ました。っていうか、なんですかこの状況・・・ぷふっ」


 謁見の間に入ると、長く綺麗な脚を組んで堂々と玉座に腰をかけるマセッタ様の前で、ブルネリオさんがちっこくなって床に正座させられ、こうべを垂れていた。その絵面があまりにも女王様オブ女王様すぎて思わず笑ってしまう。アンドレおじさんも笑いを堪えるのに必死な様子だ。ごめんねブルネリオさん。


「あのあの、お取り込み中でしたら退室しますけれど・・・」


「すぐ済むわ、二人はそこで少し待っていて下さるかしら」


「わかりました・・・」

「かしこまりました・・・」


 女王様の待て、きました。これがそっち業界で噂の“お預け”ってやつかな。





あとがき

次話は、ただでさえ会話率高めのこの作品にもかかわらず

ほぼ全部会話、というちょっと変わった回に挑戦します。

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