8の6 アイシャ姫と面談(前編)



 マセッタ様が獲物を狙う目になってしまったので、すたこらさっさと逃げ出した私とアデレちゃんは、罪人が軟禁されているという応接室にやってきた。扉の前には盾と槍を持った何人もの護衛兵が立っていて、少し物々しい雰囲気だった。


「ナナセです。中に入っても問題ありませんか?」


「ナナセ閣下の入室は女王陛下より許可されてますっ!」


 中に入ると、つい立てのようなもので部屋が二つに分割されていて、どうやら男性と女性に分けられているようだった。一応そういったご配慮してくれているんだね。


「アンドレさん、さっそくお仕事をしにきました。まずはアイシャ姫から面談したいと思うのですが・・・あれ?マス=クリスさんだけいなくないですか?もう逃げられちゃったんですか?」


「んなわけねえだろ!タル=クリスとマス=クリスは同室にすんなって女王から指示されてるからよぉ。王城のてっぺんの部屋に隔離してんだよ」


 ああ、バルバレスカがいた囚われの姫部屋ね。


「なるほど、また逃亡する危険性がありますもんね。闇をまとって暗闇に隠れたり、誰かに変装されたりするとややこしいし」


「まあな、その二人を一緒にしておいて良いことは無さそうだな」


 女性側にはバルバレスカとアイシャ姫と、なぜかアリアちゃんがソファーに座っていて、男性側にはアンドレおじさんとレオナルドとタル=クリスが座っていた。テーブルにはお茶が用意されていて、アンドレおじさんとレオナルドは難しい顔を突き合わせてリバーシの続きをやっているようだ。タル=クリスに関しては足に重そうな鉄の球が装着されてるけど、それほど酷い扱いは受けていないように見えた。


 アレクシスさんはこの部屋の使用人みたいな仕事を与えられているらしく、以前のようなビシッとした表情で扉の近くで待機していた。アリアちゃんはバルバレスカに会いに遊びにきていたようで、アイシャ姫とバルバレスカの間に座って嬉しそうにお菓子を食べていた。きっとこれはアレクシスさんが隠しひ孫を甘やかしてるんだろう。あとは、部屋の中には武器防具を装備した護衛兵ばかりで侍女は一人もいない。なんとなくむさ苦しい感じだね。


「アレクシスさんがレオナルドさんとバルバレスカさんの面倒を見ているんですね。マセッタ様もなかなかオツなことしますね」


「私はあの二人に対して親と子のように接したことがございませんので、少々戸惑っております。しかし、このような機会を作っていただいたナナセ様には、深く感謝しております」


「そんなかしこまらないで下さいよ、執行猶予百年なんていう驚きの議決をしたのはマセッタ様とブルネリオさんなんですから」


「もちろん、あのお二方にも頭が上がりませぬ・・・」


 これから先、この三人が親子としての関係を築いて行くのはなかなか難しいかもしれないけど、こうやって生活の面倒を見ていてくれれば少しは失った過去を取り戻すことができるかもしれないね。


「アレクシスさん、私が罪人全員の無償奉仕を決め終わるまで、しばらく今の任務を続けていて下さいね。その後は、たぶんアデレード商会のお手伝いに戻ってもらいますから」


「この身が朽ち果てるまで、ナナセ様とアデレード様、そして女王陛下にお仕え致しまする」


「そういう時代はもう終わったので、もっと気楽に行きましょう。私言ったじゃないですか、アレクシスさんも誰かに甘えていいし、嬉しいとか悲しいとか、そういう感情をもっと表に出すようにして下さい!」


「ありがたきお言葉でございます・・・」


 なんかまあ、アレクシスさんも時間がかかりそうだね。そりゃあ王城で五十年以上、こういった真面目な感じで過ごしてきたのだから、そうそう変われるものじゃないかな。


「じゃあアイシャ姫、私と一緒に来て下さい。隣の応接室で今後についての面談をします」


「わかりました」


「アリアちゃん、バルバレスカさんをよろしくねっ」


「うん、わかった!」


 アイシャ姫を連れて部屋を出ようとしたら、アデレちゃんがついてこなかった。


「あれ?アデレちゃんも一緒でいいよ?」


「いえ、あたくしはバルバレスカ様とゆっくりお話しようと思いますの。あたくしに対してわだかまりがあると思いますけれど、そういったものを少しづつでも解消しなければ、お姉さまと女王陛下の考える理想の王国は作れませんの」


「すごい、なんか大人ですね・・・」


 バルバレスカはアリアちゃんの暖かい光治療のおかげでもう悪魔化することはなさそうだし、この部屋はアンドレおじさんが目を光らせているし、アデレちゃんの好きにさせてあげようね。


「じゃあアンドレさん、なんか問題があったら隣の部屋へ呼びに来て下さい。アデレちゃんのこと、くれぐれも頼みますよ」


「まぁそれが仕事だからな。それよりよぉ、ナナセとアイシャールが二人になる方が、なんかやらかす可能性が高えんじゃねえのか?いいな、くれぐれも変なことすんなよ?暴れてるお前ら二人を抑えられるのなんて、この世界にはピステロ様くらいしかいねえんだからな」


「私たちはそんな簡単に暴れたりしませんっ!私だって少しは大人になりましたからっ!」


 アンドレおじさんが手をヒラヒラさせながらシッシッとしたので、私はぷいっとしながらアイシャ姫を連れて隣の部屋へ移動した。廊下で待機していた護衛兵が何人か中までついてこようとしたけど、部屋の外側の扉の前で待機するように命じておいた。せっかく久しぶりにアイシャ姫と二人きりでお話できるんだから邪魔しないでよ。



