8の5 鈍感ヒロイン
マセッタ様のお父様が王族だっていう話や、学園時代のブルネリオさんがマセッタ様のことを好きだったかもしれないって話をしてみたくてウズウズしている私は、そこはグッとこらえて先にお仕事の話を済ませなければならない。
「マセッタ様は、この罪人にはどうしてもこうして欲しい、みたいなのありますか?」
「そうね・・・タル=クリスとマス=クリスの二人はしばらく王城で軟禁、アンドレッティ様に引き続き取り調べをさせながら、ベルサイアへ向かったオルネライオの報告を待たなければならないわね」
「なるほど、じゃあその二人については後回しでいいですね。王様の交代や国を二つに分けちゃったことって王国全土に通達しなきゃならないと思いますけど、それはどうするんですか?」
「一通り護衛の休暇を回してから、早馬を何方向かに送り出す予定です。それとは別に、先日の会議でナナセ様が提案されていた「行商隊にサッシカイオ捜索の手伝い」の指示をするついでに、今回の判決について詳細に記した瓦版を各領主に持たせなければならないわ」
サッシカイオの捜索なんてすっかり忘れてたなんて言えない。
「さすがマセッタ様、さっそく隙のないお仕事です。もしベルサイアとの連絡手段にサギリかレイヴが必要であれば遠慮なく言って下さい。アデレちゃん、またレイヴ借りてもいいよね?」
「もともとお姉さまが捕まえた鳥ですし、きっと北方の地で生まれた鳥ですの。マルセイ港までは確実に飛んで行けるようですし、元飼い主であるタル=クリスさんとマス=クリスさんの件に関わるお仕事でしたら、レイヴも頑張ってくれると思いますわ」
「そっか、そうだよね。じゃあレイヴは主に北の方角へ向かう伝書カラスってことで頑張ってもらおっか」
「・・・以前から感じておりましたけれど、アデレード様はナナセ様以上に思慮深いところがあるわね」
ほんとそうです。頭が下がります。
「女王陛下にそう言って頂けると嬉しいですの。お姉さまに早く追いつけるよう、これからも頑張っていきますの!」
「あはは、もうとっくに追い越されちゃってるかもねー」
「これはきっと、アイシャール姫やアレクシス様の血をしっかりと引いたのだと思います、頼もしいわ」
「なるほど・・・帝国皇帝の血筋にアレクシスさんの慎重冷静沈着な血がうまく合わさったハイブリッドエンジン搭載なんだね。そこに育った環境の王国商人成分のガソリンで動いてるのかも」
「あたくし、はいぶりっとですの!言葉の意味はわかりませんけれど、なんだかとても経済的そうですの!商人の血が騒ぎますの!」
「あはは、だいたいあってるよ、そういう意味で」
思い起こせば、タル=クリスたちと戦ったときも「アンドレおじさんがいる場面で襲ってくるとは考えにくいから偵察だ」みたいなことを冷静に分析してたし、しばらくあっち方面の問題はアデレちゃんとレイヴとサギリに任せちゃおうかな。
「皇国との小競り合い問題にあたってるオルネライオ様との連絡手段が確立したら、アデレちゃんを窓口にしてもらいましょうよ。なんか私よりも精通しているみたいだし問題ないですよね?マセッタ様もその方が安心じゃないですか?」
「そうですね、アデレード様でしたら情報漏洩の心配もありませんし、万が一危険なことが起こっても自力で切り抜けられると思うわ」
「そうそう!アデレちゃんもおっかない女性の上位だもんね!」
「あたくしは違いますのっ!」
「あら、なんのお話かしら?」
マセッタ様がニヤニヤしながら上半身を乗り出してきた。おっかない女性の話とか、すごく興味がありそうだ。
「王国の女性限定、戦闘力がえげつない四天王のお話です。護衛侍女であるマセッタ様、ロベルタさん、アイシャ姫、それとブルネリオさんお墨付きのアデレちゃんです。ちなみに私は入ってません!」
「ふふっ、よくわからないけれど、とても光栄だわ。ナナセ様も戦闘に長けているとは思いますけれど、どちらかと言えば強力な治癒魔法や、悪魔限定で強力な光魔法をぶつけている魔道士の印象よね。ただ、言葉を武器にした場合、徹底的に相手を追い詰めていく精神的な波状攻撃は、王国の誰も勝てないわ」
「マセッタ様までブルネリオさんみたいなこと言わないで下さいよ・・・」
これからはもっと言葉に気をつけないと。
「お姉さまは金貨や羊皮紙弊を武器にすることもありますの・・・」
「ちょっとアデレちゃん!?人聞きの悪い言い方しないで!」
「プルトさんもサトゥルさんも完全にお姉さまに屈していますの・・・」
「もうっ!」
「私はナゼルの町で銀行業務のお手伝いをしていましたから、ナナセ様の預金額も知っているわ。ブルネリオでも歯が立たないわね」
「ううう・・・あのお金はうまく住民に還元します・・・」
札束攻撃もやらないように気をつけないと。
