8の4 一旦帰宅



 王宮の部屋に戻ると、仁王立ちしたイナリちゃんが待ち構えていた。


「ただいまー!遅くなっちゃった。お寿司のお土産買ってきたよー!」


「お腹すいたのじゃー!」


「あはは、イナリちゃんごめんね。はい、いなり寿司、ちぎってぽいっ」


「ぴょん!パクっ、もぐもぐ・・・」


「これ久しぶりー!ぽいっ」


「なんだか屈辱的なのじゃ。パクっ、もぎゅもぎゅ・・・」


「ナナセ、お行儀の悪い食べ方をさせては駄目なのよ(ウズウズ)」


 アルテ様がソワソワウズウズしている。


「やってみたいんですねアルテ様も、はいどうぞ」


「ぽいーっっ!」


 アルテ様が嬉しそうに投げたいなり寿司はイナリちゃんのはるか頭上を超える特大ホームランだった。幸い、床ではなくテーブルの上に落ちたのでセーフかな。あれは私が食べよう。


「おいアルテミス!どこに投げておるのじゃ!」


「ごめんなさい・・・」


 私は久しぶりにイナリちゃんの餌付けとモミモミを楽しんでからみんなのお風呂の準備をする。アレクシスさんは容疑者が集められている部屋にいるようだし、もう私の執事という立場なのかどうかもよくわからないので、しばらくは自分たちで何でもやらなきゃならない。


 とは言っても、食料はペリコかハルコでサクッと空を飛んで買い物に行き、ベルおばあちゃんの温度魔法と電気コンロの併用でお風呂のお湯を沸かす時間を短縮し、リアンナ様が孤児院で手慣れている大量の洗濯をテキパキとこなしてくれているので、あとはせいぜい私が料理と皿洗い、アデレちゃんが部屋掃除をするくらいだ。


 ブルネリオさんが王様だったときに、気を使って侍女をつけると言ってくれたけどお断りしてしまった。ナゼルの町チームに知らない人が入ってくるのがなんか嫌だったし、その侍女も神様やら王族やら鳥人間やらよくわからない珍妙集団のお世話には困惑するだろう。


 ちなみに神様二人に仕事は分担していない。アルテ様は何かさせると危なっかしいし、イナリちゃんはどうせ途中で飽きちゃうので二人とも食べる専門だ。寝ることもないので本当に食べてるだけだ。


「ふうごちそうさま。それじゃみんなにも今日の判決について簡単に説明しますね。まずブルネリオ国王陛下が・・・‥…──」


 ここにいるみんなは裁判の内容やブルネリオさんの重い決断などにはほとんど興味がないようで、どうせナナセの思い通りになったんでしょ?みたいな感じで結論を聞くことだけを待っているようだった。


「──…‥・・・ということで、罪人全員に死刑執行猶予百年なんていう無茶な結末を迎えました!これは勝訴みたいなもんです!」


「わたくしナナセが望む結果になると言ったじゃない。それよりも、ナナセが暴れたりしないか心配していたのよ」


「アイシャールが無事で安心したのじゃ。わらわだって二人が暴れるのではないかと心配しておったのじゃ」


 私たち、そんな簡単に暴れたりしません。


「みんな、うれしいそう、だから、ハルコも、うれしい」


「ナナセや、この数か月、本当にお疲れ様なのじゃ。勝訴みたいなもんはめでたいのじゃ!とにかく乾杯なのじゃよ!」


 ベルおばあちゃんは私と一緒に神国に向かっていた頃から色々と相談を聞いていてくれたし、容疑者たちの血が繋がっているかどうかの判別もしてくれていたし、アデレちゃんと一緒にレオナルドの捜査もしてくれていたし、よくよく考えてみたら影の殊勲者だ。


「ベルおばあちゃんがいなければ、こんなに早く事件を解決できなかったよねぇ、ホントにありがと!それじゃあぁーーーっ・・・」


「「「かんぱーい!うぇーい!」」」


 この日はみんなで勝訴の祝杯を上げてから全員で狭っこくお風呂に入り、私のベッド一つにリアンナ様やアリアちゃんまで一緒になって、全員で暖かい光を発生させ合いながらビッチリと敷き詰まって眠った。たまにはこういうのもいいね。



 翌朝、壮大に寝坊した私はベッドに一人だけ取り残されていた。ノソノソと起き上がると、アルテ様がアデレちゃんの長い髪を一つに綺麗にまとめてあげていた。なんかお母さんみたいで微笑ましい。


 なにか料理するのも面倒だったので卵かけご飯を食べて一息ついているとアンドレおじさんが迎えに来たので、私とアデレちゃんの二人でマセッタ様のところへ向かうことにした。