「あのあのアイシャ姫・・・面談っていうのは普通は向かい合って座るものじゃないでしょうか?」


「私はここで結構です。」


 応接室のソファーに座ると、アイシャ姫が隣に腰を掛けた。若干頬を染め、首を私の方へ傾けうっすらと微笑んでいて、髪と腕と脚が微妙に触れていてドキドキしてしまう。近いよ、近い。


「そうですか・・・一か月くらい牢屋の生活してましたもんね、窮屈でしたか?」


「毎日、誰かしらが面会に来ておりましたし、ナナセさんの作る料理に比べたら貧相でありましたが食事も与えてもらえましたし、無人島で暮らしていた頃に比べれば不満など一つしかありませんでした」


「不満ですかぁ。ベッドが硬かったり寒かったりですか?」


「ナナセさんが一度も面会に来て下さらなかったことです」


 その頃の私はアルテ様とまったり生活を満喫していたので、アイシャ姫が心配だという気持ちが半減していたのかもしれない。なんだろう、悪いことをしていたわけじゃないのにすごく後ろめたい。


 なんか気まずいので別の話題を・・・


「・・・っと、アデレちゃんとバルバレスカさんを近づけて大丈夫ですかね。かなり憎んでいたようですし」


「先ほどの応接室でずっとバルバレスカ様と二人でしたから、その話題にもなりました。もちろんレオゴメス様と私との子であることはご存知ですが、「そうなってしまった経緯はアタクシにも原因があってよ」とおっしゃっていました」


「そうなんですね。アデレちゃんは何でもかんでも前向きに考えるタイプだから心配ないですけど、バルバレスカさんは何でもかんでも憎むタイプだったから、喧嘩になっちゃわないか心配です」


「アデレードに勝てる者など、すでに王国にも指折りしかいません」


「あらら、アイシャ姫にまでお墨付きをもらっちゃいました。ブルネリオさんもマセッタ様も、アデレちゃんのことをすごく認めてましたよ」


「誇らしい気持ちになりますね、ナナセさんのおかげです」


「あはは、アデレちゃんに関してはすべてが自分でした努力の結果だと思いますよ。私は一緒にお店屋さんごっこしてただけです」


 アイシャ姫は嬉しそうな顔をしたまま、今度は私と腕を組んできた。真面目そうな見た目と冷静な口調と行動が全く一致していない。


「そ・・・そういえば、判決言い渡しのときのアデレちゃんのキッス、すごかったですね。あんな大勢の前で堂々と」


「私も少々面を喰らいましたけど、あの行動に至るまでの理由はわからなくもないのです」


「なんか理由があったんですか」


「はい。地下牢に面会に来たアデレードに、私にとって初めての口づけをナナセさんと交わした際の話をしたところ、母娘喧嘩なのか姉妹喧嘩なのかよくわかりませんが、少々言い合いになりまして・・・」


「なんかコメントに困るんですけど・・・それで、どんな言い合いだったんですか?」


「アデレードいわく「あああ、あたくしに隠れて、きききき、キッスするなんてずるいですのーっっ!」と」


「さすが母娘、なんかアデレちゃんのモノマネずいぶん似てますねぇ。えっと、普通は隠れてするのが正しいお作法なのでは?」


「ええ、私もそのようなことを返答したところ、隠し事は駄目だと暴れ出しまして、私の顔が血だらけになるまで無茶苦茶に引っかかれてしまいました」


「あはは、ネコ娘みたい。っていうか大丈夫だったんですか?アイシャ姫の綺麗なお顔に傷が残ったりするのは嫌なんですけど」


「直後にアデレード覚えたての暖かい光で優しく癒やしてくれました」


「そ、そうだったんですか。猟奇的なマッチポンプですね・・・」


「ともかくそういう経緯で、初めての口づけを私に先を越されてしまった悔しさと、隠し事をするべきではないという行動理念のもと、大勢の前で意図的にあのような行為に至ったのではないかと推測します。ただ、私はナナセさんとのときとはまた違った喜びを感じました」


「嬉しかったなら良かったです。アイシャ姫はレオナルドさんとの口づけは死守したとか言ってましたもんね・・・私なんかが初めてですみません」


「私にとって、生涯たった一人のお相手がナナセさんであると決めておりましたが、アデレードも含めて二人になってしまいました」


 なんだかすごく嬉しいけど複雑な気持ちになってしまう。この母娘は“初めて”であることに強いこだわりがありそうなので、アデレちゃんに思わずキッスしちゃったことは何が何でも隠し通さなければならない。


 っていうか、また話が進まないパターンだよね、これ。





あとがき

アイシャ姫、やたらと積極的です。


さて、3月は春休みということで、少し更新ペースを上げようと思います。

新年度までの1か月間、今は中5日のところ、3月31日まで中2日にします。


アルテ様の口調がいつまでたっても安定せず、常々直したいとは思っていたのですが、2022年3月3日、改訂というほどではない程度に第一章だけちょこちょこ直しました。ただし1の27だけは大幅に書き直し、アルテ様の裏話的なものを追加したので、もし興味のある方はそこだけでも覗いてみて下さい。


今後とも、ナナセさんたちの修行へのお付き合い、よろしくお願いします。

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