「ところで少し聞きにくい話なんですけど、マセッタ様のお父様ってどこかの領主らしいですね。一応隠していたんですか?」
「そうよ、お父様はアルペニア山脈の手前にあるポーの町あたりの領主です。お母様は子供の頃から見習い侍女として王宮で働いていて、二人は結ばれることの叶わない幼馴染だったの。両親とも隠していたつもりのようですけれど、王都では私が隠し子だということはバレバレだったわ」
「そうなんですね・・・なんというか、そういうのって辛い子供時代を送ったんじゃないですか?いじめられたりしたんですか?」
「私は私の生い立ちに恥じる部分など微塵もありませんから、そういうことを言われたら堂々と懲らしめてきたわ。そのせいで私の周りからは、どんどん人が離れて行きましたけれど」
それ、ブルネリオさんが誰も近づけないようにしてたんだよね。
「でも、学園時代はブルネリオさんと仲良くしてたって聞きましたよ」
「ブルネリオもそうですけれど、歴代の国王陛下であるブランカイオ様もヴァルガリオ様も、とても私を可愛がって下さったわ。他の人々は相変わらず私を恐れて近づいてきませんでしたけれど」
あー、なんとなくわかったよ。それたぶんブルネリオさんと同じで、ブランカイオ様もヴァルガリオ様もマセッタ様を独占しようとして誰も近づかせなかったんだろうね。でもそんなこと、とてもじゃないけど言えないや。
「私、ずいぶん前にマセッタ様に言われた記憶があるんですけど、王族にモテモテなのは私なんかじゃなくて、マセッタ様こそが王国一だったんじゃないですか?」
「そうかしら、男性にモテた記憶なんて全くないわ。私がはっきりとした好意を言葉で受け取ったのはオルネライオたった一人だけよ。子供の頃は私の近くに男性なんてブルネリオしかいませんでしたから、なんだか私が一方的に恋心を抱いていたような気がしますけれど、もう何十年も前のことですからすっかり忘れたわ、きっと若さゆえの一時の気の迷いね」
駄目だ、言われなきゃわかんないんだ。鈍感ヒロインすぎる。しかも両想いだったかもしれないのに綺麗さっぱり忘れちゃってる。
「なんだかとっても大人のお話ですの・・・」
「そういえばアデレちゃんもアデレード商会の子たちにモテモテだよね。どうせ気づいてないんでしょ?」
きっとアデレちゃんも鈍感ヒロインだ。間違いない。
「あたくしは商会のお仕事と日々の鍛錬で必死なので、そういったことには気づきようがありませんの。それにアイシャお姉さまもアルテ様も、何よりもナナセお姉さまがとても優しくして下さりますからあたくしは十分満たされていますわ!」
「ちょっと、恥ずかしくなるからやめてよ・・・」
「ふふっ、羨ましいわね」
そんなこんなで女子中高生みたいな話をしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。女子トークは危険だ。ブルネリオさんの時と一緒でマセッタ様ともまったく話が進まない。この二人が判決言い渡しの前に何日も二人きりで部屋にこもっていた理由がわかった気がする。こんな新体制でヴァチカーナ王国の未来は大丈夫なのだろうか?
「なんかお仕事の話が進まないですね・・・とりあえず、イグラシアン皇国の問題はそんな急展開することもないだろうし、アデレちゃんはアデレード商会のこと優先でいいと思います。私はひとまず、一番簡単そうなアイシャ姫の無償奉仕を考えるための個別面談から始めようと思います。最初から全員分をガッチリと決めちゃうより、一人づつ決めていった方がいいと思うんですよね。決めれば決めるほど、だんだん後の人の状況が変化すると思うので」
「そうね、それは賛成します。確かに、先に全ての無償奉仕内容を決めてしまうと後から窮屈になるわ。さすがナナセ様ね、常に一歩先のことを想像しながら物事を進めているわ」
「そんな立派な感じじゃないですよ、後から変えたりするの面倒だなって思っただけですし・・・あ、そうだ、ブルネリオさんは行商隊に復帰ってことでいいんですか?」
「それはブルネリオがそのように言っていたのかしら」
「はい、昨日アデレちゃんと私と三人で行ったお寿司屋さんでお酒を飲みながら嬉しそうに」
「そう・・・わかったわ、ブルネリオに関しては私が直接お話をします」
あれ、なんかヤバそう。
私は空気が読める子なのだ。
「そっ、それじゃさっそく任務につきたいと思います!敬礼!」
私はおでこに手を当てて日本の警察官のような敬礼をすると、アデレちゃんの手を引いて謁見の間を退出し、扉の外にいた知らない護衛の人にマセッタ様の護衛をお願いしてからそそくさと立ち去った。
ごめんねブルネリオさん、何か変なスイッチ押しちゃったかも。
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