「それではマセッタ女王陛下に謁見して参りますっ!」「ますの!」


「「いってらっしゃーい」」


 アルテ様とリアンナ様がお見送りしてくれた。他のみんなはどこかへ遊びに行っているようだ。みんな朝から元気だね。


「なあ、なんかナナセが無償奉仕の内容を決めるんだってな?」


「はい、ブルネリオさんに適任だって言われたし、私もそう思います」


「まぁベールチアとかレオゴメスは才能が明確だから簡単だろうけどよぉ、皇国の諜報員はどうすんだ?また逃げちまったら俺はもう探すの面倒くせえぜ」


「ですよねー。だからと言ってずっと牢屋に閉じ込めておくわけにもいかないし。っていうかアンドレさんに聞きたいことがあったんだ、タル=クリスが殺害した魔道士ってアンドレさんの彼女だったんじゃないんですか?憎くないんですか?」


「それなぁ・・・」


 アンドレおじさんはとても複雑な顔になってしまった。アデレちゃんの前では話したくないのだろうか。


「まぁ、近いうちに二人にはゆっくり話すぜ。いい加減逃げたり隠したりしてんのもおかしいしな。ヴァルガリオ様の殺害については今でも心に引っかかってるけどよ、それもまあ、いつまでも引きずってられねえから考えないようにしてるぜ。とりあえず、俺にあいつらを憎むような感情はほとんど無いってことだけ言っておくよ」


 そんな話をしながら謁見の間の前までやってくると、アンドレおじさんは別の部屋へ向かい、扉を開けるとマセッタ様がアルメオさんだけを従えて玉座に長い脚を組んで腰を掛けていた。


「失礼しまぁーす・・・なんだか警備が手薄ですねぇ」


「ナナセ様、待っていたわ」


 警備が手薄なのは、大前提として護衛が束になってマセッタ様を襲ったとしても生き残れる者などほとんどいないことと、王城がずっと厳戒態勢だったので護衛兵に疲弊があると思い順番に多めの休みを取らせているとのことだった。残っている護衛兵の大半を別室に軟禁されている罪人五人の監視にまわしているそうで、アンドレおじさんがそれを仕切っているらしい。


「へえ、さっそく女王陛下らしいお仕事をしているんですね」


「いいえ、護衛兵の責任者はアルメオです。彼はすべての護衛一人ひとりの体調や心労、ご家族の事までも、しっかりと目が行き届いていて感心してしまうわ。休暇を回そうと言い出したのはアルメオよ」


「女王陛下、もったいないお言葉でございます」


「アルメオさん、なんかかっこいいじゃないですか!見直しましたよ!」


「では!オレもついに!ナナセ様に認めて・・・」


「その話は保留です。」


「ううう」


「コントはおしまいになさい。ナナセ様さっそくですけれど、新米女王として能力不足な私を補佐してほしいと思っております。最初のお仕事はブルネリオから聞いていると思いますけれど、執行猶予期間中の無償奉仕の内容を決めることね」


「補佐官、ってことですか?あるいは秘書官や執事的な」


「いいえ、女王に準ずる権限を与えるわ。摂政や宰相といったところかしら?ナナセ様のお好きなように肩書を決めてもらっていいわ」


「そ、そんな立派な感じじゃないんですけど私・・・せいぜい魔法料理人がいいとこです」


「呼び名などあってないようなものです。私が何かを考えるよりもナナセ様が考えた方が、きっと新しい物が生まれるわ」


「もちろん喜んでお引き受けしますけど、ナゼルの町に戻ったり神国や帝国にお出かけしている間はどうすればいいですか?」


「あら、ナナセ様はこんなこともあろうかと多くの賢い鳥を手懐けていたのではないのかしら?」


「あはは、そうですね。これからもハルコやペリコやサギリに頑張ってもらいましょう。アデレちゃんのレイヴやアルテ様のチヨコもですね」


 アルテ様の鳥好きがじわじわと影響してきたようでなんか嬉しい。


「ではナナセ宰相、国王として正式に命じます。それぞれの罪人と個別に面談し、今後のヴァチカーナ王国の発展に寄与するような素晴らしい無償奉仕を考えて下さい」


「謹んでお受けいたしますっ!でもマセッタ様に宰相って呼ばれるのはちょっと息苦しいです。あ、もちろん、対外的に必要な場面ではそういう振る舞いをしますけど、普段は今まで通りでお願いします・・・」


「それは女王に準ずる権限による私への命令ですね?」


「もうっ!そういうのもやめて下さいっ!」


「ふふっ、これからナナセ様と作っていく王国の未来が楽しみだわ」


 こうして私は偉そう肩書を手に入れた。


「ではオレは護衛の詰め所へ戻ります。ナナセ様とアデレード様、女王陛下の護衛をお願いします」


「マセッタ様に護衛なんて必要なんですか・・・?」


「まあそれは建前で、女王陛下もナナセ様たちと個人的なお話があるようですよ」


 アルメオさんはそう言うと、軽く会釈をしてから忙しそうに退出した。


 なんか、新体制って感じ。

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